人類が電脳だけで幸福に過ごせるようになるには、まだ早い
『お久しぶりですね、ユウゴさんとトウマさん』
コナツさんを救出して一週間後、再び生意気金魚が突然現れた。
『改めて無事にコナツさんを救出してくださり、ありがとうございました』
『白々しいねえ。社会不適合者の俺を使ってコナツさんを助け出すようハルキに依頼するよう勧めたんだろ』
『我々が助けてもよかったんですが、表舞台に立ちたくないんですよ。我々、アクアリウム・クオリアは』
『じゃあ、俺に報酬とかないのかな?』
コナツさんを助ける時、リュウドウほど前面に出していたわけじゃないが、下心がなかったわけではなかった。
リュウドウが売りさばこうとしていたコナツさんの機体はベルが回収して、リュウドウの元にはかなりの謝礼金が入り、手伝ってくれた人やナズナ達にもお金が渡された。ナズナとフキノは借金の半分をそれで返し、アンズの分は強制的にリサが預けられていた。
俺も謝礼金の半分くらいは入ってくるだろうと思っていたが、ナズナ達と同じくらいの報酬しかもらえなかった。
俺はリュウドウとの忌々しい会話を思い出した。
「はあ? もっと報酬が欲しい?」
『お前は手柄を横取りしただけだ。俺は彼女を保護して、彼女の身体の場所を特定したんだ! もっとくれたって罰は当たらないぞ!』
「でもその身体を見つけたのは、俺の武装機体兵だぞ。そしてチアキの姉ちゃんと交渉したのは俺だ。ほとんどお前は動いていないぞ!」
そう言って奴は報酬のほとんどをもらっていった。くっそ! こういう時、電脳から出れない事が悔やまれる!
お金がすべてじゃないけれどアクアリウム・クオリアから誘導されて救出したんだ。ちょっとくらい褒美をもらっていいじゃないか。
すると金魚は『ありますよ? ほら』と言ってヒラヒラッとヒレを動かす。何やってんだ? と不思議に思っているとトウマは舌なめずりをして言った。
『ユウゴ、こいつ自分を食べてって言っているの?』
『トウマ、食っていいぞ』
俺がそう言うと金魚はスッと上に逃げてしまった。
『ひどいですね。食べてしまうなんて』
『意味の分からない動きをかわいい姿と言って、それをご褒美にしようとするお前の方がひどいよ』
クスクスと笑って、俺の方に戻ってきて金魚は『さて、ユウゴさん、トウマさん。どうです? この日常は?』と聞いてきた。
『現実に出れない事が難点だな』
『フフフ、その言葉が出るなんて、肉体があった頃のあなた達が聞いたら驚くでしょうね』
記憶が無くなる前の俺はどんだけ現実世界にコンプレックスがあったんだろうか。
俺は言葉を紡ぐ。
『人類が電脳だけで幸福に過ごせるようになるには、まだ早いって事さ』
『それは電脳の技術的? それとも人類の進化的、にですか?』
金魚の質問には俺は答えなかった。回答を期待していたわけではないらしく、金魚は事務的に喋り出した。
『実を言うとアクアリウム・クオリアから出て行ったあなたをまた眠らせようと考える人は少なからずいました。あなたの記憶が失ってもレモンクラッシュの影響力はあります。でも我々が誘導し違法な事をしましたがコナツさんの意識を保護し身体を見つけました。それを評価してあなた方はフリーランスとして活動しても大丈夫ですよ』
金魚は『これで以上かな』と言って、俺の周りをのんびり一周する。
『あ、大切な事を言い忘れていました。リュウドウさん宛にメールを出しましたので、絶対に読んでください。一応忘れるかもしれないので、前もってリュウドウさんにメールを出すって電話で言ってます』
どういうメールだ? と聞こうとした時、空間は消えてしまった。
リュウドウの空間に戻ってきた瞬間、電話が鳴った。出ると「おい、ユウゴ!」となんかイラついているリュウドウの声が聞こえてきた。
「アクアリウム・クオリアって言う組織から電話があって、この時間にメールを送るって言っていたけど、どこにあるんだよ」
『あー、ちょっと待って』
そういってメールボックスを見ると溢れているエフェクトがあり、すでに見たくないなと思う。そしてリュウドウに「ちゃんと整理しておけよ」と文句まで言われて、やる気をなくす。
「と言うか、電話番号を教えていないのに何でかかってきたんだ? お前、教えたのか?」
『教えていない。そもそも俺は黙ってアクアリウム・クオリアを去ったのに、なんでバレてんだろう?』
「しかもメールボックスが整理できないから電話で連絡されているじゃん」
『お前がダイレクトメールを解約しないからだろ!』
「だからお前を雇ったんだろ」
リュウドウが呆れて言ったところで、ようやく目当てのメールが見つかった。
そこにはコナツからのメッセージで【通話カメラでお話しできるようになったので、お話ししても大丈夫でしょうか?】とあった。
「お、ナズナもコナツの嬢ちゃんの事を心配していたからちょうどいいじゃん」
リュウドウはそこそこ早いタイピングでコナツにメールを返した。
「ねえ、まだなの? ユウゴ」
『ちょっと待てよ、アンズ』
人生微糖のお店が開店する前にナズナ達は座敷のちゃぶ台にリュウドウの電子端末を置いて、コナツの電話を待っていた。だがまだ約束の時間にもなっていないのにアンズは早くも飽きてきている。
一方のナズナは髪の毛をいじって「髪型、大丈夫かな?」とフキノに聞いて、「大丈夫じゃないの」と適当に返した。
「もう! ちゃんと見てよ」
「うわ、やめて、ナズナ」
そう言ってナズナはペシペシとフキノを叩く。叩かれたフキノは意味が分からないとばかりに不機嫌そうな顔になった。それをアンズは笑って「イチャイチャしているね」とからかう。
座敷の襖は開けておりリュウドウはカウンター席で酒をあおりながら言う。
「おい、もしコナツの嬢ちゃんが俺に惚れていたら、居ないって言ってくれよ」
「あんたみたいな小汚い悪党を惚れるわけがないじゃない。自惚れもいい加減にしな」
「はあ? 俺のどこが小汚いんだよ! リサ!」
「見た目も中身も生き様もすべて小汚いよ」
キッチンでお店の仕込みをしているリサが呆れながら言い、リュウドウは「うるせー」と言って酒をがぶ飲みする。それを見てナズナとフキノとアンズが笑う。
そんな時に着信が響いて、俺が『コナツから電話が来たぞ』と告げる。
三人は待ってましたとばかりに、すました顔でコナツからの電話に出た。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
実を言いますとこの話しを【第一話】として、この先も物語として続けようと思っています。
続編はまた夏から秋にかけて、投稿しようと思っております。気長にお待ちくださいませ。




