オープニング
週末の王宮庭園では春の穏やかな陽光に照らされて、咲き誇った薔薇が花弁についた水滴を輝かせている。
――王宮の庭師って優秀なのね。こんな立派な薔薇園、初めて見たわ。
ウィーリアはすっかりご機嫌で、さっきまでの緊張は忘れてしまったらしい。俺はといえば、菩薩みたいに穏やかな笑顔のまま顔面が硬直して、心は新品のシーツみたいに凪いでいる。過度の緊張が原因で、しばらくはこのままだろう。
――あんた大丈夫?
大丈夫に見えるなら病院に行った方がいい。全然、大丈夫じゃない。大丈夫なわけがない。
ここがどこだかわかってるか? 王宮だぞ、王宮。国王陛下がいるの、ここには。俺はついさっきまで謁見の間で陛下と直接、対面で会話してたんだぞ。心臓が止まるかと思った。
――わたしも話したんですけど。
お前はすぐ隠れちゃっただろ。俺は姿を隠せないのに。
――だって、余計なこと言うなって、王子さまがキレてたから。
確かに、テオドール殿下はキレてた。お前がちゃんとごめんなさいできなかったから。ヴァイオレットさまは寛大な方だから許していただけたけど、殿下は子どもっぽい方だから、あれじゃ許してくれねえよ。
――は、初めてだったし……あの王子さま生意気なんだもの。
生意気でも何でも、迷惑かけたらごめんなさいするの、人間は。原初の精霊さまは偉いんだから、ごめんなさいくらいちゃんとできなきゃ恥ずかしい。
――つ、次は頑張るわよ。
謝罪の機会なんて二度となくていいから。友人同士の喧嘩じゃねえんだぞ。王太子殿下に謝罪するような状況が二度も三度もあって堪るか。大人しくしてろ、お利口さんに。日本人はな、みんな他人に迷惑かけないようにしなさいって言われて育つんだよ。……我が家は、ちょっと違ったけど。
――あんたはどう言われて育ったのよ。
教えない。
あんたはきっと他人に山ほど迷惑かけて育つんだから、他人に迷惑かけられても謝罪されたら許してやるくらいの度量は持って生きなさい、なんて。ウィーリアに教えたら迷惑かけても構わないとか言い出しそうで、とてもじゃないが教えてやれない。ウィーリアのかける迷惑は、俺の人生くらいあっさり吹き飛ばす。
「ソフィア嬢、光の精霊にヴァイオレットを探すよう頼んでもらえないか?」
上から降って来た声は、テオドール殿下その人のもの。幸いなことに顔は菩薩の笑みが貼りついている。そのまま返事をする。
「頼んでみます」
――嫌よ。
頼まれてから断れ。
――火の精霊を呼びなさいよ。あいつなら王子さまに返事するでしょ。
「申し訳ございません。火の精霊に拒まれるようで、難しいみたいです。でも、探してもらえるようもう少し頼んでみます」
最近のあれこれのせいが、嘘を吐くことに躊躇いがなくなってきた。適当に辻褄を合わせることにも、苦がなくなってきている。人間としてどんどん駄目な方向へ突き進んでいる現状は、いつかどこかで変えなければ良くない。
「そうか、頼む。……このままだと、日が暮れるぞ」
返事ができない。現実味を帯びてきた戯れに、返す言葉なんてない。
どうして、どうしてこんなことになってしまったんだろう。時間を戻せるなら、……転生に気づいた夜まで巻き戻してほしい。
――強欲。
ぼそりと呟かれたウィーリアの言葉は、無視した。
◇
事の始まりは、俺がヴァイオレットさまに土下座した日の翌日。
ウィーリアと仲直りして、殿下の命令通り、反省させました、という報告のために放課後を待って生徒会室を訪れたところから。
「改めて、本当に申し訳ございませんでした」
土下座こそしなかったものの、腰が折れそうなほど深々と頭を下げた俺を、ヴァイオレットさまがソファーに座らせる。
「今日は謝罪のために呼んだのではないのよ」
ちらり、と横に座る殿下に視線を向けるヴァイオレットさまは、どうも同意を求めているように目配せしてみせるが、殿下は頑としてそちらを見ない。
俺は慌てて、心の中でウィーリアに呼びかける。
ウィーリア、ごめんなさいして。ヴァイオレットさまに、ひどいこと言ってごめんなさいって謝ってほら早く。それから銀の髪とっても綺麗ですねって褒めて。失言の取り消しと謝罪は、許してもらうための条件だから譲れないんだよ早く!
