いつの間にか名探偵と呼ばれてた
世界観とかストーリーはフワフワです。綿あめぐらいのフワフワをお楽しみ頂ければ幸いです。
「先生!先生、起きて!」
換気の為に開け放った窓からは、心地よい春風と午後の温かい日差しに包まれ、抗えない睡魔に身を落としていたのに、まだ声変わりする前の少年のキャンキャン吠える声で起こされる。
それでも、この世界で一番お気に入りの一人掛けソファーの上で身動ぎし二度寝しようとすれば、両肩を掴まれ、前後に激しく揺さぶられる。頭がガクガクして、否応なく目を開けると、ほっぺたをぷくぅっと膨らませ怒ったような顔の少年がこちらを睨みつけている。つもりなのだろう。飴色のふわっとした髪に、バラ色のほっぺとぷっくりした唇。小鼻は小さくクリンクリンの萌黄色のお目々…全然恐くない。むしろ愛らしい。その愛らしさをふんだんにばら撒いているのは、スチュワートだ。
私がやっと目を開けたからだろう、揺さぶるのを止めてくれた。眠い目を擦ってご立腹の彼をなだめるように頭をポンポンすると、「また、子供扱いして!」と更に喚く。
小さくため息をこぼして、「ごめん、ごめん」と謝ると、彼も少し落ち着き、右手に持っていた便箋を差し出してくる。
「先生、また王女様からのお手紙ですよ!」
私はスチュワート少年から手紙を受け取る。宛名は『愛しの雲雀へ』と書かれ、裏には王女の印で封をされてあった。中の便箋を開くと、そこには異国語が流れるような文字で書かれてある。なんと書いてあるかさっぱりわからないけど、ゲームのようなテロップが表示され翻訳される。
『私の可愛い雲雀、助けてほしいの。明日、朝、お待ちしております。
貴女のエレインより』
このラブレターの様な手紙には、『明日の朝、この国の第一王女のエレイン様に会うため、城に来るように』と指示されていた。
私が簡潔に内容を伝えると、スチュワート少年はムッとする。
「やっぱり!昨夜、あんな大立ち回りがあったばっかりなのに、また呼び出してきたんですね!先生を酷使し過ぎです!僕の先生が倒れたらどうしてくれるんですか!!」
と、ショタ好きが聞いたら発狂しそうなシチュエーションだが、私は苦笑いで流す。背伸びをすれば、スチュワート少年は美味しい紅茶を淹れてくれた。湯気と共に香りを吸い込むと、花の香りがいっぱいに広がって、幸せを感じた。
お茶のおかわりが出来るようにと、席を外したスチュワート少年の背中を見送り、私にしか見えないステータス画面の項目をタップする。そこに書かれている人物の紹介文を見て、ため息をついてしまった。
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私こと、【水嶋一花(30)バイト掛け持ち】がこの世界に来た理由は、この国が魔獣に襲われ続けていたから。この危機を打開するために、古より秘匿され続けていた秘術で召喚を繰り返していた。そのうちの一つが私だった。
この大それた秘術の召喚は、節操なく召喚しているようで、過去の召喚物を見せてもらったが、そこら辺に転がっていそうな物ばっかりだった。木の枝とか、ネジとか、石とか。中には婚約指輪とかもあった。リングの内側に男性の名前と女性の名前がローマ字で彫ってある。
彼らは勇者なり、聖女なりを呼び出したかったようだが、私はごくごく一般の成人女性で、調べて貰ったがそんな特殊能力は無かった。
しかし、元の世界に戻してはもらえず、国から生活保護を受けて住む場所と生活費を用意してもらう契約をした。後に、私の存在を面白がった第一王女のエレイン様の話し相手としての義務が追加されたが、世間話とか、元の世界の話をするだけで済んでいるのでちょっと苦しいコルセットさえ我慢すれば、気楽なものだ。
働かなくてもいいし、思いの外この世界の食べ物は美味しい。米こそ無いけれど、パン派の私には特筆して不満は無かった。
