陸
早退する、と学園を出た俺だけど、アニーに心配をかけても説明できる自信がなくて、放課後まで教会の隅に隠れて過ごした。少し気分が悪い、と言ってすぐベッドに入ったことと、水で冷やして目の腫れはなんとか目立たないくらい落ち着いたこともあって、泣いたことはアニーにバレずに済んだ。結局、体調不良で心配はかけることになったけど、泣いたことでかける心配に比べれば大したことじゃない。
ベッドの中、頭まで毛布を被って考える。
ときめいてない。
ロータスさまに微笑みかけられて、照れたりしてない。
優しい笑顔にも、慈しむような視線にも、俺は、恥じらってなどいない。
だって、だってそうでないのなら、思い出したことを後悔する。
前世の記憶を取り戻して、ここが乙女ゲームに近い世界だと気づいて。悪戦苦闘しながら過ごした日々を、後悔したくない。
今ソフィアが手にしている人間関係は、俺の記憶がなければ有り得なかったものだ。婚約者のことが大好きで、実は魔王みたいだったテオドール殿下とヴァイオレットさまを奪い合うことも。ヴァイオレットさまのために山ほどデザートを用意して待っちゃうような、甘え上手なユーリ殿下と昼食をご一緒することも。意地悪だけど、俺では絶対に敵わない男前なクリストファーさまと会話することも。姉煩悩だけど優しいセシルさまと、ヴァイオレットさまと殿下の仲を邪魔するために走り回ることも。そして何より、ロータスさまと出会うことなんて。ただのソフィアでは、できなかった。
俺が男として生きて、今なお自覚するこの性を否定するようなこの感情は、嬉しいものじゃない。俺がいたから得られた関係だ。でもこれは、ソフィアでなければ築けなかった関係でもある。プレイヤーですらなかった俺では、画面の向こうから姉さんの話を聞いて相槌を打つことしかできなかった。ソフィアでなければ築けなかった、気づけなかったことなんだ。ソフィアであったからこそ、現実としてみんなと関わっていられる。
だったら俺は、わたしはどうしたらいい?
どちらも間違いなく俺で。でも、俺であってはこの感情に名前を付けてあげられない。俺では駄目だ。
――ねえ、今のあんた、絶対に変よ。
わかってるよ。
――ねえ、それ、あんたが言ってたゲーム、そのシナリオのせいじゃないの?
は? シナリオ?
何で、ここでシナリオの話が出てくるんだよ。大丈夫って結論が出たはずだろ。イベントが発生するほど好感度が上がってないから、問題ないって。
――こないだまではあんたが暴走して好感度なんてマイナスもいいとこだったけど、仲直りしたでしょ、例の悪役令嬢と。そこからはとんとん拍子で攻略キャラと良好な関係を築いてる。それってつまり、今こそシナリオが進行してるってことじゃないの?
サーッと顔から血の気が引いたのがわかった。
え、でもそんな……だってイベントだって、
――攫われてるのよね? ヴァイオレットに、イベント、全部。
そう、そうだ確かに。ヒロインが遭遇するはずの攻略キャラとのイベントは今のところ、シナリオ通りではなくともヴァイオレットさまによってソフィアから奪われ続けている。少なくとも、イベントと同じ状況だけなら間違いなく、訪れている。
ユーリ殿下との薔薇の迷路、同じく放課後のお勉強会イベント。クリストファーさまとのデザートイベント。テオドール殿下との生徒会室イベント。それら全てを、ヴァイオレットさまが関わる形で、ヒロインから悪役令嬢へ相手役を変更している。
もしそれらが俺の勘違いで、全てシナリオ通りに発生したイベントだとしたら。俺がないと思っているだけで、恋愛対象でなくとも好感度が上がれば発生するとしたら。
待てよ、じゃあ俺、誰のイベントもこなせてないってことになる? 強制バッドイベント!?
――落ち着きなさいよ。それって好感度がマイナスになった時のエンディングなんでしょ? 少なくとも嫌われてはないんだし、その可能性は低いわよ。
だとしても、このままだとノーマルエンドにもならねえよ。
――そうね。各攻略キャラのイベントに全部失敗すると、どうなるの?
