フキノの買い物
今日は休日でボケーッとしていると、着信音が鳴る。どうしようかな? 居留守使っちゃおうかな? って思っていると、着信がやんだ。だが今後はメールがガンガン届き始めた。
一体何だよ、と思いつつ、メールを見ると全部宛名はナズナで【早くフキノの電話に出てあげて!】とメッセージがあった。
どういう事だ? と思っていると、再び着信音が鳴り響き始めた。
仕方がない。出るか……。
『もしもし?』
「おはよう? 寝てた?」
『まあね』
別に寝てはいないけど、と思ったがそう答えた。
ナズナ、フキノはリュウドウと言うトラブルシューターの男が保護者として一緒に生活している武装機体兵だ。保護者と言っても道徳的な見本を見せているわけでも無い。むしろ危険な仕事をさせている。単に【保護者】というのは武装機体兵の【責任者】って言うものだろう。
『どうしたんだ? お前』
「あの……」
フキノの言葉がノイズで途切れてしまった。どうやら野外で最近、リュウドウが買い与えた腕時計型の電子端末で通話をしているようだ。通話も出来るし、発信機にもなる。しかも武装機体兵が地面に叩きつけても動く頑丈さ。これが安売りしていたので、リュウドウは全員分、買い与えたのだ。
「ごめん。……ヘリが飛んでいた」
『ちょっと視界を借りるぞ』
そう言ってフキノの聴覚と視覚を俺の意識にリンクさせる。これで俺にもフキノが聞いているものも見ているものも見聞き出来るのだ。
パッと切り替わって、フキノはリュウドウが所有しているビルの屋上にいるようだ。大きな影と風を切り裂く音が遠ざかると、随分と低く飛ぶヘリが見えた。
『あのヘリ何?』
「貨物用ヘリ。センバの海洋軍基地に向かっているんだと思う」
武装機体兵と言う物騒な奴らがいるので分かる通り、この国の情勢はボロボロだ。
数年前まで戦争は終わっているが、復興もままならないため、昔は首都のトキオの一角なのにもはや日雇い共の武装機体兵とその保護者の町のようになってしまった。そして首都は別の場所に変わっている。
『ところで何の用だ?』
「あのさ、リサから買い物を頼まれたんだ」
『じゃあ、行けばいいんじゃないか?』
「でも買う物を忘れちゃったんだ」
『じゃあ、またリサに聞けばいいんじゃね?』
「リサ、どこかに行っちゃった」
『じゃあ、もう諦めてお前の好きの物を買えば?』
俺の言葉にフキノは「俺が怒られちゃうよ!」と言って自分の腕を見る。そこには禍々しい文字がいくつも連なっていた。
『お前はいつの間に闇の力を腕に封印したんだ?』
「どういう事? この腕はリサが買ってきてほしい物をメモしたんだけど」
『闇の言語で書いたのか』
「普通にこの国の言語で書いたつもりだけど、うまく書けなかったんだ」
つまりフキノが書いたこの闇の言語を解読してリサが買ってきてほしい物を買わないといけないのか……。面倒くさいな。
そう思っているとフキノの腕時計型から着信があった。
『フキノ。四つのうち三つは解読出来たよ』
「え? 本当!」
『豚肉、卵、ナスだね』
「すごい!」
『あと一つは、分からなかったのでユウゴさんと一緒に解いてね』
「分かった」
どうやらナズナにも助けを求めていたようで、闇の言語を三つも解読してくれたようだ。うーん、さすが、ナズナ。長い付き合いの中でフキノの闇の言語を解読できるとは。
フキノは「ありがとう」と言って電話を切った。出来る事なら、ナズナも一緒に最後の文字を解読してほしかった。俺には荷が重すぎる。
フキノは満足そう「それじゃ、買い物に行こうか」と言った。
『最後の一つは考えなくていいのか?』
「まあ、買い物している時に思い出せると思う」
『ところでお前の腕にある闇の言語なんだけど、どれが豚肉で卵なのか分かるか?』
「分からない」
じゃあ、ダメだろう!
