第一章 物語の始まり 1
架空の乙女ゲームを舞台にした物語です。このジャンルは初めてとなりますので、不慣れな点がございますことご容赦下さい。
さくさくと読み進めていけるように、一話一話の文章量は短めにしております。
「ただいまー!」
学校から帰るやいなや、私は自室の前に置いてある宅配ボックスの扉を勢いよく開けた。
両手で抱えるほど大きな白い段ボールが入っている。
やった!届いてた!
私はうきうきしながら両手で段ボールを抱えあげると、部屋に入った。予約していたゲームが今日やっと届いたのである。
手早く部屋着に着替えて、いそいそと箱を開ける。
そこに表れたのは夜明け前の空のような美しい濃紺色のパッケージに、金色で箔押しされたきらめく星々と、うっとりするほど優美なタイトル文字だった。
「ぅわあ…!」
思った以上に美しいパッケージに感嘆の言葉がもれる。
今回頼んだのはファンの間でも、今後こんな豪華なゲームが発売されることはないだろう、と騒がれた初回限定かつ予約生産版である。
シリアルナンバー入りの銀のネックレスに声優のボイス入り目覚まし時計、設定資料集にスチル集、缶バッチにA3版ポスター、さらにはゲーム中で使用されている楽曲のサントラCDまで入っている。
かなり値段も張ったのだが、その価値は十分にある。最初はお財布と相談して、通常版で良いかなと思っていたのだが、予約サイトで初回限定特典の画像を見たら限定版以外考えられなくなった。
毎月こつこつ貯めていたお小遣いもお年玉貯金もほとんど消えてしまったが、悔いはない。今を逃したらおそらく転売ヤーによって買いあさられたあげくに手が出せないほどの高値がつけられて、どんなに欲しがったとしても入手できなくなるだろう、と踏んだからである。
『星降る光の王国物語ー星乙女達のロンドー』
制作発表から約1年。待ちに待った、乙女ゲームの最新作である。
私はこれまで、あまりゲームで遊んだことがなかった。
だから幼なじみの香織が『これ絶対面白いから!はまるから!!』と一本のソフトを貸してくれるまで、乙女ゲームの存在なんて知りもしなかった。
そして彼女が貸してくれたソフトこそが『星降る光の王国物語』。
乙女ゲームというジャンルを世の中に知らしめた一本とも称される、不朽の名作であった。
シリーズの一作目にあたるこのソフトは、主人公の少女が一年に一度開かれる『星乙女の祭り』で、星の精霊に『聖なる星乙女』の候補生に選ばれ、教会が運営する学園に通うことになる所から始まる。
そこで、同じように精霊に選ばれた少年少女と共に勉強をしたり友情を深めたりしていく間に、いつしか攻略対象と恋におちる。
最後には未曾有の災害に襲われた王国を、恋人と一緒に聖なる祈りの力で救い、主人公は救国の聖女として国民から慕われ、末永く敬われ続ける。そんな物語だった。
小さな頃から身体を動かすことが大好きだった私は、中学生の頃までは部活動一筋で、県大会などでも良い成績を納めていた。だがある日大きな怪我をしてしまって、元のように運動することはできなくなってしまったのだ。
日常生活に支障がない程度に回復はしたが、運動が出来なくなった私の存在価値はゼロになった。
せっかく決まっていた有名校へのスポーツ推薦もなくなってしまい、今までは私の成績を褒めてくれていた先生も、さっさと見切りをつけて離れていってしまった。あんなに応援してくれていた両親も、抜け殻のようになってしまった私のことを扱いかねているのがわかった。
周囲からまるで腫れ物にさわるように扱われ続けて、とうとう私は家に引きこもりがちになった。休みの日にクラスメイトと街へ買い物に行ったり、遊びに出かけたりすることもできなくなって、私の心は空っぽになってしまった。
そんな私に今までと変わらず優しく接してくれたのは、幼なじみの香織だけ。彼女だけが私と外界をつなぐたった一つの接点だった。
彼女が貸してくれたゲームに私はすっかり虜になった。
画面の向こうから話しかけてくれる、格好よくて頼りになる男の子達や、可愛くて優しい女の子達と仲良くなって過ごす、充実した学校生活。私が欲しかった世界がそこにあった。
乙女ゲームのおかげで私の意識は飛躍的に変化した。
私は親元を離れ、故郷を遠く離れた全寮制の高校へ進学することにした。私のことを誰も知らない土地で、新しい生活を送りたいと思ったからだ。
自分が今まで努力して積み上げてきた成果が、今度は自分の首を絞めていく、そんな不毛な状況にすっかり嫌気がさしていた。
今は新しい環境にすっかりなじんで、新しい友達も出来た。ちょっと気になる男子もいる。香織と会えなくなったことがとてもつらかったけれど、毎日のように彼女から送られてくるメールで、乙女ゲームの話をするのはたまらなく楽しい。
今まで部活動さえしてれば頭が少し悪くても良い、と思ってたからほとんど勉強をしてこなかったのでまったく授業について行けてなかったけれど、今ではそんなこともない。テストの成績も良くなった。
それに距離を置いたおかげなのか、両親との関係も悪くない。『元気でやってるの?ねえ、長い休みの時には帰ってきなさいよ』なんて気にかけてくれるようになったのは、破綻してしまった親子関係の大きな改善の兆しだと思った。全てが少しずつ、良い方へ動き出している、そんな気がしていた。
そしてある日、香織から送られてきた一通のメールは、私を新しいときめきへと誘った。
『星降る光の王国物語』最新作の発表である。
さて、物語の進展や、いかに…!
BGMにおすすめなのは、辛島美登里さんの『虹の地球』です。