えーと、確か……。
各ルートで、それぞれのバッドエンディングがあるはずだ。誰かのルートに入って、でもうまく好感度を上げられず、ハッピーエンドにならなかった場合のエンディング。
……駄目だ。思い出せない。姉さんから聞いてないのかも。俺も全ての情報を聞かされてるわけじゃない。姉さんが知らないことや、興味を誘われなかったことは語られてないから、知らない。
――そう、じゃあ今のところは事故と病気に気をつけて生きるくらいしかできることはないわね。少なくとも攻略キャラの誰かに殺意を向けられて、ってことはないでしょ。
他の生徒による人災は?
――わたしがいるでしょ。閃光で目を焼いてあんたを逃がすくらいできるわ。わたしの眩さを前に、目を開けていられる人間なんていないわよ。その後で、王子にでも助けてもらいなさい。
ウィーリア最高。天才。こんなに頼もしく感じたことはない。お前がいてくれてよかったと心から思う。
――問題は、あんたの心の方。
心? ストレスで禿げそうとか、そういう話?
――そうじゃなくて、あんたが感じてる違和感。それ、本当にあんたの意思でそうなってる?
どういう意味?
――攻略キャラを見てキラキラ眩しい気がする、とか本来なら有り得ないことでしょ? あんた、男の子は恋愛対象じゃないんだから。
まあ、俺は自分のこと男だと思ってるし、好きになるのは女の子で、男の容姿を眩しく感じたりはしねえよな。やっかんで腹立つならまだしも。
でも、ソフィアは違う。ソフィアは女の子で、素敵な男の子が登場する物語を読んで胸を弾ませるような子だった。俺が雄性を自覚していることと、元々の人格であるソフィアの乙女心がときめくのは、また別物なんじゃないのか。
――器用なのも考え物ね。
ウィーリアは呆れた、と言わんばかりに深々と溜め息を吐き出して額を押さえた。
――ヴァイオレットに感じるドキドキと、王子達に感じるドキドキ、同じもの?
へ?
――考えて!
考えてって……そんなの、考えるまでもない。別物だ。同じであるもんか。
ヴァイオレットさまに対するドキドキは、友情とか、その中で感じる友人を愛おしく思う気持ちの一種だ。なんて可愛い人だろう、このお友達のことが大好きって、そういう感じ。
でも、殿下達に感じるドキドキは友人に対するものとは違う。心臓が早鐘を打つ。胸の奥が、きゅぅん、と切なく鳴く。それはまるで、アニーが語ってくれた恋する乙女の在り様そのままで。俺の意思も、俺の感情もまったくの無視で、体ばかりが反応している。梅干しを食ったら唾液が出る、みたいな、条件付けされたような機械的な反応だ。
何でそんなこと聞くんだよ。
ウィーリアが返事をするまで、随分と時間がかかった。
――あんた最近、匂いが変なのよ。
匂い。それは出会った時にも出た言葉だ。あの時も、ウィーリアは匂いで俺に興味を持った。
――世界を渡った魂の匂いは特別なの。わたし達、原初の精霊は特に世界との繋がりが深いからすぐ気づく。あんたが私に強制できないのもそのせいよ。世界が違うから、契約自体は問題なくても、ルールがうまく適応しない。
精霊との契約で生じる相互作用。契約主に生じる強制力。そのどれもが薄いのは、俺が転生者だから。
――それは今どうでもいいわね。あんたの魂、最近また少し違う匂いが混じるようになったのよ。ちょうど、王宮に行った辺りから。
思ってもみない話だ。
――微妙な変化だったし、転生したことを自覚したあんたの魂がこの世界に定着したのかなって思ってたんだけど……。
だけど?
――あんたはどんどん様子がおかしくなるし、魂の在り方から逸れるような状態まで生じるし、変だなって。
具体的には?
