⑥歌なら得意?
「まぁ、碁亜羅には無理よねこの大きさじゃ!」
「うるせぇ! 指より細いモンは掴めねぇだけだ!!」
荼吉尼に言われて怒鳴る碁亜羅だったが、それでも物や人に当たり散らす訳ではない。見た目に反して案外マトモかな、と芽智花は考え直すが、そんな彼女の視界の隅にヨイショと言いながらギターを担ぐ三代子の姿が映り、
「えっ? 三代子ってギター弾けるの?」
学校内で一度も楽器に触れているのを見た事が無く、芽智花は思わず聞いてみる。
「ギター? 触った事無いよ!」
「うん、そうだよね……で、何でいきなり弦舐めてるの?」
時折、海外のギタリストが演奏中に興奮の余りギターの表面を舐める事は有るが、まあ普通はしない。と、いうか部室に置いてあるギターを唐突に舐める奴は居ない。だが、三代子はそんな非衛生的な行為を行った後、
「まあ、舐めるってより味見しただけなんだけど……」
そう言いながら自然な仕草でネックを掴みキュイキュイと調音を済ませ、キュオオォッ、ギュキュイッと引き絞るような音を出して演奏を始める。
……ギュキキギキャリャキャッ!!
「……み、みよたん!?」
ギキュキュギュワワワキュイイイィッ!!
「不自然な位ちゃんと弾いてるけど!?」
ギュンキュキュユイイイィッ!!
「絶対嘘でしょ!? 弾いた事あるでしょ!」
ギュトトジュワワワギュイイイィーーッ!!
「みよたんっ!?」
演奏の合間を縫って芽智花が何度も呼び掛けるが、三代子は何かに取り憑かれたようにギターを掻き鳴らす。しかし、その表情は冷静沈着なままで、額に汗すらかいていない。
「……んぁ? 何か言った?」
「もぅ! みよたん夢中過ぎっ!! でも凄く上手かったけど何時から弾けてたの?」
「んー、今さっきから?」
三代子の言葉に、芽智花は開いた口が塞がらない。しかし、三代子の言葉に一切の嘘は無かった。つい先程、ギターを舐めるまで三代子はギターのコードどころか音の出し方すら知らなかったのだ。まあ、タネ明かしをすれば三代子は魔王の特殊な能力、【魔王の舌】を使ってギター自体の全てを一瞬で解析しただけなのだ。
【魔王の舌】とは、身体能力以外で三代子が持つ唯一の固有能力である。魔力を消費して火を吐いたり自然の摂理に背くような魔導の行使が一切出来なかった三代子だが、彼女は【魔王の舌】で何かを味わえば、その何かの全てが理解出来た。それが魔石の欠片でも、どれだけの魔力を有する何処産の物か即座に判り、相手の血の一滴でも舐めれば、その相手の様々な長所や短所が即座に判る。但し、【魔王の舌】は三代子自身が知りたいと思わない限り発動しない。
だからこそ、その一舐めで三代子はそのギターが三年前に退学になった生徒が置いていった安物であり、弦はあと何回か弾けば切れてしまうとか繋いであるコードもそろそろ交換しないと断線するとか、演奏法や技術以外の余計な事もそれなりに判ったのだ。
「……でも、こうじゃないんだよなぁ……」
しかし、三代子はそう言ってギターを机の上に置くと、芽智花に訊ねる。
「ねぇ、どうやって歌うの?」
「……はい?」
「あのね、正直言うとライブハウスで聞いた歌、全然良くなかったんだ。だから、自分で歌えればこの胸のモヤモヤがスッキリするんじゃないかなぁ~、って思ったんだけど……」
「……えぇ?」
「……だからっ! あんな感じでがーーって歌いたいんだけどっ! 上手く歌えないの!!」
あー、そういう事かぁと芽智花は漸く理解し、三代子の肩に手を置いて話し始める。
「うん、それは……歌詞に違和感が有ってフレーズを考えてみたけど、上手に纏められなかったって事だよね?」
「……うん? まぁ、そんな感じかなぁ……」
三代子は芽智花にそう言われ、たぶんそうなんだろうと納得するが……完全にそうだとは言いきれなかった。無論、フレーズがどうのと言われても意味が判らなかったが、自分より詳しい筈の芽智花にそう言われたんだからきっとそうなんだ、と納得したに過ぎないのだが。
「じゃあ、それは後で考えてみればいいんじゃない? 作詞は他の人がするなんて音楽では普通の事なんだし」
「えっ? 歌を歌う人って全部自分で考えてるんじゃないの!?」
「あのね、シンガーソングライターっていって一括でしてる人も多いけど、作詞や作曲は委託してるグループや歌手は普通に居るよ?」
「なーんだ、そうなんだ!! じゃあリブレ考えて!!」
と、唐突に振られたリブレは一瞬ムッとしたような顔になるが、
「……まあ、やってみてもいいですけど……」
そう言って渋々承諾する。彼も自分が門外漢な事は良く判っているが、三代子が一度言い出したらどうなるか理解していたので逆らわなかった。
「じゃー、後は荼吉尼だね!」
「……流れ的に忘れちゃったかと思ったわよ、全く……」
一つ懸念が晴れたからか三代子は晴れやかな表情でそう振ると、荼吉尼はやれやれと言いたげにベースギターのベルトを直し、音階を確かめながら指先で弾く。
……ドッ、ドルルルゥンッ。
「……うん、まぁ大体こんな感じよね」
「……失礼ですが、弾いた事有ります?」
「ギター? 無いわよ。でも、似たようなのは弾いた事あるから……」
芽智花の問いに荼吉尼はさらりと答えてから、右手で弦を押さえながらしごくように絞り、左手でギュイッと弾いて音を繋げていく。
「これ、音の幅は凄く狭いわね……低音しか出ないし」
「うん、ベースギターはドラムとは又違った感じでリズムを先導したりするし、どちらかって言うと低い音でギターのサポートする担当が多いかな?」
「……でも、まぁ……歌いながら弾けるし、あんまり気にしないかな……」
そう言いながら荼吉尼はベースを弾いて単調なリズムを繰り返しつつ、悩ましげに俯いてから唇を舐める。
「……久し振りだから、上手く歌えるかしらねぇ……」
だが、そんな口振りとは裏腹に荼吉尼の歌声は透き通るように響き、聞く者全てが意識を奪われそうになる程だった。
……枝に下がる葡萄が実り、豊穣の秋を迎える。渡り鳥が飛び、池のほとりに巣作りを始める頃、貴方はきっと帰ってくる。冬になる前に、冬になる前に……どうか、戻ってきて。
「……絶対プロよね?」
「……あなたの言う習熟者かと言われたら、有る意味そうだけど厳密には違うわ。私はそれを稼業にしてないからね……」
荼吉尼の本来の職務は【操唱師】で、歌で人心を掴み意のままに操る事である。不特定多数を相手取って自分に対する敵対心を削ったり、時には先導して集団を率いる事すら行える。だから今のように歌えと言われれば、彼女の独壇場と化してもおかしくないのだが……
「……楽器を演奏しながら、長々と歌うのは苦手だわぁ~! 出来るなら短期集中で歌いたいわね~」
と、彼女なりの都合も有るようだ。
「……ん~、そうなの? ま、それならそれでいいけど~」
三代子はマイペースにそう言うとギターを元の位置に戻し、歌詞作りから始めよっかとリブレに告げてから部室の机に陣取った。