07
ソフィア嬢は図書館の奥の個室から出ていなかった。ゼルさまと二人、向かい合って座っている。うつむいているけれど、わずかに見える顔からは血の気が引いている。
私たちに気づいて立ち上がったゼルさまは満面の笑みを浮かべていた。つられたのでしょう、続けて顔を上げたソフィア嬢は私たちの姿を認めた瞬間、
「も、申し訳ございませんでしたっ!」
ソファーから立ち上がり前へ転がり出たかと思うと、その場にひれ伏した。床にぶつかった額から鈍い音がした。
ゼルさまの笑声が弾ける。
「わたしの迂闊な発言で大変なご迷惑を! わたしにできるお詫びであれば何でもいたします!」
先程も見た光景だ。二度目の私はともかく、初見の殿下は呆然と立ち尽くしてしまった。私を守ろうと気を張っていた分、肩透かしの威力もすさまじいものになったのでしょう。溜め息は自然と重たいものになった。
「ソフィア嬢、」
「どうか命だけはお助けください!」
これも先程あった。同じ発言で私を怒らせたというのに、もう忘れてしまったらしい。
「私はまだ死にたくない!」
「ソフィア嬢、」
「乙女のことはどうぞ、煮るなり焼くなり燻製にするなりお好きになさってください!」
初めての展開に思わず口を噤んだ。ゼルさまはずっと笑っている。
「全部この光の……ウィーリアが悪いんです!」
なんてことでしょう。光の精霊を生贄に差し出したわ、この子。そのうえ名前まで教えてしまうなんて、余程、惜しい命らしい。……殺さない、と伝えたはずなのだけれど、それも忘れてしまったのでしょう。
「ソフィア嬢、落ち着きなさい」
「お願いしますヴァイオレットさま! わたしはウィーリアの我儘に巻き込まれただけなんです!」
お慈悲を、と叫んだソフィア嬢の言葉に、殿下が小さく笑声を漏らした。……もう、めちゃくちゃね。
「生きていたいのなら黙りなさい」
声を落として鋭く告げる。このままでは話もできない。
ソフィア嬢は、ひくっ、と頬を引きつらせ、祈るように両手を組んだ姿勢のまま硬直した。
「まずはお話を聞かせてくださる?」
「ひ、ひゃい……」
「光の精霊が私を嫌っているという件について」
「あの子は、自分以外は人でも精霊でもその辺の草でも丸ごと全部、嫌っています」
「……」
初手からろくでもない話になってしまった。殿下が口を覆って、笑みを抑えようと肩を震わせている。
「最近はヴァイオレットさまの銀の髪は美しいから嫌い、火の精霊は一番嫌い、と言って嫌がるわたしを無視して暴れるんです」
同情を誘うように眸を潤ませる。命乞いをやめるつもりはないらしい。わざとらしい仕草が緊張感をうやむやにして、殿下もゼルさまもすっかり気が抜けてしまっている。私も、命の危機など忘れてしまった。疲労ばかりが積み重なる。
「それでは、あなたには私を害する気がないと判断してよろしいのね」
「もちろんです! わたしはヴァイオレットさまの忠実な奴隷です」
「やめなさい」
慌てて拒絶する。殿下が吹き出した。ゼルさまは笑い過ぎて立っていられず、床に座り込んでしまった。
額を押さえて深々と溜め息を吐き出す。頭痛がしてきた。
「はぁ……。光の精霊を制御することはできないの?」
「自我の塊のような精霊です。人の言うことを聞いたら負けだと思ってます」
「……」
なんて厄介で、面倒な精霊……どうすればいいのでしょう。
「上位貴族の方々なら何か対処法をご存じかと思って無茶をしたんですけど……申し訳ございませんでした」
「続けて」
「夢で、このまま学園生活を送っていると姿の見えない強大な何かに、その……わたしだけでなく殿下もヴァイオレットさまも、みんなが破滅する光景を見ました」
