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電脳疎開事件当日、もしくはいつも通りの日常②


 しばらくして『ウナアアアア』と大きな伸びをしてトウマは起きた。

 そして優雅な動きで俺のカートゥーン風の足にすり寄る。液体猫のアバターらしく半透明の黄色い体にゼリーのように柔らかそうな猫だ。触るとプニっとした感触で心地よい。思わず触ろうと手を出すが、ひょいっと逃げてしまった。気まぐれな奴だ。


『おはよう、トウマ』

『おはよう、ユウゴ。今日は面白い夢を見たよ』


 脳しかなく、しかもくっついているのに俺達は別々の夢を見る。不思議だなと思っていると、トウマはゆらっと尻尾を揺らして話をつづけた。


『雷と地響きが鳴り響く夢さ。とっても面白かったよ』

『悪夢じゃん』

『特にユウゴが、すごく面白くて悲鳴をあげながら雷にあたっていた』


 もしかして今まで鳴り響いていた着信音や目覚まし、ナズナ達の地獄のトライブを見た時の俺の悲鳴を寝ながら聞いて、そんな夢を見たのかもしれない。だが客観的に見て面白い夢じゃない。


 そしてダイレクトメールがいつの間にかいっぱいになっているリュウドウのメールボックスを見て『わあ、メールがいっぱい』とトウマは言った。


『メールがいっぱい、じゃねえよ。言う前に片せ』

『えー、やだ』


 そう言うとトウマのアバター、液体猫はスルッと形を失い水たまりになった。このアバター、感情で姿が変わるのだ。ちなみに俺のペットボトルのアバターは中身が空になっており、液体猫のトウマが入れる構造になっている。


『ユウゴがやって』

『お前な、俺が現実世界であたふたしているのに、優雅に猫暮らしをしてんじゃねえよ』

『僕だって手助けしたいよ。でもリュウドウ達には僕の声も聞こえないし、ユウゴと一緒じゃないと他の電脳空間に行けないもん』


 そう言うとトウマは水たまりのまま拗ねてしまった。そうトウマの言う通り、こいつには色々行動制限があるのだ。


『でもメールボックスの整理は出来るよな』

『さて僕はニュースを読もう』


 俺の話を聞こえないふりしてトウマはスルッと固体の猫になってフリーダムジャーナルのサイトを出して器用に尻尾や前足で操作して、読み進めている。聞け! 俺の話を!


『お、このニュース、面白いぞ!』


 そう言って体験電脳空間をトウマは展開した。過去に起こったものを一時的に記録にして体験できる電脳空間だ。俺達のいた空間は一瞬にして精密で綺麗な街、電脳空間 トキオ・シティの多くの店があるタケカミ通りになった。そして通りを封鎖するかのように多くのアバターが占拠して、叫んでいる。


『電脳空間は幻だ! 現実に目を向けろ!』

『まだ復興できない世界に目を背けるな!』

『過去に囚われるな! ここは首都 トキオじゃない!』

『今こそ、電脳空間を壊して、現実世界の復興を目指そう!』


 アンチ電脳のデモ隊だった。彼らは電脳世界に入る人々を現実世界から逃げている、電脳空間ばっかり入っているから復興が進まない、と言って電脳空間に抗議したりしている。

 特にここ、トキオ・シティは戦前のトキオの観光名所などを模写した場所のため人気の電脳空間だが、同時にアンチ電脳の宿敵と化している。

 通りが通行止めになっているため、遊びに来た一般のアバターたちは迷惑そうな顔をしている。中には『別の所でやれ!』と怒っている奴もいる。


 そんな時、空から花がゆっくりと落ちてきた。


 デモ隊や普通のアバターが不思議そうに空を見上げるとサクラの花、チューリップ、ガーベラ、ユリ、朝顔、などが花びらを下にしてフワフワと幻想的に頭上に舞い降り、デモ隊も観光客も見入ったように見上げている。

 そして花達はデモ隊のアバターにくっついたと思うと、ゆっくりと持ち上げた。デモ隊のアバターたちは何が何だか分からず呆然となり、されるがまま持ち上げられて、通路の端っこに移動させられてしまった。

 愛らしい花達はすべてのデモ隊を移動させると、上にゆっくりと上昇し消えていった。

 

 そこで体験は終了となった。



『トキオ・シティの管理人で、電脳関連の機器を製作、販売し複数の人気電脳空間を所有しているベルの社長 スズミヤ ハルキのアバター 花クラゲさ』


 得意げにトウマは話す。


『この花クラゲは電脳空間を作るのはもちろんバク処理もしてくれる。デモ隊さえもね』


 俺はこの体験電脳空間と一緒に載せている【トキオ・シティ、デモ隊を花クラゲで一蹴する】と書かれた記事を読んだ。そしてコメントは【デモ隊を圧倒させる花クラゲはすごい】と書かれている一方で、【デモ隊をバグとして扱っている】と言う賛否両論だった。


『どうなんだろうね、人をバグとして扱っているって』

『と言うか人に迷惑をかけるんだったらバグだよ。そもそも電脳空間で反対運動をやっている時点でおかしいよ。そんなに電脳が嫌なら、現実に行けばいいのに。お! ベルの広報のチアキが説明動画を出している』


 パッと空間が変わり、クリーム色の背景と台座があり、そこに狐耳と尻尾を付け、金色の長い髪に藍色の着物を着た中性的で綺麗な人型のアバターが立っていた。


『本日は昨日のデモ隊との衝突について、ご説明させていただきます』


 狐の擬人化したアバター、スズミヤ ハルキの妹 チアキが口を開いた。それと同時にアバターの瞳の色が顔の角度によって変わっていくのに気が付いた。正面を向いている時は青いのに、下を向くと紺になり、上を向くと水色になる。


