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⑩そりゃあほっとけないでしょ



 あの万年閑古鳥(かんこどり)な軽音楽部が変わった、と噂され始めたのは音合わせの数日後だった。それまで部長の芽智花以外は誰も通わなかった部室に人が出入りする気配が有り、しかもそれまで誰も聞いた事の無いような卓越した演奏が時折聞こえてくるのだ。


 「……ねえ、聞いた? あの音……」

 「ああ、何だかやけに上手いんだよな」


 夏休みとあって、部活動中の生徒しか居ない校舎だったが、吹奏楽部や他の音楽部にも噂は流れていた。しかし、流石に交流の無い部活にずかずかと乗り込み、どーなのだと問い質せる程の度胸が有る者は居ない。しかし、そんな中でも奇特な連中も居るには居た。


 「確か、部活動報告会に出てた部長って、あの二年生の黒部 芽智花だったよな?」

 「ええ、そうだったけど……それがどうしたの」


 吹奏楽部の副部長、遠山 あきらがそう尋ねると、傍らに居た部長の三池 早紀さきが答える。この学校の音楽部で一大勢力を誇る吹奏楽部の責任者二人は、夏休みも変わらず練習を重ねる日々を過ごしていたが、それは校内発表会を控えての事。音楽部が多く存在する故、各部は通常の学校と違うレベルを常に維持している。そして、校内発表会はその部活がどれだけの実力を備えているかをアピールし、分配される活動費をどれだけ確保出来るかが決められる唯一の機会になっていた。


 「いや、あの時は部員減少で廃部になると思っていたけどさ……練習出来るだけの部員は確保したみたいだな」

 「そうね……でも、夏休みになってやっと練習に漕ぎ着けただけなんでしょ? 別にどうでもいいじゃない」


 他人事には常に熱量の低い早紀とは対称的に、彰の方は妙な拘りをみせる。


 「そうかもしれないけど、また随分と方向転換したと思わない? 去年の発表会は規定の四曲全てが既存曲のコピーだったのに、今年はどう聞いたってオリジナルっぽいし。それにあれだぜ……?」


 そう言って彰が指差すと、凄まじくテンポの速いドラムがリズムを刻み、それに合わせてギターが一斉に爆発的なビートを刻む。その躍動感に富んだ全体の一体感は爽快の一言に尽き、僅かに漏れる音に耳を傾けていた吹奏楽部員達が、思わず演奏を忘れて聞き入ってしまっているのだ。


 「……つまり、私が軽音楽部に行ってもう少し静かに練習してって言ってくればいいのね」

 「いや、そうじゃないでしょ?」

 「ご心配なく、部長として当然の務めですから」

 「だから違うって……やれやれ」


 早紀にそうあっさり言われて彰は引き留めようとするが、彼女はつかつかと隣の部室に向かって行ってしまう。いつでも行動的で直情派な早紀に振り回されがちな彰だが、今回もまたかと半ば諦めたのも束の間。暴走がちな部長のブレーキ役こそ副部長の務めだからと直ぐに後を追うが、演奏の止んだ隣の部室に入ると早紀が誰かと話をしている。


 「……ええ、勿論練習をするなと言う訳ではありません」

 「でもさぁ~、折角ノッてきた所だからなぁ~」


 どうやら早紀は演奏していた相手と音量について交渉していたようだが、問題は彰が全く知らない女子がギターを弾いていた事だった。


 (……えっ、こんな子居たっけ?)


 自慢ではないが、彰は校内の音楽部に所属している現役の部員はほぼ全員知っていた。無論、早紀と話している女子部員の横に居る芽智花が軽音楽部唯一の現役部員だと判っているし、実際に彼女は二人の会話の成り行きを傍で見守っているのだ。では、今ギターを弾いている女子は誰なのか?


 「じゃあさ、これ弾いたら暫く休むからさ、それで勘弁してくんない? じゃあ、そんな感じでいくよっ!!」

 「……ですから、止めろと言ったのでは無くて……」


 早紀の話に全く同調せず、マイペースにそんな事を言う女子生徒は、白いワイシャツの襟章をキラリと光らせながら立ち上がってギターを構える。


 「……あれ、二年生だったの? あの子……」


 彰がとぼけた声でそう呟くのを合図に、小柄で黒髪を長く伸ばしたその生徒がザッと前に一歩踏み出し、抱えていたギターを天井に差し上げながら一音一音を確かめるように弾き始める。序盤は雪が溶けてしずくになりポタリポタリと落ちるようなリズムだったが、少しづつ少しづつ速度を上げていく。


 と、そこにタンタンタンタンとドラムが合わせるようにリズムを刻んだ瞬間、それまで傍観していたベースともう片方のギターが次々と同調した瞬間、全ての音が一気に爆発した。


 (……何なんだよ、この一体感!? まるで一つの楽器が別の音を同時に出しているみたいじゃないか!)


 彰はそう心の中で叫びながら音の放射を全身に浴び、腰が砕けそうになるのを必死に堪える。だが、そんな状況は彼一人ではなかった。


 「……確かに上手だけど、技術的に再現出来なくはないわ……でも、これはまるで……」


 吹奏楽部の部長としての意地なのか、早紀は彰より気丈に振る舞いながら三代子の演奏を聴いていた。だが、彼女の心中は爆音ばかりが目立つ耳障りな演奏を控えさせようとしていたついさっきとは裏腹に、全く異なる一つの心象風景を眺めていた。


 演奏を聴いている早紀の目の前には、与えられた自転車に乗って坂を下る幼い頃の自分が見えていた。一人で何回も何回も転びながら傷だらけになりつつ、やっとコツを掴んで走れるようになった結果。風を切りながら勢い良く下っていったあの時……今までの自分が全く知らない新しい世界が突然現れたような、そんな爽快感に浸りながら自転車を操って走った事を、彼女は思い出した。


 「……そうね、新しい世界が現れたら……それを途中で止められる訳が無いわ……」


 畑違いとはいえ、音楽に長く触れてきた早紀から見ればまだまだ未熟な面も見られる三代子の演奏だったが、その真っ直ぐな感情と未来を予感させる技術に触れた早紀は、


 「……判りました、でも演奏出来る時間は午後五時までと校則で決められています。ですので、練習も時間厳守でお願いします」


 と、三代子にそう告げながら踵を返し、軽音楽部の部室から出ていった。


 「……って、これからイイ所なのにぃ! 最後まで聴いてきゃいーじゃん!!」


 そんな早紀の心中を知らぬまま、三代子はギュインッと弦を弾きながら叫ぶが、早紀は後ろに手を振ってそのまま振り返らなかった。


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