⑨目指せライブ!
夏休みに入り、部活動中の生徒以外は居ない校舎。その廊下に軽音楽部の部室から演奏の音が漏れてくる。何曲か作り終えた三代子が実際に演奏してみようと声をかけ、四人で評価係の芽智花を前に音合わせをしていたのだ。
……ドゥルンドラララララッ、シャラン! とドラムが響き、銀河のパートが一段落を迎える。彼のテクニックは当初から疑問を差し挟む事は無く、三代子は一切口出ししなかった。だが、何と言うか生真面目過ぎて面白くない。
「ねぇ~銀河、もーちょっとこんな感じで頭振りながら叩けないのぉ~?」
三代子がそう言いながらスピーカーの上に足を載せ、ヘッドバンキングさせながらギターを掻き鳴らす。ギュララギュロロロギュイイイイィンッ、そして派手に髪を振り乱しながらデェエエエェーーーッスッ!! (死を!!)って感じでブンブンと。
「……まあ、出来ぬ事は無いが……」
ドタタタタタンッ、ダララララッとドラムを叩きながら銀河が答え、瞬時に左右の手を交差させながら叩き分けつつ、ブンブンブンブンと四回頭を振ってみせる。
「おっ、良いヘドバン!!」
「んあぁ!? だったら俺の方が上手いやなぁ!!」
銀河に対する三代子の称賛が火を付けたのか、碁亜羅がそう叫びながらギターを荒々しく弾き始め、クゥオオギュリュリュリュキュインキキキキュンッと奏でながら三代子の反対側に置かれたスピーカーの上に片足を載せ、ジェノサアアアァーーイッ!! (虐殺!!)と極低音の野太い声で絶叫する。流石にその強面っ振りと屈強そのものな体格だと、絵面的に実にハマっている。中のヒトが鬼人種だけに碁亜羅のデスメタル濃度は他の追従を一切許さないのだ。
「……凄いなぁ、海外アーティストでも碁亜羅さん並みの迫力はそうそう出せないよねぇ……」
ほぼ観客ポジと化した芽智花がしみじみとそう語るが、急拵え状態だった三代子と三人の演奏は、たったの数日でほぼ完成していた。とてもつい最近まで素人だったとは思えない習熟振りに、芽智花は才能って凄いなと若干の勘違いをしていたのだが……
……ここでやや脱線するが、三代子の魔王としての能力について説明しておく。彼女は魔王として様々な資質を備えていたのだが、その中に【魔王の舌】という誠に便利且つチート盛り盛りな能力がある、と以前説明していたと思う。【魔王の舌】は、味わったモノの本質的情報を瞬時に解析し、それに付随した技能すら会得出来る代物なのだが……それで彼女は【勇者】そのものを解析していたのだ。まあ、その方法はちょっと残酷過ぎるので割愛するが。
それはさておき、【勇者】の固有スキルに自らが得た経験や能力を分け与える【共闘】というものが有った。それが故に仲間に対して自らが得た経験に依る成長も均等に分け与えられ、いわゆる「戦いを経て得られた経験値が仲間にも平等に行き渡る」ご都合主義な状態を引き起こしていたのだが……彼女はそれすらもラーニングしていた。だからこそ、ギターそのものを解析して深く理解出来た三代子から碁亜羅や荼吉尼にも知識やスキルが分配され、それにより各々の技術が爆上がりしたのだ。因みに、その事実を知っているのは魔王の三代子だけである。
「へへっ! こー見えて俺も努力したからな!! 甘く見てもらっちゃ困るぜぃ!! おらああぁっ!!」
生来の負けず嫌いからか、碁亜羅は丸一日費やしてギターを練習し続けていた。そして↑の結果も含めつつ彼の技術は典型的なデスメタルバンドのセンターポジション並みまで到達し、ギターを縦に構えながら他を圧倒するような爪弾きを披露するまでになっていた。
「下品ねぇ~、全く……技だけじゃなくて、歌も努力して欲しいもんじゃない?」
そう言いながら荼吉尼は唇を舐め、ふわっと口を開く。たったそれだけの動作なのに、見ていた芽智花は同性の筈の荼吉尼からフェロモンそのものが目に見えて溢れ出たような気がして、つい眼を逸らしてしまう。だが、そんな芽智花を余所に荼吉尼はギターを弾きながら甘やかな声で歌い始める。
……暴動、否それは行動
……暴動、否それは衝動
……行動、否それは情動
……行動、否それは情交ーーーッ!!
喘げ喘げ喘げ喘げ!! 身を削り身を投げて我と共に!!
喘げ喘げ喘げ喘げ!! 地を穿ち無駄に跑け全て忘れ全てぶつけ!!
負は悪ッ!! 負は悪ッ!! 負は悪ッ!! 負は悪ッ!! 負は悪ッ!! 負は悪ッ!! 負は悪ッ!! 負は悪ッ!! 負は悪ッ!! 負は悪ッ!! 負は悪ッ!! 負は悪ッ!! 負は悪ッ!! 負は悪ッ!! 負は悪ッ!! 負は悪ッ!!
敗けを認め曲げぬお前 負けて消えぬお前殺す
我は敗けぬお前負かす お前殺し我は生きる
お前の名前は【希望】 偽りの顔で人を騙す
我の名前は【絶望】 地の底から這い上がる
お前は甘い言葉を繰り 俺達を堕落させる
放棄放棄放棄放棄放棄放棄放棄放棄!! 全て手放せ何も持つな!!
蜂起蜂起蜂起蜂起蜂起蜂起蜂起蜂起!! 全て倒せ怒り放て!!
虐殺!!!!
「……ふぅ、こんな感じで良かったかな?」
甘く透き通る声で歌いながら、時には髪を振り乱して聴くものの心を掻き乱し、感情的で乱雑な言葉の散弾を部室狭しと撒き散らしながら、荼吉尼は歌唱を終える。
……もぉ、何なんだろう……このひとたち……
音と声の嵐に全身を乱打され、音圧という大気の破裂を浴び続けた結果、演奏が終わった瞬間、力を籠めていた身体から憑き物が落ちたように脱力感で芽智花は膝から崩れる。だが、それは四人の発する暴力に屈したのではなく、極度の満足感から力が抜け切ったのだ。
「さぁて、あと二曲だね!」
だが、芽智花のそんな状態を無視するかのように三代子が叫び、その声に呼応するようにまた新たな曲が始まった。