神々の面影
ナバテア王国は、紀元前1世紀から紀元1世紀にかけてこの地に存在した古代王国だ。もともと砂漠を旅する遊牧民や行商人だったナバテア人たちが、険しい峡谷の奥に定住し、国を築いた。その領土は現在のヨルダン南部を中心に広がり、東は現在のサウジアラビアの一部にまで及ぶ、まさに砂漠の王国だった。
彼らは、紅海や地中海、さらにはシルクロードを通じて東西を結ぶ交易の要として栄えた。特に香料や金、宝石といった高価な商品を運ぶキャラバンの拠点となり、莫大な富を築いた。ペトラはその地形的特性から防衛に優れた要塞都市であり、砂漠地帯に築かれた高度な水利システムによって、過酷な環境でも多くの住民を支えることができたという。最盛期には20万人規模の人口を抱えていたとも言われている。
ナバテア人の存在は、ユダヤやローマの歴史書にも記録されている。時には良き隣人として、また時には敵として、ナバテア王国はその姿を歴史の舞台に刻んだ。ナバテア人はギリシアやローマの文化の影響を受けつつも、独自の文字や通貨、建築様式を持ち、高度な文化を発展させた。さらに独自の神話体系も持ち、信仰の中心には極めてアニミズム的な要素があった。偶像崇拝を避ける当時のナバテアの信仰は、後の初期キリスト教にも影響を与えたという研究もある。
しかし、その繁栄も長くは続かなかった。相手はあの巨大なローマ帝国。しかも、長いローマの歴史でも最大の版図を築き上げた皇帝トラヤヌスが相手だった。紀元106年、ナバテア王ラベルが逝去したのを機にローマ軍が侵略を開始すると、結局ナバテア王国は戦うこともできずに降伏し、ローマ帝国に併合された。ナバテアはアラビア・ペトラエアというローマの属州となり、国家としての歴史に幕を下ろすこととなった。その後もペトラは交通の中継地として機能していたが、やがて紀元4世紀に起きた大地震をきっかけにペトラは衰退を始めた。水利システムが破壊され、都市としての機能を失ったペトラは、次第に砂漠に埋もれていった。その後、この地はベドウィンの人々の間でひっそりと語り継がれる「砂漠の幻」となり、外界から忘れられていった。
これが、昨日の夜、僕が急ごしらえで調べ上げたナバテア王国の歴史だった。
ペトラ遺跡観光の二日目、僕たちは遺跡に併設された博物館を訪れていた。入口に立つと、まず目に飛び込んできたのは「日本の協力による建設」という文言が記された大きなパネルだ。その横には日本の国旗が掲げられており、ODA(政府開発援助)による支援で建てられたことが紹介されていた。なにかと批判も多いODAだが、こうして目に見える形で自分の国がこの地の文化や歴史の保護に貢献していることを知ると、なんだか誇らしく感じた。
館内に足を踏み入れると、ひんやりとした空調が心地よい。外の砂漠の日差しから解放されるだけで、少しほっとする。近代的な建物は天井が高く広々としており、奥には数々の展示品が整然と並べられているのが見えた。ガラスケースの中には古代ナバテア王国の遺品や彫刻、陶器が美しく配置され、照明がそれらを柔らかく照らしている。
「へー、陶器の水筒だ」
僕はケースの中に並ぶ一つの展示物に目を止めて感嘆の声を漏らした。陶器製の水筒は丸みを帯びた形状で、小さな持ち手がついている。持ち運びやすさを重視したそのデザインから、砂漠を行き交うキャラバンの生活がふと想像できた。その隣には皿やオイルランプも置かれていて、それぞれがシンプルながらも機能美を感じさせる作りだ。
その傍には当時の交易路を示した地図が展示してあり、ペトラを中心に広がる交易ルートが、紅海や地中海、さらにはシルクロードへと続く線となって引かれている。僕たちが歩いている場所が、かつてどれほどの活気に満ちていたのか、その線から伝わってくるようだった。
「ノブ、こっちにナバテアの神様いるよ」
ムハンマドに呼ばれてそちらに向かうと、目に飛び込んできたのは、なんとも奇妙な展示物だった。言ってしまえば、それはただの石のように見えた。表面は滑らかでつやつやとしているが、形状は素朴そのもの。装飾もほとんどなく、中央には四角が二つ並び、その中に丸が一つずつ描かれているだけだ。非常に簡素なデザインだったが、展示プレートには驚くべきことが記されていた。
ナバテアの神の彫刻。
「これが……ナバテアの神?」
