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その2

 夜会の数日後、『王立』の食堂は賑やかだった。

 ゾーイの隊も戻ってきていて、昼食に間に合ったルーエと軽く鳥の唐揚げを突ついている。

 今日の食堂当番は六寮の寮婦パメラのだから、ちょっと辛口でカリカリ感がいい。

「お前が副官ねぇ、『王立』も無駄遣いだ。」

 ゾーイが口に唐揚げを放り込みながらしゃべる。

「俺も知らんよ。

 副官なんて机仕事、向いてないだろ。

 第一、異動願い、出してないし。

 なんでかな?」

 水を口にしながらルーエも答える。

「あの腹黒赤毛に目をつけられたら、大変だって聞くぞ?」

「毎日、お茶菓子、用意させられている。」

 うんざり顔のルーエにゾーイが笑う。

 食堂の入り口がざわつき始めた。

「ん、何かな?」

 ゾーイが身を乗り出した。

 ルーエには背中になるから様子はわからない。

「こっちです!」

 ゾーイが大きく手を振る。

「何やってんだ、ゾーイ?」

 早足の音が近づいてくる。

 ルーエの横で止まった。

「え、」

 顔を上げると濃い緑のコート姿の人物が立っていた。

 中は白の制服。

「ルーエさん、」

 茶黒い髪が肩から落ちていた。

「…エリー、センセイ?」

 ルーエのほうがあっけにとられた顔をする。

「センセイ、ルーエにご用ですか?

 おい、お前ら、センセイに場所をあけろ。」

 ゾーイやほかの隊士が席を立ってルーエとエリーを遠巻きにする。

 みんなのその顔は楽しんでいるようだ。

「お忙しいところ申し訳ありません。

 ルーエさん、少しお時間、いただけませんか。」

 エリーが頭を下げた。

 ルーエが立ち上がって向かいの席に促す。

「どうぞ、おかけください。」

 エリーが会釈して席に着いた。

「私に? 話ですか?」

 エリーが頷いた。

 彼女が深呼吸して、口を開く。

「『ふるふるプリン』を食べに連れてってください!」

「!?」

 ルーエが固まり、彼らを遠巻きにしていた隊士たちも固まる。

「あれって、デートのお誘い?」

 遠巻きの隊士が小声で呟いた。

 もちろん、ルーエの耳には届かない。

「えっと、センセイ?」

「ケルトイ侯爵様の夜会、覚えていらっしゃいますでしょう。

 あのときのアンナお嬢様、あの後、私、お屋敷に呼ばれたんです。

 診察なのかと思ったら、アンナ様が『ふるふるプリン』を食べにいきたいって、寝台の柱にしがみついて、駄々をこねていたんです。」

「困ったものだ…。」

「はい、困ってしまって。

 お母様のリリア様から私にそのお店に連れて行ってもらえないかと頼まれたんです。」

「センセイに?」

 エリーが頷いた。

「私が治療院に勤めていて、街に詳しいだろうって。」

「…。」

「私、詳しくなんてありません。

 屋敷と治療院の往復しかわかりません!」

(だよな…。

 うちの店の払い、わかっていなかったものな。)

「だから、ルーエさん、力を貸してください!」

(えっと、頼られた…?)

「お願いします!」

 エリーは真剣だ。

「そりゃな、ルーエ、センセイの頼みは聞かなくっちゃ!」

 野次がとぶ。

「お前ら!」

 ルーエの叱責が返る。

 前に座っているエリーは真っ赤になっている。

「ご、ご迷惑、でした…。

 ほかに街に詳しい方を知らなくて。」

「いえ。

 ケルトイ侯爵様のお嬢様なら、『近衛』の護衛をつけて店に行くか、店ごと屋敷にお呼びになればいいのに。」

「そんな贅沢はだめ、だそうです。」

「はぁ…。」

「アンナ様は、ルーエさんにも会いたいと言ったそうです。」

「えー。」

「夜会の時、もっと見ておけばよかったと。」

「黒いの、やっぱり珍しいんでしょうな…」

 ルーエの顔は困っている。

 やはり、とんでもないお願いだ。

 エリーが申し訳なく、俯いてしまっていた。

(センセイ、きっと困って来たんだよなぁ。

 でも、ちょっと嬉しい…。)

