異国の朝 爆音の祈りとともに
拡声器から流れる祈りの声が、早朝のまだ暗く静かな街に朝を告げる。朧げな薄明かりの中、遠くの丘陵や建物がぼんやりと浮かび上がり、薄青色の空が夜を押しのけるようにして広がっていく。街中に祈りの時間を報せるために、たいそう大きな音量で流れるその声が、毛布を頭まで被って寝ている僕の耳にも否応なく届いて、僕は仕方なく目を覚ました。
イスラム教の祈りの時間を伝えるこのアザーンは、1日に5回、町に鳴り響く。朝のアザーンは夜明け前に鳴るのが慣わしだ。町のあちこちにあるモスクの尖塔に括りつけられている拡声器から流れるその声は、古びた石造りの建物の壁や、砂でざらついた路地に反響して、安宿で眠りをとっている旅人たちの耳にまで押し寄せてくる。早朝のアザーンは、薄暗がりの中で音だけが際立って聞こえるため、どこか夢の世界から現実の世界へと引き戻すサイレンのような心地がした。
少しずつ夢の世界から意識が戻るが、やはり夜明け前に起きる気にはなれず、寝返りをうった。もう少しだけ、まどろみの中に浸かっていたかった。アザーンの伸びやかな声は、まだ鳴り続けている。否が応でも、徐々に体の感覚が目を覚ます。肌に触れるごわごわの毛布が、どこかしら乾いた砂の匂いをまとっていて、外から入ってくる微かな風が、カーテンもない窓を抜けてこの部屋に流れ込み、夜の冷気を残している。
目は開かずとも気配から、同部屋の友人がすでに目を覚ましているのを僕は察知した。
「おはよ」僕は、いまだ目を閉じたままながらも、もごもごとした口を頑張って動かして朝の挨拶をした。
「おはよう、ノブ」彼は僕のほうを向くこともなく、静かな声で挨拶を返してくれる。
「いま、なんじ?」
「5時15分だよ、兄弟」
この友人は、相変わらず朝が早い。この安宿で同じ部屋になって、かなりになるが、いつも先に起きているのは彼だった。彼の声を聞きながら、外から絶え間なく流れ続けるアザーンの声に耳を澄ませた。異国の声が、心地よいような、少し不安を煽るような、独特の響きをもって僕に届く。
「昨日も寝るのは遅かったのかい?」
昨日はベッドに横になったあと、海外ドラマを3話ほど観ていて、その途中で眠くなって寝たのだった。それでも、いつもよりはずいぶん早く寝た。「そーでもないよ」とだけ、僕は答えた。
その間もアザーンの声は窓から絶え間なく、この殺風景な部屋の中へ流れ込み続けていた。窓とはいっても、この安宿の窓はといえば、カーテンのみならずそれを閉じる扉はなく、要するにそれは壁を小さく四角くくりぬいてあるだけの空間だった。そのせいで、夜ともなるとこの部屋には冷気と共に、二つ隣にあるモスクから大音量の祈りの声が自由に入り込んでくるのだ。
「はぁ。この部屋は”窓”が要るよ」
そう愚痴ると、僕は毛布のなかで少し伸びをした。首を回して目を開ける。床に敷かれている年季の入った絨毯の朱色の刺繍を、友人の足が行き来していた。そういえば、今日は二度寝をするわけにはいかなかった。朝から少し遠出をする予定なのだ。