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脳しか無い俺はレモンクラッシュな現実を見る 【第二話 アウラな青春 完結】  作者: 恵京玖
【第一話】戦争が終わったのに電脳疎開している少女を現実に戻せ!
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未来すら見えない絶望の国のハッピーな人々の住処①


 プルルルル、プルルルル。

 こんな時に限って着信が鳴り響く。誰だと思って見るとリュウドウだった。……眠いから、無視しよう。すでにトウマは眠ってしまった。

 プルルルル、プルルルル……。

 徹夜で運送会社の電脳空間に不法侵入をした上に届け先を詳しく調べたら、夕方になってしまった。しかも穴を開けた空間も直したりして大変だった。今は眠くてしょうがない。


 プルルルルル、プルルルル……。シカト、シカトだ。プルルルル、プルルルル。あー、眠い眠い。おやすみなさい。

 プルルルル、プルルルル……。まだ粘るか……。

 プルルルル、プルルルル、プルルルル、プルルルル、プルルルル……。……だああああああ、うるせえ!


『なんだよ! リュウドウ! 今、何時だと思っているんだよ!』

「はあ? まだ夕方の四時だぞ」

『俺は徹夜で調べものして、ようやく今、終わったの! 寝かせろ!』

「てめえの事情なんて知らねえな。とりあえず、ちょっと仕事をしてくれねえか?」

『嫌だね。睡魔が子守唄を歌っている』

「安心しろ。睡魔も裸足で逃げ出すくらいの仕事さ」


 つまり、危ない仕事って事か……。


 なんでも暴走した武装機体兵がトキオ近くのショッピングモールに潜伏しているという。


『暴走するってどういう事?』


 俺の質問に「その辺はアンズかナズナに聞け」とつっけんどんに言われた。口調からかなり切羽詰まっているようだ。珍しい気もする。


「緊急案件なんだよ。本来なら警察や公安が動かないといけない事案なのに、俺達に丸投げしているのさ。場合によってはスタンガン銃どころか拳銃を撃たないといけない。だからすぐにアンズの視覚と聴覚にリンクしてくれ」

『結構、ヤベエな。分かったよ、アンズにリンクするんだな』


 そう言ってアンズの視覚と聴覚をリンクさせた。


 アンズの視覚と聴覚をリンクさせた瞬間、大音量の音楽が突然流れた。

 それにも驚いたがすぐに視界もヤベエ事に気が付いた。薄暗い大きな部屋で、頭上ではクルクルとミラーボールが回りながら照らしている。そして部屋には人、人、人。その人たちは全員、狂ったかのように楽しく踊りまくっている。これはディスコと言うパリピたち集まる場所だ。現実も電脳空間もこういう所がある。俺は行かないけど。


 アンズの視点はなぜか目線が下でゆっくりとした足取りだった。目線の先には二人の女性が隅っこでイチャイチャしていた。一人はビキニの水着の上に男性向けのワイシャツしか着ていない子でキャキャと笑い、もう一人は短いドレスを着ている。二人とも妙に距離が近く、ボディタッチが多い。またお酒か薬でもやっているのか顔が赤い。

 二人に気づかれないようにアンズは近づいていく。

 やがて二人が濃厚でディープなキスをし始めた。グチュッと言う唾液を絡ませた音が聞こえて自分達だけの世界を形成させていく中、アンズは駆け足で走った。


「お盛んですね!」

「ひゃあ!」


 いきなり出てきたアンズに二人はびっくりして声を上げ、一人は腰を抜かしてしまった。すぐさま二人は駆け足で逃げ、アンズはクスクスと笑う。

 ……何やってんだよ、アンズ。

 そう思っているとアンズは振り返る。すると後ろにナズナがちょっと頬を染め呆れた顔をしていた。


「こういう事しない方がいいよ、アンズ」

「そんな顔するなよ、ナズナ」


 アンズは「ギャハハ」と笑って、ナズナの頬を突っつく。

 ナズナは真っ赤なスカート部分がヒラヒラしているワンピースを着ていて、髪は結ばずにおろして、なんだか可愛らしい雰囲気だ。アンズの姿もちょっと気になり、ナズナの視覚にリンクする。アンズは真っ黒で体にピタッと体に密着したワンピースで、裾にスリットが入っており、髪はハーフアップにして大人っぽい雰囲気だ。