 ルーエに笑顔が浮かんだ。

「『お忍び』って思えばいいんですね。」

 エリーが顔を上げた。

「『ふるふるプリン』のお店はどこです?」

「中央広場のそばです。

 いつも長い列があるので、すぐにわかるそうです。」

「長い列か…」

 ルーエがいたずらっぽく笑う。

「では、お嬢様には庶民の子供のように列に並んでいただきましょう。」

「ルーエさん、」

「市井を知るよい機会です。

 お勉強です。」

「でも、

 アンナ様はまだ五歳です。早い気がします。」

「…。

 わがままをいうお姫様にはちょうどよいです。」

「…。」

「で、いつ行かれますか?」

「私の休みに合わせてよいと言われています。」

「センセイ、次のお休みは?」

「…あさって、です。」

「では、その日にいたしましょう。」

「ルーエさん!

 ルーエさんのご予定が、」

「ジェイド様に掛け合いますよ。

 エリー様のお願いなんですから、聞いていただきます。」

「…すみません。」

「そうとなれば…。

 華美な格好はだめだな。

 馬車は、『王立』のを借ります。

 センセイは、お嬢様に庶民の服を着せてご一緒に。

 センセイも家庭教師のような姿がいいでしょう。

 お昼の時鐘のあと、ケルトイ侯爵家にお迎えに上がります。」

「あ、あの、」

「?」

「しょ、庶民の服はだめです。」

 エリーの声が震えた。

「センセイ?」

「それは絶対にダメです!」

 エリーが涙目になる。

(あ、ああ、そうだった…)

「あんまり、貴族様って思われなければいいんですよ。」

「は、はい。リリア様にお伝えします。」

 エリーが席を立った。

「センセイ?」

「お、お昼休みが終わってしまいます。

 ご、午後の外来がありますから。

 か、帰ります。」

 ルーエも席を立つ。

「送りましょうか?」

「走れば間に合いますから!」

「センセイ、お昼ごはん食べました?」

「…。」

 ルーエがごそごそと上着から小さな包みを取り出した。

 エリーの手を取り、握らせる。

「ブルッティ・ブオーニです。

 ジェイド閣下のお茶菓子ですが、たくさんあるので、センセイもどうぞ。」

 ルーエの笑顔にエリーがほっとした表情になる。

「では、あさって。

 お迎えにあがります。」

 エリーが頭を下げると足早に食堂を出て行った。

 ふーっとルーエが一息つく。

(センセイも大変だ…)

 気が緩んだところに後ろから抱きつかれた。

「進展! おめでとう! 

 手なんて握っちゃって!」

 ゾーイが耳元でささやく。

「よせ、ぶん投げるぞ!」

「おいおい。

 あさってデートなんだろう。」

「ちがう。

 ケルトイ侯爵家のお嬢様の護衛だ。」

「へ?」

「『ふるふるプリン』食べにいくんだってさ。」

「おいおい、『近衛』の仕事だろ。」

「お嬢様のご指名。」

「えー。」

 ゾーイがくすくす笑う。

「モテる男はつらいねぇ。」

「まだ、五歳のご令嬢だぞ。」

「そりゃ、犯罪だ。」

 ゾーイの笑いが止まらない。

「あさっての午後、馬車を借りる。

 あと、その時間、中央広場の警備、ちょっと増やしてもらっていいか。」

「了解! 俺も馭者で行こうか?

