武装機体兵、お断り
あの居住区を出るとちょっとしたお店が並んでいた。ただトキオ饅頭とか【トキオ】の文字が目立つ。トキオとは県をまたいだ遠い場所なのに。思いっきりトキオ・ランドに便乗しようとしているが、閑古鳥が鳴いている状況である。
その通りを抜けてトキオ・ランドに着いた後、ナズナの視点と聴覚を借りたが衝撃的な事を告げられていた。
「えー、嘘でしょ!」
「武装機体兵は入れないのか?」
「なんで? サイトに書いてないじゃん!」
着いた後、チケットを買おうとした受付のお姉さんに呼び止められて、待っているとスタンガン銃を持った怖いお兄さんが数人やってきた。
「とにかく、君たちのような子がいると周りがパニックになるの。ここは普通の人が遊ぶ場所だからね」
案内のお姉さんの言葉は優しいが明らかに、「空気読め、入ってくんな」と言っているような気がする。それにいち早く察知してアンズが青筋立てて何か言おうとする前に、ナズナが口をふさがせた。
てんやわんやでナズナとフキノは「せめてご飯のテイクアウトだけでもさせて!」と言っても入れてくれなかった。無理に入ろうとしたら、怖いお兄さんのスタンガン銃で撃たれるだろう。三人は諦めて、トキオ・ランドの駐車場に戻った。駐車場は結構広いが、バスが数台しか停まっているだけでガラガラである。
車の中に入って通話をつないで作戦会議を始めた。
『最悪だ。電脳疎開の手がかりが掴めない……』
「それよりもステーキは?」
「どうする? 夜中に俺のドローンで潜入させる?」
『まあ、その手もあるな……』
「ドローンよりステーキだよ!」
『アンズ! お前、何しに来たんだよ!』
「ステーキ食うためだ!」
ステーキが食えないアンズは「もう!」と言って後部座席にごろ寝し、しばらくすると寝息を立てた。まあ、目的を理解していないから寝てくれた方が助かる。
ふとナズナが窓を見た。
「ユウゴさん、フキノ、あそこは工事中みたいです」
トキオ・ランドのアトラクションの隣には大きな白い壁が立っていて【トキオ・ランド アトラクション建設中】とあった。そういえばトキオ・ランドのサイトに準備中と言うアトラクションがいくつかあったな。
「ここって、ユウゴさんが言っていた電脳疎開があるかもしれない企業の倉庫跡地だよね」
『えーっと、ちょっと待って』
俺は電脳疎開があるかもしれない倉庫の位置とトキオ・ランドの地図を見比べる。うん、ナズナの言う通り、ここは倉庫があった場所だ。
観察すると白い壁にあるドアから二十代後半くらいの男性が出てきた。水色のつなぎ服を着て、しばらく歩くとタバコを吸っていた。どうやらタバコ休憩のようだ。
急いでフキノとナズナが男性に近づいた。再び俺はナズナの視点と聴覚を借りる。
「こんにちは、ここの工事をやっている人ですか?」
「そうだよ、お前らは武装機体兵みたいだけど、こんなところで何しているんだ?」
「私達、トキオ・ランドに来たんですけど門前払いされてしまいまして……」
「あー、なるほど。残念だな」
「トキオ・ランドって完成したって言ってたけど、まだ工事している所があるんですね」
「ここ以外は完成されている。実はトキオ・ランドのオーナーがここの場所を購入する際、結構もめたらしい。そもそもここの土地権利者がトキオ・ランド建設に反対で、絶対に売らないと言っていたけど周囲がこうして工事を始めちゃったからなのか、結局今年の一月にようやく手放したのさ」
トキオ・ランド工事の休憩をしていた男性は面倒くさそうに「反対してなきゃ、ここも完成していたのに」とタバコをスパーとはいて呟いた。
「それで延長で工事しているわけよ。ちなみに完成は半年後かな。入れないお前らや俺には関係ない話だけど」
「あれ? お兄さんも入れないの?」
ナズナの言う通り十分成人に見える。それに黒髪で一重のたれ目でデカい鼻が特徴で人がよさそうな顔をしているので、決して武装機体兵ではない。
