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少年Sの学校デビュー  作者: 亜逸


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エピローグ

 事件から一〇日後――


 通常ではあり得ない早さで、信吾は退院することとなった。

 医者の見立てでは、四肢の刺傷は全治二ヶ月はかかるという話だったが、信じられないことにわずか一週間で傷は大体塞がり、医者はおろか、恵を含めた刑事たちも目を剥くほどに驚かされた。


 というか、ここまで早いと、実は信吾は〈夜刀〉時代に薬物か何かで人体改造を受けていたのではないかという疑いが出てきて、そのあたりに関しても検査してみたがそういった痕跡は一切見受けられず、わかったことといえば信吾が異常に傷の治りが早いことだけだった。

 通常ならば退院後も数日は自宅療養を要するはずだったが、日常生活に支障がないどころか、何だったら体育の授業を受けても問題ないほどに傷が塞がっていたため、信吾は退院した翌日から学校に復帰した。


 ちなみに今回の件で捕まった、按樹高校に潜入していた〈夜刀〉の残党は志倉と島谷に以外にも複数人おり、その全てが表向きは自主退職並びにに自主退学という形で学校を去ったことになっていた。

 ワケありの子供を大勢受け入れている学校であるがゆえに、今回のような事件性の高い出来事が裏で起きることはそう珍しい話ではないらしく、教員や二年生三年生の間では目立った動揺は見受けられなかった。

 だが、入学してまだ日が浅い一年生はそういうわけにはいかず、学校が闇組織に狙われただの、退職退学した連中は闇組織のスパイだっただのと、恵や刑事たちがヒヤッとするような、正鵠に近い噂が流れていた。


 また、〝白鳳〟と噂された信吾が一〇日も学校を休んだことも噂のタネになっており、信吾が闇組織と戦っていただの、学校を休んでいたのも闇組織と戦った傷を癒すためだの、入院中の莉花はその戦いに巻き込まれただの、これまた正鵠に近い噂が流れていた。

 けれど、渦中にいる信吾が何を訊ねても「車に轢かれていました」と、ちょっと日本語がおかしい感じの答えを返すばかりで、だからといって無表情無感情の信吾を相手に根掘り葉掘り訊ねる勇者は一人も現れなくて。

 信吾が再登校してから一週間も経たない内に、噂は沈静化していった。



 そして、事件から二〇日後――



「監視する人員を増やす?」


 今し方、恵に言われた言葉を反芻しながら、信吾は小首を傾げる。

 信吾が学校から帰ってきてすぐ、恵から大事な話があると言われ、リビングのソファに腰を落ち着けてから聞かされた言葉がそれだった。


「つまり、警察関係者がもう一人、この家に住むことになるということですか?」


 という信吾の疑問には答えず、わざとなのか、恵は微妙に噛み合わない返答をかえしてくる。


「部屋も空いてたことだしね。ああでも安心して。その人員は信吾くんも知ってる人だから」


 言いながらニマニマ笑っている恵を見て、信吾は確信する。


「恵さん。何か絶対裏がありますね?」

「裏があるとか人聞きが悪いわね~」


 ぞんざいに応じながら、恵はスマホを操作する。

 すると、誰かが階段を下りてくる足音が聞こえてきて、恵がLINEかメールで(くだん)の人員にリビングに来るよう伝えたことを、信吾は悟る。

 ほどなくしてリビングの扉が開き、



 ゆったりとした部屋着(ルームウェア)に身を包んだ莉花が姿を現した。



「……ども」


 照れているのか、ほんのり頬を赤くしながら小さく会釈する莉花に、信吾の目が〇・五ミリほど見開かれる。

 そして、錆びたドアのようなぎこちない挙動で恵に顔を向け、訊ねた。


「めめめめめ恵ささささんん。こここれれはいいいっったいいいいいいい?」

「うん。反応は面白いけど落ち着きなさい信吾くん――って、わたしの顔見ただけで、すん……って落ち着くのはやめてくんない!?」


 最早裸を想像する必要すらなくなってしまった事実を前に、「落ち着きなさい」と言った本人が落ち着きの欠片もない声を上げてしまう。

 リビングが早速賑やかな有り様になっていることに、莉花がなんとも言えない微妙な表情をする中、信吾は淡々と恵に指摘する。


「つまりは『監視する人員』というのは、『オレを監視する人員』ではなく、『恵さんが監視する人員』だったというわけですか。言葉遊びにしてもタチが悪いですね」


 恵は煽るように肩をすくめてから、莉花がこの家に来ることになった経緯と思しき話を語り始める。


「莉花ちゃんってば、〈夜刀〉の構成員だったとはいってもあくまでも裏方だったから、按樹高校に入るためにちょこっと身分を偽造した件を除けば、犯罪歴に残るような罪は犯してなかったのよね~」