予知夢。そういえば、それもあった。奇抜な行動のせいでうっかりしていた。
肩を叩かれる。振り返ると、殿下が申し訳なさそうに眉を下げ、しかし笑いを払拭できずに肩を震わせていた。目の前で笑い転げ続けるゼルさまが伝染しているらしい。
面倒くさい、と浮かんだ感情をなんとか飲み下し、お任せください、と小声で伝えソフィア嬢に向き直る。
「恐ろしくて、救いを求めて教会へ行ったんです。ウィーリアとはそこで出会いました」
わずかに瞠目する。
どこで出会ったのか気になっていたのだけれど、まさか学園の敷地内とは驚いた。これは、例の件も笑い話ではなくなったかもしれない。
「わたしのことが気に入ったとかで、強引に押し切られて契約することに……」
ソフィア嬢の表情が色濃い後悔を刻み、歪んだ。声も震えている。
「助けてくれるというから合意したのに、まったく、これっぽっちも言うこと聞いてくれなくて……」
目端からこぼれた涙が頬を伝い、口元を押さえるソフィア嬢の手を濡らした。
「死にたくないから、失礼を承知で殿下にまで助けを求めたのに……うぅ、ウィーリアはあれも嫌いこれも嫌いと我儘ばかり! 挙句、ヴァイオレットさまのことまで……火の精霊と一緒に焼けてしまえばいいなんて言うからわたし、わたし……」
遂に耐えきれなくなったのか、わっ、と顔を覆って泣き出した。
「殿下には睨まれるし、クリストファーさまにはいじめられるし、ユーリ殿下には嫌われるし、セシルさまには遠回しに死刑宣告されるし! ヴァイオレットさまのことまで傷つけてしまって、わたしはどうしたらいいんですか!」
さすがに笑いが止まった殿下がおろおろと私とソフィア嬢を交互に見る。ゼルさまは笑い転げること自体は止めたようだけれど、口元には依然、色濃い笑みが浮かんでいる。
姓で呼ぶよう求めて明確な拒絶を示し、いじめまでしたらしいのに全く気にしていない様子だ。多分、いじめた自覚はないのでしょう。ゼルさまの言葉から気持ちを察するのは難しい。
「出会い頭に、死にたくないから助けてください、なんて言い出したら病気です! でも死を前にした人間は脆いんです弱いんです! 冷静に手順を踏むなんて余裕あるわけないじゃないですか! わかってます、わたしがマナー違反をしているんです! でも、じゃあどうすればよかったんですか!」
相当な不満が溜まっていたのか、ソフィア嬢の嘆きは次第に叫ぶほどの声量になり、内容も愚痴のような様相を呈してきた。
私たちだけでなく、自身の破滅も夢に見たのなら、相当な不安もあったでしょう。今が彼女の限界ということだ。
「こっちは命懸けだっていうのに変な噂を流されるし、ウィーリアは耳元でずっと文句を言い続けるし、状況は悪くなる一方で少しも良くならないし……」
ぶつぶつぶつ、と声は次第に聞き取れなくなる。涙は流れを止め、表情が抜け落ちた。
「私を盾に、姿も見せずに文句ばっかり言って、卑怯者。自分が一番だって言うなら、責任取りなさいよ」
ウィーリア、と。棘のある声で毒を吐いたソフィア嬢に応えるように、
『黙って聞いてれば、いい加減にしなさいよ!』
カッ――と、閃光が瞬いた。目が眩む。
空気を震わせた不機嫌な声は、この部屋にいるどなたとも違うもの。
とっさに殿下の前に出る。
『あんた、わたしのこと売るつもり!? 誰のおかげで平和に生きていられてると思ってんのよ!』
「平和!? あなたのせいでわたしの人生めちゃくちゃよ! 責任取って反省しなさい!」
『何ですって!?』
「何よ!」
……ん?