 ルーエさんのためなら、ひと肌でもふた肌でも脱ぐよ!」

「バカいってんな!」

 ルーエが赤くなったのをみんながくすくす笑った。


 ◇◇◇


 青空が広がって、そよぐ風が首元に心地いい。

 馬のしっぽのように高い位置で結ばれたルーエの白髪の先が揺れた。

 ケルトイ侯爵家の車寄せまで行くつもりだったが、門の外で馭者役のゾーイが馬車を止めた。

 小さめの日傘をさした亜麻色の髪を結い上げた背の高い女性と子供たちの姿があった。

 首の詰まったうす茶のブラウスに白の短い丈のジャケット、長い深緑色のスカート姿のエリーとちょっとよそいきの薄黄色のワンピース姿の女の子が立っていた。

 なぜか、紺の狩猟服の金髪の男の子もいる。

「あれ? ルーエ、二人じゃ?」

「若様だな。」

「へ?」

 ゾーイを置いて、ルーエがひらりと御者台から下りた。

 今日のルーエも『王立』の隊服でなく、丈長めの焦げ茶のジャケット姿だ。

 警護用の剣は短めのを上着の内側に隠している。

 一見は、ちょっとした商人風だ。

「お待たせいたしました。

 えっと、センセイ、こんなところで?」

「アンナ様が待てないって。門の外まで。

 大丈夫です、お屋敷の護衛の方は後ろに。」

 エリーが苦笑を浮かべる。

「ルーエ! はやくいこう!」

 アンナ嬢がルーエにしがみついた。

 ルーエが片膝をついた。

「本日、お供をさせていただきます、イ・ルーエ・ロダンと申します。

 アンナ姫様、よろしくお願いいたします。」

 アンナに頭を下げてあいさつした。

 そのルーエのほっぺたを小さな手が触った。

(え?)

「センセイ、つるつる!」

「アンナ様! 殿方に失礼なことをなさってはいけません!」

「え、」アンナが目をぱちくりする。

「アンナ、触っちゃだめだ!」

 小さな手を取り上げたのは、若様だ。

「おにいちゃま…」

「お前も黙っているんじゃない。」

 甲高い声で若様がルーエを叱る。

「はぁ、」

「ルーエ、ごめんなさい、

 くろいの、きれいだとおもったの。」

 驚いて、そして、ルーエに笑顔が浮かぶ。

「お嬢様、

 ルーエはお嬢様のいうことをおききいたしますが、どうか、先にご命じになってくださいませ。

 急だと、ルーエもびっくりしてしまいます。」

「はい。」

「さて、参りましょうか。

 馬車にお乗りください。」

 ルーエがアンナを抱き上げた。

「たかーい!」アンナが喜んだ。

「ルーエさん!」

 エリーが不安な顔をする。

「大丈夫ですよ。

『王立』が街中を巡回しています。

 皆様には、ゾーイとルーエがおります。」

 馭者台からゾーイが会釈する。

 ルーエが馬車の戸を開けて抱いていたアンナを中に乗せた。

「センセイも。」

 ルーエの手を借りてエリーも乗る。

「さて、若様はいかがいたします?」

「若様じゃない、セドリックだ。」

「セドリック様、」

 ルーエが差し出した手を叩いて、セドリックが馬車に乗り込んだ。

「言っておくが、妹を一人で外に出すわけにはいかないからな!」

 ルーエは、こみ上げる笑いを必死にこらえながら馬車の扉を閉めた。

 また馭者台に上がる。

「大丈夫か、後ろ。」

「うん、出してくれ。」

(世の中は、面倒くさい。)

 ルーエが笑いを堪える。

 ゾーイもつられて笑みを堪えると手綱を振った。


 ◇◇◇


「晴れてよかったな。」

 ゾーイがそう言ってくれた。

 馬車が王都の中央広場に出てきた。

 人々がいそがしく行き来している。

 多くの店屋が並ぶ、ほど近くにゾーイが馬車を止めた。

「この辺りだな。

 帰るときは、ここで手を振れば『王立』の連中が俺に知らせてくれる。

 また、ここまで馬車を持ってくるよ。」

「助かる。」

 ルーエは、馭者台の上から広場を見渡した。

 巡回の『王立』の隊士の他にゾーイの部下があちらこちらに立ってくれている。隊士服ではなく、普段着でだ。

「休みに悪いことしたな。」

「なに、今晩、ルーエの店で飲ませてやるって言ったら二つ返事で引き受けやがったよ。」

「わかったよ。」

 ルーエが笑う。

「じゃ、あとで。」

「ん。」

 ルーエが馭者台から飛び降りた。

 馬車の扉を開ける。

「着きましたよ。

 さあ、降りてください。

 じゃ、センセイから。」

 ルーエが手を出して、エリーを馬車から降ろした。

「セドリック様、どうぞ。」

 セドリックに手を出したが、セドリックはその手にアンナの手を乗せた。

「アンナが先だ。」

「はい、セドリック様。」

「ルーエ、だっこ!」

 ルーエが少し困った顔をしたがアンナを抱き上げた。

 アンナの顔がぱあっと明るくなる。

「わぁ!」

 そして、ルーエはセドリックに手を出した。

「私は手を借りなくても大丈夫だ。」

 セドリックが自分で馬車を下りた。

「お店の前まで馬車がいけませんので、少し歩きます。」

「わかった。」

「アンナ様も下りてください。」

 エリーが言うが、アンナが首を振る。

「いやっ! ルーエにだっこしてもらう!」

「アンナ、わがままは言わない約束だったはずだ。」

 セドリックが妹を叱るが、逆にアンナがルーエにしがみついてしまう。

「ルーエさん、」

「大丈夫ですよ。

 でも、アンナ様、お店の前までですよ。

 着いたら下ろしますからね。」

「はぁい。」

 エリーが心配そうだ。

「セドリック様、お願いしてもよろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「セドリック様には、エリーお嬢様の手を取っていただきたいのです。

 ご婦人の手を取るのは、殿方の役目ですから。」

「それぐらい知っている!

