ナズナとお出かけ①
次の日の朝、ナズナから電話が来た。
「おはようございます。リュウドウさんからお話を聞いていますよね」
『ツチミさんの家族写真を探すだっけ』
「はい。結構、面倒くさいんですよね」
ナズナは「今日中に終わるかな」と空恐ろしい事を呟いた。そんなに面倒なのか?
ナズナの端末がいきなりカメラ機能になり、ナズナたちが住む寮にある大きなテーブルが映し出されて、フキノが一生懸命何かを書いていた。
「私、出かける準備をしますのでフキノの勉強を見てもらってもいいですか?」
『ああ、別にいいけど。何勉強しているんだ?』
俺の声が聞こえたのかフキノが不機嫌そうに「ローマ字」と言った。パタパタと物音が聞こえ、ナズナが行ったのだと思う。
俺が『どこか分からない所があるか?』と聞くと、「ある!」と食い気味でフキノは顔をガバッと上げて口を開いた。
「なんで俺はローマ人じゃねえのに、ローマ字を覚えないといけないんだ!」
『え? 学んでいる理由が分からないのかよ』
ナズナ、せめてそれを先に教えてやれよ。
ひとまず俺は『パソコンのキーボードを打つときに便利だから』と答えたが、フキノは「俺、パソコンとか端末をあんまり使わない」と撥ねつけた。
『もしかしたら使うかもしれないだろ』
「ナズナの仕事だもん」
そう言うがフキノはローマ字の勉強を再開した。紙を見ると小学生向けの問題集の一ページを丸写しした灰色の紙のようだが、解答欄にはフキノの汚い字で埋められている。
『嫌々やっているみたいだけど、真面目に解いているじゃん』
「うん、全部やったらナズナが飴くれるから」
これが本当の飴と鞭か。でも俺が鞭使ったら、その十倍以上やり返されるだろうけど。カリカリとフキノが鉛筆で書く音が聞こえて、しばらくして「出来た!」と言い、フキノはニコニコ笑って問題用紙をカメラに見せてきた。
汚い字って心で思いながら、答え合わせをする。うん、全部あっている。
ちょうどその時、ナズナがやってきて「終わった?」と聞いてきた。
「終わったよ!」
「すごいじゃん!」
ナズナは大げさに褒めて飴をあげた。こいつらの見た目は十代半ばだから、幼い面を見るとちょっとちぐはぐに見えて変な気持ちになる。でもしょうがない。実年齢は一桁なんだから。
その時、人生微糖の前でクラクションの音が聞こえてきた。ナズナとフキノが窓を覗く後ろ姿が電子端末のカメラの端で見えた。
「おい、フキノ! 今日、運送トラックのバイトの日って覚えているか!」
「忘れていないだろうな!」
声からしてリュカとクラウだ。そっとナズナの視界と聴覚をリンクさせて見ると、大型トラックの助手席の窓からリュカとクラウが顔をのぞかせている。
ナズナがチラッとフキノの顔を見ると明らかにマズイという顔をしていた。絶対に忘れていたな、こいつ。だがすぐにフキノは「忘れてないよ!」と言った。
「本当かよ!」
「大丈夫だよ! 忘れていない! 今、思い出したから!」
「今まで忘れていたじゃねーか!」
フキノとリュカとクラウの会話に運転席の窓から黒髪の三十代くらいの男性も顔を出した。リュカとクラウの保護者、シラヌイだ。ものすごく落ち着いた見た目で中堅社員っぽい雰囲気があるのだが、この男は実年齢がようやく二十歳になったばかり。
「フキノ、バイトの説明とかあるから早めに行けよ!」
「はーい」
フキノは返事をしながら窓からひょいっと飛び出して、ストンと猫のように軽やかに着地した。俺的にはびっくりする光景だが、一般人のシラヌイは何一つ驚かない。
「遅刻すんじゃねーぞ!」
「馬車馬のように働け!」
「リュカ、クラウ、そろそろ窓から顔出すのやめろ。フキノ、よろしくな」
そう言ってシラヌイが運転する大型トラックは走り去った。どうやら忘れっぽいフキノのために、三人はここに立ち寄って声をかけたようだ。面倒見のいい奴らである。
フキノは二階にいるナズナに手を振って「行ってくるね!」と言った。
「うん、気をつけてね」
ナズナがそう言うとフキノは笑って走って行った。それを見送って、テーブルに放置されていた電子端末をナズナは手に取った。
「そろそろ行きましょうか、ユウゴさん」
『そうだな。すでにナズナにリンクしているし』
ナズナは「分かってますよ」と言って、電子端末で俺との通話を繋げたまま出かけた。




