ラクダに揺られる夢をみて
のっし、のっしという心地の良い縦揺れを感じて目を覚ます。揺れは規則的で、縦の揺れに前後の揺れが混ざり合い、なんともいえない安心感を与えてくれる。目を開けると、空には満月が輝いていた。月明かりが薄青い光となって砂漠を照らし、あたり一面が銀色の海のように広がっている。
「よぉ、だんな。目が覚めたかい?」
前を行く男が振り返り、声をかけてきた。ロバにまたがった姿がシルエットになり、肩には布をまとっている。
「ここは……?」
寝ぼけた声で尋ねると、彼は笑いながら言った。
「わりぃな、こいつがのろまで日が暮れちまった。そろそろ到着するぞ。」
そう言って、彼は乗っているロバの背中を手のひらでぽんと叩いた。ロバが小さく耳を動かしながら、さらに一歩一歩砂を踏みしめて進む音が聞こえる。
周囲は静かで、ロバとラクダの足音だけが響いていた。鼻の頭に冷たい空気を感じ、寒さに肩をすくめる。気がつけば、目と鼻以外はすっぽりと布で覆われた服を着ている。布は肌触りが粗いが風を防ぎ、寒さから身を守ってくれているようだった。徐々に記憶が鮮明になり始めた。そうだ、旅の途中で出会った男に頼み、この男の故郷まで案内してもらっているのだ。
私は手綱を握り直し、体勢を整えた。目を閉じていた時よりも、こうして起きている時のほうが、落馬しやすいと知っていたからだ。足元にしっかりと意識を向けながら、前を行く男を見やる。
満月の光があたりを照らし、砂漠がどこまでも続いているのが見えた。砂丘が波のようにうねり、遠くでわずかな影を落としている。視界の前方にはロバにまたがる男の後ろ姿。その背中が頼もしくもあり、孤独感を薄めてくれる存在でもある。
「道は、大丈夫なのか?」私は尋ねた。
男は振り返りざま、笑いながら答える。
「大丈夫さ。ここで生まれ育ったんだ。何年、この砂漠を渡り歩いてると思ってる?」
その声には自信が満ちていて、私の心の奥にあった不安を少し和らげてくれた。
しばらく無言のまま進む。夜風が砂を巻き上げる音がかすかに聞こえるだけで、人の声も、動物の鳴き声も、この広大な砂漠には存在しない。静寂が広がる中、遠くで星がちらちらと瞬いていた。
やがて、砂丘の向こうにかすかな光が見えた。最初は星かと思ったが、次第にその光が地平線上で集まり、輝きを増していく。それは砂漠の海の中で煌々と浮かび上がる、灯火のように見えた。
「おい、見えてきたぞ。」男が手を差し出して指差す。
「砂漠の都だ。俺の故郷、ナバテアの都さ。」
私はその光景に息をのんだ。闇夜の中で輝くその町は、砂漠に浮かぶ光の島のようで、どこか幻想的だった。
「これは、すごいな」思わずつぶやいた。
男はにやりと笑い、ロバの手綱を引きながら進む。
「ここまで来ればもう安心だ。夜更けまでには着く。疲れただろうが、あと少しの辛抱だ」
私は再び手綱を握り直し、息を吐いた。あたりの冷たい空気が肺に満ちていく。この砂漠の旅で、私は何を見つけるのだろうか。
「待ってろよ……クナト。」
私はそっとつぶやき、再び前方に目を向けた。ラクダが砂を踏みしめる音が、静かに夜の砂漠に響き渡る。