電脳疎開事件当日、もしくはいつも通りの日常①
ビビビビイビビビビビイビビビビ!
けたたましい目覚まし音で俺は目覚めた。リュウドウが設定した目覚ましに俺も起こされて、気分が悪い。この空間はリュウドウのタブレット型電子端末と繋がっていて電脳空間に入らなくても、メールの受信や目覚ましなどの機能が出来るようだ。
そこでリュウドウの空間のメモ欄に夜にはなかった俺へのメモがあるのに気が付いた。
【目覚ましが鳴ったら、俺にでんえあして 竜ん亜土】
あいつ、寝ぼけてこのメモを残したな。
……解読すると、目覚ましが鳴ったら俺に電話してって事だろう。
そもそもこのけたたましい目覚まし音が端末から流れていても、神経の図太いリュウドウは気が付かないようだ。そしてフカフカな椅子の上で眠る、液体猫のアバターを付けたトウマも。
ここで俺はリュウドウに電話をかける。リュウドウの端末から目覚ましの音と着信音のうるさい二重奏になっているはず。
数十秒で目覚まし音はストップして、リュウドウが電話に出た。
「もしもし、朝っぱらからなんだよ。まだ六時じゃねえか」
『お前のメモ見て、電話したんだよ!』
「んー、なんでこんなメモを残したんだろう?」
そう言いながらあくびをして、伸びをしたような声を出したリュウドウは不思議そうに電話を切った。
お礼もねえのかよ! あいつ!
二度寝しようかな、と思ったが妙に目が冴えてしまったので、俺が定期購読している情報サイト フリーダムジャーナルを出しながら、トウマを抱き上げて椅子に座る。トウマを膝の上に置いたが眠ったままだった。
猫のアバターを付けたトウマの見た目はとっても愛らしい。しかもどういう仕組みになっているのか、触るとプニプニと気持ちいい。触っているだけで幸せになれる。本人はとっても気まぐれだから、触らせてくれることが少ない。爆睡している時に猛烈にプニプニするのだ。
椅子に座って猫を撫でつつ、新着ニュースを見る。なかなか優雅だ。
【戦争から五年目 未来に伝えたい思い ★5 閲覧1】
【武装機体兵の指導マニュアル ★なし 閲覧0】
【現実世界を破壊する電脳空間 ★4.5 閲覧6】
【ノギオ工業で武装機体兵、立てこもり ★2 閲覧10】
電脳空間があっても、こうして文字と映像だけしかないサイトも多く存在する。普通の人はずっと電脳に入れないので、未だにこういうサイトの運営は活発だ。また評価と閲覧は読む基準にもなっている。
ニュースを読んでいると着信音が聞こえてきた。相手はナズナだった。
「おはようございます。ユウゴさん」
『おはよう。今、何しているの?』
「リュウドウさんの車に乗っています。車内カメラとライブレコーダーを繋いで大丈夫ですよ」
お言葉に甘えて自分の意識にカメラを繋げる。これで俺はまるでカメラを見ているかの如く、リアルタイムで映像を見ることが出来るのだ。
ドライブレコーダーは多分、旧高速道路だろう。車内は真っ白い髪のフキノが運転し、ネイビーの髪のナズナが助手席に座って地図の本を見て、後部座席では赤毛のアンズはごろ寝している。
「今から、仕事の報酬で野菜をもらうんですが、先に着いていたリュウドウさんと連絡がつかないんです」
『さっき電話したら起きたぞ』
「何回電話をしたんですか?」
『一回』
ナズナはうんざりした感じで「二度寝してますね」と言った。
その時、発砲音が響いた。
『……お前ら、何しでかしたんだ?』
「特に何もしてません」
「たださ、旧高速道路に突然、料金所が出来ていたんだよ」
ナズナの言葉に付け足すようにフキノが言い、俺は『ほお』と相打ちする。
そっとフキノが乗っている車の後ろのドライブレコーダーを見ると世紀末よろしく頭の悪そうな改造している車やバイクに乗った武装機体兵たちが追っていた。この辺で状況がなんとなくわかった。
『さてはお前ら、料金を踏み倒したな』
「だって、【旧】高速道路ですよ。誰のものじゃない、みんなが仲良く平等に使っている道路なのにお金を取るなんておかしいです」
ナズナはすました顔で言った。
フキノは振り向いて「大騒ぎしたらアンズが起きて、怒っちゃって面倒くさくなりそう」と付け加えた。
そうこうしているうちにガチャンという音が響いた。
「……うわあ、車に当ててきたよ」
『え? 大丈夫なの?』
「大丈夫、この車は防弾仕様で頑丈だから」