 アンズの視点に戻る。


「気が付いた? ナズナ、ユウゴが私達の視覚をリンクしているぞ」

「……わかってますよ」

「ふふん、ユウゴ君には刺激が強すぎたかなあ。何はともあれ、今夜はレーズンが効いたのオカズは出来たようだね」


 フン、舐めるなよ、アンズ。俺はこんなのオカズのうちにも入らねえよ。

 ナズナは興味がございませんとばかりにそっぽを向く。しばらく二人は黙っていたが、アンズが突然「ナズナ」と話しかけた。


「フキノとどこまで行った?」

「……いろんな所に出かけますよ」

「フフン。それじゃあ、先日、一緒にお座敷で抱きあって眠るまでしかいっていないのか」

「あ、あ、あれは……事故なの! 事故!」


 いじわるく笑うアンズと顔を真っ赤にして起こるナズナを見て思い出した。そう、あれはしょうもない……いや、悲しい事故だった。


 ある仕事でフキノはめちゃくちゃ疲れてしまって、人生微糖のお座敷で眠ってしまった。それをナズナは起こそうとしたが、寝ぼけたフキノがナズナに抱きついてしまった。ナズナはそこまで力がないため離れられず抱きつかれたままになってしまった。一方のフキノはナズナに頬擦りしたり、ギュウッと抱きしめて離さなかった。


 ナズナはリサだけを呼ぼうとしたか、結局リュウドウとアンズも見つけて、三人で大笑いしながら離したエピソードだ。ちなみにフキノはそのことを覚えていない。ただ夢でフカフカの猫に抱きついていたという。


「いやあ、鈍い奴だと思っていたけどフキノも成長したなって思ったよ。アンズ姉さんは」

「あれは寝ぼけて抱きつかれただけです。変な事もしていないし!」

「でもナズナちゃんはそれを望んでいるんでしょう?」

「望んでないです!」


 再びプイッとそっぽを向いて、「早く帰りましょう、フキノに悪影響よ」と言った。そういえばフキノはどこにいるんだろう?


「そんなことないんじゃないかな? ナズナちゃん。もしかしたらフキノに新しい扉が開かれるよ」

「さっさと閉じます! そんな扉!」

「大丈夫だよ。ここにいるお姉さんとお兄さんが丁寧に教えてくれるぞ。それにフキノは純朴だから、教えがいがありそうだ」


 ナズナの顔が真っ青になり「で、でも今は屋上にいるから……」と呟いた。真っ赤になったり、真っ青になったりナズナの顔は忙しい。顔をキョロキョロして動揺し、端末を手にして操作した。何しているんだ? と思っているとメールが来た。


【フキノが今、何をしているか、至急見てください!】


 まあ、俺もフキノはどこだ? と思っていたからちょうどいい。フキノの視覚にリンクしましょうか。


 フキノの視覚はアンズ、ナズナの視覚以上にわからなかった。たくさんの画面が四方八方並んでいて、画面を見ると監視カメラのような同じ場所を取っている映像やある人物の後頭部を移しているだけの映像などもある。またナズナやアンズの後頭部が見える映像もあった。

 フキノが遠隔操作しているカメラ付きのドローンの映像だ。結構、大量に飛ばしていて映像が多いが、フキノはそれをすべて見ている。

 フキノが「目標 ディスコ 動かず」と言っているのが聞こえてきた。


「あれ? ユウゴ? 見ているの?」


 おや、フキノも俺に気が付いたようだ。すぐ近くにリュウドウがいるらしく、奴の舌打ちが聞こえてきて、電話が鳴った。


「おい、アンズを見てろって言っただろ」

『フキノが新しい性癖と言う名の扉を開いているか心配だから見てきてって、ナズナがメールで訴えてきたんだよ』

「新しい扉どころか、大量の映像に追われているよ。こいつは」


 リュウドウの話を聞いていたのか、フキノは「扉?」と言う。それにリュウドウは若干イラつきながら「集中しろ!」と怒った。


「とにかくフキノは新しい扉を開く暇なんてねえ、自分の仕事に集中しろとナズナに連絡しろ」


 俺の返事を待たずにリュウドウはブチッと切りやがった。軽口もあまり言わず、イラついて、よっぽど余裕のない状況なのかもしれない。

 ひとまず俺はアンズの視覚に戻って、ナズナに【フキノは仕事に集中しているから、ナズナも仕事に集中しろ】とメールで打ち、今、こいつらは何をしているんだという疑問も抑えられず【お前ら、何の仕事をしているんだ?】と尋ねた。

