地下鉄駅構内の波乱の日々
ナズナの友人 キティがバイトしている【隠れ家】という本屋のバックヤードに「スイマセーン」と言う声が響いた。
すぐにキティがカウンターへと向かう。
「はーい! あ、セトさん、ラパン」
「お疲れー。ここはーやっているんだねー」
「お取り寄せしていた本が届いたから来たんだ」
セトが来てキティは「はいはい」と言って、バックヤードからある本を持ってきて、カウンターに戻った。
実を言うとここの【隠れ家】と言う本屋、店頭に本がないのだ。
六畳ほどの店内には発売される新刊の小説や漫画のPVが流れる立体映像機やディスプレイがあり、それに触れると端末からダウンロードできる電子書籍サイトが出てくるだけ。
そしてバックヤードには本棚があり、何冊もストックがあるのだ。そしてお客がカウンターで注文して店員が取ってくると言うファーストフード店形式になっているのだ。
万引きされないと言う安心性はあるんだが、本屋なのに店内に本が無いと言うのはどうなんだろう? とは思う。キティ曰く、ナゴノにある本店はちゃんと本があるらしいけど。
でも物の値段が高くなって治安が悪いと強盗とか大量に万引きして転売されるから、こういう感じになるんだろうな。うーん、世知辛い。
「お待たせしました。確認をお願いします。えーっと『スパダリ火星人のヌネヌネ触手宇宙旅』と……」
『ヤベエ本だな』
「聞こえてーいるよー。ユウゴー」
俺の独り言にラパンが言い、ナズナが「もう、一言多いよ。ユウゴさん」と言った。するとラパンとセトはバックヤードに向かって言った。
「ナズナもー、いるねー」
「ナズナのお嬢ちゃん。ユウゴに人の趣味をバカにするなって言っておいて」
ナズナはため息をついて「お疲れ様です」と言ってバックヤードからカウンターに出てきた。セトはツインテールのラパンの髪を掴んで振って「どうも」とあいさつした。
「セトさんも地下鉄駅の見回りですか?」
「面が割れているのに、覆面パトロールなんて出来ないよ。でも居住区の見回りはしているよ」
居住区は普通の人が住むディストピアみたいな雰囲気の場所だ。もちろん破壊の化身 武装機体兵は表立って歩いたりしていないが、時々隠れて働いていたり買い物をしている。居住区も疲れ知らずの労働力は欲しいし、武装機体兵もトキオで唯一あるコンビニで買い物したいのだ。
「あれ? あそこの区って機体持ちも歓迎されないでしょ」
「トキオ奪還が車両を占領しちゃったでしょう。それに仲間が逃げたって事で、派遣巡査が見回りしているんだよ」
「もうーセトはー、七連勤中ー」
「さすがに今日はお休みをもらうつもり。お取り寄せの本も届いたからね」
買った本をニマニマ眺めながらセトは言い、ナズナに「じゃあ、スダチにサボらないでって言っておいて」と言った。どうやら、居住区の見回りをスダチもお手伝いするようだ。
キティは「お客さんが来ない」と膨れて言っていたけど、俺が見る限り割と来ている。
セトが帰ると綺麗な浴衣を着た小学生くらいの女の子と甚平を来たネイビーの髪の武装機体兵の女の子が来店した。
「ごきげんよう、キティ」
「あら、サクラお嬢様。今日の浴衣、綺麗ですね」
キティがニコニコで応対をするサクラお嬢様は、この店の極太客なのだ。彼女の父親はスタンガン銃などの銃火器を作っている会社の社長で、親戚もかなり有名な会社の重役らしい。かなりの上級市民なのだが様々な事情があって、サクラお嬢様は仮首都のナゴノではなく、スラム街一歩手前のトキオに住まわれているのだ。
ただ一人で歩かれると誘拐とかがあるので、ナズナと同じネイビーの髪の武装機体兵のリリと一緒に付き添っている。
「今日は随分と静かね、この地下鉄の駅」
「本職の警察が覆面で歩き回っているから、みんなビビッていなくなっちゃったんですよ」
「ああ、地下鉄車両を立てこもりした奴がいたんでしょ。大変ねー」
ほんの少し大人びた世間話をした後、サクラお嬢様はキティに「ナズナはいる?」と聞いた。バックヤードで作業中のナズナは「あら、ご指名だ」と言って、カウンターへ向かった。
「どうも。サクラお嬢様」
「あら、良かったわー。ナズナがいて」
「随分ご機嫌ね。と言うか、学校はどうしたの? まだ昼の十一時よ」
「居住区の緊急事態で下校させられたの。困ったわねー、リリ」
全く困った雰囲気を出していないサクラお嬢様とリリ。ヤバい事件が起こったのかもしれないけど、学校を早く帰れるんだったら子供にとっては嬉しい限りだろう。
ともあれ、ナズナは「緊急事態って?」と興味を持った。するとサクラお嬢様は「ヤバい事件よ」と前置きして言った。
「居住区に武装機体兵のゾンビが出たらしいわ」
ナズナの血の気が引いた音が聞こえてきた。




