コナツの選択
思わず絶句したのにチアキさんは『あなた方は何者なんですか?』と聞いた。
「コナツさんが現実に戻りたいとお願いされたので、それを叶える人間です」
『武装機体兵でしょ』
「そうです」
無表情なアバターでもわかる、ワナワナとした怒りがチアキさんから感じられた。そして『コナツの身体が保管されている場所って警備員がいるはずなんだけど』と聞いた。
「あ、居ましたね。武装機体兵の一人。倒しましたけど」
『はあ?』
「警備員のモチベーションが低すぎて、三人でさっさと倒しました。私達はコナツさん救出するために施設へ入りましたが、もし気合の入ったヤンキーや強盗だったら、コナツさんは人質にされてしまいますよ。警備員はロボットで脅かすだけですから……」
警備員が憎き武装機体兵だけという事実にチアキさんは愕然として黙っている。
だけどはっきり言って普通の人間を警備員として置くより、武装機体兵の方がコスパ良いんだよな。
『警備員は別の会社に変えます。もういいでしょ! あなた達には関係ないのだから!』
ナズナの話にイライラしてチアキは声を荒らげる。感情的になったチアキにナズナは静かに「関係なくないです」と答えた。
「私達はコナツさんを現実に戻してほしいとお願いされました。私達はこの願いを叶えたいです!」
『それなら、もう結構よ。これは家族の問題よ。口出ししないで!』
「コナツさん、答えてください!」
ナズナは突然、コナツに話しを振った。突然、呼ばれたコナツは驚いた。
「もう一度聞きます。何かを失っても出たいですか? 家族の願いさえも無下にして、戦前とは違う現実世界に戻りたいですか?」
『……戻りたいです』
コナツの小さな声にチアキは顔を上げた。
『戻りたいです! やっぱり現実に帰りたい。ここは怖い事も恐ろしい事もないけど、何も変わらないし、何も知らないままなのは嫌だ。ユウゴさんから貸してもらったニュースサイトで武装機体兵の事を始めて知って驚いた。でも恐ろしい一方でナズナさんみたいな普通な子もいて理解できなかった。自分がいた世界がこんなに大きく変わっていてショックだった』
チアキは小さく『いいんだよ、知らなくて』と言って抱きしめようとするが、コナツは首を振って拒否して彼女の目を見て口を開いた。
『何より、家族が苦しんでいるのを知らなかった自分が嫌だ……』
『……コナツ』
『だから、戻りたい! お願い! 現実に返して!』
コナツがそう言った瞬間、突然足場が無くなってしまった。本当になんも脈絡もなく消えて、電脳空間なのに現実世界の何とかの法則の如く落下した。
*
『え? なんで!』
『落ち着いて! ユウゴ! 今、トキオ・シティの上空にいるんだ、俺達』
周りを見ると確かに青空と綿のような雲、下にはトキオタワーと街並みが見えた。だがトウマ、それは落ち着く要素じゃないぞ。そもそもなんで疎開空間にいたのにトキオ・シティの上空にいるんだ。
『とにかく、一緒に落ちているコナツを拾って』
チラッと見るとコナツも一緒に呆然と落ちているので、手をのばして彼女を捕まえた。妹思いすぎるお姉さんに怒られそうだが、お姫様抱っこをする。
『で、その後、どうするんだ』
俺の質問にトウマは無慈悲に『さあ?』と言いだした。
『このままだと地面にぶつかって、アバターが壊れるかも。いや、それよりもコナツの脳に大きな負担がかかるかも!』
『嘘だろ! おい!』
どんどんと地面が近くなる。電脳空間だから死にはしないが、地面に叩きつけられたらどうなるんだろうか? とにかくヤバイかもしれない。
『レモンクラッシュ、レモンクラッシュ、レモン、クラッシュ!』
俺は無我夢中でレモンの爆弾を地面に投げる。前にトウマが言っていた。レモンの爆弾は爆風のようなものが起きて当たるとアバターが一時停止するって。それで落ちる速度を押さえられるかもしれない。
爆弾を投げた地面は爆炎のエフェクトをついて、真っ黒い煙が俺達を包みクッションとなった。そして地面は壊れ、白く抉れた場所に降り立った。
ふわっと降り立った時、レモンクラッシュだった時の動画を思い出した。動画を見た時、こんな大舞台のようなスクランブル交差点の真ん中で降り立つ俺って気障だなと思ったが、実際にやって見るとなかなか優越感を刺激するなと思う。
『大丈夫?』
『……あ、はい。ちょっとびっくりしたけど』
俺がコナツを降ろすと、空から花クラゲ達がたくさん降ってきた。
【大丈夫? コナツ?】
『あ、ハルキお兄ちゃん?』
ハルキが出すウィンドウで心配そうな文章を見て、コナツは『うん、大丈夫だよ』と返す。
他のアバターがいないと思っていると【メンテナンス中です】のウィンドウが遠くにあった。ハルキが人払いさせたのかもしれない。
周りの様子を見ていると俺の目の前に【地面を爆発させるな!】と怒りのウィンドウが出てきた。そして呆けた俺達をどかすように、たくさんの花クラゲ達はやってきて壊した地面を直していく。
やれやれと見ていると目の前に突然、真っ赤なウィンドウが出てきた。
【一応、君達を守るクッションくらい用意していた! 余計な事をしなくてもよかったのに】
そうウィンドウが出てきたので、正直ムカッと来た。じゃあ、落とす時に言えよ! と。
コナツの方を見ると、ハルキは【コナツ。現実に戻りたい?】とウィンドウを出していた。
『戻りたい。現実に戻させて』
【分かった】
ハルキがそう言うと【ログアウト】のボタンがあるウィンドウが出た。見下ろすコナツだったが、思いっきりログアウトのボタンを押した。
『これで電脳空間に出れるね』
『今までありがとうございました、ユウゴさん』
コナツがどんどん荒いポリゴン化してきた。
『えっと、チアキお姉ちゃんが怖い事を言って、ごめんなさい。あとナズナさん達にも必ずお礼を言いますねので、代わりに言わなくても大丈夫です』
『分かった。またな』
ジャケットになっていたトウマはいつの間にか液体猫になって見送る。
俺とトウマが手を振るとコナツも手を振った。その瞬間、彼女は消えていった。
コナツと感動的な別れをした後すぐ、綺麗なきつね耳の美人のアバターがスクランブル交差点の真ん中に現れた。
『やってくれたね、ハル兄』
静かに怒り狂っているチアキはたくさんの花クラゲ達を見る。代表とばかりに向かい合うようにユリの花クラゲのアバターが浮かんで【チアキ】と文字を打ったウィンドウを出す。
『なんでコナツをログアウトさせたの?』
【現実に戻りたい、コナツがそう言っていたんだから、戻さないと】
『だから戦争は終わっていないのよ!』
【終わっているだろ?】
『終わっていないの! 戦時中の記憶がないハル兄が口出ししないで!』
兄妹喧嘩、いや一方的なチアキの怒りが吐き出されている、その時だった。
プルルルル、プルルルル。
またもや、空気を読まない着信音が響いた。
チアキが俺に向かってマシンガンのようにクレームを言いだしそうと思い、すぐさま電話に出た。電話の相手の名前はナズナだったが、聞こえてきた声は悪党からだった。
「よう、面白い事してんじゃん」
『最悪だよ』
俺の言葉にリュウドウは軽く笑った。




