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脳しか無い俺はレモンクラッシュな現実を見る 【第二話 アウラな青春 完結】  作者: 恵京玖
【第一話】戦争が終わったのに電脳疎開している少女を現実に戻せ!
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未来すら見えない絶望の国のハッピーな人々の住処②


 大音響で流れている音楽とミラーボールの光を求める人間が居なくなった薄暗い部屋で、アンズと目標の武装機体兵は向き合い、真ん中には兵士の武装機体兵がぶっ倒れている。

 目標の武装機体兵は獣のように息が荒く、涎がダラダラ流れている。目も焦点があっていない。アンズを認識しているのかさえ、分からない。もう理性が飛んで行って、本能的に暴れている。こうなるとスタンガン銃で確保できるかどうかだな。


「……まずいな」


 珍しくアンズが弱音を吐いている。確かに一発でもこいつの攻撃を受けたら、アンズは再起不能だ。


『アンズ! とりあえず、俺達のいる屋上におびき出せ!』

「わかった」


 リュウドウの指示に返事をした瞬間、アンズはすぐさま目標にスタンガン銃で撃つ。だが人間離れした動きで避ける。目標はアンズをようやく認識して、得物としてみなした。

 アンズは軽く笑って「こっち、来いよ。鬼ごっこしようぜ」と遊びに誘うように言うと、すぐさま非常口の方に走った。


 階段を数段飛ばしで上に駆け上がるアンズだが、目標は獣のように追いかけて捕まえようとする。そのたびにアンズはひらりとかわして、サルのように階段の手すりに立ったり、スタンガン銃をぶっ放し、掴もうとする手を足蹴りする。こいつ、後ろに目でもあるのかと言うくらい、早く反応している。だが目標も負けないくらいアンズを捕まえようとしている。

 そして視点がグルグルと回って酔ってしまう。電脳の中では平気なのに、現実だと無理だ。

 そうやって追いかけていると屋上の扉は開いていて、フキノと奇妙な機械を確認できた。屋上に向かって走るが、目標はアンズを捕えて後ろに引いた。


「へへへ、捕まっちゃったなあ」


 そう言いながらアンズはすぐさま目標の腕と襟ぐりを掴んで、「おりゃあ!」と言って目標を屋上の外に投げた。

 投げられた目標はそのまま地面に落ちると思いきや、フキノが撃った銃弾が目標に当たって倒れた。フキノはうなじから出ているコードが持っているライフル銃に差し込んでいた。戦闘機乗りのこいつは体の中の機械に自動照準がついているのだ。ただフキノとナズナが拳銃嫌いなので、スナイパーが必要な時にしかほとんど使わない。


 アンズが目標を覗き込む。仰向けに倒れた目標の両腕と両足の関節に銃弾が食い込んでいた。致命傷ではないが、真っ赤な血が流れて痛々しい。息切れをして、焦点の合わない目で月のない夜空を見ていた。

リュウドウが扉の奥からやってきて「大丈夫か?」と聞いてきた。アンズは「まあね」と答えて、再び目標を見た。いつの間にかフキノもやってきている。

 いつの間にかすすり泣く声が聞こえてきた。


「ごめんなさい。ごめんなさい。ちゃんと、やります。ごめんなさい……」


 目標が涙をためてうわ言のように呟く。化け物のような奴だったのに、今は見ていて心が苦しくなってしまう。理性が戻ったのだろう。

 それをリュウドウはしゃがんで目標の頭を撫でた。


「ちゃんとやった。頑張った。だから今はゆっくり休め」


 軽口ばっかり言うリュウドウから出た言葉とは思えないくらい優しい。その言葉で目標はボロボロと涙を流す。リュウドウは撫でている手とは反対の手で目標の腕に注射を打った。武装機体兵を眠らせる麻酔だ。これを打てば丸二日は眠る。だが多分こいつが起きる事は、ないだろう。


「こいつを下まで持って行くぞ」


 寝袋のような袋で目標を入れてリュウドウが抱えて持って行く。アンズは無駄口を叩かずに素直に返事をし、フキノも頷いた。

 フキノは使っていたドローンを自動運転で自分の元に戻るように指示をする。数分もしないうちにドローンはフキノの元にやってきた。アンズの視点で見ると、フキノが機械の虫を操っているようにも見えた。全部戻って箱に入れたら、アンズとフキノはリュウドウの後に着いて行った。


そのままアンズの視界のまま、こいつらの行動を俺は眺めていた。


「おう、例の奴は捕まえた。これから連れて行くから……」


 リュウドウは旧ショッピングモールを歩きながら、誰かに電話した。恐らくリュウドウが担いでいる目標の捕縛を依頼した警察だろう。

 旧ショッピングモールの中庭はシープシティ以上に狂っていた。電光が強くそして虚ろに光り、よくわからないオブジェが並ぶ。お酒と脱法麻薬、よくわからない食べ物が売っている出店。切れ切れに映し出す卑猥な立体映像。中庭には大きなビニールのプールが設置してあり、楽しそうに水遊びを楽しんでいたり、壊れて動かない回転木馬を改造して変なオブジェで休む天国の人々。こんなに騒がしいのに、虚しいのは俺が正気だからだろう。

 リュウドウたちはそれに目もくれず無言で歩いて行った。まるで葬列のように。それに気づかない天国の人々とすれ違うたびに変な気持ちになった。

 駐車場のワゴン車に着くとナズナが待っていて、車のトランクのドアを開けた。フキノ達は無言で機材を奥に置いて、リュウドウは丁寧に武装機体兵が寝ている寝袋を手前に置いた。