――わかってるでしょ。本来なら生じない、肉体的な状態の変化が起こってる。感情は伴わないのに体ばっかり、まるで恋する乙女みたいな反応をしてる。
でもそれは、ソフィアが……。
――あんたが自分で言ったのよ。ソフィアも、あんたも、どっちもあんたなのよ。ソフィアが感じることや思うことは、あんたが感じて思ってることなの。ズレが生じるわけないでしょ。
でも、じゃあ……だったら、今の俺が感じてるこの違和感は、何だって言うんだよ。好きでもない男の笑顔を前にして、わけもわかんねえのに胸がざわついたり顔が熱くなったり。友人としてじゃない。恋愛感情がある時に、好きな相手を前に感じるような衝動だ。
――わたし言ったわよね。女神はあんたのことを知らないって話をした時。その上にいる神が何かしたって。
思い出す。世界を管理する権限を持ってる神の話、確かに聞いた。
――そいつは、この世界以外の世界にも干渉できる。あんたの世界から魂を引っ張ってきて転生させることも、この世界に乙女ゲームの設定を組み込むことも、この世界の魂を改変することも。
話が壮大過ぎて、ついて行けない。
――多分、そいつがシナリオを進めるために、あんたの魂に何かしたのよ。
何でそんなこと。
――知らないわよ。あいつは神々の中でも特別、悪趣味でくそったれだもの。……あいつは世界の外からでも干渉できて、今はここにいないからわたしも会いに行けない。確認のしようがないし、どうにかしようにも手出しできない。
じゃあ、俺どうしたらいいんだよ。
――落ち着きなさいよ。ゲームはヒロインが攻略キャラの誰かと結ばれるか、誰とも結ばれなきゃ終わりなのよね?
まあ、ざっくり言うと、そう。付き合うか、フラれるかだ。俺が死ぬっていうバッドエンドはいくつもあるけど。
――あいつはイベントを起こしてシナリオを進めようとしてるわけでしょ。だったら、従わなければいいのよ。どのエンディングにも沿わないまま、ゲームをクリアしてやればいいの。クリアすればこっちの勝ちよ。
言ってること無茶苦茶じゃない?
――無茶苦茶じゃない。気合い入れて考えなさい。ソフィアの気持ちだって、あんたの気持ちなの。器用にソフィアと自分を線引きしてんじゃないわよ。その無駄に広い懐、引き裂いてでも気づきなさい。
叱るような声に、どうしようもなく不安になる。
俺はソフィアで、ソフィアは俺で、ソフィアの気持ちは、俺の気持ち。器用にやってるつもりはなかった。ただソフィアに、悪いことしてるなって思ってただけだ。可愛らしいだけの普通の女の子だったのに、俺が思い出したせいで波乱万丈な人生に突き落とした。
良いことだってあったけど、悪いことがないなんて言えない。ソフィアにも他人にも、迷惑だってたくさんかけた。中身が男であることは今後、いくらでもソフィアを困らせる。諦めることになる何かが、どこかで必ず出てくる。それでも死にたくない、と俺がごねるなら、せめて俺という混ざり物なしのソフィアを、俺くらいは覚えておかなきゃあんまりだと思っただけ。
それを、俺の精一杯の贖罪を、ウィーリアは駄目だと叱るのか。
――ええ、叱るわ。駄目よ。受け入れなさい。魂はもうあんたのものになってるの。あんた一人が未練でしがみついてたって、しんどいだけよ。
考えなさい、とウィーリアは繰り返す。
――ただのソフィアじゃ得られなかったものが、あんたのおかげで手に入ったんだから儲けでしょ。得したんなら素直に喜びなさいよ。
でも、これからそれ以上に損するかもしれねえだろ。
――何が問題あるのよ。得するのも損するのもあんたでしょ。ソフィアの損はともかく、あんたにとって損でないなら得も同然よ。
一切ブレない。
何だよ。少しは丸くなったかと思ってたのに、お前ってば上から目線で偉そうなまんまじゃん。
――不変こそ精霊の美徳よ。
偉そうに笑ったウィーリアに憎まれ口を叩きながら、考える。
――ただのソフィアじゃなくてよかったわね。わたしという存在とお近づきになれたんだもの。嬉しいでしょ?
損のがでかいだろ、そればっかりは。
――ムカつく!
