ナズナのヤバいバイト
よくよく考えるとお使い中のフキノが買うものリストが闇落ちして読めなくなった時、ナズナは傍に居なかった。今日、ナズナは仕事が無いはずだけど出かけていた。
『フキノは地下鉄の駅でブラブラするって言っていたけどな』
リュウドウはナズナだけに電子端末を貸しているので、そちらにメールをするが返答しない。電話も入れるが出ない。本当に何してんだか……。
申し訳ないがナズナの視界と聴覚を借りよう。無断で借りたくないのだが、緊急事態って事にして共有するしかない。
ヤバい映像ではありませんように! と願いつつナズナの視界と聴覚を借りた。
ナズナの視界はほとんど光のない建物の中を歩いていた。歩き方は大きく揺れていて、両手にはキャリーケースらしきものが見える。
少ししてナズナはキャリーケースを置いて、腕時計型の電子端末を操作した。案の定、俺の方に電話が来た。
『ユウゴさん! 勝手に私の視覚を共有しないでください』
「ごめん。だけどリサに様子を見てくれって言われたんだ」
『別に大丈夫です。ちょっと用事があるので……』
『その、キャリーケースって何? 結構重そうだけど』
俺の質問に黙りこくったナズナ。怪しい……。なんかヤバい薬? かな? それとも銃火器みたいなもの?
武装機体兵って言うのは遺伝子をいじくりまくって、普通の人間より身体能力は高い。ナズナも戦闘向きの子では無いけど、それなりの力はある。
色々質問をするがナズナは黙っているだけだった。
仕方がない。とりあえず俺はリュウドウが所有して俺達が居候している電脳空間に入ってメールを確認する。俺はペットボトルに手足が付いたカートゥーン風のアバターをよく使用している。
相変わらず大量にダイレクトメールが大量に溜まっていて、それらを削除するが怪しいメールは無い。次に削除したメールボックスをみる。削除したメールはゴミ箱のオブジェクトに入れているので、それを覗いて漁る。明らかに間抜けな感じだ。
俺と一緒に居候しているトウマも『何やってんの?』とばかりにカシカシと俺の身体を引っ掻く。だが俺が相手にしないので、不貞腐れてゴミ箱を突撃してひっくり返しやがった。
『もう! トウマ! 何やってんだよ!』
『フン!』
俺が怒ってもそっぽを向いてスタスタとどこかに行ってしまった。元々俺の脳とくっついて生命維持に入れられている存在だか、やっている事は猫のようだ。もしかして猫の脳とくっついているのか、俺の脳は?
いや、それどころじゃない。ひっくり返されたゴミ箱の中から、目当てのメールを見つけた。
すぐにナズナに『おい!』と呼びかける。
『削除したメールボックスの中に【4番ロッカーの物を使われていない地下鉄の3番出口に向かう通路に持って行き、青い服のノウゼンという男に渡せ】ってメールが入っていたぞ! 何なんだ! これは! リュウドウからの仕事じゃ無いだろう!』
俺の指摘にナズナは黙っていたが、ボソッと「私だってやりたくないんです」と呟くように言った。
「でもお給料はものすごくいいから」
『いくら?』
俺が聞くとナズナは武装機体兵が一週間働いて得るくらいのお金を言った。うーん、物を持って行くだけでこれだけ貰えると考えれば魅力的である。
そしてナズナはキャリーケースを持って歩きだした。結構重たいらしく、フラフラと足取りは不安定だ。そんな重たいものを持って「私、さっさと借金を返したいんです」と言った。
「それにフキノと映画館を作りたいし……。そのためにはお金が欲しいんです」
ほとんど突き放すような言い方でナズナはそう言った。
ナズナとフキノはリュウドウと出会う前に、イツヤと言う保護者と一緒に地方を回って映画を見せに回っていたらしい。だがイツヤは突然死してしまった。その時にイツヤと知りあいだったリュウドウと出会って借金して葬式したと言う。
ナズナはさっさと借金を返して、フキノと映画館をやりたいと言う素敵な夢がある。だがこの世は金であるため、稼がないといけないのだ。こうした無情な世で違法な仕事をしているようだ。
『フキノも映画館を作りたいとは言っていたけど、ちょっとずつお金を貯めようって言っていたぞ』
「……フキノはのんびりなんです。ちょっとずつ溜めていたら、トキオが先に復興してますよ」
ちょっと拗ねたようにナズナはそう言った。ちなみに永遠に戻らないものとして【復興したトキオ】と言う慣用句が出来つつある。
早いところ、引き返してほしいんだけどな。だけどリサに言いつけるって言うのも……。
俺が躊躇っていると数個だけ明かりがついた通路に入った。看板には三番出口とあって、ここの出口から近い施設の案内もあった。
そして通路の先に青い服を着た男が立っていた。ナズナに近づくと歩きだして、近づいて来た。青い服はアロハシャツで、いかにもガラが悪そう。年齢は二十代後半くらいか。
「ノウゼンさんですか?」
「おう」
確認が終えてさっさとキャリーケースをナズナは渡して帰ろうとする。だがノウゼンは「待て」と言われる。
「持ち物がちゃんとあるか、中身を確認してからだ」
そう言われてナズナも立ち止まって、キャリーケースをノウゼンは開けた。
バン!
