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あらあら、まあまあ。  作者: かたつむり3号
第二章 Sの恋
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エンディング-乙女の憂鬱-


 世界はわたし、わたしは世界。わたしにとってはそれが全てで、それが以外には何もなくて、必要もなかった。

 一変したのは、ソフィアのせい。

 契約を迫ったのはわたしで、それは孤独に耐えかねての衝動的なものだったけれど、随分とあっさり受け入れられて驚かなかったといえば嘘になる。

 この世界とは違う、不思議な匂いをさせる少女。

 器は間違いなく女の子で、貴族としてどこにでもいる普通の子なのに、抱える魂はまるで別物だった。そもそも男の子だったし。喪失感や絶望を抱えて、それでもどこかさっぱりした性格の、変な奴。そこには、わたしの知らない感情もたくさんあった。


 言ってることは滅茶苦茶で、理解できない単語もたくさん出てくる。表面上は澄まし顔してるくせに、腹の中の声はガンガン響く騒音のよう。

 男の魂と女の器を器用に使い分ける癖に、思慮は浅いのかすぐ暴走する。色々と考えていることを一つも活用できず、手痛い失敗を重ねてはしくしく泣いているような奴。

 なんてバカなんだろう、と思って見てたのに、たまに、本当にたまに、わたしの心を引っ掻くようなことを言うからタチが悪い。


 魂は契約で繋がっても、互いに影響を与えるような強い関係は結べないはずなのに。わたしの不変を揺るがすことなんて、誰にもできないと思ってたのに。だって、あいつにもできなかった。あいつで駄目なら他はもう、永遠にないだろうと思っていたのに。

 ソフィアはわたしの心にズカズカ土足で踏み込んで、ごちゃごちゃしてたものを勝手に隅に追いやった。そうしてできた隙間に、足を広げて座り込んでくつろぎだした。本当にムカつく。このわたしの心を一部とはいえ占領するとは何事よ。

 腹を立てて、そっぽを向いて、でも突き放せなくて。わけもわからないうちに、ソフィアがいないと寂しくなった。助けてあげなくちゃ、なんてそんなことまで思うようになった。この子はバカだから、助けてあげなくちゃ。


