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電脳疎開事件当日、もしくはいつも通りの日常③


「よう、ユウゴ」


 ランプ堂の店番が終わってすぐリュウドウからの電話でげんなりした。


『なんでお前にモーニングコールをするメモを残したのか、思い出せたか?』

「いや、全く。そんな事を思い出してもどうしようもない」


 どうしようないと言うな! 俺は意味なくお前にモーニングコールをする羽目になったのだから!

 怒りは置いておいて、俺は『ナズナ達と連絡ついたか?』と聞いた。


「連絡はついたし、前回、野菜泥棒を捕まえた時の報酬ももらった。だがそのまま飛び込みの仕事が入っちゃった」

『忙しいな』

「他人事のように言うな。お前も参加するんだから」

『はあ? 知らないんだけど』

「当たり前だろ。今、言ったんだから」


 面倒くさい、この会話からもう面倒くさい。


「今、ナスカのある居住区にいるんだけど、役所に立てこもった上に逃亡の際に人質を一人連れまわして、犯人達は立ち入り禁止区域の廃校に逃げ込んだ。俺達はそいつらを一網打尽にする。でも俺はやることがあるので、仲間の武装機体兵達をナズナ達が……」

『ちょっと待った。そこの地域の公安か警察は動かないのか?』

「今、忙しいんだとさ」

『あと、リュウドウはどうして立てこもり事件を見届けないんだ?』


 リュウドウは軽く笑って「用事が済んだら、すぐに行くさ」と答えた。


 

 ひとまず、ナズナに電話をかけると、すぐに出た。

「ああ、ユウゴさん。今、視覚と聴覚をリンクしてみてください」

 武装機体兵の機能の一つに彼らが見たり聞いたりしている物を視聴する事が出来、更に録画をすることが出来る。この機能があるおかげで、彼らが犯罪をしていない証拠にもなるのだ。ただし登録している武装機体兵のみだけど。

 ナズナが第一声でそう言うので、言われた通りリンクさせると目の前にご機嫌な犬が飛び掛かってきた。甘えたようにクーンと鳴いて、尻尾が切れるくらい振っている。見た感じ柴犬っぽいが、多分雑種だろう。


「かわいくないですか?」

『うん、可愛いと思う』


 期待していた反応じゃないのか、ナズナは「猫派なんですか?」と聞いてきた。


『どっちかと言うか、猫が好きだな』

「ふうん。私もフキノも犬派です」

『あれ? アンズは?』


 ナズナは目線を変えると、不機嫌そうに木の枝に座っているアンズが見えた。俺は『あいつは猫派なんだな』と言うと、ナズナは「違いますよ」と返した。


「アンズは動物が嫌いなんです」


 大方、犬や猫にちょっかいかけて怒らせたのだろう。武装機体兵も頑丈だが、普通の人と痛みを感じるらしい。

 アンズは犬と元気に追いかけっこするフキノをつまらなそうに見ていた。

 ナズナ達は犯人達が立てこもっている廃校の近くの庭の広い民家にいると言う。ここの家主は捨て犬を保護しているらしい。戦争で飼い主を失った犬たちが野生化し畑を荒らしたり、人に危害を加えることがある。危ない犬は殺されるのだが、人懐っこい犬や子犬達は保護して、去勢もさせて飼い主を募集していると言う。


「ユウゴ連絡がついたんだろ? さっさと行こうぜ」


 アンズが枝から降りて、ナズナの方に向かっていく。その際も社交的で好奇心旺盛な犬たちが近寄るが「来るな」とアンズは焦る。アンズはいつも唯我独尊で偉そうなので、この姿はちょっと面白い。


「ユウゴ、てめえ、笑っているだろ?」

『いや、笑ってないよ』


 なんでバレたんだろうか。ナズナの端末に怒鳴るアンズの声を聞いて、そう思った。



 保護犬の保護活動してる人と別れて、三人は廃校の隣にある空き家は入っていった。フキノは操縦する虫のように小さなドローンをいくつも飛ばした。このドローンはフキノの身体にある機体で動かしていて、まるで魔法のように操作している。


「武装機体兵が体育館の周り五人いる。体育館の中に普通の人が四人、人質が一人」

「武装機体兵に見張りをしているみたいね。フキノ、体育館の中に入れない?」

「ねえ! まだ?」

「アンズ、もう少しで終わるから……」


 俺は三人の会話を聞きつつ、フキノが映すドローンの映像を録画していた。

 フキノは体育館の中に入れる場所を探していると、ゆっくりと二階の窓が一斉に開いた。暑い夏の日に密閉された体育館にずっといるのは地獄だろう。開け放った窓をしばらく見て、フキノは静かに入って行った。

 体育館の中では人質の女性と犯人達は立ち話をしていた。


『……人質と犯人達は顔見知りなのかな? 人質は拘束されていないし』

「……盗聴器、起動させるよ」


 不快なノイズが徐々に消え、ごちょごちょと『これからどうする?』とか『この後、人質の自分はどうするのか』と聞こえる。どうやら人質もグルのようだ。


「人質もグルって事が分かったから、私は行くぞ」

『お前、一人で行くのか? アンズ』

「うん。スタンガン銃を使うから、ちゃんと見ていてくれよ」


 武装機体兵には武力行使させる時に保護者がいない場合は第三者の録画などが必要になる。保護者のいる、いないで武装機体兵の生き方は全く違う。居なければ保証もない仕事につかされたり、悪事に手を染めたりする子も多い。ただ保護者がいたとしても全員聖人ではないけれど。例えばリュウドウとか。



