悪党になってもいいかな
「お前、よくもこんな面白い事を俺に言わなかったな! 電脳疎開なんて! しかも居候の身のくせに女の子を連れ込みやがって!」
『人聞きの悪い事を言うな! と言うか、なんで知っているんだ? いや、どうしてここにいるんだ?』
「俺の車の中にも発信機と盗聴器を付けているんだよ、盗難防止のために。そしたらお前とナズナ達が電脳疎開したお嬢さんの身体を探しに行くって聞いて、麻雀やめてここまで来たのさ!」
そしてリュウドウは「悪い事は出来ないな、ナズナ!」と言い、ナズナは不貞腐れた感じで「すいませんでした」と返した。
更にガチャガチャと物音が聞こえてきた。チアキはちょっと戸惑った感じで『あの、何か物音が聞こえません?』と聞いてきた。
「ああ、機械の中に入った女の子を救出しているんだよ。たまたま麻雀をやる面子が機械修理屋や武装機体兵の闇医者とかいたからな。そいつら誘ってここまで来たのさ」
リュウドウの後ろで「本当に電脳疎開している奴がいるなんて思わなかったけど」とぼやく声も聞こえてきた。この声は武装機体兵の闇医者の声だろう。
リュウドウの素早い行動によりチアキのアバターは開いた口がふさがらなかった。しかし『あの、すいません』と話しかけた。
『今すぐ、コナツの救助をやめてもらえないでしょうか?』
「えーっと……、どちら様?」
『私はスズミヤ チアキ。電脳疎開しているコナツの姉です。とてもありがたいんですが中止してもらえないでしょうか?』
リュウドウは「チアキさん」と出来る限り誠実そうな声で喋る。
「なんで現実に戻したくないんですか?」
『武装機体兵がまだいるからです』
リュウドウは「ほう」と相打ちを打つと、チアキは出来る限り冷静に話す。
『私は戦後すぐに武装機体兵に住んでいた疎開地を破壊され、母やその街の人を殺されました。こんな危険な生き物を野放しにして、私達の生活に侵食していく。それが恐ろしくてならない。だから妹のコナツにはまだ戻したくないんです』
悲惨な過去に対して「ほう、なるほどなるほど」とものすごく他人事のように相打ちをリュウドウはする。
「PTSDの武装機体兵だな」
『PTSDって、ストレス障害の一種ですよね。え? なるんですか、武装機体兵が』
「普通になる。遺伝子強化して機械を入れられても。しかも前線で戦っていた奴らだし、普通の人間よりなる可能性はかなり高い。しかもそういう事を考えておらず、普通の機械よろしく戦争に出したから障害を持っているのに気づかない。それで放置して大事件が起きたって感じ。戦時中、あいつらは素直だったし従順だったから、こんな事件を起こすなんて思ってなかったんだ」
『そんな人間をどうして野放しにしているんですか?』
「そりゃあ、また戦争が起きるかもしれないし、働き手を失いたくないから。危ない仕事はほとんど武装機体兵がやっている。代わりに戦って働いてくれる、便利な奴らさ」
『便利な奴らだから、多少の被害は我慢しろって事? バカにしないでよ!』
「……まあ、まあ、落ち着いてくださいよ」
リュウドウは半笑いでなだめる。
「PTSDの武装機体兵は大体殺されているか軍の研究所の検体にされていますし、それに今はそんな事件が起きていないだろ?」
『でも犯罪率は武装機体兵が高いですよ』
リュウドウは「まあ、そうですね」と申し訳なさそうな感じで相打ちを打つ。聞きなれない敬語だからなのか、いつもの自信ありげな言葉が失われている気がした。
リュウドウが黙ったのでチアキはまくし立てた。
『あなた方は武装機体兵と一緒に仕事をしているから、悪く言えないんだと思います。世間でも必要悪として見ているんでしょう。だけど私は恐ろしくて許せないんです! お願いです! 妹にこんな世界に戻したくないんです!』
「分かりました。中止にしましょう」
え? 分かりました? チアキの申し出になんで同意するんだ? ナズナも修理屋と闇医者の「え?」「はあ?」「なんで?」と声が聞こえてきた。
「当たり前だろ。あちらの上級市民は俺達のような野蛮な人間が保護者をしている武装機体兵が嫌すぎて、電脳の方がマシって事で妹を疎開させているんだから。上級市民様は発想が違うのさ」
周囲に言い聞かせるように言っているが、思いっきり嫌味を言うリュウドウ。これにはチアキも『悪かったわね』と呟いた。
だが何もなく中止するつもりはないらしく、すぐにリュウドウは「ただし、条件があります」と言って、ちょっと言いにくそうな感じで続けた。
「実を言うと我々は人命救助なんてどうでもいいんですよ。コナツさんが入っているカプセルが欲しいんです。恐らくバラして売ればいい金になります」