不思議そうにナズナが言うと苦笑して右腕をまくった。顔と腕の肌の色が違う。
「俺は機体持ちなんだよ。戦時中に右腕を負傷して、動かなくなったから自分の腕を切断して武装機体兵の腕を移植したんだ。この右腕で持てない物はないから、こういう仕事に向いているし武装機体兵と引けを取らない。でも完成したトキオ・ランドに行こうとしたら、門前払いされた。機体持ちも怖がられるからって」
男性はため息をついた。移植した部位は武装機体兵のように強いのだが、偏見と差別は武装機体兵と同じくらいひどい。
フキノが「あのさ、飛び込みで仕事出来ないかな?」とやる気のある労働者のように言った。
「トキオ・ランドで遊べないなら、仕事しようかなって思って。俺、重機の運転も出来るし」
「え? マジで! でも俺の一存で決められないから現場監督に聞いてくるよ」
そう言ってすぐさま男性はタバコを消して携帯灰皿に入れる。そして工事中の白い壁の中に入って行った。
よし! これでフキノが潜入して電脳疎開を調べられるぞ!
だが残念な顔で男性は「悪いな、出来ないって」と告げ、タバコを出した。
「現場監督も本当は来てほしいって言っていたんだけどね。なんか契約で飛び込みの子は無理って言われているらしい。お、ありがとう」
すぐさまフキノはポケットからライターを出して火をつける。
武装機体兵はタバコを吸っても香りなどは分からないらしい。でも喫煙者のリサが「煙草に火をつけてくれると気が利く人間に見えるから、ライターを持っていなさい」と言っているので持っているのだ。
「ねえ、ここの持ち主ってなんでトキオ・ランドを反対していたの?」
「うーん、俺もわからないんだよね。そもそも持ち主は現れないで弁護士と代理でやり取りしていたらしくて、話し合いが進まなかったらしい。しかもその弁護士さえも面倒くさそうだったらしいな」
「その倉庫って何かヤバい物を隠していたんですか?」
ナズナがちょっと小さな声で言うと男性も笑って、「かもしれないな」と言った。
「面白い話があるんだけど、企業秘密だから話せないんだよな……。でも昔、映画屋が来た時に見た映画をくれたら話すかも……」
困ったような演技をする男性。そしてチラッと「俺、ロボットアニメが好きなんだよね」と呟いた所でナズナが何かを察した。
「もしかして私達が映画屋をやっていた事、知っているんですか?」
男性は「覚えているよ」と言ってポケットから携帯端末を出した。割と警戒心がなく喋るなと思っていたけど、実は初対面じゃないのか。
「もう三年前かな? その時はヒョウリに住んでいたんだ。入院していた病院の娯楽室で見せてくれたアニメ映画がまた見たくなったけど、探しても見つからなくて」
「ちょっと待ってください」
そう言ってナズナはカバンからケーブルを出して、自分のうなじに差し込んで、もう片方を男性の端末に差し込んだ。そしてナズナは男性の端末を操作する。
え? 何しているの? ナズナ?
急いでナズナの端末に電話をかける。ナズナはちょっとびっくりした顔して端末を見たが、「フキノ、電話に出て」と言ってフキノに電話を渡した。
「もしもし」
『おい! フキノ? ナズナは何しているんだ』
フキノの視点と聴覚に切り替えて俺は聞く。フキノは男性とナズナから少し離れて、喋った。
「何って、希望の映画を端末にコピーしているのさ」
『え? お前らの機体ってメモリーやフォルダーみたいなものがあるの?』
「知らなかったのか、ユウゴ。俺達の機体は結構いろんなものを保存できるぞ。俺も映画の動画が入っている。しかも原盤からコピーしたものだから映像はきれいなんだ。ネットからコピーしたものやコピー品からコピーしたものだと映像が汚くなる。しかも結構、貴重なものも多いってイツヤが言っていた」
えー、知らなかった。こいつら、ちょっとした電子機器じゃないか?