 このわたしがわざわざ女神のところまで出向いてやったっていうのに、いつまでも生意気でいつまでもムカつくけど、仲直りできた人間はソフィアだけ。


「ありがとう、ウィーリア」


 騎士との甘ったるい時間を終えて、一日をぼんやり過ごして、寮に帰って侍女に質問攻めにされて。ぐったりベッドに身を沈めたソフィアがそんなことを言う。


『何にもしてないのにお礼を言われたって、嬉しくないわ』

「そばにいてくれたでしょ。だから、ありがとう」


 何よ、それ。

 契約してるんだからずっとそばにいるわよ。当たり前のことでお礼を言うなんて、やっぱり変な奴だわ。

 ソフィアはやれやれと言いたげに溜め息を吐いて、毛布を頭まで引き上げた。

 眩しくないよう小さな光になってあげる。


「そばにいてくれるだけでもいいんだよ。切羽詰まった時に相談できる相手がいるって、安心するだろ」


 二ッ、と笑ったソフィアの言葉がどうしてかくすぐったくて、わけもわからずムッとする。


『ヴァイオレットは騎士と二人で話せって言ってたじゃない。わたしを数えるなんて、叱られるわよ』


 脅かしてやるつもりで言ったのに、ソフィアは笑顔を崩さない。


「いいじゃん。俺とウィーリアの仲だし」

『何よ、わたしとあんたの仲って』

「一心同体、とか?」

『何よそれ、ムカつく』

「ははっ、照れんな照れんな」

『照れてないわよ、バカ!』


 目が眩んで眠れなくなればいい、と思ってわざと弾けるように姿を消してやる。


「あはは、おやすみ、ウィーリア」


 ……何でずっと笑ってるのよ。意味わかんない。

 声を出すとまた何か言われそうで、返事の代わりにわずかに点滅して、その日はお終いになった。



 朝、世界に光が満ちる少し前、いつもより少しだけ早く目を覚ましたソフィアは、そわそわと落ち着かない様子でいつもより熱心に侍女と討論を繰り広げている。


「あんまり気合い入れると浮かれてると思われちゃう!」

「入れましょう、気合!」

「嫌よ! 控えめにして、いつも通りでいいから!」


 言いつつ、いつもより少しだけ明るい色のリボンに目を奪われていたりする。わかんないわね、素直に可愛くしてもらえばいいのに。


 ――調子に乗ってると思われるだろ!


 乗ってるじゃない、調子に。


 ――恥ずかしいんだよ! ただでさえ照れくさいのに、浮かれてるなんて思われたら顔も見れねえだろ!


 王子さまにくっついてる飼い犬でしょ? そう頻繁には会えないんじゃない?


 ――どこですれ違うかわかんねえだろ!


 男らしく女々しいこと言うのやめてくれる?

 その後も時間ギリギリまで押し問答を繰り返し、結局、編み込んだ髪にリボンを絡ませるという控えめな装飾で落ち着いた。まあ、編み込みは気合いが入ってるように見えるくらい複雑だけど、これは黙っておいてあげる。


「行ってきます、アニー」

「いってらっしゃいませ、お嬢さま」


 早歩きで寮を出る。女子寮の敷地を隔てる門を抜け、ソフィアが潰れた蛙みたいな声を出した。


「やあ、おはよう。ソフィア嬢」


 にっこり、意地の悪い笑みを浮かべた王子が、真っ赤になってうつむく騎士の腕をがっちり掴んで立っていた。


「お、おはようございます、殿下……」

「おや、ロータスにも是非、挨拶をしてやってくれ。君を迎えに行くと朝から張り切ってね。わたしを引っ張ってまでここに来たんだよ」


 ――嘘を吐くならもっと隠す努力をしろよ!


 賛成だわ。明らかに自分が騎士を引きずって来てるくせに、よく言う。

 ソフィアは表情こそ引きつっていたけど、内心の激情は隠し通して笑みを刻んだ。


「お、おひゃ、……おはようございま、す……ロータスさま」


 動揺までは隠せなかった。湯気でも出るんじゃないかってくらい、真っ赤になって肩を震わせている。騎士の方も同じだけ赤い。


「おはようございます、ソフィアさま」


 こちらは王子さまに引きずられている内にある程度の準備をしてきたのか、噛まずに言い切った。


 ――もう許して。殿下ってば早くどっか行け。


 ソフィアはもう限界いっぱいだ。弱っちい心がめそめそしてる。

 器が女の子だと、魂に関わらず多少は引っ張られる。完全に同化してもそれは変わらない。泣き虫なソフィアは、魂の動揺に敏感だ。


「あらあら、何をしていますの?」


 天の助け。


 ――天の助け!


 ヴァイオレットの登場だ。王子さまがものすごくわかりやすく動揺した。その隙に、ソフィアはヴァイオレットに縋りついて密告する。


「おはようございます、ヴァイオレットさま。殿下がわたしをいじめるんです!」


 清々しいほどに見事な悲劇のヒロインを演出する。目に浮かべた涙は、偽物だ。本当、器用な男だと思う。さっきまで本当に泣きそうになっていたくせに。調子のいい男、とも言うんだけど。