そっと目を開ける。まだはっきりとは見えないけれど、ソフィア嬢と光の塊が口喧嘩をしているようだ。
「世界に自分しかいないなら一人で生きればいいでしょ! わたしもみんなも巻き込んでおいて、偉そうに踏ん反り返らないでよ!」
『な、何で……~~っっっっわたしに意地悪なこと言わないでよ! 優しくしなさい!』
「自分にしか優しくしない奴が何を言ってんのよ!」
私達が口を挟む隙もない。二人は掴み合って口論を続けている。……どうしても雰囲気がまとまらない。私達は皆、命懸けではなかったのでしょうか。そんな気配は微塵も感じられない。
ゼルさまなんてソファーに腰を落ち着け、本格的に観察する姿勢をとった。殿下も表情を決めかねて、口元ばかりは引き締まっているのに眉は悲しいくらい下がっている。どんな感情でしょう、それは。
ふわり、と火の粉が舞う。フィリートがのんびり姿を見せた。
『どうなったの?』
「喧嘩してるわ」
貴族令嬢が口にするには、少々よろしくない言葉まで飛び出している。
「ヴィ、どうする?」
殿下が疲労を滲ませつつ、珍妙な表情のまま話しかけてきた。
「あのまま語り合って、和解してくれればいいのですけれど」
「予知夢の件はそれでは済まないだろう」
「ソフィア嬢の話だと、何が破滅をもたらすのかもわかりません。殿下は何か聞いていませんの?」
「抽象的なイメージしかわからない、と言われてしまってはどうしようもない。彼女自身も夢の詳細は把握できていないらしい」
「陛下にご報告申し上げるにも、あまりに情報不足ですわね。様子を見るしかないと思いますわ」
「まったくだ。……ヴィ、フィリートがあっちに行ったぞ」
「いざとなれば止めますわ」
なんだか疲れてしまって、もうどうにでもなってしまいなさい、という気分だ。
『久し振りだね、乙女。どうしたの? また嫌われたの?』
『あぁん!?』
随分とガラの悪い精霊だ。フィリートの小馬鹿にした物言いもなかなか堂に入っている。本当に嫌いなのだとひしひし伝わってくる。
フィリートが参加したことで、ソフィア嬢から視線が逸れた。手招きして呼び寄せる。泣きそうな顔にはなったけれど、彼女は大人しくこちらへきた。
『自分至上主義の寂しがり屋が、また自業自得で孤立したんだろ。ざまあないね』
『うるさいわよ! あんたこそ、その姿は何? ちっちゃい火の玉になっちゃって。契約主がよっぽど貧弱だったのかしら』
殿下の纏う雰囲気が豹変した。見上げれば、その表情は殺意一色に染まっている。ソフィア嬢が息を呑んだ。
「私、気にしませんわ」
「俺が気にする」
「私のために怒ってくださって、とっても嬉しいですわ」
意識して口角を持ち上げる。殿下まで参加しては手の打ちようがない。行かないで、と暗に込める。
「……わかった」
納得はしていないようだけれど、殿下は渋々と言った風に頷いてくれた。ソフィア嬢はもう言葉もないようで、赤黒い顔をしてうつむいた。
視線を精霊達へ戻す。
『ぼくはお前と違って契約主を思いやれるからね。彼女を傷つけない姿でお利口にしてるのさ』
『ふん! 媚びへつらうなんて情けない。蝋燭の火くらいにしか燃えてないんじゃない? 吹き消してあげましょうか?』
『やれるもんならやってみなよ! 眩しいって以外、何もできないくせに!』
真実なのか、光の精霊の輪郭がぼやけた。
感情の制御がうまくできないのでしょう。わかりやすくて、……容易い。
『~~~~っっ言っていいことと悪いことがあるわよ火の玉が!』
『見下してた影の王にまで嫌われて、拗ねた結果が神との協定なんてね! みみっちいんだよやることが! そのうえ今度は何? 人間の女の子にまで嫌われてさ。情けないのはどっちだろうね?』
『わ、わたしは神と仲良しなのよ! あんたに天罰を落とすくらい簡単なんだから!』
『はっ! やってみなよ! ぼくら精霊はいつだって準備万端だよ。神と君と、嫌いなものをまとめて処分できて万々歳さ!』
手を叩いて音を割り込ませる。キリがない。
「そこまで。フィリート、弱い者いじめは駄目よ」
『はーい、ヴァイオレット』
ぱちん、と軽い音を立ててフィリートが姿を消した。
光の精霊の視線を真っ向から受ける。殿下が嗜めるように咳払いをしたけれど、聞こえないフリをした。
『弱い者いじめ? 弱い者って言った!? わたしのことを弱いって言った!?』
「強者でありたいのなら、饒舌は控えるべきね」
人差し指の腹を噛み切る。ゼルさまがにぃっと口角を吊り上げた。殿下の深い溜め息の音が聞こえた。