フキノはちょっと誇らし気に言っているが、俺は車を心配したわけじゃない。そうこうしているうちに料金所の車が並び、フキノが運転する車を煽ってくる。
「うわ、煽り運転だ」
緊張感が一切感じられない声でフキノは突然、スピードを上げる。速度メーターの最大値を振り切るくらいの速さだ。この車は防弾仕様と一緒にエンジンも改造されている。
真っ直ぐに走ると思ったら、道が二手に分かれていた。ウインカーどころか車線変更もしないでフキノはまっすぐ走らせる。分かれ道の一方はトンネルとなっているが、このまま走っているとトンネルの壁をぶつける事になる。さりとてもう一方の道は改造している車だとギリギリの幅だ。
『……おいおい、ぶつかるぞ』
前方のドライブレコーダーを見ならが言う。だが反応しないでフキノは運転に集中するが、どんどんと分かれ道に近づいている。
トンネルの端にぶつかる寸前、細い道の方に重心を置いて片方の車体のタイヤ二つが浮いた。重心を置いた車体のタイヤで細い道を走り、広い道に出ると車体を戻してそのまま走った。その間に後方で急ブレーキと衝突音が何重にも聞こえてきた。
バックミラーを見ながらナズナは「あ、事故」と他人事のように呟いた。
『何、他人事のように言ってんだよ。お前らが起こしたんだろ!』
「えー、私達のせいなの? 大丈夫ですよ、運転手はぶつかる前にさっさと車から出たようですし。それに私達と同じ武装機体兵なんだから」
ようやく俺の繊細な心が落ち着つかせたところで怒るもナズナもフキノは不満げだ。恐る恐る後方のドライブレコーダーを見ると追ってはこないが分かれ道の所で黒煙が上がっている。
……でも、……こ、これで料金所の人間も追ってこないだろう。
俺の安心したその時、爆炎の中で一台の車が飛び出した。まるで地獄のような光景だ。
『ぎゃああ! 追っ手が来たあ!』
「うるさいな!」
後部座席で今まで眠っていたアンズが目を覚めた。それと同時に銃声が鳴り響く。
「はあ? 何、銃撃戦をやってんだよ!」
「え? ちょっと! アンズ、何、窓を開けてんの!」
ナズナの言葉を無視して、アンズは窓を開けて走っている車から出てしまった。
おい! アンズ、何してんだよ!
そう思ってアンズの視覚と聴覚を自分の意識につなげリンクする。そうするとアンズの見ているもの、聞こえるものが俺にも見て聞こえるのだ。
アンズは車の上に立って、煽る車を見下ろしていたと思ったら、いきなり煽る車めがけてジャンプした。そしていつの間にか持っていたサバイバルナイフを思いっきりフロンガラスに突き付けてクモの巣のような割れ目を作った。
これにはさすがの煽る車も驚き、蛇行する。その反動でアンズはひょいっと横に飛んで、道路に着地する。そして車が蛇行して高速道路の壁にぶつかるのをじっと見ていた。
「ふん、ざまあねえぜ」
そんな事を口にしていると、フキノが運転する車がやってきた。そしてナズナが窓を開けて、大声で言う。
「アンズ! 早く乗って!」
「うるさいな、さっさと乗るよ!」
そう言ってアンズは車に乗り込み、いくつのも爆炎と廃車を背に走るのだった。
そうナズナ、フキノ、アンズ、そして料金所の連中は普通の人間ではない。
遺伝子を改造され、体に電子機器を詰め込まれ、培養液の中で一気に成長させた、武装機体兵だ。八年前に勃発した戦争で投入され、この国を守るために生まれ、このように身体能力も高く、またケーブルを繋いで特殊な機器を操縦も出来る。三人とも見た目は十代半ばくらいだが、実年齢は十歳を満たない。
だからなのか。このように常識もないし、精神的に未熟な子が多すぎる。いや、ほとんどがそう。なのに現実の大人よりも酷使しても普通に働いている。初めて見た時は大丈夫なのか、現実は……と思ったくらいだ。ちなみに電脳空間には入れないらしい。まあ、さすがにこいつらが電脳空間に入ったら大混乱になるだろうな。
運転する車の前方のドライブレコーダーで高速道路の周辺の街を見えた。
爆撃で建物が半壊していたり、アスファルトとは抉られたり黒いすすで汚れている所や、瓦礫が散らばっている。恐らく戦争で避難した住民も帰ってこない放置された町だ。高速道路も直している所もあるが、お粗末だし壁が大きく崩れている所もある。
戦後五年。戦争の爪痕はまだまだ深く、大きいなと思う。