ようやく電脳疎開事件発覚
時計を見るとお昼の十二時だった。いや、まだ午後だと言うべきだ。午前中からカーチェイスやら立てこもり事件やらで追われていて、もう夜になった気持ちだった。
『ユウゴ! ダイレクトメールが大量に着ているよ!』
『気が付いたんだったらトウマがやれよ』
『今、僕は傷ついているんだ』
ププイっとそっぽを向いて液体猫のアバターは再び水たまりを作り出した。
『犬を見たんだもの』
『あれ? トウマって犬が嫌いだっけ?』
するとトウマは個体になってシャーッと体全体が沸騰し始め『大っ嫌いだよ!』と怒った。
水たまりになったり沸騰させたり、液体猫のアバターはいろいろな表情を見せて驚く。電脳空間には怒りや悲しみなどの表現が無いので、こうして体全体でポップに表現するアバターは珍しい。他のアバターは表情が動かない奴もあるし。
トウマはアバター作りのアイデアが豊富だし、作るのも早い。一方、俺はそういった知識はないので正直羨ましい。ただトウマ曰く、俺は電脳空間の中では普通の人より動きが速く、器用らしい。そう感じた事は一切ない。と言うか、リュウドウの元に来てあまり電脳空間に入ったことが無いからかもしれない。何せ、現実世界での仕事が山ほどあるのだから。
『はー、結局俺がやるのか』
『がんばれ! ユウゴ! 負けるな! ユウゴ!』
尻尾を振って応援だけはしてくれるトウマをしり目に俺はダイレクトメ―ルを片付ける。
『そもそもどうしてこんなにダイレクトメールが届くんだろ?』
『そりゃ、いろんな電脳空間で遊んでいたからじゃないかな? メールマガジンを登録すれば、無料で入れたり、割安で買い物も出来る空間もあるからな。でもリュウドウが戦前、電脳空間へかなり出入りしていたのは意外だよな。あいつって電脳酔いもするのに』
戦前の電脳空間は全く流行っていなかったらしい。所謂サブカルチャーで陰キャな奴が粋がって入るものだと言われた事さえある。それに戦争する数年前は電脳空間には一部禁止や行動制限もあったらしい。
『今は電脳空間がこんなに爆発的に流行っているのにリュウドウは滅多に入らないよな』
『でもそういう奴いるよな。みんなが見向きもしないものにちょっとハマるけど、注目されると途端に覚める奴って』
確かにいるよな、そういう奴。リュウドウもそういう奴なのだろうか?
そんな会話をしながら、俺はダイレクトメールを片していく。それにしてもこのメール、ガチで多い。一時間に十数件も来るのだから、一日サボればあっという間に百通は溜まる。中には知らない外国語のメールさえも来ている。もう迷惑メール設定をしようかと思う。
そんな時だった。一通のメールが目に留まった。
【電脳疎開を知っていますか? 知らなかったら、この空間に入ってください。そして彼女を助けてください】
電脳空間の宣伝も宛名もなく、ただこのメッセージと空間が入れるコードしかない。
『なあ、トウマ。電脳疎開って知っている?』
『何それ?』
俺はトウマにメールを見せる。彼はヒクヒクとひげを動かして、メールを読み『知らない』と答えた。
『知らないなら、じゃあ入ろうぜ』
俺はそう言ってメールについているコードをタッチして、指定された空間に入った。それと同時にトウマの『バカアアアアアア!』と叫び一気に液体猫のアバターは沸騰しながら、俺のペットボトルアバターの中に入って行った。
『バカバカ! バカユウゴ! 罠で変な空間に入ったらどうするんだよ!』
『え? どうなるの?』
『もう! 詳しくないくせに勝手な行動をするなよ! もしかしたら個人情報がバレたり……』
『俺達って個人情報ってあるのか?』
俺の質問にトウマは『うーん……』と言って黙ってしまった。
そうこうしているうちに空間は成形させていった。