そう思っているとフキノは思いっきり駆け出して、屋上の柵をヒョイッと飛び越えて隣のビルの屋上に飛び移った。突然、パルクールみたいな事をし始めるため、びっくりして抗議の声をあげた。
『おい! ちゃんと降りて歩けよ!』
「いいじゃん。別に」
そう言ってまた屋上の柵をクルッと身体をひねって飛び、隣のビルの屋上へと飛び移っては走って行った。
元首都の大都会でブタとウシ、鶏の鳴き声が聞こえるなんて思っても見なかった。廃墟のビルと公園の芝生には放し飼いの鶏や豚が騒がしく鳴いて、フラフラしていた。
『え? ビルの中にブタとか飼っているのか?』
「うん、そうだよ」
時代は変わったな。ビルの中で家畜を住まわせるなんて。
芝生には、何故かウサギや鶏を普通に外で放し飼いをしていた。ウサギは見たことない茶色の耳が小さめな品種だった。
ふと俺は見覚えのある似顔絵を見つけた。真っ赤な髪をお団子にした女の子のイラスト。そして下には【アンズ、ここから先、立ち入り禁止】と書かれていた。
『なあ、アンズって、あのアンズだよな』
「そうだよ。そのアンズだよ」
フキノと意味の分からない会話になってしまった。アンズはフキノとナズナと同じリュウドウが見ている武装機体兵のやんちゃな女の子だ。
『アンズ、ここ立ち入り禁止なんだな』
「うん。去年あたり、ここを荒らしたみたい」
『イノシシか、あいつは』
するとフキノは芝生を囲っている低い網を跨いで、大人しそうなウサギを撫でる。丸々太っていて可愛らしい。
「ナズナはここが好きじゃ無いんだよね」
『ふうん。家畜の匂いとかがダメなのか?』
「いや、ウサギが可愛いのに出荷させられるから」
……え? もしかして今、フキノが撫でているウサギってペットじゃなくて出荷用なのか? このつぶらな瞳で丸々太った可愛いウサギを?
絶句していると巻き毛の金髪と大きな紫色の目の少年と深緑色の髪とキリっとした青い目をした少年が立っていた。二人ともフキノと同じくらいの年頃で、武装機体兵だ。基本的に武装機体兵は見た目がアニメや漫画のキャラ並みに派手な髪と目の色、そして綺麗な顔をしている。当然、フキノだって白髪と金色の目をしたイケメンだ。
「あ、ジョニとマック」
「何してんの? フキノ」
「卵と豚肉を買いに来た。それとウサギを触っている」
「そう、こいつ明日出荷するからいっぱい触ってあげてね」
天使みたいな雰囲気な金髪の少年は無慈悲にそう言い、俺の心を抉った。いや、出荷って言うなよ! これには呑気なフキノですらドン引きしている。
「そういう事を言うなよ」
「だって決まっている事だし」
『デリカシーゼロだな』
「ん? 誰かと通話しているのか?」
「うん。ユウゴって言う脳みそしかない奴」
ものすごく雑な俺の自己紹介にマックは「ふうん」と驚きもしないで相打ちだけして、二人は「僕はジョニ」「俺、マック」と答えた。
脳しかない俺に対して、あまりにも普通な対応。こいつらも生まれた瞬間から無機質な機械を持って生まれているんだから珍しくも何ともないのかもしれない。
そう思っていると巻き毛の金髪のジョニが天使みたいな笑みを浮かべて「ねえ、ユウゴ」と話しかけてきた。
「脳しかないって事は、他の部位は出荷されたの?」
『俺は家畜じゃねえよ!』
俺が怒ると二人はギャハハハと笑う。しょうもないジョークのようだ。
マックが「じゃあ、仕事しているね」と言って、ジョニと一緒には厳重な網で囲ってあるダチョウを追い回していた。何やっているんだよ、こいつら。
『あいつらは?』
「ここの牧場で働いている奴ら」
『……あのダチョウも出荷するのか?』
「そうでしょ。ここで育てているんだから」
そう言いながら、ウサギから離れてビル付近の入り口にある【ハヤカ肉屋】と書かれた看板の所に入って豚肉を買いに行くフキノ。
元々はお洒落なオフィスだったろうに、今では哀れにも肉がショーケースに飾られ、【店員が居なかったら大声で呼んでください】と書かれた札があった。
「すいませーん!」
「……あ、はーい! あら、フキノ君!」
バタバタと出てきたのは少し太めの中年のおばさんだった。愛想のいい笑みを浮かべて、楽し気に世間話をする姿は地域密着型のお店に居そうなベテランの店員って感じだ。
ただショーケースを見るとブタや鳥、ウシの他にダチョウとかウサギとかもあってゲテモノな感じは否めない。いや、マジであるのかよ。他にもごちゃ混ぜひき肉とか様々ソーセージとか、何が入っているのかよく分からない商品も置かれていた。
フキノは豚肉と卵を買った。
豚肉と卵を【人生微糖】というフキノ達がバイトしているお店の冷蔵庫に入れた。店長はリサで、この店はカフェと言い張っているが、オーナーのリュウドウが酒しか持ってこないので居酒屋となっている。
店内はテーブルもイスも統一感がなく、パイプ椅子や木材の丸椅子、樽のテーブルにビーチにありそうなプラスチック製のテーブルと様々だ。
『ところでフキノ。最後の買う物は思い出したか?』
「何それ? もう買い物は終わっただろ?」
『終わっていねえよ! まだナスを買っていないし、お前が残した最後の買い物メモの一つ残しているし!』
こいつ……、色々と忘れている!
