人生微糖の閉店間際
人生微糖は今夜も大繁盛だった。閉店時間が近づいても、お客は帰らず酔っていた。
「ナズナちゃーん! 白濁酒、お代わり」
「もうラストオーダーは終わってますよ」
「フキノ、聞け! 今時の若者は、だらしない! 俺が若い頃は苦労をしてきたんだ!」
「うん、うん、苦労は大変だ」
「お母ちゃん、俺は、俺は……う、うううう」
「おい! 泣くな! 私はアンズだ! お前のお母ちゃんじゃねえ!」
アンズとフキノとナズナがせっせと酔っ払いたちのお世話をしていた。ここ人生微糖と言うお店はリュウドウがオーナーをやっているお店なので、三人はバイトをしているのだ。
だが店内を見るとすべて形が違うパイプ椅子やプラスチックの椅子、おしゃれな丸いテーブルや事務所の机など統一感のない内装である。リュウドウが適当に選んで持ってきたテーブルと椅子ではないかと思う。酒とつまみが食べれる場所なら、内装なんてどうでもいいだろと言うスタンスだ。
さて、俺もここでバイトをしている。
「あれ? この無人レジ、壊れていない? こんなに飲んでないし」
『壊れていないし、お前は確実にこれだけ飲んだ!』
「はあ? 無人レジのくせに喋るなよ!」
『お前みたいにいちゃもん付ける奴がいるから、無人レジじゃなくなっているんだよ!』
出入り口の近くに無人レジに入って、お会計係をやっている。こうしていちゃもん付ける奴や気づかないふりして食い逃げしようとする奴を注意して、お会計をしてもらうように促す。
「……払えないよ。ツケとか出来る?」
『出来るよ』
そう言って、こいつの写真を撮る。トンズラ防止である。だが男は撮った瞬間、怒り出した。
「おい! なんで勝手に写真撮っているんだよ!」
『逃げないように』
俺の答えに奴は椅子を持って振り上げた。やべえ、怒らせちゃった!
だが振り下ろそうとする前に動きが止まった。振り向くと女性が振り上げた椅子を片手で持って振り下ろそうとするのを止めていた。
たれ目な黒い瞳の下に小さなほくろ、彫が深くエキゾチックな顔立ちをしており、真っ黒な髪はゆったりとしたウェーブがかかって結構な美人、店長のリサだった。
そして男性が思いっきり椅子を振り下ろそうとしたのに、リサはそれを片手で止めていた。恐ろしい怪力だが、酔っぱらっているので男性はその違和感に気が付かない。
「ごめんなさいね。このレジ、口が悪くて。ツケを払えば、すぐに写真を消去するから」
「はあ? 今消せよ!」
「お支払いしたら、すぐに消しますので」
「ケッ、こんな居酒屋、二度と来ねえよ!」
……メキン。
リサが持っていた椅子の足が折れた。それを見た男性の血の気が一気に引いた。ゆっくりとリサは男性に近づいてリサはほほ笑んで口を開く。
「あのね、ここ居酒屋じゃないの」
「え? でもお酒……」
「今はね。だけど、ここは……、カフェなの!」
男性にとってはカフェも居酒屋もどうでもいい。片手で椅子の足を折る女がいる店にいたくないだろう。男性は「すいません。すぐに払いに来ます」と言って、そそくさと帰って行った。
そう。ここの店をどう思っているのか知らないが、リサはこの居酒屋をカフェと言っている。意味が分からない。だが居酒屋と言った瞬間、起こるのだ。
まあ、この怪力を見て分かる通りリサも普通の人間ではない。ケガをして武装機体兵の部位を移植した機体持ちと呼ばれる者だ。移植すると武装機体兵くらいの怪力が得られ、リサは片腕を移植している。もちろん普通の人からは疎外される存在だ。
「ユウゴ、ちゃんと説明して写真を撮りなさい。何にも言わずに撮れば誰だって怒るわ」
『すいません』
「あと、この無人レジを壊したらあんたが弁償するんだよ」
思わず『え?』と声が出た。この無人レジ、かなり旧世代で交換できる部品や直せる修理屋を探すのも苦労しそうだし、金もかかるぞ! ちゃんと丁寧に使おう。そして誠実に応対しよう。例え、酔っ払いでも。
その時、リュウドウがお店に出てきた。
「おい! もう閉店時間だぞ!」
そういうとリュウドウは「おら! 酔っ払いども、閉店だ!」と言って、文字通りに追い出した。ナズナにお酒をおねだりしていた奴もフキノに説教をかましている奴もアンズを母親だと思っている奴も無理やり立たせて出口に追いやった。
この店は、オーナーであるリュウドウの言葉は客であろうとも絶対なのだ。それでも客が来るのは、もう今では作っている所が少なくなったお酒が大量にあるからだ。どこで手に入れているのかは分からない。でも絶対黒いルートからと言える。
酔っ払いどもが居なくなると残ったのは残したおつまみとお酒の入ったコップと静寂だった。