僕は目を疑った。四角と丸だけで表現されたその石には、まるで幾何学模様のような単純さがある。その形状の中にどんな意味や象徴が込められているのだろうかと考えずにはいられなかった。
「ノブ、昨日ナバテアの神様に興味ありそうだったね」
ムハンマドが笑いながら言った。その言葉に僕はうなずき、昨日の出来事を思い出す。
シークの途中にあった、空っぽの祠――。荒涼とした岩壁の中にひっそりとたたずむその場所には、奇妙な静けさと、何か目に見えない圧力のようなものを感じた。その後に見た白昼夢の中でも、あの祠は強烈に心に残った。人々が何かを願い、祈りを捧げていた風景が、脳裏に浮かぶ。
「不思議な感性だね。神様がこんなにシンプルな形なんだ。」
いつの間にか隣に立っていたタムが、少し戸惑ったように呟く。その横顔には驚きと興味が混ざった表情が浮かんでいた。
ムハンマドも首を傾げながら石をじっと見つめている。
「イスラムでは、アッラーの姿を描いたり造ったりするのは禁止されてるね。」
確かに、イスラム教では偶像崇拝が厳しく禁じられている。そういった意味では、この石のシンプルさがどこかイスラム的な感性に通じるものがあるのかもしれない。
「偶像崇拝がないのは、実は日本も同じだよ。」
僕は意外でしょ、という風にムハンマドに伝えた。本当に?と目を丸くしながら聞き返すムハンマドに、僕は笑いながら「そうだよ」と答える。
偶像崇拝の禁止というとイスラム教が真っ先に思い浮かぶが、実は日本の神道にも、偶像崇拝は本来ないのだ。イスラム教のように明確な戒律で禁止されているわけではないので、絵巻やイラストなど、日本の神々を描いた芸術品は数多く存在し、今も昔も愛されている。しかし、神道では神とは本来、姿形のない存在だとされている。山や木、巨石などを依り代として現世に顕現し、干渉する――それが日本の神々のあり方だった。そう考えると、古代ナバテアの神々もまた、同じアニミズム的な信仰として、信仰のあり方は、日本と似ていたのかもしれない。
「シンプルだけど、強い力を感じるね」
タムがしみじみと呟いたその言葉に、僕も静かに頷いた。偶像を超えた何か――それがこの石の中に宿る神の本質なのだろうか。形のない神々がどのようにこの地に影響を与え、人々を導いてきたのか。その謎めいた力に、僕たちはしばらく目を奪われていた。
「こっちは完全にローマの影響みたいね」
横の展示室に移ると、タムがギリシア風の彫刻を指差しながら言った。一部が破損しているが、リアルに描写された肉体美を持つ男の裸体像だった。右手には獅子の頭を持っており、その姿からしてヘラクレスだろう。典型的なグレコローマン様式の彫刻で、明らかにモチーフもギリシャ・ローマ神話の神々だ。
「うん、ローマ征服後の時代に造られたものだろうね。」
僕はそう答えながら展示品を眺めた。これらの彫刻や装飾品が誰のために造られたのかはわからない。もしかすると、ローマへ輸出するための工芸品だったのかもしれないし、ナバテアの人々自身がローマ神話の物語を楽しみ、新たな信仰の対象としたのかもしれない。
昨日見たペトラのローマ式劇場を思い出した。あの劇場では、ローマ神話の物語が上演されていたのだろうか。そこではナバテア人たちも客席に座り、笑い、涙しながらローマ文化を受け入れていたのかもしれない――そんな光景が目に浮かぶ。
その隣には、12星座を模した装飾が施された陶器製のオイルランプが展示されていた。物語性豊かなその意匠には、古代ローマ文化の影響が色濃く感じられる。ナバテアの人々も、星座の物語を楽しんでいたのかと思うと、少し笑みがこぼれた。星座占いに一喜一憂していたかどうかはわからないが、こうした文化を通じて古代と現代の意外な共通点を感じるのは面白い。
「ほら、こっち。星座の描かれたランプがあるよ」
「すごいね。こうして見ると、なんだか2000年前が身近に感じるね」
僕はそう答えながら、改めて展示品を眺めた。目の前にある精巧な彫刻や工芸品には、確かにローマの写実技術が色濃く表れている。ナバテア人たちも、ローマとの接触を通じて新しい文化を吸収したのだろう。だが、同時に胸の奥に問いが浮かんでくる。果たしてナバテア王国は、ローマに支配されることで「豊か」になったのだろうか。それとも……?