フキノはあーそう言えばそうだったと言った顔で「じゃあ、駅地下で買いに行くか」と言い、店を出る。
そう言ってフキノは地下鉄構内の商業施設へと向かう。と言っても駅ナカの大通りに屋台などの路上販売員がたむろしているのだ。
大量に出てしつこい販売員もいるのだが、ピークタイムではないと割と少ない。フキノが入った時には、すでにいなかった。
『こいつらって何処からやってくるんだ?』
「近くの農場とか、隣の県から来ているとか、まあ、色々」
そう言ってナスを売っている出店に向かった。値段は書いていないのでフキノがいくらかを聞くとそこそこの値段をした。
「じゃあ、違う所で買うわ」
「ちょっと、待って!」
そう言って出店の店員はここがいかに安いか、他の店は割高と言う事を早口で説明をする。オレンジの髪の武装機体兵の店員で、このボケーっとしたフキノを結構いいカモだと思っているようだ。
「うーん、それじゃあ、ここで買った方がお買い得って事なのか?」
「そう、さあ、買った」
『ちょっと待てよ。フキノ。もう少し見て回って考えろよ』
俺がそう言うと店員は「誰かと通話しているの?」と聞くとフキノは「ユウゴって言う奴」とだけ言った。
「おい! 俺のナスが買いたくないって事か」
『なんでケンカ腰なんだよ。俺は消費者なんだから店を選ぶ権利があるんだよ!』
「知らねえよ! もうナスなんて売ってやらん!」
『分かったよ。じゃあ、次へ行くぞ、フキノ』
「なんで買いたいって思わねえんだよ!」
『思うか!』
そんなアホなやり取りをした後、別の店で良心的な値段のナスを見つけて買った。
『あとは最後の謎だな』
「それはもう大丈夫」
そう言ってフキノは通路の奥の方へと歩きだした。改札付近の所へ行くと路上販売の奴らが冷やしキュウリなんて物を売っている。
『買う物を思い出したのか?』
「ううん」
『じゃあ、何を買うんだよ』
「タバコ」
なんでタバコなんだよ。と思っているとフキノは「リサはヘビースモーカーだから、買うもの一つ忘れてもタバコを買えば許してもらえると思って」と持論を述べた。その意見には賛同する。
フキノがしばらく歩いていると、ひっそりとした小さなお店があった。
「すいません。タバコを一つください」
「あいよ」
小さな店には老婆が一人だけいてタバコの箱を一つ出してくれた。何というか、手作り感があるタバコだ。市販の物じゃないな、これ。
『なあ、フキノ。ここでいつもリサは買うのか?』
「うん、そうだよ」
『普通に市販の物じゃ無いだろ』
「おや、誰かと通話しているのかい?」
店の老婆が俺の声に気が付いたのでフキノは「うん、ユウゴ。脳しかない奴と通話している」と雑過ぎる説明をした。驚く事も疑う事もなく老婆は「あら、そうなの」と納得して、店のタバコを宣伝し始めた。
「このタバコは、確かにうちで作っている。しかも市販されている草をちゃんと使ってね」
『……タバコって国とかの許可が無いと作れないんでは? たばこ税とか言うのもあるし』
「許可下りる前に欲しいのよ、みんな。ストレス社会だって言うのに、タバコが無いんじゃ話にならない」
『あと市販された草を使っているって、当たり前なのでは?』
「他の店で吸ってごらんよ。リピーターを増やすため、大麻とか麻薬の草を入れているんだから」
『それ、リピーターじゃなくて麻薬中毒者』
俺の突っ込みに老婆は鼻で笑う。そして「ここは純度百パーセントのちゃんとしたタバコで作っているんだ。安心と信頼で販売しているの」と得意げに言った。安心と信頼で違法販売しているって事か。
ちょっとお使いしただけなのに、この世界の闇に軽く浸かってしまった気がした。
*
「ただいま」
「ああ、お帰り」
お、リサも帰っている。
人生微糖のキッチンを覗くとフキノが買ってきた豚肉で居酒屋のメニューを作っているようだ。油を引いたフライパンにシャアーッと炒める音が心地いい。
「残りのナスを買ってきた。でも一つ買う物を何なのか忘れて買っていない。あとタバコ」
「ああ、ありがとう。なんだ、全部買って来れたじゃん」
「あれ? タバコも買うんだっけ」
「そうよ。豚肉、卵とナス、そしてタバコって言ったでしょ」
どうやらヤニカスのリサのご機嫌を取るために買ったタバコが、まさか最後のリストだったとは……。
衝撃では無いけど、呆然としている俺達の前でリサはフキノが買ったナスを受け取り、タバコをプロパンの火をつけて吸う。
「あー、うまいわ」
そう言った後、フキノに店の準備をする指示を言った。
フキノのお使いが終わった後、ナズナは【人生微糖】のバイトに遅れると言うメールがあった。このメールを見たリサは気だるげなため息をした後、俺に隠れて言った。
「ユウゴ、悪いけどナズナの様子を見てきてくれない?」
『え? なんで?』
「遅刻の理由を無いから、何か後ろめたい事をしているかもしれない。私の考えすぎかもしれないけれどお願い」
考えなしに突撃したり喧嘩を売られたらお買い上げ上等の問題児 アンズなら心配するけど、ナズナは割と大人びているしトラブルを起こす子じゃないと思うんだよな。
そう考えたがもう一度、リサに「お願いね」と頼まれたので『分かった』と言った。