「俺はこいつを警察に引き渡さなければいけない。だから途中にある地下鉄の前でお前らを下ろす。それで地下鉄に乗って人生微糖に帰って着替えて仕事を終了だ。いいな」


 リュウドウの言葉に三人は素直に返事をして車に乗り込もうとした、その時「おい!」と言う声が聞こえてきた。アンズがそちらの方を見ると若い男性と武装機体兵がこちらにやってきた。リュウドウたちは動きを止める。


「手柄を横取りするなよ」


 もしかして、こいつらと一緒に仕事をしていたのか? でもこいつは姿を見なかったし、声さえも聞いていない。後ろの武装機体兵は数人いるけど見なかった。

 リュウドウは面倒くさそうに「お前、何かしたっけ?」と尋ねた、と言うか煽った。


「まあ、いいか。つべこべ言わないで警察に行ってお駄賃をもらいに行こうぜ」

「なんで俺に報告や連絡もしないでお前らだけで解決しているんだよ!」

「じゃあ、聞くがなんでお前の所の武装機体兵は待機の命令を背いたんだよ。その相談はしないのか? 今、聞いたっていいぞ。武装機体兵が命令を聞いてくれません、どうしたらいいでしょうか? って」

「あれは俺の命令だ! あいつ全然、動かねえんだから、さっさと動いた方がいいだろ」


 馬鹿か、こいつ。頭がハッピーの人間達がいる中でクマ以上の力を持った奴に喧嘩を挑もうとしたら、多くの人間が巻き添えになるぞ。

 リュウドウは呆れて何も言えないのか、黙ってこいつの話を聞いている。


「俺が悪いわけねえよな? 仕留めない奴が悪いだけだ! なあ? そうだろ?」


 こいつはリュウドウに聞くというよりも、自分の周りの武装機体兵に賛同を求めている。こいつの武装機体兵は黙ってぼんやりしている。従順薬を使っているのか? と言うくらい生気がなく整った顔には表情がない。そして服や髪もボロボロの呪いの人形のようだ。

 そして人形に賛同を求めているこいつは滑稽な裸の王様のようだ。


「でさあ、相談があるんだけど」


 滑稽な王様は上から目線のような感じでリュウドウに言った。何だろうか? 武装機体兵が命令を聞いてくれませんと言う相談ではないのは確かだ。

 何かを担いでいた武装機体兵が前に出て、それを下ろした。アンズ達はずっとリュウドウとこいつのやり取りを見ていただけだったが、ここで三人は小さい悲鳴を上げた。


「こいつとお前が捕まえた武装機体兵、交換しようぜ」


 地面に下ろされたものは、ディスコで腹を殴られた武装機体兵だった。ただディスコで倒れた時よりも怪我が明らかに増えている。明らかにヤバいのに、心配もしないでこいつはゲームで捕まえて育成したモンスターを交換するような感じで言う。

 思わずナズナが「大丈夫?」と声を掛けて、フキノは「病院に行かないと」と慌てる。一方アンズは「お前ら、こいつをリンチしただろ!」と王様とその武装機体兵に怒鳴った。


「ほら、この子達も受け入れているぞ。じゃあ、交換……」

「交換なんてしょうもない」


 リュウドウは遮るように言い、拳を握って王様に見せた。


「俺と勝負しようぜ! 俺が勝ったらこいつを、お前が勝ったら捕まえた武装機体兵をもらう。これでいいじゃねえか」

「いいねえ。じゃあ、どれにする?」

「はあ? 何言ってんだ?」


 後ろに控えている武装機体兵を選ぼうとする王様に、リュウドウは明らかに馬鹿にした声で言った。


「俺とお前の勝負だぞ。武装機体兵を代行にするなよ。それともお前は武装機体兵じゃないと喧嘩が出来ねえのか?」

「……ふん、いいぜ。じゃあ、やって……ブヘ!」


 何一つ準備もしない王様の右頬をリュウドウは思いっきり蹴っ飛ばした。無様にぶっ倒れた王様をこいつの武装機体兵は無感動で見ていた。おいおい、保護者が倒れているのに心配しないのか?

 リュウドウは「さて、帰るぞ。お前ら」と言って、転がっている怪我した武装機体兵を抱っこして車の中に入れた。


「おい! ちょっと、待て!」


 起き上がった王様は当然ブチ切れていた。


「てめえ、よくも!」

「今度は何だよ。フェアじゃないか? それとも蹴りはおかしい、拳と拳で戦えって事か? 残念だか先手必勝、卑怯下劣、プライド・ゼロで俺は生きているんだ! そして背中に地面がついたお前は問答無用で負けだ!」


 リュウドウはため息つきながら、王様の肩を叩く。


「それとも武装機体兵で戦わせたいか? いいけど、その時は流れ弾に気を付けた方がいいぜ。うっかりお前の頭を打ちぬきそうだ。まあ、仕方がないなあ。武装機体兵とガチで戦わせたら、死傷者が出るのは当然だ」

「……くそ」


 王様は悪態ついて帰って行った。こいつの武装機体兵はぞろぞろとあいつの後へと続いていく。本当に人形みたいな奴らだ。

 リュウドウは「帰るぞ」と言い、アンズ達は車に乗り込む。そこでアンズの視界から離れた。




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