暴走地下鉄車両、停まる
暴走した車両は突然止まって、アンズはニヤニヤ笑う。
「おうおう? 仲間割れか? お前ら」
そう言いながら煽るアンズ。バランスを崩して転んでいる人質に眼鏡、付け毛とストラップ、キュウリ落としの子が見上げる。
アンズ以外味方がいないぞ! たった一人でどう立ち向かうんだよ、アンズ! ついでに言うと俺を戦力に入れないでくれよ!
そう思っているとバイクの音が聞こえてきた。
「アーンズー!」
スダチの声だ。
声が聞こえた瞬間、闇医者と呼ばれた眼鏡は「くっそ」と窓を開けて逃げる。それに続いてキュウリ落としの子も窓から逃げていった。
「あ! こら! 待て!」
そう言って更にアンズも窓から出ていって追いかける。そして入れ替わりにスダチが窓から侵入して、ドラム缶ロボットを先に窓から出してくれた。
アンズが使っている腕時計型の端末機が無いからお礼が言えないけど心の中で『ありがとう』と思っていた。
「なにボケーっとしてんだよ! ユウゴ!」
へ?
「アンズを追いかけろ! 俺は残りのメンバーを確保しないといけないから!」
あ、追いかけるためにドラム缶ロボットを出したんですね……。すいません。スピーカーがぶっ壊れてしまったのでコミュニケーションが取れないけど、心の中ですいませんと謝る。
俺はすぐさまアンズを追いかけた。
と言ってもドラム缶ロボットの最大速度を出してもアンズには追い付かないんだよな……と思いつつも走らせていく。
すると真っ暗だった地下鉄の線路が薄ぼんやりだが明るくなった。近づいてみると、地下鉄の駅がポツポツと灯りが灯っていた。もちろん、蛍光灯の光ではなくどこかから違法につけられたお洒落な間接照明のライトだった。
更に進むとホームに座って足をブラブラしている奴がいた。真っ赤な髪がほのかなライトで照らされていた。アンズだ。
「お! ユウゴ!」
すぐさまアンズは俺との通話を繋げて手を振っている。アンズの表情はものすごく明るくて嬉しそうだ。そして傍らにはもう一人倒れている。
「キュウリの敵、取ったぞ!」
満面の笑みを浮かべてアンズはピースした。この顔を見るとただの子供に見るけど、スタンガン銃をぶっ放したのだから笑えない。武力行使、万歳。
ようやくアンズの所にたどり着くとドラム缶ロボットをホームまで持ち上げてくれた。ありがたい。
『この駅は何なんだ?』
「キミンチだな」
聞いたことのない言葉に俺は『ん? キミンチ?』と聞き返した。するとアンズは「ヤベエ奴がいっぱいいる場所さ」と説明した。
『前に行った薬でハッピーになっている奴が大量にいた旧ショッピングモールみたいなところか?』
「あいつらは頭もハッピーだったろ。こっちはボケーっとしている」
つまりぐったりしているダウナー系の麻薬中毒者がいっぱいいるのか。ただ周りには間接照明がポツポツとついているだけで、周囲に人の気配が無い。
「でも前にパンデミックみたいなモノが起こって、人がほとんどいないと思うんだよね」
そうアンズが付け足すと、キュウリ落としの子を背負って歩き出した。俺もついて行く。壁には様々な落書きがあり、隅にはゴミが置いてある。こういう所は廃墟のトキオではよく見られている。
それにしてもパンデミックってどういう事だよ。
「スダチから連絡あってトキオ奪還のメンバーをハンゾウ達に送り届けから、こっちに向かっているって」
『じゃあ、外に出た方が良いかな?』
と言っても、どこに行けばいいか分からない。一応、アンズと一緒に間接照明が続いている道を歩いて行く。
動いていないエスカレーターを登っていき、稼働していない改札を抜けると大量に間接照明がついている場所があった。そこにスプレーで汚い文字が書かれていた。
【いれいひ びょうきでなくなったなかま やすらかに】
書かれた壁をアンズと一緒に見る。周囲の間接照明は幻想的に光っており、周りは綺麗にしている。周りには雑草の花が置かれている。見よう見まねで慰霊碑を作ったって感じだ。
文字に書かれていることが本当なら、ここで病気になって亡くなった奴らがいるんだろう。
そう思っていると「おや?」と言う声が聞こえてきた。振り向くと袈裟を着た中年の坊主と武装機体兵一人が歩いてきた。
「アンズじゃないか」
「うわ! 生臭坊主!」
あー、アンズが暴走して群衆雪崩の供養の場所にいたナタクと話していた生臭坊主か。中年男性で坊主らしく頭はつるピカだ。着古している袈裟を着てゆったりと歩いている。
一方、もう一人の武装機体兵はキョロキョロしている。他の武装機体兵と比べてかなり幼く、小さい。髪の毛は緑色で、好奇心身で周りを見ている。
「アンズ、一緒に祈るか?」
「今は忙しいんだよ。地下鉄車両立てこもり事件があったんだ」
「嘘だあ! 本当はアンズが事件を起こしたんだろ!」
小さな武装機体兵がそう言い、アンズは「ちげーよ! クワン!」と返した。彼はクワンと言う名前のようだ。
ここで思い切って『あの、すいません』と話しかけた。
「おや、誰の声だい?」
「能無しのユウゴって言う奴の声さ」
アンズが代わりにそう言うとクワンが「えー! スゲー」と言って、ドラム缶ロボットをベシベシと叩いてきた。
「こんな中に脳が入っているのか!」
『いや、入っていねえよ。別の所にあるんだ』
「なんだつまらないの」
「そう、何にも詰まっていないんだ。ユウゴは」
クワンとアンズがギャハハハと笑っているのを無視して、生臭坊主に『お聞きしたいことがあるんですが』と言うと「なんだい?」と穏やかに聞いてくれた。
『ここって、キミンチって聞いたんですけど、どういう所なんですか』
「政府に捨てられた棄民の地、略してキミンチ。無法地帯だよ」
生臭坊主は寂しそうにそう言った。




