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アンズの暴走⑤


 仲間のバイクで去って行ったキュウリ落としを諦めて、近くの地下鉄の駅までアンズは歩いてホームに登った。ここもどうやら使われていない駅のようだ。

 ホームに登った時、アンズは「む!」と何かに気が付いた。


「食べ物の気配がする!」


 無機質である食べ物に気配なんてあるのか? そんな疑問が浮かぶが、アンズはズンズンとホームを進み、止まっているエスカレーターを登っていく。相変わらず真っ暗で時折、非常灯が照らすのみだったが、改札を抜けた長い廊下の向こうに仄かに明かりが見えた。

 使われていない駅なのに、なんで明かりがついているのだろう。


「お菓子がある!」


 同じ視覚を共有しているはずなのに、アンズはお菓子が見えるのだろうか? ……ここからでは俺には見えない。

 キュウリを落とされてからずっと走りっぱなしだったのに、アンズは「イヤッホー」と言って走る。仄かな光がある所は出口の狭い階段には、電気でつく蝋燭や菊の花、千羽鶴が祭壇のように置かれている。

そしてアンズが言ったようにお菓子もあるけど、これって食べちゃいけない物だろう。


『おい、アンズ! あのお菓子はお供え物だから食っちゃいけないぞ』

「なんで階段を供えるんだよ! 私から見たら落ちているんだよ!」


 どこからどう見たって落ちていないよ!

 どうにかしてアンズを止めようと思った瞬間、アンズの視界は上がり、これ以上進めなくなってしまった。

 そして背後に「お前か、アンズ」と低い声が聞こえてきて、アンズが舌打ちを打って首だけ後ろを見る。

 スポーツ刈りのベージュ色の髪の毛と黄色の瞳の青年……と思ったが、表情に幼さが残っているのでまだ少年だ。他の武装機体兵のより体格もよく身長も高いし、声も低く落ち着いた雰囲気がある。


「くっそ、離せ! ナタク!」

「お前、お供え用のお菓子を食べようとしただろ」

「お供え用じゃない、落ちているお菓子を食べようとしただけだ」

「空気の読めないお前に言っておく。あれはお供え用だ! そして今、ライブ配信しているから近づくな!」


 首根っこを掴まれてアンズはジタバタするが、ナタクはビクともしない。

 それにしてもアンズの視界に映る階段では何かあったのだろうか? それにライブ配信をしているのはなんでだろう?


『なあ、アンズ。ここで事件でもあったのか?』

「ん? 知らない人の声がする」

『ああ、すいません。俺はユウゴ。アンズの携帯端末から通話しているんだ』

「脳しかない能無しさ」


 アンズの悪口を聞き流してナタクに『ここで事件があったのか?』と尋ねた。するとナタクは難しそうな顔をして「事件じゃ無いんだ」と言った。


「空襲警報が出た時、みんなパニックになって地下鉄に避難しようとしたんだ。警報は誤報だったけど。地下に居れば空爆から免れるからと思ったらしい。だけど地下鉄の入り口って場所によって、こういう狭い所があるんだ。そんな狭い入口にたくさんの人が入ってギュウギュウになって誰かが倒れてグンシュウ事故? が起きたんだ」

『……えーっと、群衆事故、群衆雪崩って奴か。人が折り重なって倒れてしまう』

「そう。こういう事故で亡くなった方がいるんだ。一応、空爆された日には供養もするけど、この日も供養してほしいってお願いする人が多いんだ」

『なるほどね。でもなんでライブ配信しているんだ?』

「ここに行けない人のためにライブで見せているんだ」

「お賽銭と言う投げ銭をもらうためだろ! お前らの生臭坊主の策略だ!」


 俺達の会話に割り込んでアンズは馬鹿にしたように言う。俺が『生臭坊主って?』と聞くとナタクは呆れた感じで「俺らの保護者さ」と答えた。


『ライブ配信しているんだったら、あまり大きな声で話ししない方が良いぞ』

「ああ、ライブ配信は映像だけで音声は全国放送していないよ」

『じゃあ、爆速でバイクが線路を通って行っても大丈夫ってわけね』

「さっきも走っていったな。あいつらを追っていたのか?」

「そうだ! あいつは極悪人なんだ!」


 身体をぶつけられて食べようとしたキュウリを落とされたのだ。アンズ法では極刑に値する人物である。

 アンズは「だから、離せって!」と再びジタバタする。首根っこ掴んでいるナタクは、パッとアンズを離してこう言った。


「そう言えば、スダチが帰ってくるな」


 ナタクの言葉にアンズは思い出したように「あ! スダチ!」と叫んだ。俺も忘れていた。そう言えば、そんなキャラがいたと。


「そろそろ、お前らがやっている店の近くの駅に着いている頃だぞ」

「マジか!」


 アンズはナタクにお礼も別れの言わずに走っていく。その姿にナタクは「全く」と呟くのがアンズと共有している聴覚で気づいた。




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