 とはいえ、当の莉花はそうは思っておらず、信吾をナイフで刺したことをなかったことにされた件も含めて、後ろめたそうな顔をしていた。


「そんなだから、上層部(うえ)も莉花ちゃんの扱いには困っちゃったみたいで、身寄りもお兄ちゃん以外にはいないことだし、わたしが面倒見るって流れになったってわけ」

「上層部をあえて困らせるよう仕向けて、恵さんが假屋さんの面倒を見る流れに自ら持っていったとか、そういう話ではなく?」


 信吾が訊ねると、恵は素知らぬ顔でそっぽを向き、口笛を吹き始めた。


「確かに恵さんは、あたしの罪について『どうとでもしてあげる』とは言ってくれたけど、まさか本当にどうとでもするとは正直思ってなかった」


 感謝すればいいのか呆れればいいのかわからないという顔をしている莉花に、信吾は同意するように首肯する。


「こんなんでも、有能であることには違いありませんから」

「『こんなん』ってなによ『こんなん』って」


 と、抗議をする恵を無視(スルー)して、信吾は莉花と話を続ける。


「ところで、傷の方は大丈夫なのですか? 恵さんには『傷に障るから面会には行くな』と釘を刺された手前、気が気ではなかったのですが」

「無理さえしなければって条件付きだけど、傷はもう大丈夫。恵さんが『面会に行くな』と言ったのも、あたしがこの家のお世話になることをギリギリまで梶原に悟られないようにするためだろうし」


 すぐ傍で「イエ~ス」と肯定する恵を無視(スルー)して、信吾はなおも莉花に訊ねる。


「しかし良かったのですか? この家の世話になって? 面倒見るとか大きな口を叩いていますが、家事に関しては恵さんはかなり無能な人ですよ?」


 すぐそばで「さすがに無能はひどくない?」と存外深いダメージを受けている恵に、莉花は苦笑してから答える。


(ことわ)ったところで、誰かしら警察の監視がつくのは避けられないだろうし、それなら信頼できる人間のお世話になった方がいいと思った……それだけだから」


 信頼できる人間――その言葉を聞いて、信吾の背後がパァ……と明るくなり、恵が嬉しげに頬を綻ばせる。

 当の莉花は小っ恥ずかしいことを言った自覚があるのか、顔を赤くしながらそっぽを向いていた。

 そんな心中と顔の赤さを誤魔化したかったのか、莉花は露骨に話題を変える。


「そ、それに……朝は一緒に学校に行くって約束しただろ? 学校に潜入していた〈夜刀〉の残党は全員捕まったって聞いたし、あんたもあたしも無理に毎朝ルート変える必要ももうないだろうし……家が一緒なら、別に一緒に学校に行ってもいいかなって……思って……」


 もっとも話題の選択(チョイス)を盛大しくじってしまったせいで、先程以上に小っ恥ずかしい思いをするハメになってしまっているが。

 朝一緒に登校する約束をしたことを、莉花がまだ憶えていてくれたことが嬉しくて、信吾の背後がますますパァ……と明るくなっていく。


「青春っていいわね~……」


 と言っている割りには、恵の声音は曇天よりもどんよりとしており、右手にはいつの間にか缶ビールが寄り添っていた。


(これで、假屋さんのお兄さんが意識を取り戻してくれたら言うことなしなのですが……)


 そう都合良くいかないのは、〈夜刀〉の用心棒として自分がこれまで犯してきた罪のせいかもしれないと、信吾は思う。

 だからこそなおさら、莉花に対する罪悪感が心の奥底にわだかまってしまう。

 当然、そんな心中などおくびにも出さなかった信吾は、ふと、今さらすぎることに気づいてしまう。


「……ちょっと待ってください。假屋さんがこの家の世話になるということは……オレは假屋さんと、一つ屋根の下で暮らすということになるのですか?」


 莉花も、缶ビールを呷っていた恵も「今さら?」と言いたげな顔をする中、幸福の限界を振り切れてしまった信吾の頭から、ボンッ!!と爆発を起こしたかのような音が聞こえてくる。


「お、おい!? 梶原!?」

「あ~ダメダメ。こうなっちゃったら、最低でも一〇分はフリーズしっぱなしになるから」


 電源が切れるようにして落ちていく意識の中、信吾は二人の声を遠く聞きながら「普通に生きたい」という望み以上の幸福を得たことを、ゆっくりと噛み締めた。




 FIN

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