暫くは王城内の一室を借りて生活していたが、いよいよ明日には市井に降りて新生活がスタートする。ここでの新生活に慣れるまでは、護衛兼案内係として女騎士が一人付けられるという。
その日、王城生活最終日と言って王女様とのお茶会に呼び出された。どうやら本題は別だったのか、真剣な顔をして相談された。
「最近、婚約者の様子がおかしいの。一度、貴女に会って欲しいわ。恥ずかしいけれど、私は彼を心の底から愛しているの。でも、最近の彼から、いい噂を聞かないのよ。異世界から来た貴女の意見も聞きたいの。お願い!」
最初、結婚を控えてのマリッジブルーで気にし過ぎなのでは?と思ったけれど、違うとハッキリ否定された。
そもそも私は結婚もしていなければ彼氏すらいない。付き合っても、なんか違うと早々に分かれる。こんなことの繰り返しで、早30年。そんな人間が人を品定めして良いものなのか甚だ疑問だが、それで王女様の気が晴れるなら、まぁ、良いか。
午後から、婚約者が訪れるというので、同席させて貰うことになった。
自室に戻り、ステータス画面を開く。
コレは、召喚された時からずっと見えていた。最初はよくわからなかったが、ゲームの画面を思い出す。
誰がなんて名前なのか、なんと書かれているのか、全て日本語に翻訳されていたし、私にしかこれは見えないようで、表記されている所をタップするように触れば、詳細が表示される。操作はタブレット感覚で、文字量が多ければスクロールして読み進めることが出来る。もう一度タップすれば、表示窓はどんどん閉じていき、視界を遮っていた物が全て見えなくなる。
一度、実験がてら過去に召喚された物をステータス画面で見たら、
【梅の枝:硬度はミスリルをも凌ぐ。】
【石:空気を浄化する。】
【ネジ:このネジを使った建物は半永久的に壊れることは無い。】
【婚約指輪:永遠の輝きは魔を滅することが出来る。】
物凄い性能を持っていた。
まだこのステータス画面を使いこなせない時にガラクタを押し付けられたと思っていたが、まさにこれこそ、魔獣討伐に役立つのでは?と思い、軽い気持ちで王女様に伝えると、囲われた。
最初はずっと側にいて欲しいと言われたが、貴族は嫌だ!気楽に暮らしたい!と我儘を言うと、渋々受け入れてくれた。しかし、普段から気苦労が多い王女様は何かあれば力を貸してくれと頼み込んでくるので、王女以外に私の能力を話さない条件で安易に了承してしまった。正直、謝礼金に釣られたのだが。
とってもシンプルだが堅苦しいドレスに辟易しながら、ベッドに背中から倒れ込む。
自分の名前の表記を見る。
【水嶋一花:全てを読む者。】
そこから、名前をタップすれば、過去の経歴や経験何やらが細かく分類分けされたタブが出てきて、人物欄から【エレイン・ウォルツ】の名前を探す。
このタブには、過去に自分が実際出会った人間しか表記されない。顔すら覚えてない人間の名前がまた増えたが、あいうえお順ですぐ出てくる。
さて、呼ばれるまで、王女様の物語でも読んでおこうかな。
普段、気品溢れ、澄ました顔をしている彼女からは想像もつかない波乱万丈な人生に涙しつつ、最近の出来事を読んでいた。
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すっかり日が沈み、お腹を擦りながら再びベッドに倒れ込む。
婚約者同席のお茶会は終始和やかで、王女様が心配しているような素振りは一切なかった。貴族のマナーを殆ど知らないので、できるだけ喋らないように振る舞っていたが、婚約者のヒューイ様は気さくで、私が粗相をしても、全く気にされなかった。お陰で、サンドイッチを食べすぎてしまった。
うぷっ、食い意地張り過ぎた。もう食べられない・・・。
王女様には少し時間をもらい、明日の午前中に時間を作ってもらうことになった。