朝一で打ち合わせしていたこともあってか、ウィーリアは素直に姿を現した。でも、謝罪にはものすごい時間を要した。なにせこの精霊、謝罪に慣れてない。悪いと思っても偉ぶって相手の責めを握り潰してきたせいか、なかなか言葉が出て来ず、そんなウィーリアを殿下はゆっくり待ってくれなかった。
「約束が違うな、ソフィア嬢」
「も、もう少しお待ちください。反省したのは本当ですから」
何度目かのやり取りで、遂に殿下がキレた。
王子さまの皮を被るのをやめた殿下は、それはもう魔王も震えるほどの怒りようで、俺は滲む涙を飲み込めず体が震えた。見兼ねたヴァイオレットさまが助け舟を出してくれなきゃ、号泣してたかもしれない。
「殿下、要求したのは私への謝罪でしょう。私が受けますので、どうぞ外でお待ちになって」
有無を言わせぬ氷の声にはさすがの殿下も逆らえず、不満顔ではあったが、席を立ってくれた。
「ごめんなさいね。殿下はちょっと、……大人げないの」
ずばり言うヴァイオレットさまが可笑しくて、おかげで涙が引っ込んだ。ウィーリアも、先にヴァイオレットさまが謝罪してくれたおかげか、肩の力が抜けたようだった。
『悪かったわ。ムキになって』
「私のフィリートも失礼なことを言ったもの。お互い様ということで、仲直りしましょう」
『……火の精霊のことは嫌いだけど、あなたの銀の髪は、……綺麗だと思うわ』
「ありがとう」
お礼を重ねる俺のことも、怒ってない、と手で制しヴァイオレットさまは微笑んだ。なんていい人なんだろう。
「話というのは、例の噂の件よ」
途端に顔から血の気が引く。何かあったのだろうか。何もなくても現状で十分、申し訳ない状況なんだけど。
「対応に当たってくださっているゼルさまからの提案よ。あなたが殿下方と懇意にしているという噂の元凶を、真実にしてみたらどうか、と」
「真実、ですか……?」
そんな、実は仲良しらしいよ、みたいな可愛らしい噂じゃないだろう。俺は節操なく色んな男に声をかけまくってる尻軽女だし、殿下なんて俺との間に真実の愛を見出しちゃってるんだ。
「あなたが殿下と一緒に過ごす時間が多いのは、友人だから。ユーリ殿下やゼルさま、セシルとの噂も、友人だから一緒に過ごして問題ない、ということにしてしまいましょう、という提案よ。交友関係の範囲内ということにすれば、他の余計な噂は勝手に消えていくでしょう」
「友人……」
そりゃあね、王太子の友人に尻軽なんて噂を流したら事だ。消えはするだろう。でもさすがに、嘘でも無理があるだろう、それは。ユーリ殿下は明らかに俺のことを遠ざけようとしてたし、クリストファーさまなんて真っ向から好きじゃないって宣言された。セシルさまに至っては死刑宣告だあんなの。どうやって友人としての関係を築けばいいのか見当もつかない。
納得できていない俺の気持ちが顔に出たのか、ヴァイオレットさまは微苦笑した。どこか、照れているような気配がするのは何でだろう。
「まずは私と、一緒に過ごす時間を増やしましょう」
「え……」
「お友達として、初めましてからやり直しましょう」
どうかしら、と言うヴァイオレットさまの頬がほんのりと赤らむ。……か、可愛い。俺の男心がきゅうん、と鳴いた。ソフィアの乙女心もついでに、きゅんきゅん鳴いている。
い、いいんですかわたしなんかと、お、お友達だなんて。
「よろしくお願いします」
間違えた。
本音と建前が入れ替わっちゃった。顔が熱い。
「はい、こちらこそ。よろしくね」
微笑んだヴァイオレットさまの周囲で火の粉が舞った。ふわり、と空気が暖かくなる。案の定、火の精霊が姿を見せた。
『ぼくのことも、よろしくね』
「は、はい! よろしくお願いします」
つい緊張して、座ったまま頭を下げる。
――ちょっと! よろしくしないでよ!