『わたしは原初の精霊よ!? 女神を信仰してるなら、同じようにわたしも信仰すべきでしょ!? なんて生意気なの!』
こちらへ踏み出した精霊から二人を遠ざけるべく、一歩、大きく前へ踏み出す。殿下はもう何も言わず、ソフィア嬢を連れて距離をとった。
伸ばされた腕を躱し、光の精霊の頬をそっと撫でる。指から滲んだ血が、彼女の頬に赤い線を引いた。
「私には縁遠いお話だわ」
女神を信仰していない私は、光の精霊への信仰心も当然ない。
独り善がりは嫌われるのだと、そろそろ学ぶべきでしょう。ソフィア嬢の言う通り、反省すべきだ。
おすわり、と言い聞かせるようにゆっくりと発音する。何か文句を言おうとしたのでしょう、肩を怒らせた彼女はしかし、その場にくずおれた。
『は……?』
何が起きたかわからないようで、光の精霊がぽかんとする。
「己の弱さを僻んでいるばかりでは、いつか本当に孤立してしまうわよ」
ベルシュタイン家の血には猛毒が流れる。
王族が純度の高い魔力をその血に宿すように、ベルシュタイン家は毒に特化した魔力を宿している。
あらゆる毒に耐性を持ち、あらゆる毒の操作を得意とする我が家のとっておき。幼い頃から様々な毒を含み、致死量の毒さえ飲み下した。毒を操作する技術は、お兄さまが拗ねて王宮勤めを始めてしまうほど。
「しばらく良い子にしていらっしゃい」
世界の一部である精霊種と、世界すら食らい尽くすドラゴンは争いの歴史こそなかったものの、魔法という点においては致命的に相いれない。ドラゴンは世界の一部である精霊の力をも、己の力として吸収してしまえるからだ。
私達は人間で、内包する魔力がドラゴンの血によるものであっても、精霊の吸収などは叶わない。そうでなければ、精霊が私達と契約することなど有り得ない。
とはいえドラゴンの魔力を帯びた血は、精霊にとっては致死毒にも等しいものだ。原初の精霊であることが、動きを封じるだけに留めている。
「ヴィ! 無茶をする」
駆け寄って来た殿下が、乱暴に腕を引いた。
「向こうは攻撃の手段がなく、こちらは触れられる。何も危険なことはございませんわ、殿下」
「危険だよ。俺の心臓が保たん」
「あらあら」
ソフィア嬢が深く頭を下げた。今度は立っている。
「ヴァイオレットさま、ありがとうございました。何をなさったのかはわかりませんでしたが、ウィーリアが大人しくなったのはヴァイオレットさまのおかげです」
「きちんと話し合うことだわ。口論ではなく、冷静にね」
「はい。……それで、あの……わたしの処分はどうなるのでしょうか」
返事は殿下が早かった。
「レディとして節度のある行動を心掛けろ。反省はしたようだから何も言わない。ただし、予知夢の件ではまた話を聞かせてもらう」
「よ、よろしいんですか? わたしは皆さまに大変なご迷惑をおかけしたのに」
今度は私が先に返事をする。
「婚約に影響を与えるほどのことは何もなかったでしょう? それとも、やはり命乞いが必要な何かをしたのかしら?」
首が飛びそうなほど、激しく横に振られた。
「では、今後は不要な噂が生じるような行動は慎むように。あふれている根も葉もない噂についてはきっと、ゼルさまが対処してくださいますわ」
「おや、ぼくかい?」
ソファーの背もたれから身を乗り出して、ゼルさまがわざとらしい声をあげる。
「得をなさったでしょう? お願いします、ゼルさま」
首を傾げて見せる。おねだりの仕方なら知っている。
「……ズルいなあ。断れないじゃないか」
「頼りにしていますわ、ゼルさま」
「わかったよ、任された」
立ち上がったゼルさまが部屋を出る。直前、やれやれ、と吐き出された溜め息は軽く、愉快だ、と語っていた。
「さて、と」
扉が閉まり、たっぷり深呼吸三回分の時間を待って、殿下が口を開いた。
「ソフィア嬢には罰を受けてもらう」
憤怒に染まった表情を見て、ソフィア嬢の顔からは血の気が引いた。
「え、でも……」
「殿下ったら……」
ゼルさまに意地悪の仕方でも習ったのでしょうか。きっとそうだわ。
「そこの精霊に、ヴィへの発言を取り消し謝罪させろ。できなければ、レディとして不適切だった数々の行動を問題にする。俺が噂を放置していた件を棚上げしてでも、全ての責を負ってもらう」
……ほとんど八つ当たりだった。殿下ったら子どもみたい。
可哀想にソフィア嬢は目に涙を浮かべて、芯から恐怖に震えている。何度も頷いて、その度に涙がぼろぼろ滴る。
「あの精霊のせいで大変な目に遭った。身の破滅だ。ヴィに一度、嫌われた! 必死で取り繕った猫の皮もズタズタだ」