枕を抱き寄せ、うつ伏せで、顎を乗せ、ステータス画面を開き、【ヒューイ】の項目を探す。重要そうな所まで飛ばして、比較的最近の文章を読む。
そこには、階級の低い女性と一夜を共にしたと書かれてあった。
「うわー、これは浮気じゃん!」
完全に他人事で、サイテーだなーとか思っていたが、どうやらハニートラップを仕掛けられたようだ。しかし、媚薬を盛られたのでは無く、一先ず部屋に連れ込むため睡眠薬を使ったようだ。だが、残念な事にヒューイ様は薬の耐性がなかった為、女性は行為にすらおよべず、盛られた側は朝までぐっすり眠ってしまったと書かれている。そこからは、女性が中々苦労して、どうやって誤魔化すか奮闘した内容が綴られていた。
朝目が覚めた本人は、自分の裸と隣で寝ている裸の女性を見て、王女と言う婚約者がいるにも関わらず、酔ったまま不貞を働いてしまったと思いこんでいるらしい。
すでに女性には手切れ金を払ってホッとしたのだろう。今日のお茶会ではご機嫌だったようだが、今まさに、文章が次々と書き込まれている。そこには、完全にカモにされ、再び脅されているヒューイ様の心情が綴られていた。
どうしたものか悩んでいると、部屋にノックの音が響く。どうやら明日からサポートについてくれる女性騎士のアンジェラさんが挨拶に来てくれたようだ。彼女は、お茶会で何回か顔を合わせていたので、軽く挨拶を交わし部屋に招き入れた。
アンジェラさんは、私の能力を知る数少ない人物で、王女様に忠誠を誓っている。身動き取れない私の代わりに、彼女に動いてもらうことにした。王女様に至急、婚約者のことでわかったことがあるので伝えたいと言えば、そのまま王女様の部屋まで引っ張って行かれた。王女様も驚いてはいたが、用件を聞けば、直ぐ様人払いし、三人だけになる。
簡潔に、婚約者の現状を伝えると、顔面蒼白になり倒れ込む。
「でも、ヒューイ様は騙されただけで、その女性との間には全く肉体関係無いんですよ!むしろ嵌められたの!わぁ、泣かないで!」
自分が愛していた男が他の女とそんな事になっていたと絶望していたが、私が必死にヒューイ様を擁護して、今の彼を助けられるのは王女様だけだと発破をかける。すると、確かにと、いつもの調子を取り戻し、だんだん怒りが湧いてきたのだろう、今まで見たことがないような恐ろしい笑顔を浮かべている。目の奥には仄暗い光が揺らめき、ぐっと上がった口角から漏れ出てくる声に寒気を感じる。
私が出来ることはここまでで、王女様とアンジェラさんは早々に出かけてしまった。このあと、どうなったかはステータスで見ればわかってしまうので、ボッチで暗い廊下を行ったり来たりしながら、やっとこさで部屋へ戻り、ゆっくりシャワーを浴びて、ベッドに潜り、どうなったのか確認してみる。そもそも、心配はしていなかったが、無事、問題は解決していて、安堵した。しかし、リアルタイムで婚約者同士の艶ごとが綴られ出したので、急いで閉じて、何も見なかったことにし、明日の新生活に思いを馳せながら寝た。
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王女様は、次の日帰ってこなかったけど、私は予定通り、挨拶もそこそこに王城をあとにし、新居へと案内された。
外観は、レンガ造りの三階建てのビルの様な建物で、私には十分すぎる家だった。水回りは全て一階に集まっていて、キッチンは備え付け、スペースはゆったり、テーブルを置いてここでご飯も食べれそう。トイレも洋式で各階に配置されていた。お風呂場には大きい猫足のバスタブに、固定だがシャワーもついていた。この世界の素晴らしいところは下水完備な所だ。あと、魔道具なるものが発達していて、蛇口をひねれば水やお湯まで出るし、スイッチを押せば火で調理も出来る。更に更に、上下水道代はタダ!ガス代もタダ!なんて素敵な響きだろう。
