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プロローグ②


 しかもいろんなアバター達がひしめき合い、サイバーパンクのようなお店の隣にレンガ調のメルヘンチックな建物と、空間に統一感が無い。上を見上げれば大きな月と巨大猫と宇宙船が浮いている。随分とおかしな空間だ。


『ここはシープシティ。羊が見ている夢をイメージした空間だよ』

『……どう見ても悪夢じゃん』


 空に浮かぶ巨大猫が近づいてきた宇宙船を鋭い猫パンチで墜落させているのを見ながら俺は言った。

巨大猫に気を取られていたら、傍にいた奴が突然いなくなっていた。


『あれ? あんた、何処にいんの?』

『ん、お前の中かな』


 どういう事? と思ってお洒落なお店のショーウィンドーにある鏡を見ると、見たことないペットボトルのアバターが見えた。頭を揺らすとペットボトルのアバターも揺れる。野暮ったい初期アバターだったのに、いつの間にか変わっていてビビった。しかもペットボトルの中には半透明の黄色いジュースが入っていると思いきや、突然ピコッと耳が出た。


『ここにいる』

『なんでお前が中に入っているんだよ』

『お前とかあんたとか言うのやめない? ちなみに僕はトウマだ』


 半透明の黄色のジュースの一部が盛り上がって猫の顔が出てきてそう言った。

 突然、相手が自己紹介をしたので俺も反射的に『俺はユウゴ』と名乗った。記憶がないのに名前が咄嗟に出たのに驚いた。


『あの野暮ったくて無個性でつまらない初期アバターを変えたのは僕さ。どう? この【液体猫】のアバター。いいでしょ』

『……どうでもいいけど、なんで猫が液体なの?』

『君は知らないのかい? 猫は液体なんだよ』


 記憶喪失だから覚えていないのか、そもそも知らないのか。重要性を鑑みて、どっちでもいい気がする。


『さてユウゴ。脳がくっついた縁だけど、よろしく』

『うん、よろしく。ところでトウマは記憶が戻っているの?』

『うーん。自分の事はさっぱりだな。電脳空間の事ならすぐに思い出せるけど』

『俺も自分の事は覚えていないな。電脳空間もそんなに詳しくない』


 トウマは記憶を失う前にあった電脳空間の技術は思い出してきていると言うも、俺の方は電脳空間やアバターなどの単語の意味くらいしか分からない状況だ。

 とにかく悩んでも仕方がないと思ってシープシティの大通りを歩く。ペットボトルのアバターにはカートゥーン風の黒い手足がついているので、動くたびにピコピコとか音がする感じがある。そんなアバターでテクテクと大通りを歩いて行く。すると遠くに巨大なアナログテレビを積み上げた塔があった。

 積み上げられたテレビの映像を見ると黄色いスーツを着た男性がスクランブル交差点の真ん中で踊っている映像があって、思わず足を止めた。


『ユウゴ、あの映像……』

『うん、俺も見たことがある。夢と思っていたけど』


 それを眺めていると警察らしき人をあしらった。もしあの夢が本当だとしたら、映像に映っているアバターは俺なのか?


『と言うか、警察をちょっとあしらっただけで犯罪って言っていたけど、結構軽くない? これで捕まって、実験体にされて、脳だけになったって、人生大転落じゃん。あーあ、あの金魚の所から逃げて正解だな』

『警察を倒したのが軽犯罪とは思えないけど』


 俺は電脳空間の事も分からないが、現実世界の事も分からない。何か情報になるものが欲しい。チラッとショップを見るとアバターや電脳空間用の家具などが売られているが、結構高い。俺の視線に気づいてトウマが『フン、別に必要なくない? 僕が全部作れるし』と言う。


『違う。新聞とか情報誌が欲しいな』

『それは作れないな。買うしかないけど……』


 トウマが言う前に『金が無いな』と言った。懐の寒さが身に染みる。

 やっぱりあの金魚の言う通り企業戦士か社会の歯車になった方が良かったんじゃないのだろうかと思っているとトウマが『ねえ、ユウゴ』と呼んだ。


『あの八頭身のアバター、多分電脳酔いをしている』

『電脳酔い?』

『電脳空間は現実世界より情報量が多いし、アバターの視点と現実世界の視界は全然違う。だから電脳酔いをしてしまうことがあるんだ。特に八頭身のアバターは普通の人だと視点は大きく揺れて酔いやすいんだ』


 へえっと思いながら八頭身のアバターは見る。黒いジャケットを着たイケメンでフラフラしているけど、表情は普通っぽい。本当に具合が悪いのか?