 するとアンズがナズナの端末を奪って俺に電話をしてきた。


「もしもし、ユウゴ君。どうだった? 美女とのキッスは?」

『ケッ、オカズどころかおやつにすらならねえよ』


 アンズはクスクスと笑って、「さて、何にもわからないユウゴ君に状況を説明しよう」と演技かかった声で言った。


「ここは旧ショッピングモール。お酒と脱法麻薬に溺れて、一瞬の享楽に全力でつぎ込める場所さ。戦争で何もかも失って、未来すら見えない絶望の国のハッピーな人々の住処さ」

『ああ、リュウドウから聞いたことがあるな。警察すら匙を投げる場所だって』

「ここは普通の人間も武装機体兵も平等だから天国さ。そして本当に直通で天国にも行ける」


 確かに壁に寄り掛かって具合の悪い奴もいるんだが、誰も気にしない。みんな狂ったように笑いあい、楽しむ。彼らは楽しまない人間を認識できないようだ。


「そこに劣悪環境で仕事をしていて突然、暴れた武装機体兵がここに逃げたって情報があったんだ」

『で、そいつらを捕まえようとしているってわけね』

「まあね。暴れた武装機体兵は【従順薬】を使っていたようなんだ。知っているだろ? 武装機体兵を素直で勤勉にさせる催眠薬」

『ああ、そして使いすぎると理性がぶっ飛んで、暴れる薬ね』


 こういう危険があるため【従順薬】の使用は禁止されているが、お手軽に武装機体兵を従えることが出来るので未だに使っている奴は多い。

 なるほど、結構ヤベエ仕事じゃねえかと思ったが、おかしな事に気が付いた。こういった仕事はたくさんの武装機体兵と保護者を集めて大掛かりな作戦などをたててやっている。だが今のところ、リュウドウとナズナ達しかやっていない。


『なあ、この仕事ってお前らだけしかやっていないのか?』

「いや、そうじゃない。実は……」

「アンズ、目標に兵士が近づいている」


 ナズナの言葉に「はあ?」と言い、アンズ派ある場所に目を向けた。壁を背に座って俯いている少年に幽霊のような足取りで近づくボロボロな服を着た少年。まるで享楽の天国の中で、爪弾きされた堕天使が仲間を見つけたように歩み寄っている感じだ。


「あれって、あの人の武装機体兵ですよね」

「ユウゴ、緊急事態だから電話は切らせてもらうぜ」


 そう言って電話は切られた。どうやらヤバイ状況のようだ。


「おいおい、なんでこんな大勢の人間近くで近づこうとしているんだ」

「みんながすぐに避難できるように、今から後ろの非常口のドアを開けてきます」


 ナズナが走るのをアンズの視界の端に見えた。アンズはポケットからマイク付きのイヤホンを付けた。するとリュウドウの声が聞こえてきた。


『おい、アンズ。ヤバくなったらイヤホンを付けるんじゃなくて、ずっとつけておけ!』

「こういう機械は嫌いなの! それにつけているだけマシじゃん!」


 そう言いながら目標と兵士に近づいていく。彼らに気づかずに音楽とお酒と麻薬を楽しむ天国の住人を避けながら。

 ゆっくりと進んでいた兵士は、ついに目標に向き合った。目標と兵士の武装機体兵はお互いボロボロで汚い風体だった。

 目標は兵士に気が付いて、ゆっくりと顔を上げる。

 兵士はベルトに挟んだ銃に手をかけた。

 アンズは小さく「まずい、まずい」と言い、歩を速めた。

 突然、目標は絶叫した。

 そして向かい合った兵士の腹を思いっきり殴った。兵士は拳銃を撃つ前に腹を殴られ、玩具のように上に飛んで天井にぶつかり、そのまま落ちた。

 この光景にさすがに天国の住人達も凍りついて、じっと見ていた。


「みんな、逃げて!」


 マイクを持ったナズナの声と悲鳴のような反響音が部屋中に響くと、天国の住人たちは我先にと非常口を開けて、逃げて行った。

 そうしてアンズと暴走した目標、そして横たわる兵士しかいなくなった。





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