元の世界ではいくつもバイトを掛け持ちしていた。それでも生活はギリギリで、彼氏が出来てもすぐ別れちゃって、今では結婚生活に夢見ることも止めてしまった。目標は老後生活の為の貯蓄!通帳の中にはそんな大した額のお金は貯まって無かったが、その後私のお金がどうなったかだけが気掛かりだ。
魔法が使えない私の代わりに、住み込みでお手伝いさんは雇った方が良いと提案された。生活魔法の中でも洗浄魔法は特に便利で、魔法呪文の基礎中の基礎らしい。要は、お子様でも使えるって事だ。
貨幣価値を教えてもらい、定期的に国から貰える金額と、王女様に貰った謝礼金を合わせてもなかなかの金額で、しばらくは働かなくても余裕で生きていけることがわかってからの生活は幸せだった。立地も素晴らしく、昼間は少し賑やかだが、市場も近いし役場も銀行も近い。最初は最低限の家具を揃えたり、手続きに奔走したが、市場の人ともそれなりに顔見知りになれたし、自分の趣味の部屋にもなってきた。
そろそろ、後回しになていたお手伝いさんをどうするかアンジェラさんと相談している時、滅多にならない玄関ドアをノックする音が聞こえた。警戒の色を見せるアンジェラさんが、玄関脇の小窓からそっとのぞき込むと、そこには茶色のキャスケット帽を被った子供が立っていたのだ。
一応確認されたので、OKサインを出し、玄関ドアを開けた。
「あ、あの、ここはイチカさんのお宅ですか?ぼ、僕、彼女のファンで、もしよかったら・・・弟子にしていただきたくて!!」
弟子?私もアンジェラさんも首を傾げる。ここは何か店をやっているわけでも、職人でもない。そう伝えると、
「あ、でも、ここに名推理の探偵さんが居るって聞いたんです!僕も将来は、立派な名探偵になりたいんです!だから、弟子にしてください!」
そこからは、小さな子ども相手に攻防戦が続いた。だんだん、街の人が集まりだし、野次馬から何故こうなったのか教えてもらう。
「あー、だって、アンタに困り事を相談するとさ、たちまち解決しちまうだろ?
だから、アンタは名推理の名探偵だなって最近話題になってたんだよ。アッハッハッハ。」
「そうそう、そこの角の店のお嬢さんの失踪事件も立処に解決してたね。あれは見事だったよ。」
確かに、ここに住みだしてから、相談事を受けていた気はするが、全てステータスに書かれていことを読んだだけで、私が推理したわけでは無かった。自分のうっかり加減に少し嫌気がさしたが、野次馬たちは子供の味方のようで、
「弟子ならぬ助手だな!ほら、何年か前に、探偵物の小説流行ったよな!」
「そうだったわね、あれは面白かったわ。もう続きは出ないのかしら?」
「こんなデカい家に住んでるんだ、坊主の一人ぐらい転がり込んだって問題ねーよな!な!」
なんか、どんどん私がこの幼い少年を引き取る話に発展してしまっている。そもそも、この少年自体そこそこ有名らしく、近くの孤児院で生活しているらしいが、いろんな場所でお手伝いしては食べ物やお駄賃を貰って生活しているそうだ。
小学生5、6年生か中学生なったばっかりかの年頃かな?声変わりもしていない、幼さ残る少年は可愛らしいが、野次馬連中が言うように、しっかりしている。何だったら、生活魔法まで使えるらしい。アンジェラさんは子供に弱いのか、強く言えないようだし、弟子を取るかは一旦置いといて、少し話を聞くと言えば、少年だけでなく野次馬まで一緒に大喜びだ。
この街の人達の人柄は嫌いでは無いが、自分に降りかかるとは思わなかったので、ぐったりした。
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そして、気がつけば、少年の巧みな話術で一緒に暮らす事になり、せわしなく身の回りの世話をしてくれている。