考える。
ソフィアの気持ち。
胸がざわつく瞬間、俺はどう思っていたのか。強制されたものだけで、俺の感情は少しもなかったのか。
テオドール殿下は俺にとって、ライバルみたいな存在だ。ヴァイオレットさまと共有する時間を奪い合って、でも決して敵じゃない。婚約者ばかりじゃなくて、俺とも遊んで欲しいっていう我儘を押し通す際の障害。好敵手とはよく言ったもので、テオドール殿下はまさしくそう。好きライバル。好きだけど、ラブじゃない。
ユーリ殿下は、もっと仲良くなりたいと思える友達だ。もっと色々なことを知りたいし、いつかヴァイオレットさまのことで対テオドール殿下の協力者になってもらいたいと思ってる。もちろん、昼食の時間を譲るという見返り付きで。やんちゃや悪だくみをするなら、ユーリ殿下と一緒がいい。好き友人。好きだけど、あくまで友達としてだ。
クリストファーさまは、憧れだ。軸のブレなさ、芯の強さは、恐怖で震えているばかりの俺にとっては眩しいくらい鮮烈なものだった。あの人くらい、自分の感情にまっすぐでいられたら、と思う。意地の悪さはともかく、あの在り方は強く惹かれる。好き指針。好きだけど、憧憬だ。
セシルさまは、まだまだ友達未満といっていい。話はするし仲もいいけど、それはあくまで義姉の友人だから付き合いがある程度。セシルさま本人との接点はまだまだ甘い。関係は発展途上で、だから心拍数の異常で違和感が一番、強いのはセシルさまだったりする。好き隣人。好きだけど、仲良くなるのはこれからだ。恋に至るには遠過ぎる。
恋じゃない。誰も彼も、大好きだけどそこに恋愛感情はない。
――他はどう?
他って、……ヴァイオレットさまのことなら大好きだよ。お友達として。
――あんたねえ、そろそろ引っ叩くわよ。
ちょっと待てよそんなすぐは無理だって! まだ薄々感じてます、くらいの段階なの俺の中で!
――いいから結論出しなさいよ鈍間!
お前ちょくちょく口が悪いよ!? 俺の影響は受けないんじゃねえのかよ! 性格どころか口まで悪いとかやめろ!
――性格が悪いは余計なのよバカ!
暴言!
――誤魔化されないわよ。この間まであんなに破滅を嫌がって暴走してたくせに、急にビビって尻込みしてんじゃないわよ。腹括りなさいよ、男でしょ。
違います、ソフィアは可愛い女の子です。
――殴る。もう殴る。何なのこいつ、すげえムカつくわ。
光の指が俺の頬をつまみ、引っ張る。……殴るって言ったくせに、ダメージ入る行動に変更しやがった。
――女の子なら何も問題ないでしょうが! 腹括りなさいよ! 女は度胸!
ぐぅ……ウィーリアに言い負かされるなんて屈辱だ。
――あんた、わたしのことバカだと思ってない!?
今更そんなこと言われても。ずっと思ってたよ、ウィーリアってバカだなあって。
――ざっけんな!
増えた指が髪まで引っ張り出した。バカな子ほど可愛いって言うだろ、そういうことだって。可愛いなあって思ってたの。
――そう? じゃあいいけど。
チョロい。
――で? どうなのよ、あの騎士のこと好きなの?
ああ、チョロくない! 誤魔化されてくれなかった! しかも質問が直球になった! 加速するなんてズルい!
ロータスさま。
日本人だった俺に馴染み深い黒髪に黒目で、そばにいると落ち着く。下がり眉が捨てられた子犬みたいで、一緒にいてあげたくなる。守ってあげなくちゃ、って気分にさせる不思議な人だ。でもやっぱりロータスさまは男で、俺が守る必要なんてまるでない。俺より大きくて広い手に、丈夫な扉を蹴り破る脚力もある。
震える仔羊かと思えば、あっさり俺の心臓を止めにかかってくるところもあるから厄介だ。そんな変化球を投げるのはズルいだろ。びっくりして泣いちゃったぞ。一人称も本当は『俺』だったり、ギャップ見せてくるし。何だよ、あれ。急に見せんなよびっくりするから。心臓が、ぎゃん、って鳴っただろうが。心不全で死んだらどうすんだよ。
――もしもーし、顔、真っ赤になってますけど?
……恋じゃない。だって、俺はずっと自分のこと男だと思って生きてきたんだぞ。ヴァイオレットさまみたいな美人、大好きだし。
――気持ちの問題じゃないの?