『ぼくのことはフィと呼んでね』
「ソフィアです。音が、お揃いですね」
――ちょっと! 仲良くしないで!
『ふふ、君は乙女と喧嘩ができるんだね』
「友達ですから」
ひくっとウィーリアの口元が引きつった。頑張って澄まし顔を維持していたんだろうに、話に興味津々だってバレバレだ。
『わぁお。ヴァイオレット、これは奇跡だよ。乙女に友達ができた』
「フィリートったら、意地悪ばかり言っては駄目よ。あなたも、仲良くできるよう努力しなくては」
『どうかな。ま、ソフィアと一緒にいる内は、嫌いもちょっとは薄れるかもね』
遂に俺の肩をぽかぽか殴り始めたウィーリアを見て、フィさんが笑った。意地悪な感じはしなかったから、俺も笑う。
「さて、では本題に入りましょう」
殿下が待ちくたびれてしまうわ、というヴァイオレットさまは悪戯っ子のように笑んだ。首元の鈴がちりん、と音を立てる。
「週末、王宮庭園に薔薇を見に行くのだけれど、あなたもいかが?」
ふぇ……?
変な声が出た。頭の中が真っ白になる。
王宮庭園と言えば、王宮にある庭園だ。薔薇がたくさん咲いてて、ユーリ殿下のイベントで行く……んだったかな確か。そうだ、思い出した。好感度を順調に上げていくことに成功すると、イベントとして王宮庭園でのデートが発生するんだ。薔薇の迷路に挑戦して、迷子になったヒロインをユーリ殿下が見つけてくれる。庭の迷路で迷子になるって何だよって呆れる俺に、めちゃくちゃ広いのよって姉さんがキレたんだ。スチルじゃ一部しか見えないらしくて、広さが判然としないせいかそこまで強気じゃなかったけど。
「よ、よろしいのでしょうか」
「ええ、陛下もお会いになりたいとおっしゃっていたから、是非」
呼吸に失敗した。吸い込んだ酸素が変なところに入って、堪らず咳き込む。
「あらあら、落ち着いて」
「ず、ずびば……ごほっ、」
ウィーリアが背をさすってくれるが効果はない。
陛下もお会いになりたいって何? 陛下って誰? 国王陛下?
――それ以外にいないでしょ。王さまよ。
王さまが俺に会いたいの? 何で? 死ぬの?
――落ち着きなさいよ。
無理。
涙が出てきた。咳き込んで苦しいばかりが理由じゃない。
「光の精霊は数多の精霊種の中でも特殊だから、陛下にご報告申し上げる義務があるの。あなたの予知夢のこともあるし、いざという時、保護しやすい環境は整えておかなければ」
「あ、あの……実は、わたしの夢のことは家族も知らないのです」
だって俺の一世一代の嘘だし! ソフィアはともかく、俺この世界じゃゼロ歳児だし!
