地下鉄駅車両、立てこもり③
ハンゾウの人情がこもっているような、無いような言葉にトキオ奪還のメンバー達に迷いが出ている……と思いきや、ちょっと様子がおかしい。
アンズの視点はメンバー達が集まって「どうする?」「この後、どうしたらいいんだ?」と車両を占拠した後の事を考えていないようだった。ドラム缶ロボットのカメラでホームにいる人質を取っているメンバーも慌てている。
アンズの視点に戻ると、なぜか巻き込まれたサングラスをかけた女性を見ていた。その女性も、少し動揺をしている。
もう一度、ハンゾウが「どうする?」と聞いてきた。
そんな時だった。ディメンションブレイクを被った人質が立ち上がった。
メンバーは立ち上がった人質を脅す事もしないで呆然と見ているだけだった。
立ち上がった人質は被っていたディメンションブレイクをゆっくり取って顔をあげた。見たことがあるような男性の顔だった。どこで見たっけ?
思い出そうとしていると人質はディメンションブレイクを大きく振りかぶって叩きつけた。そこそこ頑丈なディメンションブレイクは粉々に割れてしまった。
「うるせー! 賠償金が怖くて、こんな事をやっているわけねえだろ!」
「……」
「それにな、大切な人が亡くなった場所で静かに哀悼も出来ないなんて最低だろ。だから声をあげてんだよ!」
怒鳴る人質の豹変ぶりに驚いていると電車の発車するベルが鳴り響いた。
【電車が発車します。駆け込み乗車はおやめください】
「おら、入るぞ!」
「え? え?」
繰り返し電車からのアナウンスが流れ始めた。そして人質をスタンガン銃で脅していた男の首根っこを掴んで電車に入れ、自分も電車の中に入った。人質を脅していた男は戸惑っていた。
あれ? なんか人質が場を仕切っているんだけど……。
「おい、ユウゴ」
『え? どうした?』
「歯、食いしばれ」
脳しか無いから歯なんて無いんだけど……と思っていると、俺が操作しているドラム缶ロボットがヒョイッと掴まれた。
カメラで確認するとスダチが掴み、そして両手に持ち替えて大きく振りかぶって電車に向かって投げた。
ちょっと! なんで投げんだよ! と俺の文句が届かぬまま、電車の中に入れられて壁にぶつかった。 ああ、こういう事があるからロボットの周りにクッションが付いているのか……と納得した。
プシューと言う電車のドアが閉まった。
え? このまま発車するのか? と思っていると、悪い想像通り電車は発車した。
いや! ちょっと走り出しているんだが!
俺がパニックになっている間に快速、特急……いや、それ以上の速さで俺達を乗せた一両編成の電車は止まらずに走っていく。そして通常使われていない線路に入って行った。だから当然の如く、灯りは一切見えず、永遠の闇の中を走っているようだった。
こうして電車に乗っていると本当にレールの上しか走れないんだよな……と思う、当たり前なんだけど。
そうしているうちにドラム缶ロボットはゴロゴロと転がって、隅でうつ伏せになっているアンズの近くの壁にぶつかった。このロボット、自力で起き上がれないのだ。
「おい、ユウゴ」
また転がりそうなところをアンズが押さえてくれて、小声で聞いてきた。
「今、どういう状況?」
『電車が使っていない線を走っている』
「んな事は分かっているよ。人質は仲間? どこに向かっているんだよ?」
誰も分からないだろうよ。それこそトキオ奪還のメンバーでさえも……。
カメラを車内に向けると予想外の事が起こって、フルフェイスマスクをつけているメンバーが騒然としている。混乱の中心だったトキオ奪還のメンバーは「何処に向かっているんだ?」「何が起こっているんだ?」と口々に言っている。車内にいるサングラスをかけた人も不安そうにキョロキョロしている。
一方、この場で微動だにしない人物がいた。人質である。
「あいつ、何なの? 人質じゃないの?」
『よく分からない』
「役に立たねえな。でもあいつは機体持ちだ。あんなごついヘルメットを叩き割ったんだから」
人質は座席に座って動かなくなってしまった。
ただホームでディメンションブレイクを叩きつけた時、あまりにも強い力だった。アンズの言う通り機体持ちだろうと思う。
一方で人質の顔に見覚えがあった。
昨日、仮首都であるナゴノで爆破テロ未遂事件があった。爆弾を置く前に警察が不審に思い、職務質問をした際に発覚したので被害は無かった。しかし彼らは依頼されてやったようで、首謀者はまだ見つかっていない。
そして警察は今日の朝、首謀者の可能性がある重要参考人と思われる人間の似顔絵を出した。それが人質の男とそっくりだ。確認のため、またフリーダムジャーナルの記事を開いた。
茶髪の長髪に、切り目に薄い唇。そして鼻と耳、口元にピアスが付いている。うん、記事で出した似顔絵にそっくりだ。
だが、この男は機体持ちって言う特徴は言っていなかったはずだけど……。
それに似顔絵に似ているから関係者ってわけではないけれど、仮首都ナゴノ爆破事件とこの事件は繋がっているのか?
俺が色々と考えているとアンズが「なあ、ユウゴ」と話しかけた。
「なんで電車が走っているんだろう」
『あ、そう言えば』
運転席にいた人間は全員逃げたはず。なのに、どうやって電車が動いているんだろうか?
俺はアンズに『ちょっと運転席の方にカメラを向けてくれ』と頼んだ。アンズは周囲に気づかれないようにゴロゴロ動かして、運転席の方にカメラを向けてくれた。
人質がつけていたディメンションブレイクに繋がっていた電子端末は操縦桿にもケーブルがささっていた。
これが電車を走らせているのか? だとしたら操縦させている奴がいるのか? それが人質なのか? 別の人間なのか?
「おい、何やってんだ?」
底冷えするような声が響いた。
アンズは冷静に俺のドラム缶ロボットを掴む。そして当然の如く、人質が打ってくるスタンガン銃をロボットで防いだ。
『おい! こら! 俺を盾に使うな!』
「別にいいじゃん!」
そう言ってアンズはロボットを人質に向かって投げた。おいおい! このロボットは借り物だぞ!
そう思った瞬間、人質はロボットを片手で受け止めて、蹴り飛ばした。ロボットのカメラの映像が乱れる。座席のクッションになり、損傷なくちょうどよく床に立たせられたが状況は最悪だ!
ロボットのカメラを見ると人質はアンズにスタンガン銃を向けていた。
「大人しくしろ!」
アンズは返事をせず睨んでいたが、正座して人質のいう事を聞いていた。
そして電車は走っていく。