今後の結婚も考えていないので、養子として迎えようか迷っていると、ハッキリ拒否された。私の中の母性本能が少し傷ついたが、いつしか「先生」と呼ぶようになり、こうやって、私の代わりに王女様の引っ切り無しの呼び出しにも憤慨してくれる。
バタバタした日々も落ち着き、アンジェラさんは王城に戻った。スチュワート少年の事は、息子がいればこれぐらいの年齢かな?とか、思ってかわいがっていたが、ふと、本当にふと、気になって、久しぶりにステータス能力を使って【スチュワート】の項目を覗いてみる。しかし、どこにもスチュワートの名前は無かった。
元々孤児だと言っていたので、もしかしたら、本当の名前じゃない可能性もあった。人物図鑑と今は呼んでいるのだが、人とすれ違っただけでもどんどん項目は増えてしまい、項目毎の振り分けの仕方もわかったが、名前と顔が一致しない人物は手つかずだ。
仕方がないので、手つかずの人物に一人ひとり目を通していった。4日目にして、スチュワートを見つけた。
そこには、少年の人生にしては明らかに不自然な、物凄い項目と情報量が綴られていた。初めは、【マックス・ノーゼン(35):犯罪コンサルタント】の表記が気になった。
犯罪コンサルタントなんて、名探偵の宿敵かよ、と思ったが、興味が湧き冒頭から読み進めた。彼は貴族らしく、肩書だけでも物凄かった。自分は切っ掛けを与えるだけで、勝手に事件が起こる。それの繰り返し。多国間同士の戦争を引き起こす記述には、流石に震えた。
ストーリーの後半差し掛かった頃には、王女様に報告案件だなと思っていた。
つい最近の話に見知った女性の名前が出てきた。
この、キャロラインと言う女性は、王女様の婚約者ヒューイ様にハニートラップ仕掛けて失敗した人だ。そこからは彼がどう暗躍して、ヒューイ様を陥れ、その後、王女様をどうするつもりだったかが書かれている。
ヒューイ様から金銭を巻き上げ、醜聞を広め、婚約破棄される所までが第一段階で、空いた婚約者の座に自分の息が掛かった者を据える所までが第二弾階。その後、裏から手を回し、どうするか考える段階で計画は失敗したのだ。
めちゃくちゃあ怒ってる。うわ、これ、妨害したの私だとバレたら殺されてしまうのでは?
あの時、軽い気持ちで王女様に発破をかけたが、まさかこんな大事が裏に隠されてたなんて思ってもいなかった・・・。自分の身の危険を感じ、部屋の中を無駄にキョロキョロ確認してしまう。静かなことを確認して、恐る恐る読み進めれば、自分の名前を発見した。
「ひぃ~ッ!!!」
息が止まるかと思ったが、文章中の彼の中では、私はまだ姫様のお気に入りってだけで、未確定だった。しかし、どんどん文章が進んでいくほど、物凄い情報網で私が異世界人だとバレ、市井で生活し始めた事も調べている。そこから、彼は、得意の変身術で少年時代の姿になり、【スチュワート】と名乗り始めていた。
意図せず、スチュワートを見つけてしまい震えだす。街に溶け込むように動き、私の家に来た記述も書かれてあった。それから、暫くは一緒に暮らした内容が日記のように記されていて、度々、要観察と書かれている。
日記の中のスチュワートは存外楽しんでいるようで、私のことをだらしないとか、手が焼けると書いてあった。
ある日、私がお風呂から出て、脱衣所で体を拭いている時に間違ってスチュワートが入ってきた事があったが、子供だしと思って、私はちょっとしたハプニングで済ませていたのだが、アレはわざとだった。ここに、そう書いてある。
さっきまで恐怖で震えていた手が、今は怒りで震えだしている。
ここら辺から、彼の中で、自分の計画を妨害したのは私だとわかっているようだったが、未だ何のお咎めもない。むしろ、読んだ限りでは、自分が計画した犯罪を私にことごとく邪魔されているにも関わらず、退屈だった人生の中で自分と張り合うことが出来る人間がいた事を驚き、楽しんでいる節も感じられた。