『チアキのアバターの目の中は凝縮した電脳空間が入っているんだ。これでいろんな記録を残せる。他にこんな風に目の色を変えることが出来るのさ』


 目の色がちょっと変わってくると、じっと見てしまう。……話の内容は入ってこないけど。

 話の内容は大まかにデモ隊をバグ処理のように扱ったことに対しての謝罪、今後はデモが出来る場所を提供するとのことだった。


『デモ隊もトキオ・シティにお金を出して入るお客様だからな』


 トウマはそう皮肉気に言った。




 トウマは別のサイトを見ているので、俺もニュースを見ようかなって思っていると、電話が鳴った。


「ユウゴ! 頼む!」

『その前に誰だよ』

「ランプ堂のサトウ、あああ、ヤバいいいい!」

『どうした?』

「トイレ行きたいけど、一人で店番しているから抜けられない……。だから代わりに店番を、あ、まずいまずいまずい!」

『緊急事態だな。で、いくらで……』

「じゃ、お願いね! ひいいいいい! ……ブチッ」


 やるとも言っていないのに電話を切られてしまった。仕方がない。店番をするか。

 トキオの地下鉄の駅の中には武装機体兵専用のホテルや飲食店が多くあり、まるで迷宮のような空間になっている。


 サトウの店、古本屋 ランプ堂の無人レジと監視カメラをハッキングして、店内の様子を見る。まだ午前十時だから客はいない。とはいえ、人がいないと万引きなどがあるのでこうして監視をしないといけない。店内には所狭しと棚が並び、棚にもギュウギュウに本が並んでいる。

 更によく見ると棚も商品の本すらも手作り感があるものさえある。戦争でいろんな人が死に政府も手が回らないため、建築基準法や著作権などなどの高尚なルールが消え失せている。そもそもここで不法にお店を出しているので、存在自体が罪の塊だ。

 店の外の監視カメラを見る。元々は地下鉄駅の商業施設できれいに商品がディスプレイされていたのだろう。だが今は道で寝ている武装機体兵やスプレーで落書きした手作りの看板を出して八百屋が開店され、その隣で【幸せを運ぶ竹】と書かれたボードと幸せとは程遠い貧相な竹が並んでいるのが見える。……この竹、売れるのかな?


 店前のカメラを見ていると黄緑色の髪をした顔がそっくりな少年二人、リュカとクラウが走ってきて店に入った。


『いらっしゃい。万引きするなよ』

「お客を最初から泥棒扱いするなよ」

「あれ? ユウゴじゃん。リュウドウのパシリをリストラされて、この店で働きだしたの?」

『腹を壊した店長がトイレに行っている間、店番しているだけだ。あと、俺はリュウドウのパシリじゃない! フリーランスなの!』


 二人は「ふうん」と興味なさそうに相打ちを打って、手作りの漫画雑誌を手に取っていた。

 戦前は電子書籍がほとんどだったが、今は電子機器がほとんどないので紙の本が主流だ。特に武装機体兵や低所得の人は、電子端末は持っていない奴が多いから紙の本はまだまだ現役だ。


『そういえば、お前ら運送の仕事は?』

「今日はお休みなの」

『お前らってST高速道路の料金所って知っているか?』

「知ってる!」

「意味不明な権利を突き出して料金とってくるんだ! うざい奴ら!」

『なんだ、知っているんだ。だったらお前らの上司が止めさせに行かないのか?』


 武装機体兵を雇っている連中は血の気が荒い奴も多い。こういう時は忙しい警察の代わりに、会社の社員と武装機体兵が直々に止めさせに行くこともある。


「それがいけないんだよね」

「まだ警察の許可が得られないからね」

「それはそうと、なんで電子に引きこもっているユウゴが料金所の事を知っているの?」

『引きこもりじゃない! 料金所近くで事故があったってナズナ達から連絡が来たの』

「フキノが料金踏み倒したら追いかけてきたから無理に撒いたり、アンズが車を襲って事故ったんじゃなく?」

『すごいな、ほぼ正解だ』


 リュカとクラウは軽く笑った。

「これください」

 別に言わんでもいいのに、二人はそう言って無人レジで精算して、店を出た。俺は『毎度ありー』と言って二人を見送った。



 数分後、ようやく店員のサトウが帰ってきた。


「あー、すっきりした。尻から火が噴いたかと思ったよ」

『汚い表現だな。間に合ったのかよ』


 親指立てて「大丈夫」とさわやかな笑顔でサトウは言った。四十代の頭皮が寂しくなった小太り男のさわやかな笑顔は、何一つ生産性を持たない。


『そりゃあ、よかったな。じゃあ、俺の給料は』

「ん? 何の話?」

『おい!』

「冗談だよ。じゃあ電子書籍一冊無料でダウンロードしていいよ」


 そう言ってサトウが操作すると俺の目の前に電子書籍の一覧が出てきた。俺的にはお金がいいんだが、電子書籍でもいいかと思って一冊選んだ。


「お客は来たかい?」

『リュカとクラウ。そこの漫画雑誌を買って行った』

「嬉しいねえ。俺が集めて作った短編漫画雑誌が売れて」


 ホクホク顔で言うサトウ。本棚に並ぶ手作りの雑誌はこいつが勝手に厳選して自ら印刷したアンソロジーとなっている。

 一度、著作権って知っている? と聞いたことがあった。情けない男ではあるが知識はそれなりにあるので、完璧な答えを返してきた。その上で「規制されたら、さっさと辞めるさ」とも言っていた。

 戦前の常識もルールも失われた現実世界が嫌になるのもわかる。だから電脳空間に逃げ込むし、デモを起こしているのかもしれない。あそこなら花が追い払ってくれるだけだし。

 




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