電脳疎開についてリュウドウに聞く
ナズナ達は賄いを食べ終わり、二階の寮に帰って行った。寮と言っても、薄い板で仕切られ、二段ベッドが所狭しと並んでいるだけのものだ。他にべろんべろんに酔って、家に帰れない奴を割高で泊まらせる場所でもある。後は時々リュウドウの知り合いが泊まることもある。後の三階から五階はリュウドウが集めたガラクタが大量に置いてある。
リュウドウ曰く、この土地とビルは自分のものらしい。また車や銃器なども大量にある。しかも電子端末も自分の物とは、別にナズナに一台貸している。戦後の時代に結構、高価なものを持っているよなと思う。でもどれもこれも他人から奪ったものだったり、半分カツアゲのお金で買った物だと思うと心なしか罪の香りがする。
「くはあ、おいしい。このウイスキー」
「どうしたの? それ、前回の野菜泥棒を捕まえた報酬?」
「違う、それはさっきお前が料理して客に出したトマトとナスとゴーヤだ。このウイスキーは人助けをしたら、もらえたのよ」
違う、強請りだ!
あの後、役所では「口止め料がないと俺、喋っちゃいそう」とリュウドウは言いだし、役所の偉い人が慌ててこのウイスキーを持ってきたのだ。お酒とか全然知らないけど、ゴツイ瓶に入っているので結構いい物なのだろう。こいつに狂言を気づかれてしまったのが運のツキだったとしか言いようがない。
ちなみにスタンガン銃で気絶していた仲間の武装機体兵はそのまま解散させた。立てこもりの仕事をしたのにお金はもらえず気絶させられただけの彼らは文句タラタラだったが、リュウドウに「警察に捕まらないだけマジだろ」と言うと何にも言わなくなって帰った。
リュウドウは何かを達成したかのようにこう言った。
「あいつらにとって良い人生経験になったよ。お天道様に顔向けできない事をするなって、教訓になっただろう」
お前が一番、お天道様に顔向け出来ない事をしているじゃないか!
そのうち刺されやしないだろうかと期待している、……じゃなく不安になる。だが一方で刺されても死なないだろうなとも思う。
リサさえも帰った人生微糖の店内で、俺は電子端末の通話をし、カメラで見ながらリュウドウと会話をしていた。
「お前さ、何処と戦争したって、なんでいきなり聞くんだよ。センチメンタルな気持ちになったんか?」
俺は無いはずの鳥肌が立って、思わず『気色悪い』と言った。
『おっさんがセンチメンタルな気持ちになったか? って聞くなよ。なんで聞いたのかって、ちょっといろいろあったんだよ』
「ふうん? どんな事」
俺はリュウドウのメールボックスから、あのメールを出して見せた。
「ん? 【電脳疎開を知っていますか? 知らなかったら、この空間に入ってください。そして私を助けてください】……か」
『俺は知らなくて、電脳疎開の体験版のコードで見たんだ。リュウドウも見る?』
「いや、いい。だって悪戯だから」
リュウドウはそう言って、端末を操作する。すぐさまカメラからプライベート空間に移動して、リュウドウが調べたサイトを見た。
『都市伝説のサイトだ。お、【電脳疎開の噂】がある』
「戦後にあった噂の一つさ。戦前にその電脳疎開の体験版が出回ったんだよ。まあ、よく出来た偽物って事になっている。そもそも現実的な代物じゃないしな」
俺は『なんで?』と聞くと、リュウドウは鼻で笑った。
「何人いるか分からねえけど、こいつらを寝かしておく場所は? 機械の電力は? 戦争が起きれば色々足りないものが多くなってくるのに、こんな広大な施設とエネルギーなんてねえよ」
『確かに。それもそうだな』
「体験版を作って、こんな大仰な噂を流して、犯人は暇大魔神なんだろうな」
呆れたようにリュウドウは言うがちょっと笑って「でも体験版の電脳疎開空間はよくできているんだよな」と言った。
『まあ、そうだな。そこで質問の時間に【何処と戦争したのか?】って聞いたんだ』
「はあ? 質問の時間? そんなのないぞ」
そう言ってリュウドウは【電脳疎開の噂】のページを見る。空間の案内や機器の説明はあるが、そこには質問の時間はなかった。
「まあ、いろいろ空間を変えたんだろうな。それで、お前は何処と戦争したかって質問したんだったな」
『確かミュトスって言っていた』
リュウドウは呪文のようにミュトス、ミュトスと言って、端末を操作し調べていく。
ミュトスとは、自然、神々、英雄などについて民間に伝わる物語。伝説、神話って事だろうか。だとしたら民族、宗教問題で戦争は起こったのだろうか? だがそれは理由だ。結局、場所が分からない。
「まあ、戦争を起こすって色々な思惑があると思うんだ。民族や宗教も一因に過ぎないさ」
『でもさ、俺って何処と言ってんじゃん。なのに理由を聞いてくるって訳が分からない』
「そうさ。俺達は本当に何処と戦ったのか分からないんだよ」
『はあ? 知らない間に第三帝国とか、仮想帝国とか生まれたのか?』
「かもしれねえな」
面白そうにリュウドウは笑った。




