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旅と地球の淡い夢  作者: 旅崎 ノブヒロ
カッサ=アル=ハラーナ
10/41

ファンタジーの匂い

 この奇妙で優雅な生き物について、僕は今までも旅の先々でちらりと見かけたことがあったのだ。

 この生き物は、これまでも旅の途中で突然現れてきた。僕はその姿をとらえると、いつも途端に強烈な眩暈に襲われるのだ。眩暈が収まって目を開けると、いつの間にか消えてしまっていて、まるで幻を見たかのような、実感のない記憶だけがいつも残った。それがこの生き物に関して知っている僕のすべてだった。だが、今回ばかりは様子が違っていた。今、目の前にいるこいつは、僕の視界から消えることなく、ふわりふわりとそこに留まっているのだ。


 「あー、タム?もしかしたら、僕、きぜつするかもしれない」と恐る恐る言ってみると、そばでハンドルを握っていたタムが「なに?眠くなったの?寝ても大丈夫だよ。ノブはよく寝るからなぁ」とこちらを振り向いて笑って答えた。彼は僕が日頃からよく眠るのを、いつも冗談のネタにしている。だが、今回は少し違う。目の前でふわりと漂うこの生き物が、いつ何をするのかわからないのだ。

 おそらく、タムには見えていないのだろう。先ほど、振り向いてくれた時に、何も反応がなかった。目に入らなかったのだろうか。いや、そんなわけはない。この謎の生き物は、先ほどからも優雅に僕たちの眼前を回遊し続けていて、今や運転席にいるタムの眼前までも、気ままに泳いでいるのだから。もしも見えているのなら、彼ならすぐに運転を中断するだろう。僕が目を何度こすっても、その生き物は消えなかった。僕のほうも、今回は眩暈もなく、ふらつきもない。そいつはただ車内に静かに漂っていた。


 幻覚、の一種なのだろうか。僕は思わずため息をつきながら、視線を戻してタムを見やる。この不思議な体験について話すべきか迷うが、彼がだんだんと暗くなってきた、慣れない土地での運転に集中しているのを見て、少しだけ躊躇した。ぼくは再度ため息をついて、どうしたものかと少し迷いながらも、思い切ってタムに相談することにした。現実離れしたこの奇妙な出来事を、一人で抱え込んでいるのも何だか気味が悪かったからだ。

「ところでさ、タムって、旅をしてて空に浮かぶ魚を見たことってある?」

 運転に集中していたタムは、ちらりとこちらを見て「空に浮かぶ魚?」と聞き返した後、驚いたように笑い出した。「はは、日本語の言い回し?それともことわざか?」と、冗談めかして僕の言葉を受け流そうとしている。

「いや、言葉どおりの意味さ」と僕が真剣に言うと、タムはますます面白そうな顔をした。「ってことは、クイズか何かだろう?」と、まるで答えを当てようとする子供のような表情だ。まったくもって、当然の反応だった。彼は何かにつけてわりと現実主義者で、今僕が話していることは、まったくの想定外の出来事だろう。

「それがさ、僕、時々見えるんだよね。空に浮かぶ魚みたいなやつが」

 少しの沈黙が流れた。タムはハンドルを握りながらしばし無言になり、考え込むような表情を浮かべている。車のスピードが徐々に落ちて、彼は僕の方をじっと見つめ、「それって、一種の精神病か何かじゃないのかい?」と、真剣な表情で尋ねた。

「いやいや、もっとファンシーで可愛いやつさ」と僕が苦笑しながら答えると、タムは再び肩をすくめて笑い出した。

「なるほどね、ノブ。冗談のつもりで言ってるんだな」

 タムはそう言って少し笑うと、「でもまあ、攻撃してこなければ、その魚はいいやつってことだよ」と、いつもの現実的なコメントを返してくれた。


 僕は少しホッとしながら、「そうだね、ただの冗談だよ」と、わざとあっけらかんとした調子で答えた。タムの現実的な反応に、妙な安心感を覚えながらも、実際のところ、問題は何一つ解決していなかった。魚のような不思議な生き物は、相変わらず静かに漂い、ふわりと小さく上下しながら、ダッシュボードの上で小さな影を落としていた。暗くなった車内の中、その姿だけがやけに鮮やかに見え、ぼんやりと幻想的な光を帯びているように思えた。

 車の中は、エンジン音が低く響き、車の揺れが一定のリズムで伝わり心地よかった。そして僕は、目の前の光景に対する、唯一の解決策を思いついたのだった。ぼくはまどろむような意識の中で、ただただ身を任せることにした。長い一日だった。僕はそう言って、目をつむった。


 とにかく眠ってしまうことにしたのだ。


挿絵(By みてみん)

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