シープシティでハルキと自己紹介をする
『え?』
『あれ?』
『わあ』
トウマの頭から生えたユリに驚く俺たち。様々な反応をしているなか、ユリの頭に真っ黒いウィンドウが出された。
【やあ、無事に電脳疎開空間から出られたね。コナツ】
突然、ウィンドウが出て俺は『誰?』と言った。
【申し遅れました。僕はスズミヤ ハルキです】
俺とトウマがシープシティに響くがごとく叫んだ。
嘘だろ! マジかよ! 大企業の社長が現れちゃったよ! そして俺達は、その社長の妹を誘拐しちゃったよ! いや、誘拐じゃないけど……。でも何も知らない人間から見たら誘拐だ! 記憶を失う前は電脳空間で軽犯罪をやっていたらしいけど、今回で重大事件を起こしちゃった……。というか、本物?
とりあえず、あのメールを出せば分かってくれるだろうか……。
【多分ビビっていると思うけど、警察には届けないよ。そもそも僕がコナツを外に出して、君達に保護させようとわざわざ電脳疎開の体験版やコナツが出した風のメールを送ったのだから】
そして【で、自己紹介してくれない?】とウィンドウが出てきた。
ひとまず、『俺、ユウゴ』『僕、トウマ』と答えると【それじゃ、君に仕事を依頼したいんだ】とウィンドウを出した。
【都市伝説である電脳疎開って言うのは、実を言うと本当なんだ。コナツのみだけどね】
シープシティのビルの屋上でRPGの名も無きキャラの会話の如く黒いウィンドウに文章が綴られる。どういう訳か俺やコナツのように言葉が発せられないようだ。
【だけど、どういう訳か戦争が終わってもチアキは現実世界に出さないんだよ】
『社長命令で、出せばいいんじゃね』
【それが出来たら、こんな事をしないって。俺もずっと説得し続けているんだよ。なのにチアキは出さないの一点張りなんだよ】
『じゃあ、隠れて出せばいいんじゃない?』
【やったら、すぐにバレてものすごく怒られた】
なんか兄弟ケンカをしているような緩さだなあと思っていると、【ぶっちゃけ、僕はお飾りの社長だから】と卑下した言葉を紡ぐ。
【戦争でケガして、電脳空間でリハビリして去年あたりにようやく現実に帰ってこられた。それで社会復帰したらいつの間にか社長にされて、でも仕事も言われた通りって感じでやっている。今までチアキや他の社員が戦後のベルを支えていたし、そもそも僕はクリエイター気質なんだよ】
『それでもさ、みんなから社長って選ばれたんだから……』
【過去の実績のネームバリューで社長になっただけ。それ以外で社長就任していたら、隠れて社員を使ってコナツを現実に戻すよ】
俺達が納得した所で【それに自分もこんな体だしな】と出た。
『どういう事?』
【見た方が早いから、ちょっと黙るね】
しばらく黒いウィンドウが綴られることは無かった。
コナツさんに『ねえ、コナツさん。マジで電脳疎開していたの?』と聞くと、恐る恐る頷いた。
『本当は大勢の子達と一緒に疎開するはずだったんですが、私一人で入る事になりました』
『ずっと一人で入っていたの? あの体験版な電脳疎開空間に』
『そうですね。あ、でも体験版よりは進化していますよ。それにAIの子達がいっぱいいるから寂しくないって思っていたんですけど……、やっぱり会話とか行動が統一されていると言うか、全然変わらないんですよね。それに美術館とかの施設も代わり映えしないし』
割と地獄のような空間だな。現実世界も地獄だけどさ……。
俺は『戦争が終わっているって知っている?』と聞くとコナツは頷いた。
『知っています。チアキお姉ちゃんのメールから知りました。お父さんとお母さんが死んでいる事とハルキお兄さんは戦時中、ケガして後遺症が残っている事、トキオの家が空襲でなくなった事、今はナゴノが仮首都になっている事、くらいかな』
『武装機体兵って知っている?』
『いえ、知りません。兵士ですか?』
似たようなものかな? と思って俺は『そうだね』と答えた。
『チアキお姉ちゃんに出してほしいって頼んでいるんですけど、はぐらかさせるんです。もしくはまだ復興が進んでいないからって』
『そうだな、もうトキオは首都に戻れるのは難しいだろうな。戦前と同じように戻すのに百年以上はかかるんじゃないかな』
俺の言葉にコナツは『それじゃ、ほぼ一生、電脳空間にいないといけないじゃない!』と強い口調で言った。
『もう私は子供じゃない。二十歳だし、電脳疎開の勉強も全部終えました。戦後五年でまだまだ元に戻っていないってわかってます。でもそれでも、ここから出たいんです』
『だから兄であるハルキ社長に頼んだって感じか』
【お待たせ。リモートで話すよ】
黒のウィンドウと一緒にパッともう一つウィンドウが出た。前に見たスズミヤ社長の近影とほぼ同じと言っていい。黒い短髪で少しやせた細面な青年。だが眼鏡と車椅子に座っている。
気丈に振る舞おうとしているのか、なんかご機嫌に手を振っていて「コナツ」と言っている。だが発する声はかすれていた。
「聞こえづらくてごめんね。戦争でこうなってしまったんだ。片足が動かないし、目は弱視になって、声もかすれちゃった。武装機体の体を移植する事も出来るけど、そうすると電脳空間に入れなくなるんだ。もちろん仕事は出来る。でも自らコナツを探すことは出来なそうだ」
初めてハルキを見たのかコナツのアバターは呆然としていた。
「コナツの保護と電脳疎開空間から脱出させる協力してくれるかな」
『まあ、いいけど。だけど誰の紹介で俺達に行きついたんだ?』
「アクアリウム・クオリアだけど」
やっぱりな! あのデブ金魚!
「君達も目を覚ましたけど、すぐにフリーランス? でアクアリウム・クオリアに就職を辞退したって聞いた。電脳空間で君達を見かけないから、恐らく暇しているんだろうと思って依頼したんだ」
『別に暇じゃ無いんだよ。現実世界でやる事が多すぎるんだ』
「現実世界で仕事しているんだ。だったら好都合だ」
『なんで好都合なんだ?』
「コナツ自身で電脳疎開の空間をログアウトして、身体を収めているカプセルをシャットダウンさせないと無理なんだ。無理やり電脳空間から出したら、コナツの脳に大きなダメージがあるはずだ」
『それじゃあ、コナツの身体がどこにあるか調べて保護してから、電脳空間から出す方法がベストって事か』
ハルキは明るく擦れた声で「そういう事」と言った。
「おっと、忘れていた」
ハルキは思い出したようで、キーボードで打っていた。するとすぐにトウマの頭に咲いていた百合の花が消えて、コナツが付けているアリスのアバターに百合の髪留めがつけられた。
「コナツに付けた髪留めは発信と通話機アクセサリーだ。コナツ、万が一、ヤバい事が起こったら髪留めに話しかけてくれ」
『ありがとう。ハルキ兄さん』
「じゃあ、変な事をしないで、ちゃんとコナツの身体を探してくれ。よろしく」
『分かったよ』
そうしてハルキは「よろしく」と言ってリモートと黒いウィンドウを消した。意外とハルキはフランクな奴だなって思った。




