こうしていつも通りの日常に戻る
誰もいない電脳空間であるトキオ・シティは世界が終わったような空気感があった。レモンクラッシュのアバターをつけた俺とフワフワと花クラゲが隣で浮かぶ。
【俺もアクアリウム・クオリアから出て戦時中の記憶を失い、弱視になった。でも電脳空間は直接、脳に情報が入るから弱視になっても平気だし、名ばかりの社長だから喋らなくても平気と思っていた。でも電脳だけだと随分ともどかしいものがある】
『まあな。例えば直接、助けに行けないとかな』
【電脳空間も刺激的だけど、現実もなかなかのものだったよ。でもこの体と自由じゃないから。君たちの友達が住んでいる最寄りの駅ナカとかは、ちょっと行ってみたいと思った】
『あ、見ていたんだ.。まあ、見ている分には面白いよ、あそこの地下鉄の駅は』
ナズナの視界と聴覚をリンクして現実世界のコナツは見ていたけど、ハルキも見ていたんだった。それにしてもあんなカオスな地下鉄の中を気に入るなんて思ってもみなかった。
【改めてコナツを現実世界に戻してくれて、ありがとう。それと話が出来て楽しかったよ】
『あの俺に記憶があった時に、会った事があるの?』
【会っていると言っておく】
やっぱり、会った事があるのか……と思い、『どんな人間だった?』と聞いた。
【うーん、それについてはアクアリウム・クオリアに口止めされている。だけど……そうだな唯我独尊がアバター付けてやってきたような奴だったよ】
トウマじゃねえか。
俺が呆れていると、ハルキは黒いウィンドウのメッセージが出てきた。
【それじゃ、また】
『あ、はい』
また遊ぶ約束を交わした友達のように言ってハルキはメッセージを出して、消えていった。
なんか記憶がある俺を知っている人間に話しを聞いて、ちょっと不思議な気分だった。高揚した感じとは違うけど、謎だったパズルが解けてスッキリしたような気分だった。
この気分を噛みしめようと思った瞬間、電話の着信がガンガン響かせていた。相手はリュウドウだった。
「よう、ユウゴ! 今からシラヌイの車のドライブレコーダーと盗聴器のパスワードを言うから、映像を見てくれよ!」
『はあ? なんで?』
「見たら分かる! とにかくスゲーぞ!」
リュウドウは一気にパスワードを言うので、急いでシラヌイのドライブレコーダーのログイン番号とパスワードを打ち込んだ。映像はフロントガラスの上につけたカメラからのものだろう。今の所、かなり空いている旧高速道路を法定速度超えて走っているだけだった。
やがて例の料金所が見えて、隣と後ろに走っていたリュカとクラウのバイクが前に行くと同時に、金属の塊が見えてきた。四角の積み木を積み上げて作ったような体。レトロなブリキのロボットのようで、つい最近見た機械だった。
そして聞いたことがある女の子の高笑いが聞こえてきた。
「アッハハハハハ! 突き進め! メガトンロボ! 火炎放射だ!」
「アンズ、火は吹けないよ」
「危ないから、座って」
ズームで見るとアンズがロボットの頭の上に仁王立ちで腕組みし、悪役が言いそうなセリフを叫んでいた。そしてロボットのネーミングセンスがない。肩の方を見るとナズナとフキノが座っていた。どうやら、フキノが操縦しているようだ。
絶句しているとリュウドウが「うわー、久しぶりに見たな」と感慨深げに言った。
「シラヌイが旧高速道路の料金所の奴らを追い出す許可を警察からもらったから、コナツの嬢ちゃんがいる施設の警備員が乗っていたロボットを奪い取って、料金所の奴らを追い出す手伝いしようと思ってここまで動かしたんだ」
『……このロボットって道路を走っていいの?』
「道路交通法では大丈夫。実際に動かしている奴はいないけどな」
再びカメラではロボットに驚いて料金所の奴らが逃げ出していた。さすがにロボットがやってきたら武装機体兵もびっくりして逃げ出すだろう。保護者の大人たちが逃げ出す武装機体兵に「おい、戻れ」などと命令するが従うわけがなく、結局大人たちも逃げ出している。
シラヌイは鼻で笑い「この辺でずるい事をするからいけないんだ」と逃げ出す普通の人を見ながら言った。リュカとクラウはバイクの速度を落として、「すげーな、あのロボット」「俺達、もう必要なくない?」と見上げる。
これで料金所は消えて自由に高速道路を走ることが出来る。ツアー以外の一般の人もトキオ・ランドに来れて、ココロの両親たちがやっているお店にも立ち寄るかもしれない。
逃げていく奴らを見ながらアンズは更に高笑いをする。
「アッハハハハハ! 正義は勝つ!」
「どの面下げて正義って言ってんだよ。アンズ」
「お前は完全に悪だ」
バイクを止めながらリュカとクラウは呆れたように正論を言う。
チラッとカメラの端を見ると戦前だったらまだ明るかった町並みは火が消えたように真っ暗だった。住宅や建物も半壊しているし、誰も復興しようと思わず捨てられたのだろう。
「コナツだっけ? 現実に戻ったら、いろいろ変わっていて地獄で大変だろうな。こんなんだったら電脳空間のままの方が良かったって俺の事を本格的に恨むかもな」
『実を言うとリュウドウ。ナズナの視点を通して現実世界を見ているんだよ。旧ショッピングモールの事件とか』
「はあ? そうなの? まずいなあ。だとしたら、この色男に惚れるだろ。お嬢さん、この俺は根っからの無法者。惚れちゃあいけえよ」
リュウドウが言葉に俺は正直に『馬鹿じゃね』と返した。何が、惚れちゃいけねえよ、だ。自嘲的に笑うリュウドウに俺は呟く。
『コナツにはひとまず、地獄にようこそって言ってやろうかな』
俺の言葉にリュウドウは笑った。
でもコナツさんは電脳空間に戻りたいとは言わない気がしていた。彼女は家族に会いたいって思っている。そう思えば、彼女は地獄だろうと構わない気がした。




