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あらあら、まあまあ。  作者: かたつむり3号
第一章 Vの愛
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 どこに行こうか迷って結局、寮の自室へ戻った。アニーは驚いていたけど、大事なことだからって無理を言って外へ出てもらった。その間、もちろんウィーリアには姿を隠してもらった。光の精霊と契約したことは、殿下達の他には内緒だ。


「じゃあ、話をしよう」


 ウィーリアがぼんやりと姿を現した。


「わたしのこと、助けてくれるつもりだったって?」

『そうよ。そのために、女神に話を聞きに行ったの。あんたのこと知ってるかと思って』

「女神って……あの女神?」


 正義を司る星の乙女ユースレアティスト。大陸の多くの国が信仰している女神だ。こんなことになる前は、ソフィアも信仰していた。俺はもう一瞬で嫌いになって、信仰なんて窓から投げ捨てたけど。


『そう。会いに行って、話をしたの。強制バッドエンドを回避する方法がわかれば、あんた助かるでしょ』


 本当に、助ける気でいてくれたのか。俺のそばを離れたのは、喧嘩ばかりが理由ではなかったらしい。ちょっと反省した。

 なんとなく背筋が伸びる。居住まいを正して、ごくりと喉が鳴った。


『知らないって』

「は?」

『世界を渡って転生した魂は珍しいんだけど、あいつ最近になってまた権限を剥奪されたから余裕ないみたい。知らないって』

「……」


 知らない話がいっぱいだ。神様なのに権限の剥奪とかあんのか。


『あんたはわたしを我儘だとか高慢ちきだとか散々言うけど、可愛いものよ。女神の奴、自分本位で好き放題し過ぎて、もっと偉い神を怒らせたの』


 神々も一枚岩じゃない、ということだろうか。なんか、上司にミスがバレて減給される会社員みたいだ。


『だから、あんたを転生させたのは女神じゃない』

「つまり、女神は強制バッドエンドとは関係ない?」

『そうでしょうね』


 じゃあ、強制バッドエンドなんてものは存在しないのか。俺が勝手に暴走しただけ?


