②友達は大事に
「……あれ? 三代子なにしてんの……って、その人誰?」
三代子が元部下のゴブリンのリブレ(見た目は変わった髪の色の男子学生にしか見えない)とそんな話をしていると、友達の五月雨 芽智花が教室に入って来る。彼女は軽音楽部の帰りらしく、肩に担いだギターケースにはライブハウスのステッカーが所狭しと貼り付けられている。
(……ちょっと! 何て答えればいーの!?)
(……仕方ないですね、私に話を合わせてください……)
不意に現れた芽智花に対応する為、リブレは三代子にひそひそと策を伝える。
「……あ、この人はね~転校生らしくって、ちょっと聞かれた事に答えてただけなんだ~」
「……転校生? ふ~ん、そっかぁ……」
「……は、はじめまして、利撫嶺といいます」
実に苦し紛れな言い訳だと思いながら、三代子が言われた通りにそう話すと、リブレは芽智花にぎこちなく挨拶する。だが、言われた側の芽智花はどことなく様子が変である。小声で何かゴニョゴニョと呟き、真っ赤になりながらギターケースを抱え、教室から逃げるように出てしまったのだ。
「……何あれ?」
「さぁ、判りませんが……」
残された二人は顔を見合わせるが、物事の始まりはいつでもそんなものである。そして、その経緯が判るのは翌日になってからなのだが。
「ミヨっ!! あの人ってどのクラスの人なのっ!?」
「……ふぁい? 誰の事……?」
翌朝、いつもと変わらぬ寝ぼけ眼で登校途中の三代子に、体当たりしそうな勢いで食いついてきた芽智花は、そう言いながら彼女を質問責めにし始める。
「忘れちゃったの!? あの教室に居た変わった髪の色のちょっと北欧風って感じの男子だよ!!」
「……ふぁい? あー、あれぇ?」
「あれぇ? じゃないわよっ! だって転校生なんていってもどのクラスにも居ないじゃん!! 誰なの何処住みなのパパはママは日本人なのハーフなのクォーターなのアジアンそれともメキシカンっ!?」
「……さーねぇ……」
「ミヨっ!! 歩きながら寝ないで!!」
元魔王らしく、怠惰に歩きながら器用に寝る三代子に興奮冷めやらぬ芽智花だったが、面倒くさくなった三代子がリブレを呼び出すまで、暫くそんな感じで続くのである。
「……ねぇ、ミヨ……聞いてる?」
「……聞いてるよぉ、たぶぅん……」
学校の教室で昼食の弁当を食べながら、芽智花がまた三代子にしつこく聞いてくる。但し、今は眠気より食欲に支配されている為、朝より多少はシャッキリしながら芽智花が呆れる程のメガ盛り弁当を平らげている。
「……あの、リブレって人……どんな音楽が好きなんだろ?」
(……うーん、ここは適当に茶化してスルーするべきなのか? それとも真面目に答えるべきなんだろーか……)
明らかに恋する乙女、といった風情を醸しながら呟く芽智花に、三代子はどう答えるべきかと思案する。はい、実は元魔王の部下でゴブリンなんだぜぃ! と言える訳も無いが、かといって彼はおとーさんの仕事で外国に帰っちゃったぜ残念! とあっさり冷たくするのもどーかなぁ、と悩んでいるのだ。無論、リブレが音楽に興味有るかなんて彼女は全く知らない。
「……たぶんだけど、あんまり詳しくないんじゃない? 親の都合で引っ越してきて日も浅いみたいだし……」
「そ、それってつまりハーフって事!?」
あ、地雷踏んだかと三代子が後悔するも、一度フルアクセルで走り出した恋する芽智花はもう止まらない。
「やややややっぱり愛もすごいのかなっ!? 子供は四人で足りるかな!?」
「……芽智花よ、落ち着きなはれ……」
「だってだって、今まで生きてきてあんなイケメン(彼女的に)なハーフ男子なんて会った事無いもん! だから少しでも距離近になりたいし!!」
「……ふーん、そっか……」
あんなでいいのか? と中身的な事を多少加味しつつ、三代子は次に会った際に魔王権限でリブレの身柄を確保すべきかと思う。今は友達を大切にしよう、その方が何となく面白そうだし……と心の中で呟きながら。
「ほっんとに、感謝してもしきれないよぉ~♪ ミヨたんホントまじでカミだよぉ~♪」
「あー、そりゃよかったね……」
それから一週間後、リブレと芽智花の接触を計った三代子は、彼女から猛烈に感謝されていた。無論、リブレには「魔王から命令されたら逆らえないし」と忖度された結果、芽智花と会う事を承諾してもらった。まあ、二人が付き合おうと別れようと三代子は全然構わないんだが。
「それでさ、やっぱ好きな音楽のジャンルも知ってもらいたくてさぁ~! だから今日はライブハウスに来て貰うんだぁ~♪」
「……で、何故に私も?」
「そ、そりゃあ……ひ、一人じゃ心細いしぃ……」
「あーはいはい、そーゆー訳ね……」
付き添い兼通訳的(言語的にそんな心配は全く無いが)な感じを期待されてか、芽智花は三代子に連れ添いを依頼される。一応、そこそこに裕福な家庭育ちの芽智花にライブハウス代は出して貰えるらしく、三代子は特に懐も痛まない。そして、現地集合だと伝えておいたリブレと合流した一行は、地域でも幅広いジャンルで有名なライブハウスへと入っていったのだが……
「うぇええぇ~っ!? 日程が変わってるぅ~っ!!」
芽智花が入り口に掲示されていたボードを見ながら絶叫して、どうやら彼女が観る予定だったバンドが一身上の都合で演奏しないと三代子にも判った。
「折角楽しみにしてたのにぃ~っ!! ……あ、でもリブレさんが良ければ別に平気なんだけど……」
だが、音楽の共通性は保ちたいらしく、芽智花は急にしおらしくそう言って上目遣いでリブレを見る。勿論、音楽の何たるかなぞ全く理解していない彼は、
「まあ、大丈夫ですよ。折角誘って貰えたんですし、楽しめればいいんじゃないですか?」
三代子の顔を潰す訳にもいかず、当たり障り無くそう言って取り繕った。だが、その態度は芽智花にしてみれば、
(むひいいいぃーーっ!? やだやだド直球なんじゃないっ!? これは本気でイッちゃっていい奴なんでねぇでSKYッ!?)
と、完全に脱輪しかけていた。まあ、恋する女子的にちょっと暴走気味のハイブリッド車レベルだが、端から見ている三代子も友達が漲っている事はそこそこ良いのかなと思う。
「じゃー、チケット買ったらドリンク貰って中に入りましょ!」
と、何とか気持ちをセーブしながら芽智花が二人を先導し、分厚い防音ドアで仕切られたライブハウス内へと案内する。すると、地下に作られた室内には独特なくぐもる音が鳴り響き、非日常的な空間を演出している。
「あのー、リブレさんは何がいいですか?」
「そうですね……無糖のカフェモカで」
「じゃー私は梅昆布茶で!」
「みよたん、梅昆布茶はございませんよー」
「……ちっ」
「舌打ち!?」
そんなやり取りにドリンク係のお姉さんの笑いを貰いつつ、三人はライブハウスの最奥へと踏み込んでいった。