『ユウゴ、電脳空間は辛いとか悲しいとかのそう簡単に出せないんだ。助けてあげよう』




***


『いやあ、助かったぜ』

 アニメ絵っぽいイケメンアバターはサバサバしてあっけらかんとした感じで言った。

 トウマの指導の下、俺は簡単な電脳酔い止めのプログラムを組んで、大通りから人通りの少なく、何もない路地に移動させた。電脳酔いの対処法は一刻も早くログアウトするか、何もない空間か情報が少ないシンプルな場所に移動して休憩させるそうだ。


『このアバター、仕事の報酬でもらったけど使いづらくて。結構、いいもんらしいけど』

『八頭身のアバターは作るのが大変だから、限定品だったり高かったりする。でも初心者には動かすのは難しいよ。初めはマスコットみたいな三頭身のキャラを使った方がいいよ』

『……お前のアバターって面白いな。ペットボトルの中に猫が入っているんだな』

『そうさ。猫は液体であるって格言があるからな!』

『ははは、ドヤ顔になってやんの。かわいいな、お前の猫』


 どうやら男性にはトウマの声が聞こえないらしい。

 男性はリュウドウと名乗った。自分の名前と声は聞こえていないけどトウマの事を紹介し、今までの経緯を話した。つまり自分達には二つの脳がくっついて体がない、自分の過去について記憶がない、施設から出たけどお金も住む場所もない、と。素直に正直に喋っているはずなのに、現実離れしている気がした。

 だがリュウドウは真剣に聞いてくれた。


『へえ、大変だな。お前』

『……あの、信じるんですか?』

『まあ、信じるさ。アクアリウム・クオリアから来たんだろ? あそこは電脳界隈でのマッドサイエンティストで他の電脳企業のまとめ役だからな』


 リュウドウは冗談めかしそうにそう言った。いや、冗談ではなくマジなんだけど。

だがリュウドウは『まあ、現実世界も武装機体兵とかいるし』と続けた。聞きなれない言葉に俺は首を傾げた。


『記憶喪失って事は八年前に勃発した戦争も覚えていないだろ? そこで投入されたのが培養液の中で成長させて体内に機械を詰め込んだガキさ。遺伝子強化か人体改造させられてめちゃくちゃ強くて、首筋にコードをつなげて拳銃をぶっ放したりドローン操作をしたり出来る。だが精神的に幼くて犯罪も多い奴らさ』

『え? 危ない子達なのに取り締まりとかしないんですか?』

『一応している。だけど、普通の人間じゃ敵わないから武装機体兵をぶつけてんだ。本当はこいつらを一つにまとめればいいんだが数が多いし、居なくなると社会が回らないマズイ奴らなんだよ』


 そしてリュウドウは『俺の所には三体いるんだ』と付け加えた。

 この人は何者だろうか? いや、そもそも現実でも世界が戦争してたって、どういう事なんだ? 電脳空間の戦争って聞いてもピンとこなかったのに。武装機体兵のガキって未成年って事か? 色々疑問が溢れ出てくる。


『ところでお前って行くあてはあるの?』

『金もないし職もないし、そもそも家もない』


 俺の言葉にリュウドウは大笑いしながら『電脳空間でホームレスなのか、お前!』と言ってきた。


『でも脳だけなんで衣食住は多分、大丈夫、かもしれない、気がするようでしないようで……』

『どっちなんだよ』

『不安しかないです』


 正直に言うと『じゃあ、俺の空間に来るか?』とリュウドウが言う。


『俺も昔作った自分の空間があるんだよ。今はタブレット端末でもリンクさせて操作は出来るけど、仕事用のメールも一緒にしちゃったから、電脳のダイレクトメールと仕事用のメールがごっちゃになってんだよ。もしお前が毎日整理してくれたら、そこの空間は好きに使っていいぞ』

『マジで!』


 思わず身を乗り出してしまう申し出だった。俺達は二つ返事でリュウドウの申し出を受けた。


こうしてリュウドウの空間に間借りする事になったのだが、これが不幸の始まりだった。

 メールの整理と思いきや、現実世界での仕事にこき使われて一日で嫌になってしまった。すでにリュウドウに敬語も遠慮もなくなった。さっさと逃げたいが、ただお給料をもらえるから出て行くのはもったいないので、このまま一緒に仕事をしている状況だ。


 さて、これが波乱万丈な俺達の水槽の脳人生のプロローグだ。

 それから現実と電脳の世界の面倒事に首を突っ込んだり、突っ込まれたり、引っ掻き回したり、いろいろあったが、それはまたいつか語ろうと思う。

まずは電脳疎開の事件を聞いてくれ。




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