異国ティータイム
カッサ=アル=ハラーナへと出かけた翌日の午後。僕は行きつけのカフェの二階の席に腰を落ち着け、ひたすら思索にふけっていた。観光客向けに民族調のデザインで統一されたこのカフェは、壁に施された鮮やかな模様や、天井に吊り下げられた装飾ランプがエキゾチックな雰囲気を醸し出している。疲れた身体を休めるにはちょうどいい場所だし、安宿から徒歩圏内にあるうえ、コーヒーも安い。さらにWi-Fiがそれなりに強いこともあり、僕のお気に入りの店になっている。
僕はかれこれ2時間ほど、このカフェでスマホを弄りながら過ごしていた。机の上には冷え切ったアラビアコーヒーと、シロップがたっぷりかかったバクラヴァが置かれている。バクラヴァはサクサクとしたパイ生地の郷土菓子で、中東全域で愛されている。中東のお菓子全般について言えば、普段は甘すぎて敬遠してしまう。だけど今日は、考え事をするためにエネルギーが必要だった。バクラヴァの上にはピスタチオが散らされ、シロップの照りが不健康そうに輝いている。アラビアコーヒーは微かに香るスパイスの香りがして、その一口ごとに異国の情緒が伝わってくる。
「いやしかし、こりゃ、まいったね」
そう呟いて、僕は触っていたスマホを、机の上に投げ置いた。
一見すると、単に暇を持て余している東洋人に見えるだろう。観光客がスマホをいじりながら、時折ぼんやりとカフェの窓際を眺めて、小さなテーブルでひと息ついている、そんな風に見えるだろう。しかし、実際のところ僕の目に映る光景は、周りの客たちとは全く異なっている。僕の目の前、テーブルのわずか先には、空中を浮遊するように泳いでいる、握りこぶし大の小さな魚がいるのだ。
その魚は、どこまでも現実離れした存在だった。薄い半透明の青色をした体は、まるで水面に映る影のように儚い。ふわりふわりとテーブルの上を漂いながら、時折視界の端から消えかけるように見えるが、目を凝らすとやはりそこにいる。その魚はクジラのように大きな口を持ち、出目金を思わせる大きく立派な目と尾ひれがあった。さらには、その体は蛇のように光沢のある鱗がきらめき、口元からはナマズのような長いひげが揺らめいている。
僕はしばらく目を瞬かせてから、深く息をつき、再び視線を魚に戻した。どうやら僕にだけ、この魚が見えているらしい。周囲の客たちは誰一人として、この魚に気づく様子はなく、友人との会話やスマホの画面に夢中になっている。こうして周囲から孤立するように、ただ僕だけがこの魚と対面しているのだ。
「君はいったい何者なんだい…?」
思わず声を出しかけてしまう。すると魚は、まるでその言葉を理解したかのように、ゆっくりとテーブルの上にまで近寄ってきた。そして僕の顔をまじまじと見つめると、口元から泡のような小さな光の粒をはじかせながら、縦に一回転して、再びゆるやかに泳ぎだした。どうやらこの魚は、僕のことは認識しているらしい。
「いや、ほんとにまいったね」
再びつぶやくと、冷めたアラビアコーヒーを一口飲んだ。しかし、いくらスマホを片手に考えても答えが出るわけもなく、僕はため息をつきながら、今度はバクラヴァの欠片を小さなフォークで口に放り込んだ。
「クナト、君が初めて僕の前に現れたのは、東南アジアのラオスだったね」
僕は彼との出会いをもう一度、順を追って思い出すことにした。