 体育館の周囲を武装機体兵が囲って警戒している。物陰に隠れたアンズはちょうど死角になる所で立ち止まった。一人のオレンジ色の髪の武装機体兵の男がアンズの隠れている場所に向かってきた。アンズは逃げもしないで待ち伏せる。

 そして武装機体兵がアンズのいる死角に入ろうとした瞬間だった。アンズは彼を引っ張ってスタンガン銃を撃った。一瞬だけ身震いしたと思ったら、彼が倒れるところをアンズは音もなく、支えて地面に転がした。

 スタンガン銃は武装機体兵をも気絶させ、普通の人だと当たり所が悪ければ死んでしまう代物だ。アンズはそれで素早く音もなく、武装機体兵をすべて気絶させた。

 体育館にいる連中は気が付いていない。


「終わったよ、ナズナ」

「はーい」


 アンズもナズナもまるで普通のお買い物が終えたような感じで、緊張感がない。近くに待機していたフキノとナズナが気絶した武装機体兵を倒した後部座席に五人座らせるように置いておいた。


『これからどうするんだ?』

「リュウドウさんを待ちます」

『公安や警察には突き出さないのか?』

「……リュウドウさん曰く、突き出せばこの子達は問答無用で主犯にされます」


 チラッと気絶している武装機体兵をナズナは見て「そもそも、この事件、リュウドウさんが強引に引き受けたんです」と愚痴るように言った。


「市役所に立てこもりが起こった時、近くにいたんです。それで警察に連絡しようとしていた所を止めて、強引にリュウドウさんが解決するって言い出したようです」

『……え? じゃあ、関係ないのに首突っ込んだの?』


 事件が重なれば、警察は到着時間がかかる場合も多い。特に治安の悪化で立てこもりやら強盗も多くなっているという。そこでリュウドウのようなトラブルシューターに頼むがこの事件、正式に依頼を受けていないって事は勝手に首を突っ込んでいるという事だ。


「人質がグルだったって事で裏はありそうですけどね」

『詳しくは聞いていないのか』

「はい。リュウドウさんがユウゴに監視をさせて、立てこもり犯の武装機体兵を捕まえろ、って指示くらいです。ただ犬を保護している人達に話しを聞くと、最近居住区に武装機体兵を就職させる、させないで揉めているそうです」


 ナズナが話していると、リュウドウの声が聞こえてきた。


「よう、五人全員捕まえたか?」

「捕まえました」

「他の武装機体兵の仲間もいなそうだしな。よし、主犯と人質役に会いに行こうぜ」

『おい、ちょっと待て! この事件、どうなっているんだよ! 勝手に首突っ込んで!』


 俺はナズナの視点をリンクして見ながら、彼女の端末から叫ぶ。

 白髪が少し目立つ灰色の髪と左目周辺が火傷を負った年齢不詳のリュウドウは得意げな顔で校庭を歩きながら口を開く。


「近くの公共施設で武装機体兵を雇う事になった。だが暴力の化身の武装機体兵に職を奪われてしまうと考える奴らも多い。そこで武装機体兵のイメージを悪くするため役所の立てこもり事件を起こした。この計画の肝は人質と役所の連中が事情聴取される時、全員で武装機体兵が主犯としてやって、自分たちは脅されてやらされたと証言する事。そうすれば公共施設に武装機体兵を雇うのが見送られる可能性があるからさ」


『つまり狂言って事か、しかも役所さえも』


 リュウドウは「そういう事」と言って、三人の武装機体兵を引き連れて体育館に向かう。


『でも、どこでお前は知ったんだ? その計画を』

「簡単さ。とある酒場のカウンターで酔いつぶれて寝たふりしていたら、あいつらが計画の話しを始めたのさ」

『よくもまあ、そんな会話を酔っぱらって盗み聞き出来たよな』

「お酒を飲んでも飲まれないのさ、俺は」


 俺は『警察とか公安には言っていないのか?』と聞くと「いうわけないじゃん」と返した。


「役所は頑なに警察や公安に言うと言ったけど、俺は心を痛めながら【これは狂言だろ? それが分かっちまったら、あんたら全員職を失うかもな】と言ったんだ。役所の連中と犯人、人質が計画を話している録音さえある。だからこの件は単なる【緊急事態の訓練】って事にしようぜって、犯人に提案するのさ」


 リュウドウ、それは提案じゃなくて脅しじゃないのか?

 そう思って言おうとしたが、リュウドウは俺との通話を切って端末をナズナに渡した。そうして犯人のいる体育館のドアを開けた。


「やあ、立てこもり犯諸君」


 演技かかったような声でリュウドウはそう言った。捕まえるんだったら、さっさとやればいいのに。こんな風にリュウドウは人を食ったような芝居をするので俺は好きじゃない。『レモンクラッシュ日和なり』と群衆の前で言う俺が吐くセリフではないけれど。

 驚愕した顔で犯人と人質はリュウドウを見つめる。人質は変わらず拘束されていなかったが、すぐに悲痛な顔をして「た、助けてください!」と言った。


「あ、大丈夫。この事件は狂言で、あんたもグルって知っている」


 リュウドウの言葉に人質はポカンとした顔になった。


「ひとまず、俺から提案が……」


 リュウドウが喋ろうとした時、ガチャンという音が聞こえた。犯人がリュウドウに向けて拳銃を撃つ前に、ナズナが石を投げて拳銃に当てたのだ。いつの間にかアンズもフキノもスタンガン銃を構えている。


「まあまあ、落ち着いて。今後の話しをしようじゃないか」


リュウドウは悪魔のようにほほ笑んで、提案と言う名の脅しを始めた。



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