だがかなり安全な保存場所とも言える。武装機体兵のこいつらを襲わないと映画は見れないのだから。
無事に疑問が解決して電話を切るのと同時に、男性の端末に例のアニメ映画のコピーが完了したようだ。
ナズナに昔見たアニメ映画のコピーをもらって、ホクホク顔の男性は企業秘密を喋った。
「実はこの土地が売られるって決定する前に、トラックで何かを運び出すのを見た武装機体兵がいたんだ」
「あの何を運んでいたんですか?」
「そこまではわからない。でも結構でかい物だったらしい。電子機器じゃないかな?」
男性は「それにここの跡地は電子機器を作る会社の倉庫だし」と言った。そんだけだったら、ナズナ達のアニメ映画分の情報には足りないなと思った。
だが彼はとんでもない事を言った。
「その後に倉庫宛に荷物が届いたらすぐにとある場所に持って行ってほしいって言っていたんだよ。中身は見るなって言われていたし、箱は全部英語で書かれていたから確かじゃないけど、あれは長期間電脳の中に入るための機械だな。箱の外側に絵があってわかった」
「え? なんでわかるんですか?」
「武装機体兵の部位を移植した後はしばらく長い時間、電脳空間に入るんだよ。ネット空間になると吐き気とか気持ち悪くなるけど、オフラインにしてリハビリ空間なら大丈夫なんだ。移植してすぐに現実世界に戻ると、体の加減が分からないからシュミレーションするのさ。俺も一か月以上は電脳空間に入っていたんだ。確かにその機器の絵だった」
男性はちょっと得意げな表情で言った内容に衝撃を受けた。電脳空間に長期間入るための機械がここに届けられていたって……。
ナズナは「何処にですか?」と聞いた。
「それがさ、この北の道をまっすぐ行くと山岳地帯に入るんだ。その山間には隠れるように建っている施設の前に置いて欲しいって。怪しくないか!」
そしてちょっと不気味な声で「あれは絶対、研究施設さ」と言った。
「施設の中を見たけど山の風景写真が並んでいて休憩所みたいな感じだった。だが使われていないと言っても、思いっきり綺麗だったんだ。きっと施設の地下は研究施設になっていて、電脳空間の実験でもするんじゃねえの?」
「え! そうなの?」
「……すごい」
二人の反応を面白がって、男性は「まあ、信じるか信じないかはお前ら次第だけどな」と続けた。
アニメ映画以上の情報を話し終えた男性は「そう言えば、お前らの映画屋の保護者は?」と二人に尋ねた。軽い感じで聞いた男性の質問にフキノとナズナは黙ってしまった。
「トキオ・ランドに来たお客さんに映画でも見せるために来たのか?」
「いえ……。映画屋のイツヤさんはもういません」
「死んじゃったんだ、今年の冬に、突然……」
二人の言葉に男性は「あー、このご時世だからな」と呟いた。そして心配そうな顔になった男性は「で、お前らは大丈夫なのか?」と聞いた。
「もしかして保護者とかいないとか? 仕事や新しい保護者を探しているなら紹介するよ」
「それは大丈夫です。今はイツヤさんの友達の所で働いています」
借金を返しながら、と俺は心の中で突っ込んだ。
そんな事とは露知らず男性は「それならよかった」とホッとしたような表情で返した。一度しか会った事がない映画屋の武装機体兵を心配してくれるなんて優しいなと思った。
男性はタバコを味わうように吸い煙をはいて、「さて、休憩終了」と言った。二人は慌てて頭を下げる。
「お話し、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
「いやいや、アニメ映画をくれてありがとうな」
タバコを携帯灰皿に入れて、「それじゃ」と言って工事に戻って行った。
俺も心の中で『ありがとうございました』と頭を下げた。彼の会話はかなり重要な情報だ。