「おはよう、ソフィアさん。それで、テオドールさまは何をなさっていますの?」


 声が冷え込む。こいつは怒ると強い。火の精霊が惹かれるほどの怒りなんてそうはない。さすがの王子さまも、怒らせたらひとたまりもないだろう。


「わ、わたしはヴィを迎えにきたんだよ。たまには一緒に学園まで行こうと思ってね」


 ぎこちない笑顔でまた嘘を吐く。気づいたらしいヴァイオレットは、つくり込まれた笑みを返した。


「まあ、嬉しいわ。ではテオドールさま、参りましょう」


 ずい、とソフィアを背に庇い、王子と腕を組むフリをして騎士から腕を引き剥がした。お見事。

 わずかに残念そうな表情を見せた王子を一睨みして、ヴァイオレットは綺麗に笑って王子を引きずっていった。


『いつの世も、女の子が強い時代はいいね。平和で』


 ニコニコとご機嫌で、フィリートがそばに寄る。


『うるさいばっかでしょ、女なんて』

『あれあれぇ~? ソフィアとは随分、仲良しに見えるけど?』

『あんたもうるさいわよ』


 しっし、と手で払うと、少しだけ距離を空けて、けれど離れてはいかずメラメラと楽しそうに火を揺らした。


『君から嫌いを減らしてしまうなんて、ソフィアはすごい子じゃないか』

『何の話だか』

『今の乙女のことは、ぼくも嫌いじゃないよ』

『ふんっ』


 何がそんなに愉快なのか、フィリートは機嫌よく手を振ってヴァイオレットを追って行った。またね、なんて。馴れ馴れしいのよ。……ムカつく。

 うるさい奴がいなくなって、視線を二人へ戻す。


『何してんの……?』


 赤らんだ顔で目を合わせられず、気まずそうにうつむき合っている。


 ――心の準備してる。


『遅刻するわよ』


 ――心の準備してる!


 アホくさ。いいから行け、という気持ちを込めて背中を突き飛ばす。


「きゃっ」


 真っ赤になることに忙しくて予想もできなかったのか、ソフィアは思い切りつんのめった。騎士がなんなく受け止める。そのせいで距離はうんと縮まった。


 ――近い、近い近い近いっ!


 うるさい。見てたらわかるわよ。いいから登校しなさいよ不良娘。


「ご、ごめんなさい。わたしったら」

「いいえ、お気になさらず」


 騎士も距離の近さを気にするかと思ったけど、そうではないらしい。照れるポイントが難しい男だ。


「怪我がなくてよかった」


 かと思えば、騎士道に従ってただけらしい。……ソフィアはそういうところに弱い。案の定、ますます熱を増している。


「では、そろそろ行きましょうか?」

「は、ひ……ふゃい……」


 差し出された腕に触れたのはもう、条件反射のようなものだろうとわかる。脳みそが溶けてるんじゃないかと心配になるくらい、今のソフィアは思考できてない。


 ――助けて、助けてウィーリア。


 困ってなさそうだけど。


 ――お前の目は節穴かよ! どっからどう見てもピンチだろ! このままだと心臓が破裂する!


 ……いっそ、一回くらい破裂した方が落ち着くんじゃない?


 見てるこっちは砂糖を吐きそうな気分だ。

 人間の愛っていうのはつくづく、溶けた砂糖みたい。甘ったるくて胸焼けしちゃう。


 ――心臓が破裂したら死んじゃうだろ!?


 はいはい、横に立ってる男の顔よく見なさいよ。その顔が好きなんでしょ?

 面倒になって適当に気を逸らす。晴れの日の太陽みたいな笑顔。多分、ソフィアが言ってたのはこの顔のことだろう。

 素直に見上げたソフィアの表情が、雨上がりの空のように晴れ渡った。


 雨粒の残る世界は、光を反射してあちこちキラキラしているから好きだ。わたしの一番、愛する世界の姿。


 世界はわたし、わたしは世界。他には何にも要らなかったのに。要らないと思ってたのに。こいつのせいでわたしは、独りぼっちを寂しいと自覚してしまった。一緒にいるのを快いと、思ってしまった。

 そのうえ、こんな表情を見られると知ってしまったら、もう離れられない。好きだったのはエメラルドの眸、それだけだったのに。

 何よ、ムカつく。可愛いじゃないの、わたしのソフィア。


 ――どうしよう、ウィーリア。俺の彼氏、超かっけー。


 共有しようとしないでよ。独り占めしてなさいよ。

 嬉しくなっちゃうでしょ。

 ……ムカつく。

 

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