名推理の名探偵と持て囃されてはいるが、私はただ読んだ事を王女様に報告しているだけなので、なんだか申し訳無く感じた。
読み終えたところで、暫しボー然となってしまったが、暫くは【マックス・ノーゼン】の記述をチェックしつつ、不穏な様子が無いようであれば、このまま、ここでの生活を送ることにした。
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結局、新居は探偵事務所と街の住人に勝手に呼ばれ、スチュワート少年がいつの間にか『イチカ探偵事務所』と看板を掲げてしまっていた。お陰で、様々な依頼が舞い込んでくる。
先日、王女様に呼び出されたのは、まさかのお見合い話だった。どうやら、やもめ暮らしの叔父の結婚相手に私の名前が上がっているそうだ。叔父さんは唯一の公爵様らしく、3年前に最愛の妻をなくしたらしい。元々病弱で子供も産めないと言われていたらしいが、それでも結婚したのは愛ゆえなのだろう。
しかし、ひっそり淋しく生きる弟を気にかけた王様は、再婚を勧めるが、全く取り合ってもらえないらしい。
そこで私に白羽の矢が立ったのだ。国王様もなんだかんだ私の事を気に掛けてくれていたので、私の保護を理由に、王命で無理くりくっつけようと考えているみたいだ。この話は、頭を抱えた叔父から王女様に伝わり、王女様に仲を取り持つように父からは圧力が掛かっているらしい。
父と叔父の板挟みになった王女様は、まさかの張本人に縋ってきただ。
横で大人しく座っているスチュワート少年は、物凄い怒気を孕んだ目でこちらを見ている。普段、王女様とのお茶会に付いてくる事は無い。しかし、今回は頑として譲らず連れて行けとせがまれた。
明らかに普段の様子と違うスチュワート少年に、さっきから尋問の如く、「結婚するんですか?僕のこと捨てるんですか?」と詰められている。
その場ではほぼ断りに近い返事をしたが、一旦持ち帰って検討すると伝え、帰宅した。もう、さっきから隣の少年が怖い。
コートを脱ぎ、お気に入りのソファにどかっと腰掛けると、心地良い弾力で包まれる。
この世界に来てそろそろ1年を迎えようとしていた。スチュワート少年は小言を言いながら、暖炉に火を入れてくれる。パチパチと木が爆ぜる音が心地よい。外はすっかり暗く、部屋から漏れる明かりに反射して、粉雪が白く浮かび上がっていた。
結婚とか考えてなかったけど、条件としては悪くない。むしろ、王命断ったら生活保護のお金もらえなくなっちゃうのかしら?でも、今の生活も気に入ってあいる。王女様の話し相手をしていれば、貴族社会が如何に自分に合ってないかもわかる。
スチュワート少年は、私が真面目に話を聞いていない事に気がついて、プリプリしながらこちらに歩いてくる。そんな事に気が付かず、窓の外の雪景色を見ていると、真正面に立って、肘掛けにガンッ!と両手を置く。
「先生は僕が養うので、他所にお嫁に行く必要ありません!良いですね!!」
そう一気に捲し立て、ふんっ!とそっぽを向き、脱ぎ散らかした私のコートをハンガーにかけている。耳は真っ赤だ。
見た目は子供だが、中身は大人て、どこの探偵漫画の主人公だ、とクスクス笑ってしまった。
スチュワート少年か、それともマックスなのか、どっちが私を養ってくれるのかなー。
「今日はとっても冷えるから、あったかいお風呂に入りたいなー。」
「そうですね、すぐお湯張るんでちょっと待っててください。」
「・・・一緒にはいる?」
「へッ!?あ、また、子供扱いして!ぼ、僕をからかいましたね!!」
「そっかー、ザンネンダナー。一緒に入ってクレナイノカー。」
「え、あ、し、仕方ないですから、一緒に入ってあげます!!」
怒ったのは一瞬で、すぐにご機嫌な様子で、一階へ降りていく。
私はのっそりとソファから起き上がり、書斎机の上に便箋をだして、頑張って覚えた文字で国王様にお断りのお手紙を書くことにした。
おわり