その気持ちの話をしてんだろ。
――だから、好きか、嫌いかでしょ。あんたって面倒くさいのね。
ばっさり切り捨てるなよ。繊細なとこだろ。
――何よ、あの騎士のこと嫌いなの? 一緒にいるといっつも変になるくせに。顔なんて真っ赤に茹で上がっちゃってさ。
やめろよ、そうやって外堀をじわじわ埋めていくの。
――明確化してあげた方が認めやすいかと思って。意地を張ってる脳みそ岩な奴が愚図ってるから。
なんて嫌な言い方をするんだこいつは。
……意地なんて、張って……る、かもしれない。わかってる。考えるだけで顔から火が出そうだ。目が合うとドキドキするし、一緒にいる時間は一瞬で過ぎる。考えだしたら、いつまでも考えてられる。
――それってさあ、
わかってるよ。アニーが言ってた、恋をしてる時の諸症状だ。当てはまってる俺は見事に、恋の重篤患者だろう。
そうだよ、好きだよ。恋しちゃってるよ。わかってたよ。だって全然、違うんだから。殿下達に感じる胸のざわめきは違和感しかないのに、ロータスさまを前にすると心臓がドキドキばくばくうるっせえんだよ。
――時間かかったわね。
うるせえなあ。やけくそだよ、こっちは。
で、俺がロータスさまに恋してたら何だってんだよ。これがゲームクリアに繋がるってのか?
――あんたが騎士と付き合えば、シナリオが破綻するでしょ。わざわざ強制されるシナリオに付き合ってやることないのよ。ゲームの基盤を引っくり返してやんなさい。
……納得はしたけど、それは俺が玉砕しなきゃの話だろ。片想いのままじゃ、何の解決にもならねえよ。
――当たって砕けろ、よ。砕けなきゃ儲けね。
最後の最後で運頼み……。
――恋愛なんてそんなもんでしょ。両想いだったら任せてよね。光の精霊の恩恵を大盤振る舞いして、婚約を結ばせてあげるから。神の啓示でも何でも使うわよ。
そんな時ばっかり心強い。
――いいから覚悟を決めて、侍女に世界一可愛いお嬢さまに整えてもらいなさいよ。もう朝よ。
……は?
「はあっ!?」
毛布を剥ぎ取って窓の外に視線を投げる。カーテンで遮られた窓からは、隙間を縫うように朝日が差し込んでいた。
「うっそお前バッカ!」
素で叫んだ。
ウィーリアを引きずり出して首根っこを掴みあげ揺さぶる。
「早く言え早く! 徹夜しちゃっただろ! 目の下に隈できてる!? 徹夜明けの顔でロータスさまに会えねえだろバカァ!」
『あんた、さっきまでのうじうじは何だったのってくらい潔いわね。すっかり恋する乙女じゃない』
「恋する乙女だよ俺は!」
認めたからには腹を括る。男も女も関係ねぇ。男も女もまとめて度胸だ。シナリオ破綻? やってやろうじゃねえかこんちくしょう!
ばあんっ! と、扉を開け放つ音が、俺の荒ぶる感情を地へ叩きつけた。
「お嬢さま! 朝から大声を出して、何やってるんですか!」
すぅっと、ウィーリアが朝日に紛れて姿を消した。
はい、窓に向かって怒鳴ってる不審者の出来上がり。ああ、また医者とか呼ばれちゃうかな。
「ほとんど聞き取れなかったんですけど、恋って言いました!?」
あ、これ大丈夫そう。
「やっと、わたしのお嬢さまにも恋の季節の到来なんですね! さあ、早く顔を洗って座ってください! 世界一可愛いお嬢さまにしてみせますから、お相手の心臓を握り潰しちゃってくださいね!」
アニー、だからそういう表現やめて? ホラー映画とかのグロいイメージしか浮かんでこない。もっとなかったかな、ハートを撃ち抜くとか、和やかでハートフルな表現。
「ふふ、腕が鳴ります。帰ったらたくさんお話を聞かせてくださいね。今日は寄り道、禁止ですよ」
ドン引きしている俺には気づかず、アニーは鼻歌混じりでスキップしている。もう、どうにでもなれ。
力の抜けた俺はもう声も出せず、着せ替え人形のように、アニーのなすがまま整えられていく様を、大人しく見ていることしかできなかった。