突然のクズ発言にチアキは『……はあ』とドン引きを隠そうとしない相打ちを打つ。
「でも中止すると……」
『つまりお金が欲しいって事ですか?』
「そんな厚かましい事言いませんよ。ただね、ここまで来た意味は無いなとは思いますね」
このクズ過ぎる発言にチアキは言葉を失っていたが、ようやく頑張って『いくらで?』と聞いた。リュウドウはその質問に誠心誠意に答えた。
「一兆円ですかね。電脳空間の大手メーカーのベルなんだから」
『リュウドウ! 高いよ!』
「はあ? ユウゴ! これでも安いくらいだぞ! 俺は豪遊したいんだ! 楽して生きたいんだ! お酒といっぱい飲みたいんだ! 日中、働かずに遊んで生きたいんだ!」
もはや最低と言わんばかりのセリフである。欲の塊か、こいつは。自己中心的な理由を言った後、「で、払えますよね?」と期待を持って聞いてきた。
『払えるわけないでしょ! 戦争と災害によって大不況なのに、そんな高額な金額出せない』
そしてチアキは『警察に通報する』と言いだす。するとリュウドウは「何の罪で俺は捕まるんだ?」と聞いてきた。
「俺達はコナツの嬢ちゃんが現実に戻りたいって言っているから、こうして救助活動しているんだぞ。しかもこの嬢ちゃんは二十歳なんだから未成年を保護していますって言うのは通用しないぞ」
『あの子は、現実を知らないんです! 武装機体兵がいる現実より電脳空間にいた方がいいです』
「俺的には電脳空間で一人、AIと一緒に景色も何も変わらない場所で何年もいる方が地獄だと思うけどな。世界がどうなっているか分からなくて不安になるだろうし」
『……それについてはアップデートさせます』
「そういう問題じゃねえだろ」
なんやかんやでリュウドウのペースで会話が続いている。それをポカンと聞いていると、俺の目の前にウィンドウが出た。
【君達の上司、すごいな】
上司じゃないんだけどな、とハルキに言いたかったがそれどころじゃなくなってしまった。
「じゃあ、こうしよう! 俺達が勝手にやったって事にしようぜ!」
リュウドウの発言に全員『はあ?』と言った。
「正直あんたの身に起こった不幸に対して、慰めも正論も諭す言葉も見つからない。俺は学がないし、あんたは共感してほしくないだろう。だがこのまま引き下がりたくはない。だからデリカシーがなく思慮が浅い悪党が偶然、コナツの嬢ちゃんを発見して勝手に現実へ戻した。そう思えば、コナツの嬢ちゃんがもし現実が嫌になっても俺達を恨めばいい」
「……え? ちょっと待ってください。私達も悪党の一員って事ですか?」
ナズナが嫌そうな感じで言う。リュウドウは「おう」と答えた。その瞬間、周囲の連中が「リュウドウの一味か」と嫌そうに言う。それを無視してリュウドウは続ける。
「俺は犯罪行為スレスレの仕事ばっかりやっているし、俺を恨んでいる奴は多いから一人二人増えても問題ないから」
命の値段が軽すぎて、ドン引きしているチアキが『意味が分からない』と呟いた。
『おかしいですよ。恨まれてもいいって』
「そうかい? それでも現実に帰りたいって願っているんだったら、俺は悪党になっても出してやりたいって、そう思ったのさ。ロマンがあるだろ?」
「ロマンチストなのか守銭奴なのか、分からないですよ。リュウドウさん」
「ナズナ、人にはいろんな顔がたくさんあるんだよ」
お前はそんな深い人間でもないだろうと思っていると、リュウドウは「とにかく!」と大きな声で言った。
「俺は現実に戻してと言っている奴を助ける! そして機材をバラして、高く売ってくれる所を探して、売る! 以上だ!」
明らかに救出より機材の転売の方が目的のような言い方で、ブツッと途切れる形で電話が切れた。
チアキのアバターは俯いて座り込んでしまった。話しかけたら怒り狂いそうな雰囲気さえ漂っているが、その場を立ち去る事も出来なかった。
その時、フワフワとユリの花クラゲのハルキがやってきて、ウィンドウを出した。
チアキはウィンドウを操作して読み進めた。何を読んでいるんだろうと気になっていると俺の目の前にもウィンドウが出てきた。それはコナツの日記と精神のバロメータだった。
電脳空間に入った当初、ストレスはなかった。だが、一年も経たないうちにストレスが高まり、俺と出会うまでかなりの高さになった。安定剤を定期的に打っているが、結構な頻度だ。
『間違っていたのは、私か。ストレスで精神的に大きな負担になっていたのね』
『あなたの気持ちは分かります』
『同情は要らないわ』
そう言って立ち上がり、『コナツを迎えに行くわ、ハル兄』と言って消えていった。