 エリー嬢、手を取らせていただく!」

 小さな手がエリーの手を握った。

 エリーが一瞬、強張った顔をしたが、微笑みを浮かべてセドリックの手を握った。

「さあ、参りましょう。」

 広場を横切るように進むと若い娘たちが日傘をさして列を作っていた。

 列の先は広場から奥に入る小道に面した水色の外壁の店の入り口にあった。

 並んでいるのは二十人ぐらいだろうか。

「並ぶのか。」

 セドリックがエリーに訊ねた。

「はい、セド様。

 皆ならんで『ふるふるプリン』を求めるのですよ。」

 ルーエ達も娘たちの後ろに並んだ。

 若い娘の列に並んだ子連れの男女が珍しいのか、ちらちらとみられている。

(俺が黒いせいなのかな。)

 ルーエがアンナを下ろすとその手をエリーに預けた。

「アンナ様、迷子にならないようにエリー様の手を握っていてくださいね。」

 アンナが頷いて、今度は楽しそうにエリーとおしゃべりを始めた。

「ルーエ、」

「はい、セドリック様。」

「あの子供は何をしているのだ?」

 金髪のセドリックが指差した方向にルーエが顔を向けた。

 広場の向こう側の店先で、子供が掃き掃除をしていた。

 通りの掃除で給金をもらう仕事だ。

 店先をきれいにするのに雇っているところも少なくない。

 そんなに重労働でもないので子供の仕事として認められている。

 ちゃんと給金も払われているはずだ。

「店先の掃除です。それで給金をもらっています。」

「給金?」

「働いてお金を得るんですよ。」

「子供でも?」

「彼らの歳は、十歳くらいですかね。」

「私と、変わらない。」

「?」

「子供が働いてどうするのだ?

 勉強をしなくていいのか?」

「彼らは、生活のために働きます。

 勉強よりも生活のお金がいるんです。」

「父上も母上もいるだろう。働くのは大人だ。」

「両親とも働いても生活が豊かにならない人々もいます。

 少しでもよくしたくて家族で、子供も働きます。」

「…。」

「それに親を亡くした子供もいます。

 そうなると自分で働いて生活していかないといけません。

 掃除の仕事で給金をもらうわけです。」

「給金はたくさんもらえるのか?」

「いいえ。店先掃除だと鋼貨(こうか)一枚、二枚でしょう。」

「鋼貨?」

(はがね)の小粒の貨幣です。

 包丁や鍋を作った時に出る鋼の廃材に王家の刻印を押したものです。

 貧しい庶民が使います。

 鋼貨百粒で銅貨一枚分です。」

「銅貨? 見たことがない。」

「ご覧になったものは?」

「金貨だ。

 細かい葉っぱの模様に陛下の横顔が彫ってある。」

(はんぱないお坊ちゃまだ…)

「鋼貨百枚で銅貨一枚、銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚です。

 あの子供が金貨一枚を手にするのには、鋼貨一枚の仕事をどれだけすればいいでしょうか。」

 セドリックが自分の両手の指を見つめた。

 指で計算するには、全く、足りない。

「わからないな。」

「そうですね。

 その算術はいずれセドリック様がお勉強されて、知ることができますよ。」

 セドリックが自分の周りを眺め始めた。

(珍しいんだろうな。

 お屋敷では見ることのできない光景だ。)

