リアルなトキオを見て愕然とするコナツ
「へえ、電脳疎開ですか」
結局、ナズナに電脳疎開とコナツと出会った事、匿っている理由を話した。
「じゃあ、コナツさんが戦後で始めて喋った二番目の人間なんですね。私」
『リュウドウに喋るなよ。いろいろ面倒くさい事になるから』
「わかりました」
そう言ってすぐに「ねえ、コナツさん!」と言って前のめりになって、アバターの話をしていた。コナツは不思議の国のアリス風のアバター以外にも、ロリータ風やボーイッシュ風などの女の子のアバターを持っていた。着替えるたびにナズナの感嘆の声を上げて「かわいい!」と言っていた。
『褒めてくれて嬉しいです』
ナズナの音声に拍手の音が聞こえてきた。でもコナツの声は沈んでいた。ちょっと戸惑ったがコナツは小さなリスに変った。よく見るとぬいぐるみ風で所々パッチワークのように布の柄が違い、特に尻尾の部分はいろんな布を使っているかのように見える。
かわいい物は正義とばかりに、ナズナは「きゃあ、可愛い!」と言ってクリックを繰り返す。クリックをしても何も変化は無いんだよ、ナズナ。
「えー、ぬいぐるみ風のリスですよね。かわいい!」
『そうです。見えますか?』
「え? 見えますよ。すごいです!」
純粋にすごいと褒めるナズナにコナツは笑う。それをトウマは冷めた目で見ていた。いつもかわいいと言われている液体猫のトウマにライバルが出来たな。
『ところでナズナさんは電脳空間に入らないんですか?』
「ああ、私は武装機体兵なので入れないんです」
聞きなれない言葉のようでコナツは『武装機体兵?』と聞き返した。
『ごめんなさい。私、ずっと電脳の中にいたから……』
「あー、まだ知らないんですね……。ざっくりいえば、戦争のために生まれた人造人間、かな?」
『へえ……』
ナズナもあまり話したくないし、コナツも聞きたくないだろう。こんな人工的に生み出された少年兵なんて。
コナツは武装機体兵の話はしないで、別の事を聞いた。
『あの映像を見ると薄暗いしゴミでいっぱいだし、地下鉄もおかしいし、あと先ほどの駅って繁華街ですか? あ、そもそもナズナさんがいるところって何処ですか?』
「……何処って、トキオだけど」
ナズナが正直に言うと『え?』とコナツはドン引きしたような声を出した。そもそもコナツはどうやってナズナの視覚とリンクしたんだ? 疑問に思っているとトウマはポンッとナズナの視点が映るウィンドウを出した。
『ユウゴが見ているナズナの視界をウィンドウで出してコナツも見れるようにしたんだ』
トウマめ! いつの間にそんな機能を作ったんだ! でもコナツもフリーダムジャーナルだけではなく、現実世界を見たいかもしれない。そう思って作ったのだろうか。
トウマの言葉は聞こえないので、コナツは申し訳なさそうに『トウマさんが出してくれました』とナズナに説明した。
『ごめんなさい。決してプライベートを覗くつもりはなかったのですが……』
「あ、大丈夫です。見られたくない物は出していないし」
『そうですか』
フキノとナズナは視界と聴覚のリンクされるのは結構寛容だ。断りを入れれば見せてくれるし、何ならナズナ達の方から見せてくれる。だが寛容な奴は結構少ない。アンズは仕事の時以外は絶対にやめろよと言われる。
『なんか随分と変わってしまったなって思って。チアキお姉ちゃんから聞いていましたが、ちょっと衝撃ですね』
「空襲や災害がありましたからね」
『それでもすぐに復興していると思っていたので』
ナズナは「家族はどこに住んでいるの?」と聞くと『ナゴノです』とコナツは答えた。
「ナゴノはこんな感じじゃないですよ。動画や画像でしか見たことないですが、仮首都だし、ナゴノ城とか、すごく綺麗らしいですよ」
ナズナは元気出してと言っているが、コナツは崩壊したトキオを見てショックから立ち直れなさそうだった。
ここでナズナは話題を変えて、「ところでコナツさんはどこにいるんですか?」と聞いた。
「ユウゴさんみたいに脳みそだけの人じゃないですよね?」
『はい。もちろん自分の体はあるはずです。でも避難している場所は私にも分からないんです』
「うーん。避難先を言ったら敵に捕まったり狙われる可能性があるかもしれないですものね」
『……でも、連れて行かれる車の中で大人たちの会話で【ナスカ】って言葉を聞きました』
その言葉にナズナは「あ、本当ですか」と聞くとコナツは『聞きなれない言葉だったので、覚えてます』と答えた。
『寝ているふりをして聞いた言葉で、他の大人が地名を出すなって怒っているのも聞こえてきました。なので【ナスカ】はきっと疎開地に関係した地名だと思います』
「……なるほど」
ナズナはちょっと黙って、何か考えていた。そして喋り出した。
「ところで体験版 電脳疎開って保護者用とかってありますか?」
『どういう事だ? ナズナ』
「子供の安全のために電脳疎開させるくらいなら保護者の説明用もあるんじゃないかなって思ったんです」
確かにナズナの言う通りだ。でも都市伝説サイトの電脳疎開には保護者用はなかった気がするけど。
いろいろ考えているとナズナは「あ、もう帰る時間だ」と言った。
「それじゃ、コナツさん。私は帰りますね。またお話ししましょう」
『あ、はい。じゃあ、また』
『じゃあ、俺もナズナを送っていくよ』
送っていくと言いつつ、視覚と聴覚をリンクさせて人生微糖までの道を見守るだけだ。
道中、ナズナが「コナツさん、私達を見てます?」と聞いてきた。ちらっとトウマとコナツのいるリュウドウの空間を見るとコナツはフリーダムジャーナルを見ていて、トウマはその隣で寝ていた。
『俺達の行動を見ていないな』
「そうですか。じゃあ、本音を話しましょう。本当に電脳の中にいるんですかね、コナツさん」
『信じていないんだ』
「ユウゴさんで純粋ですね」
呆れたような口調でナズナは言う。
「でも私達、武装機体兵の事を全く知らないようでしたね」
『姉とメールのやり取りしかしていないらしい。戦争が終わった事と両親と兄弟の死亡か安否くらいしか知らないみたい。今、フリーダムジャーナルの記事を食い入るように読んでいるよ』
ナズナは「へえ」と興味なさそうな相打ちをする。コナツのアバターを見た時はあんなに黄色い声を出して、「かわいい」と言っていたのに。それとこれとは別なのだろうか?
『疑っているのか?』
「もちろんです。真実味が無いんですよね。そもそも私が電脳に入れないから、ずっと電脳に入っていられるのかって疑問に思うからでしょう。でももしそうだとしたら、どうして家族は出さないんだろう? もしかして遺産の問題とかかしら? ほらお金持ちの家族にありがちな遺産の独占のために!」
不世話すぎるぜ、ナズナ。お前の好きなミステリーサスペンスじゃねえんだからよ。
だがすぐにナズナの声は沈んでいた。
「でもやっぱり変です。家族が生きているなら会いたいって思うもの」
生まれた場所は培養液の中だから家族など武装機体兵にはない。でもナズナとフキノはイツヤと言う男のために葬式をあげた。死んだ人間を弔う事と家族に会えない人を同情できる彼女。俺が武装機体兵だったら、そんな事を思いつくだろうか? 人間レベルが高い気がした。