『そうとも言えないわよ』


 あっけらかんとしたウィーリアの返事に、思わず潰れた蛙みたいな声が出た。


『あいつはこの国がある大陸じゃ信仰されてるけど、世界そのものを管理するほどの権限はないの。権限を持ってるのは別の神で、そいつが何かしたらしいわ』

「話が壮大過ぎてついて行けない」

『ついて来なさいよ』

「赤ちゃんに説明するみたいにやって」

『赤ん坊は何を説明したって理解できないわよ』


 ウィーリアはずっと拗ねたような口調で、言葉の端々には嫌悪感を滲ませてる。


「ねえ、あなたは女神と仲が良いんじゃないの?」


 神々と親交深い精霊なんて、世界中探してもウィーリアだけだろう。それなのに、どうも仲良くやってるとは思えない。


『色々あんのよ』


 その話はいいから、と自分で始めた話なのにウィーリアはぶった切った。しかたないので別の話をする。


「さっき、考えたって言ってたけど……何を考えたの?」

『……あんたに言われたこと』


 色々と言った気がするけど、何か引っかかるような言葉があったんだろうか。


『わたし、色んな人間と契約してきたわ。でも最後は喧嘩して終わりなの』


 目に浮かぶようだ。

 ウィーリアがムッとする。


『わたしを好きになってくれない奴ばっかりだったのよ! わたしは好きだったのに!』

「好きの押し売りは駄目よ」


 わたしがこんなに好きなんだから、同じように好きになって。

 母さんが観てたお昼にやってるドロドロしたドラマによく出てくる、重い女の常套句だ。風邪で休んでる時うっかり母さんと一緒に観て、熱が上がった経験がある。


『自分だけじゃなくて他人を好きになっても駄目なの!?』


 気が遠くなりそうだ。


『わたしに好かれるなんて、これ以上のことないじゃない』

「ウィーリアの一番が、他の人にとっても一番だとは限らないでしょ?」

『わ、わたし眩しいわよ? 光は大事なんだから、わたしだって大事なはずでしょ?』

「だからって四六時中そこら中を照らされたんじゃ、夜も眠れないって言わなかったっけ?」

『……』


 ウィーリアの光はとにかく眩しくて、目を開けていられない。それしかできないからって、そればっかりじゃ疲れてしまう。


『だって、人間はどんどん精霊と距離が開いて、話しかけても気づかない奴ばっかりよ』

「教会には神父さまもいるでしょ?」

『狂信者は嫌いよ。理想から逸れると怒るんだもの』


 神父さま、熱狂的な光の乙女ファンだったのか……。素が出せないんじゃ、そばにいてもしんどいだけだろうし、しかたない。


『誰もわたしを見つけてくれないし、わたしは一人じゃ教会から出られない。契約してくれる人がいないと、いつまでも独りぼっちよ』

「そういえば、何で独りぼっちなの?」


 女神のせいで、とか何とか言っていた。何百年も一人で教会にいる、と。


『約束したの。前に契約してた男と』


 そう言うウィーリアはすごく寂しそうだった。


『ここが好きだから、自分が死んだら祝福をお裾分けしてほしいって言われたの』


 確かゲームでは、光の精霊は契約すると光の祝福を授けてくれる。穢れとか悪いものから守ってくれる、浄化の加護だ。お守りみたいなもので、関連するイベントや活躍するルートがあった気がする、けど……思い出せない。


『浄化なんてわたしがそこにいるだけでいいんだからって安請け合いしたの。そしたら、女神の奴がそれを利用して、自分が人間と交わした約束まで押しつけたのよ』


 悔しいとか寂しいとか、色んな感情が混ざったウィーリアは、泣いていいのか怒っていいのかわからない様子だった。


『おかげでわたしは教会の外に出られなくなった。誰かと契約して、教会以外の繋がりがないと自由に散歩もできない。大嫌いよ、あんな神』


 だから、俺が教会の外に行こうとして慌てて契約の話をゴリ押したのか。外に出たら追いかけられないから。


『気に入ったのは本当よ』

「珍しい魂だったから?」

『……エメラルドの眸。その色が、あいつとお揃いだったから』


 拗ねている……とは違う。照れている声。

 すとん、と胸のつっかえが落ちたような気分だ。

 自分のことが一番で、自分がいれば友達さえ要らないと豪語するこの精霊が、妙に誰かを意識したような発言を繰り返すこと。あいつ、と呼ぶ誰かと同じ言葉を俺が重ねるたびに、ムキになること。世界には自分だけがいればいいと言い切るくせに、とんでもない寂しがり屋なこと。


「ウィーリアったら、その人のことが好きだったのね」


 いつまでも引きずって、ずっと忘れられないくらい。


『ち! 違うわよ!』


 閃光。

 慌てて毛布を被せて遮る。

 なんてわかりやすくて、なんて可愛らしい。思わず毛布で包んだ体を抱きしめてしまうくらい、今のウィーリアは可愛くて堪らなかった。この辺の感性はソフィアのものだろう。


「そっか、そっか。ウィーリアは恋をしたことがあるのね」


 俺の言うことなんてちっとも聞かないくせに、その人のためなら何百年も教会に住み続ける。嫌なことは絶対にしたくなくて、嫌いな奴の言うことなんて絶対に聞いてやらないくせに。大好きな人のためなら、女神を振り切って拒絶することすら我慢する。