ソフィア嬢の涙が止まった。
「しっかり反省させろ。二度と、ヴィを脅かさないよう。それから君が、奇怪な言動で周囲を混乱させずに済むように。光の精霊はこの国では崇高な存在ってことになってるんだ。契約すると身を滅ぼすなんて、事実にするな! 他の全ては俺たちがどうとでもしてやるから、あの困った奴だけは君が躾けろ、いいな!」
目を丸くしたまま、ソフィア嬢が大きく一度、頷いた。
肩で息をする殿下に、声をかける。
「殿下、」
疑心が少しずつ晴れていく。
「殿下、終わったかもしれませんわよ」
「終わった!? 俺と君の関係は永遠だろ!?」
悲鳴のような大声で取り乱す殿下にも、冷静に声をかける。多分、慣れてしまった。
「落ち着いてください。ソフィア嬢の予知夢です」
「え、は? 予知夢?」
「破滅はおそらく、回避できたと思われます」
このまま学園生活を送っていると。
ソフィア嬢は行動を起こした。殿下やゼルさまに声をかけまくり、打開策を見つけようと奔走した。
姿の見えない強大な何かに。
光の精霊はその眩しさで輪郭が判然としない。この国において、人間が知る精霊種の中で最も強大な存在でもある。今回の一件は彼女の嫌悪感が暴走したことに原因がある。
わたしだけでなく殿下もヴァイオレットさまも、みんなが破滅する。
ソフィア嬢は危機感から大胆な行動に打って出ることで噂となり、ご令嬢達からもご令息達からも距離を置かれた。直接的な攻撃も受けている。私や殿下に迫られた際には本気で破滅を恐れた。
殿下は私との関係が揺らいだことで、私の言葉で、身の破滅を実感した。
私だってそう、破滅と言っていい結果に陥りかねなかった。
「ソフィア嬢の夢にあった全員が破滅する瀬戸際に追い詰められました。光の精霊に反省させる、という結論に至った現在、彼女がもたらす可能性のあった破滅は、もうないのではありませんか?」
ソフィア嬢が私を凝視しながら深く、何度も頷いている。殿下はしばらくぽかんとして、それから思案するように視線を泳がせ、ハッとしたように私を抱き締めた。
これには慣れない。一瞬で茹で上がる。
「ヴィ、愛してる!」
「ひゃっ」
驚いて、喉の奥から変な声が飛び出した。
「ではこれで問題解決だな!」
「け、警戒はしておくべきかと」
「もちろんだ。ソフィア嬢には今後も予知夢を見たら報告してもらうとして、今は安心していいだろ?」
殿下の言葉でソフィア嬢の顔がげんなりと沈んだ。私の視線に気づいてすぐさま引き締めたけれど、見てしまった。
「事後処理はすべきかと」
「ゼルにやらせればいい。今後しばらくはあいつに揶揄われて過ごすんだ。暇を奪ってやる」
「殿下ったら……」
胸板を押してみたり、身をよじってみたり、抵抗はしているもののビクともしない。
じぃっと見つめてくるソフィア嬢の視線が痛い。熱が首まで焼き始め、頭がクラクラする。
「で、ではわたしはそろそろ失礼いたします。あの、ウィーリアを、……反省させてきます」
気まずくなったのでしょう。ソフィア嬢は座り込んだままの光の精霊を引きずって、そそくさと部屋を出て行った。殿下は何も言わなかった。私は何も言えなかった。
「ヴィ、明日には元の王太子に戻るから、今だけ少し待ってくれ」
しばらくして、私の肩口に顔を埋めながら、殿下が静かにこぼした。
「ちゃんとできる。ヴィに好かれる男に戻るから」
背に腕を回す。緊張で指先が少し震えた。
「今のままでも、好きですわ」
「……本当に?」
「私は殿下を、図書館だとは思えませんわ。ですから、図書館であろうとした殿下は、お終いにしてください」
私はもう知っている。私にとっての最優先を知っている殿下はもう、絶対に本に乱暴したりしない。王太子として妃に求めることよりも、私の求めることに心を割いてくれる殿下だから。
「私、借金はしない主義ですの。ですから、私のために無理をしないでくださいまし」
「……参ったな」
ぽつり、と呟いて、ややあって殿下は声をあげて笑い出した。子どものような無邪気な笑い声に、無垢な笑顔に、私もつられて可笑しくなってしまった。
「ヴィ、借金はわたしがするから」
体を離した殿下が、私の両手を握る。
「わたしの奥さんになってほしい」
お願い、と。わざとらしく子どもじみた仕草で首を傾げて。そんな仕草でそんなことを言われてしまったら、どんなおねだりでも叶えて差し上げたくなる。
「はい、……ふふ、喜んで」
胸の奥がきゅんとした。