そして、その問いに答えるように、僕の目を最も引いたのは、さらにその隣に展示されていた胸像だった。くるくると巻かれた髪にモジャモジャのひげをたくわえた壮年の男の像だ。古代ローマの主神ユピテル、ギリシャ神話でいうところのゼウス像だと思ったが、解説プレートには驚くべき文言が記されていた。
ナバテア神話 ドゥシャラの像。
説明書きによると、それはギリシャ神話の神ゼウスと、しだいに同一視されていった、ナバテア神話の神ドゥシャラの胸像だという。
「見てこれ!さっきと同じナバテアの神様だって」
「へぇ。ずいぶん違うね。さっきの四角と丸だけで描かれてた像とは大違いだ」
僕とタムは、まじまじと、その胸像を観察した。
ローマとの接触は、技術や芸術、そして新たな文化の潮流をナバテアにもたらした。さらに、複雑な神話体系や物語は、ナバテアの人々の心を楽しませたことだろう。しかし、その代償としてナバテアの人々が独立性や固有のアイデンティティを失ったとしたら、それは本当に「豊かさ」と呼べるものだったのだろうか。かつてこの土地を守り、導いていたナバテアの神々や精霊はどこへ行ってしまったのだろうか。
結局のところナバテア王国は、ローマの属州に組み込まれた後、新たに推奨されたシルクロードのルートに埋もれ、交易の優位性を失っていく。かつてキャラバンを通じて世界を繋いでいたこの土地は、徐々にその輝きを失い、やがて衰退していく運命を辿ったのだ。
その時、彼らはローマの神に祈ったのだろうか。それとも、なおナバテアの神に祈り続けたのだろうか――。その問いは、答えを持たないまま、展示室の静寂に吸い込まれていった。
「ノブ、見てこれ。」
次の展示室に移ろうとしたところで、タムが僕を呼び止めた。彼が指差したのは、一つの石像だった。その石像はほとんど崩壊していたが、残された部分から何を模して造られたものかが容易に想像できた。特徴的な曲線と突き出した形状――それは、ある特定の動物を思い起こさせた。
「これ、ひょっとして象?」
僕がそう尋ねると、タムは石像に近づきながら頷いた。
「多分そうだと思う。この部分が鼻なんじゃないか?ほら、解説にも『エレファント』って書いてあるよ。」
確かに、それは象の鼻の一部だった。粗く削られた石の表面には、年月を経た痕跡がくっきりと刻まれている。
「象がいたのかな?このあたりに。」
僕の問いに、タムは肩をすくめながら答えた。
「さぁ、どうだろうね。さすがに砂漠地帯に象が生息していた可能性は低いと思うな。エジプトやスーダン、エチオピアにも古代王国があったわけだから、そこから来た職人がナバテアで造った可能性のほうが高いんじゃないかな。」
「確かにね。となると、ナバテア王国にも今のヨルダンと同じように、多くの外国人や旅人が訪れていたのかもしれないね。」
その言葉に、僕は静かに頷いた。この土地がかつて世界中の文化や人々を迎え入れる拠点だったことは、想像に難くない。そして、その多様性こそがナバテア王国の繁栄の要因の一つだったのだろう。
今のヨルダン王国と古代のナバテア王国に直接的なつながりがあるわけではない。しかし、ナバテア王国の存在はヨルダン人たちの誇りの一部として、現在の国民の結束に一役買っている。
「だれもかれも、ベドウィンの血を持ってる。おれのおじいちゃんはベドウィンだ、ってみんな言うんよね。」
ムハンマドが笑いながら言った。その言葉には、彼自身のルーツへの誇りと、ヨルダン全体に共有されるアイデンティティの一端が滲んでいた。その言葉を聞いて、僕はふと日本のことを考えた。日本には四季や自然を中心とした文化の基盤があり、何千年にもわたって一貫して受け継がれてきた。それは揺るぎない国家のアイデンティティを形作ってきた。安定した地理的条件と長い歴史が、日本を特異な国として成り立たせている。
一方で、多くの異文化や民族が交わる地域では、ヨルダンのように絶えずアイデンティティが再発見され、再構築される。それは日本の一貫性とはまた別の強さを持つ。自身のルーツに新しい要素を取り込み、時代に合わせて変化していく柔軟性。それがこの国々の魅力であり、逞しさでもあるのだろう。
「さて、そろそろ行こうか。」
タムが軽く声をかけ、僕たちは次の展示室へと向かった。
展示室を出るとき、最後に、素朴なほうのナバテアの神の像をもう一度見た。
「君が、僕を呼んだのかい。」
石像に問いかけるように心の中で呟く。もちろん、無機質な石像は何も答えない。だが、その存在感が確かに僕の心に何かを刻みつけていた。




