体験版 電脳疎開にようこそ
【体験版 電脳疎開にようこそ】
明るく聞きやすい声が俺の耳に響く。すぐに『あなたの名前は』と聞かれたので、正直に『ユウゴ』だけ答えた。そしてすぐにトウマも『僕はトウマです!』と名乗った。
『はい、ユウゴ君。電脳疎開についての詳しい内容をお話しします』
『僕を無視するなあ!』
ペットボトルアバターの中に入っているトウマの液体猫は沸騰と共に威嚇して、抗議の声を上げる。だがアナウンスの女性はトウマに気づかずに話を進める。
【今、世界は不安定であり、みんなが住む場所が攻撃され戦場になってしまうかもしれません。そこでユウゴ君を含む選ばれた子供達は電脳疎開空間に避難し、寮生活をして将来を担う知識と技術を学びます】
『……選民思想かーい』
不貞腐れたトウマはそう呟いてグルッとこの子供部屋風の空間を眺める。
真っ白だった視界がゆっくりと晴れて行き、清潔感溢れる子供部屋が見えてきた。真っ白でフカフカな毛布が掛けられているベッドに、木目調の洋服ダンスと学習机。そして朗らかな日の光が差し込む出窓。そして野鳥が鳴き、窓辺から見える木の枝に鳥がとまった。
よくある広告の映像に出てきそうなプライベート空間で、あまりにも個性がない。
【この部屋は一人一人に用意している個人用の部屋です。ここで自習や娯楽、休息などが出来ます。基本的にはここはプライベート空間ですが、お友達を誘う事だって出来ます】
『面白みのない空間だ』
『トウマ、結構辛口だね』
『フン、選民しているんだから、もう少し豪華にしてもらわないと。これじゃ、刑務所だ』
『ところで俺達って友達を誘う前に、友達っているのかな』
『いないだろ』
そんな会話をしていると宙に浮くディスプレイが現れ、よくある教室のような空間に変化した。机の中には教科書などがあった。
【これはユウゴさんが学んでいただくカリキュラムです】
そして予習復習やゲームなどのアプリの項目が並ぶ。試しにピコピコとディスプレイを操作して例として問題やゲームをやってみたが面白くはなかった。それを見ていたトウマは言う。
『電脳世界って言っても普通のカリキュラムなんだな。国語や数学、電脳空間の設計……。でもカリキュラムの内容を見ると薄い気がする』
【戦争はすぐに終わります。だからちょっと長めの林間学校って感じと思っていただいてください】
アナウンスの女性はトウマの声は聞こえないはずなのに、被せるように説明した。
ウィンドウから目を離して周囲を見る。窓辺から見える鳥が優雅に鳴く。穏やかで清潔で、平和な世界だ。白々しいくらいに平和だ。
【それではここの寮内を案内します】
女性の音声案内で寮内を歩き回り、次に学校内、近くにある自然豊かな公園とその中にある図書館に美術館など、整然としたきれいな世界に驚くばかりだ。だが人がいない事とすべてが真新しい建物であるから、無機質で不気味な世界に感じてしまう。
【他にも施設がありますが、それは電脳疎開をした時にお話しします。それでは電脳疎開空間にアクセスする機器をお話しするので、お部屋に戻りましょう】
と言った瞬間、あの清潔感溢れる自室に戻ってきた。
トウマはうんざりした声で『強制的』と呟いた。
『疎開中もこんな感じだったら、ストレスがたまりそう』
『トウマならストレスたまる前に抜け出しそう』
『ユウゴもな』
くだらない会話をしていると目の前に真っ白い薬のようなカプセルが現れた。薬のカプセルは真横に開き、中にはふかふかの寝台があった。それと点滴と大きなヘルメットとゴーグルが見えた。
そしてまた説明が流れた。
【このカプセルの中に入り、この点滴を体につなげ、このゴーグルとヘルメットをつけます。するとすぐに眠りにつき、意識が戻ると電脳疎開空間に入ります】
くるくると回るカプセルを眺めて、説明に耳を傾ける。
【後はいつも使っている電脳空間で過ごすような操作です。現実世界のように自ら歩けますし、食べる事も出来ます。またこのメニュー画面を出せば、お友達のメールや学校のスケジュールなど見られます】
少し間を持って【何かご質問は?】と聞かれたので、質問する。
『家族からの連絡は取れるか?』
【週に一回。メールと音声通信で連絡が取れます】
うーん、多いのか少ないのか分からないな。でも永遠に届かない場所に行ってしまった人間も大勢いると思うと、多いのかもしれない。
『長時間電脳疎開させて身体は大丈夫なのか?』
【大丈夫です】
『どういう原理で、大丈夫なの?』
【大丈夫です】
『えっと、普通の人って電脳空間に入ると三時間くらいで普通の人は電脳酔いをするじゃないですか。そう言うのは起こりますか? また心身ともに異常を起こす事もあるかもしれません。どういった理由で大丈夫って言えるのですか?』
【大丈夫です】
もう! 同じことしか言わねえ!
そんな時、トウマがクスクスと笑って『諦めろ』と言った。
『機密みたいなものだから、教えてくれないよ』
『でも普通にあり得ないだろ? 脳しかない俺らじゃなく、ちゃんとした体を持った子供たちが長時間、電脳空間に入っているって』
『数年過ごせるための栄養や筋肉が衰えないように微細な電磁を常に与えて刺激したりとかして生かすことも出来るさ。そういった設備が整えば何十年も電脳世界で生きていられる。外国では植物人間に十年かけて電脳空間に入れて使われていない脳を刺激させ目覚めさせたとか』
トウマの解説でようやく納得して、俺は次の質問をする。
『ここから別の電脳世界に行けるのか?』
【出来ません。電脳攻撃など受ける可能性があるため、みんなは疎開空間から別空間をアクセスすることも、疎開空間から出る事は禁止しております。こう言った行為はこの疎開地どころか本国にも攻撃される可能性があります。もしそういう事を行った場合、処罰を受ける事になります】
トウマは『やーい、怒られてやんの』と囃し立てた。うるせえ!
気を取り直して『あの電脳疎開空間に入るカプセルはどこに設置するんだ?』と聞いた。
【戦場にならない場所です】
『具体的に』
【戦場にならない場所です】
『だあああああ!』
同じ答えしか言わないので地団太を踏んでしまった。それをトウマは大笑いする。
『ユウゴ、教えちゃったらまずいだろ。敵に見つかっちゃって、人質にされるかもしれないだろ?』
……確かに、それもそうだ。
トウマは『そろそろ、帰ろうか』と言ったので、俺は『ちょっと待って』と言った。
『最後に一つだけ質問する』
トウマはつまらなそうに『早くしてね』と言った。どうやら飽きてしまったようだ。
『この国は、何処と戦争をするんですか?』