「あ、あらあら、そうなの……?」
本当に驚いたんだろう、ヴァイオレットさまは目を丸くしている。
「今回もそうでしたが、はっきりと過程や結果が見えるわけではないのです。小さなことであれば自分で回避できましたし、家族に言ってもし気味が悪いと思われたらわたし、耐えられません」
まあまあ、と眉を下げたヴァイオレットさまの労わるような声音に、罪悪感で胸が痛んだ。
「陛下もきっとご配慮くださいますわ。お優しい方ですもの。大丈夫よ」
「すみません……、ありがとうございます」
「大丈夫よ。それで、来てくれる?」
ものすごく行きたくない。
――行きたくない。
気が合うな。でも、覚悟を決めろ。
「是非、ご一緒させてください」
無理してでも笑う。俺の首絞めてんのはずぅっと俺だ。
同じように笑みを浮かべてくれたヴァイオレットさまに癒されて――待ちくたびれたらしい殿下が、扉を破る勢いで開いた音が鳴り響いた。
「遅い!」
この王太子、マジで大丈夫だろうか。俺のマナー責められないだろもう。
「殿下ったら……」
さすがのヴァイオレットさまも呆れ顔だ。
「反省を聞いて、謝罪を受け取りました。もう仲直りしましたわ。ソフィアさんとはお友達になりましたの。ね?」
「は、はい」
思わず照れる。
綺麗に笑うヴァイオレットさまに殿下は言いかけた言葉を飲み込んだようだった。おおよそ、ウィーリアへの文句でも考えていたんだろう。
「週末の件も快諾してくれましたわ。私、とても楽しみですの」
俺も楽しみです、ヴァイオレットさまと過ごす休日。
◇
殿下の飼い猫、ヴァイオレット・ベルシュタイン侯爵令嬢は迷い猫。
校内で流れる悪い噂の一つを、俺はちゃんと知っていたはずなのに。
ヴァイオレットさまは俺が思っている以上に、正真正銘の方向音痴だったらしい。並んで歩いたあの日、曲がり角のたびに肩が触れそうになったのはなんてことはない。俺が動揺してふらついたのではなく、ヴァイオレットさまの方が、道がわからずふらついた故の結果だった。なんてこった。
「はぁ……」
週末、招かれた王宮へはみんなで行った。俺とテオドール殿下とヴァイオレットさまとユーリ殿下とクリストファーさま。セシルさまは用事があるとかで今回はパス。
謁見の間でのことは思い出したくない。緊張で吐きそうだったし、ウィーリアにも伝染したのか目潰しかよってくらい発光してしばらくみんな目が開かなくなるハプニングもあったし、とにかく早く忘れたい。
予想外に快活だった陛下は優しかったし、予想外に厳しかった王妃さまも優しかったし、罪悪感で眩暈がしたとか。ヴァイオレットさまに関する悪い噂を放置している件で、テオドール殿下が予想外にもめちゃくちゃ説教されて、隣で聞いてたユーリ殿下とクリストファーさまが爆笑してたりとか。俺が思ってた王宮の様子とはかなりかけ離れてて、驚いたこともあったけど、吐きそうだった記憶が強烈過ぎた。
「ソフィアさま、大丈夫ですか?」
突然かけられた声にハッとする。ロータスさまだ。
「だ、大丈夫です」
「顔色があまり良くないようですが」
「ヴァイオレットさまが心配で……」
謁見の間を出て向かった庭園は、それはそれは見事で言葉も出なかった。色んな薔薇が所狭しと咲き誇ってていい匂いがするし、すごいとか素晴らしいとか、どんどん語彙力が失われていくのを感じて何も言えなかった。
しばらく見惚れて、ヴァイオレットさまに笑顔を提供できたのは嬉しいことだが、クリストファーさまの爆笑も誘ったので口の中は苦い。
「光の精霊さまはいかがですか?」
さま、の部分でウィーリアの機嫌が良くなった。ここぞとばかりに頼んでみる。
探しに行ってくれよ。テオドール殿下に恩を売っといて損はないだろ。俺、ヴァイオレットさまとは良好な関係を築いていきたいから、協力してくれ。お願い。
――……わ、わかった。感謝しなさいよね。
もちろん。あとでいっぱいお礼を言ってやるよ。
姿を見せたウィーリアは俺を見て、それからテオドール殿下にメンチを切って迷路へ向かった。仲良くしようよ……。
「探してくれるそうです」
冷や汗をかきながらそれだけ言う。
殿下の視線は厳しかったが、短くお礼を言ってウィーリアについて迷路へ入った。
「助かります、ソフィアさま」
「わたしは何も」