キャリーケースから金髪の少年が飛び出して、走り去っていった。多分、見た目も派手だし、顔も綺麗だったから武装機体兵だろう。キャリーケースにずっと入れられる忍耐力も人間離れしていたし。
ああ、だからナズナの足取りがフラフラになるくらい重かったんだ。意外と武装機体兵って重いらしいし。
「……」
「……」
ナズナとノウゼンは走り去る金髪の少年の後ろ姿を見送った。そして彼の背中は見えなくなった。
しばらく沈黙が続いたが、「中身、ありましたね」とナズナは言った。
「じゃあ、確認が済んだので私はこれで……」
「待て! こら!」
ノウゼンは怒鳴った。というか怒鳴るのが遅すぎる。あいつを放出するのが仕事だって思ったくらいだぞ!
ナズナは走り出そうとするが、カチャッと音を立てて出したブツで足を止めた。
武装機体兵を気絶させるスタンガン銃だった。
やっぱり危ない仕事だったじゃねえか! 一旦、リサかリュウドウに連絡をしないと! と思っていると「すいませーん」という声が消えてきた。
ナズナが振り返るとピンク色の髪にツインテールの少女が立っていた。アーモンド形の瞳が愛らしいが、唇がちょっと尖がった形をしていた。
「職質でーす。さっきー、金髪の武装機体兵が走ってー、きたんですーけど、何かー、知っていまーすか?」
なんか口調が間延び感じだから職質って言葉に緊迫感が無い。だがナズナは「ヤバ、ラパンだ」と呟いていた。
ノウゼンは「知らねーよ」と怒鳴り散らして、スタンガン銃を発砲した。威嚇でラパンにもナズナにも当たらず、途中で電撃は消えた。
「打―ちまーしたね」
ラパンは静かにそう言って、ピンク色のツインテールはフワッと翼が広がった。そうナズナの視点から認識した瞬間、消えた。
ガン!
ナズナの背後で重たい音が響いた。
「だーめでーすよ。スタンガン銃なんてー撃ったらー」
ナズナが振り向くとラパンがすでに後ろのノウゼンが持っているスタンガン銃を払って警棒を突きつけていた。
本当に一瞬、瞬きしたら終わってしまったような動きだった。
だがノウゼンは怒鳴り「馬鹿にするなよ!」と言ってラパンの持っている警棒をボキッと折ってしまった。
ラパンは「機体持ちでーすね」と緊迫感なくそう言って、「うわ!」とビビっているナズナを抱いて大きく下がる。
ナズナを抱いたラパンとすれ違うように、なんか「おりゃあああ!」という叫びと共に誰かが走ってきた。
そしてノウゼンに飛び蹴りをした。
ラパンは「あー、やりすぎー」と声をあげた。
「こういう奴がヤベエ事したら、機体持ちの人間が悪く言われるでしょう」
「あなたがヤベエ奴になっていますよ、セトさん」
ナズナも非難の声をあげるが、ノウゼンを飛び蹴りしたセトは鼻で笑ってノウゼンの手足を縛って担ぎ上げた。
セトと呼ばれた女性はポニーテールをしていて、キリッとした目鼻立ちをしている。
「さてとリュウドウ一味のお嬢ちゃん」
「リュウドウ一味じゃ無いです」
「そうだろうね。リュウドウがこの仕事を受けるとは思えない。ナズナだけのお仕事かな?」
迷子の子に尋ねるような口調で聞くセトにナズナはそっぽを向いた。
「黙秘かな、ナズナ? それじゃあリサ姉に聞いてみようかな」
「え? ちょっと待って!」
「最近、人生微糖に行っていないからね。ハンゾウにこいつを引き渡していこう、ラパン」
セトの言葉にラパンは「行くー」と嬉しそうに飛び跳ねる。
一方、ナズナは「え? ちょっと待って!」と明らかに慌てる。リサは一見気だるげな雰囲気の女性だが、ブチ切れたらおっかないのだ。
「あのー、私―、ちょっとここを通りかかっただけでー」
「それも含めてリサ姉にも聞くから」
ラパンみたいな感じでナズナは事情説明をするが、セトは無情にも人生微糖に行くようだ。俺はナズナに『じゃあ、リサに連絡した方が良いか?』と聞いた。
だが突然、知らない声が聞こえてきてリサは「え? 誰かと通話していたの?」と不思議そうな声で聞いた。
『あ、すいません。俺はユウゴです』
「あら、リュウドウ一味に仲間が増えたの?」
確かにリュウドウ一味と言われると気分は良くないな。ナズナの気持ちも分かる。
「私はセト、この子はラパン」
「セトはー、元青少年軍事訓練生だよー」
人懐っこい笑みを浮かべてセトは自己紹介して、ラパンはセトの経歴を言った。
機体持ちは武装機体兵の肉体を移植した人々だ。移植した部位が武装機体兵並みの力が使える。人間離れの力を出せるため、武装機体兵並みに疎外される存在でもある。リサも腕を機体にしている。
ただ、【元青少年軍事訓練生】は知らない。
ついでに俺の秘密を言っておこう。
『俺は脳が無いっすね』
「あら、私も難儀な体だけど、あんたも大変ね」
当然の如く、軽く流されてしまった。
なんだか、自分の体が普通なんだなって思った。
大変お待たせ致しました。レモンクラッシュ、第二話連載します。
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