 彼らのすぐ後ろに娘が並んでいた。

 連れはなく一人だ。

 着ているこげ茶のワンピースは流行遅れのものだ。

 肩が余っているところを見ると誰かのお古を手直したのだろう。

 年齢は公爵家のお嬢ぐらいだろうか、十五、六。

 胸に古びた巾着を握りしめている。

 その手は酷く荒れている。

 水を使う仕事をしているのだろう。

 髪は暗い茶色で首の後ろで束ねている。

 結んでいるリボンは黄色で端が薄くなっている。

 セドリックがその娘をじっと見た。

 気づいた娘が恥ずかしそうに顔を伏せる。

「セドリック様、じろじろ見るのは失礼です。

 お行儀が悪いと叱られますよ。」

 小声でルーエが注意した。

「別に見ていたわけではない。」

 セドリックが俯いた。

「当家の召使いのほうが身綺麗だ。」

 小さく呟く。

 娘に聞こえないようには気を付けているらしい。

「お嬢さんも『ふるふるプリン』ですか?」

 ルーエが微笑みながら娘に尋ねた。

 娘は俯いたまま頷いた。

「やっと、お休みもらえたんです。

 お給金、貯めてやっと。」

 娘の声は少し嬉しそうだ。

「よかったですね。」

「はい!」

 顔を上げて返事をした娘は本当に嬉しそうだった。

「お客様! 

 先にご注文をお聞きいたします!」

『ふるふるプリン』の店員がルーエ達の列に沿って歩いてきた。

 待っている人が多いので先に注文を受けるようだ。

 店員がエリーのところにやってきた。

「何名様ですか?」

 ルーエが答えようとしたのをエリーが先に言う。

「四人です! みんな、『ふるふるプリン』です!」

「センセイ、私はいいんですよ。

 外で待っているつもりですから。」

「ダメです、皆、一緒です。」

「はぁ。」

 エリーに押し切られる。

「よかったですね。

『ふるふるプリン』、ここで終了です!」

 注文取りの店員がにっこり笑った。

「え?」

「えー!」

 ルーエ達より後ろに並んだ娘たちから落胆の声が上がる。

「え、ここで終わり?」

「はい、今日のご用意分は終了です。」

 並んでいた娘たちが肩を落とす。

 皆、『ふるふるプリン』目当てで並んでいたのだ。

 お目当てに振られた娘たちが列を離れていく。

 彼らのすぐ後ろにいた娘も呆然としていた。

 セドリックが娘を見ていた。

「ついてなかった…。」

 娘の肩が落ちる。

 名残惜しそうに立ったままだ。

「次のお休みは?」

 ルーエがそっと尋ねる。

「ずっと先です。

 洗濯屋の仕事は毎日なので、自由になれる日があんまりなくて。」

 娘が笑顔を作った。

「また、並びにきます。」

「ルーエ、」

 セドリックがルーエの上着を引っ張った。

「どうにかならぬのか。」

 セドリックの顔が困っている。

「私のを譲ればいいか。」

「セドリック様?」

「あの娘の顔は、泣く顔だ。

 アンナもあんな風に笑ってから、いっぱい泣く。」

「泣かれるの、お嫌ですか?」

「…うるさいからな。」

(あ、ここにも面倒くさい若様が!)

 ルーエがセドリックの頭を撫でた。

「無礼だぞ!」

 そのむくれた顔にルーエが笑った。

 そして、娘を呼び止める。

「お嬢さん、」

 彼らから離れようとした娘が足を止めた。

「ちょっと待って、」

「はい?」

 ルーエが注文取りの店員に手を振った。

 気づいた店員がルーエの所に戻ってくる。

「はい、何でしょう?」

「追加をお願いしていいですか?」

「はい?」

「さっきの『ふるふるプリン』四つをこちらのご婦人と坊ちゃんとお嬢さん二人に。

 俺は…

『ふるふるプリン』の他におすすめは?」

「クルミの入ったパウンドケーキです。

 ラムの香り付きで大人の方にお勧めです。」

「では、それを。」

 店員が笑顔で頷いた。

「えっと、五名様でよろしいですか?」

「ええ。」

「では、準備してきます。」

「あ、あの、それは!」

 娘が困った顔をしている。

「私みたいのと一緒というのは皆様に失礼になります!」

「ルーエさん?」

 アンナの手を引いたエリーが心配そうに声をかけた。

「センセイ、お友達が増えてもいいですよね。」

「はい?」

「こちらの娘さん、おひとりなのだそうです。

 ひとりより皆でいただく方がおいしいでしょ。」

 エリーが少し困った顔をしたが、ルーエの笑顔に微笑みを返した。

「…そうですね。

 皆でいただきましょう。」

 エリーが娘を四人の中に招いた。

「五名様でお待ちのお客様、お入りください!」


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