なぜこんなことになっているのか。
ヴァイオレットさまはユーリ殿下に手を引かれながら、薔薇の迷路に挑戦したきり姿を見せない。ユーリ殿下は真っ青な顔でなんとか先にゴールし、今は地面に正座させられている。ロータスさまは冷や汗をかいて身を縮め、クリストファーさまもさすがに笑みを引っ込め口を引き結んでいる。
迷路は思っていたよりずっと巨大で、ものすごい力作だった。ベテランの庭師が四人で設計して、正解のルートを描いた紙は四等分してそれぞれが持ってるらしい。気合入れ過ぎだろ。庭のちょっとしたアトラクションでやることじゃねえから。今日はそのうちの二人が非番で、呼びに行くのもなんだからって俺らで対処することになったけど、下手に入ると迷うからって今は待機してるところだ。
俺は思い出した。ヴァイオレットさまというゲームのライバルキャラは、行く先々でヒロインと攻略キャラとのイベントを掻っ攫って行く。今はまさに、シナリオ通りの展開と言っていい状況だった。
俺が好感度上げに尽く失敗した結果、ユーリ殿下は地面に正座というものすごく情けない姿でここにいるわけだが。ヴァイオレットさまとテオドール殿下が愛を再確認し合ったこともあってか、イベントは掻っ攫われ二人のものに。
ソフィアの人生にシナリオは関係ないって思うのは、また今度だな。やっぱり帰って、姉さんの言葉を全部、隅から隅まで思い出して記録する必要がありそうだ。
――見つけたわよ。
ありがとう。
立ち上がって迷路の入り口まで走る。テンション上がって、ついロータスさまを掴んで走り出したけど気にしない。気に、しない!
「ヴァイオレットさま!」
姿を見て、思わず抱き着いてしまった。目頭が熱いから多分、心配し過ぎて涙腺が緩んだ。ソフィアは感動屋で、心配性はアニーに似たんだろう。
「あらあら、心配をかけてしまって、ごめんなさい」
「ご無事でよかったです」
そっと背に回された腕が優しく撫でてくれる。
「あー……ソフィア嬢、ありがとう。光の精霊を説得してくれて」
「とんでもないことでございます。ウィーリアが自主的に動いてくれたのです、殿下」
心の中でウィーリアにウインクしてやる。ちょっとくらい良いだろう。
「そ、そうか。感謝する」
まっすぐウィーリアを見てお礼を言う殿下に、下がっていた株が浮いてくるのを感じた。子どもっぽくても王太子、感謝を粗末にするような人ではないようだ。ヴァイオレットさまのこととなると途端に暴走するが、悪い人ではないのだろう。
『どういたしまして』
ウィーリアも空気を読んでか、素直にお礼を受け取った。
「ところで、ソフィアさん。どうしてロータスさまの手を握っているの?」
言われて気づく。ヴァイオレットさまに抱き着きながらも、俺はロータスさまの手を離していなかった。テンション上がり過ぎだろ、俺!
「きゃっ! ごめんなさい思わず、その……」
ここ数日はずっと隣にウィーリアがいたし、どこへ行くにも一緒だったから、つい隣に立ったロータスさまを引っ張ってきたらしい。無意識とはいえ、なんてことを!
「いいえ。とても不安そうにしていらっしゃったので、わたしの手で安心していただけるのなら、いくらでもお貸しします」
安心させるような、優しい声だった。なんて良い人なんだろう。お礼を言おうと顔を上げて、びっくりした。
うっわぁ……おっとこまえぇ。
後光でも差しているのかと錯覚するほど、その笑顔は眩しいものだった。
「あ、ありがとう……ございます」
声が呆けた。
――ちょっと、わたしへのお礼がまだじゃない? 火の精霊と喧嘩もせずに戻ったんですけど?
頬をつつかれハッとする。
「あ、ありがとうウィーリア。やっぱりあなた、とっても頼りになるのね」
『当然でしょ』
つん、と澄まして見せたが、ウィーリアの声は弾んでいた。
「では、お茶でも飲んで少し落ち着こう」
「そうですわね。ユーリ殿下にも謝らないと」
「放っとけ。婚約者の前で掻っ攫って独占しようとした、罰が当たったんだ」
「あらあら、テオドールさまったら大人げない」
和やかに微笑むヴァイオレットさまに手を引かれ歩き出す。
ロータスさまの手を離すタイミングは結局、テーブルまで移動して腰を落ち着けるまで、見つけることができなかった。
俺、一体どうした……?