『う、うるさい! 決めつけてんじゃないわよ! す、好きじゃ……ないわよあんな奴! このわたしがお見舞いに行ってあげたのに文句ばっかり言うような男!』


 わざわざお見舞いに行くほど、かける時間も気持ちもあったのなら、十分だろう。

 俺の腕から抜け出そうと暴れるウィーリアが嫌がるので、別の話題にしようと何かなかったか考える。思いつくまでは離してやる気がないので、そこは諦めてもらう。


「そういえば、ヴァイオレットさまが火の精霊の名前を呼んでたわよね」


 覚えてないけど。


「あれはいいの? 真名は命と同義なんでしょ?」


 話が逸れて安堵したのか、わかりやすく光を弱めたウィーリアが毛布を脱ぎ捨てて俺から距離をとった。


『いいのよ。あいつのは真名じゃないから』

「そうなの?」


 ウィーリアはちょっと面倒くさそうに続けた。


『あいつみたいな普通の精霊と、原初の精霊はまったくの別物だと思って。あいつらと違って、わたし達には名前がないの。だからみんな自分でつける。一個しか持ってないから、それがそのまま真名になる。でもあいつらは元から長ったらしい名前を持ってるの。契約する時はそれを省略したり抜き出したりして契約主に伝えてるのよ』

「仮契約、みたいなもの?」

『契約は契約よ。でも、あいつらは全部を明け渡す契約をすると契約主が死ぬ時に一緒に消滅するから、そうならないよう保険をかけてるのよ』


 世界が存在する限り死なない精霊の、死。


『契約主を心から愛しちゃった奴なんかは、真名を教えて一番深いところで繋がる契約を選ぶけど、珍しいわね』


 言ってから、なぜかウィーリアはすごく嫌な顔をした。女心をくすぐるロマンス話だっただけに、その反応は引っかかった。


「原初の精霊は違うの?」


 苦虫を嚙み潰したような顔で、それでもウィーリアは答えてくれた。


『だってわたし達は世界そのものだもの。世界との繋がりが切れることはないから、真名で契約しても消滅しないわ。世界もろとも消滅してやるって気分なら別だけど』


 拗ねたような口調でピンときた。

 なるほど。

 ウィーリアは、添い遂げたくてもできなかった。憶えて、忘れないことでしか一緒に永遠を過ごせない。

 好きな人に置いて行かれるなんて経験をしたら、寂しがり屋にもなるだろう。孤高だったウィーリアは、その人のおかげで孤独を知ったんだ。


『わかったようなこと言わないでよ。全然、違うんだから!』

「はいはい、ごめん」


 ちっとも違うようには聞こえないけど、口先だけで謝っておく。これ以上、言うと本当に拗ねてしまいそうだ。


『いつまでにやけてんのよ! わたしと仲直りする気あるの!?』

「もう仲直りしたつもりだった」


 信じられない、と言わんばかりにウィーリアの光が揺らいだ。

 いつも喧嘩して終わると言っていた。きっと、仲直りなんてしたことない。やり方を知っているのかどうかも怪しいものだ。


「ごめんね、はい、仲直り」


 ついでに手を握ってやる。


『な、仲直り……』


 触れた手がじんわりと熱を持っている。照れているんだろうか。


「世界の終わりまでは添い遂げてあげられないけど、寂しくない方法を探すくらいはできるわ」

『な、何よそれ』

「みんなが幸せになる方法を探すって言ったでしょ。みんなには、ウィーリアもいるのよ」


 熱が増す。


『何よ、わたしのこと嫌いだったくせに』

「お互い様よ。でも、仲直りしたんだからもう友達でしょ?」


 日本には、昨日の敵は今日の友って言葉があるんだ。喧嘩して仲直りしたら友達。


「友達は好きよ。ウィーリアは友達なんて要らない?」

『そ、そんなこと言ってない』


 言ってたけど、いいや。忘れたってことで。


「友達との付き合い方とか、人と仲良くなる方法とか、ちょっとずつ勉強しましょう。一度わかっちゃえば、あとは同じ要領でいいから」


 俺が死んでも、ウィーリアが寂しくないように。新しい友達をたくさん作れるように。


「あとは、わたしがしわしわのおばあちゃんになるまで生きれば問題は解決でしょ」

『あんたのことは助けるわ。約束』

「ありがとう、ウィーリア」


 精霊の時間は永遠だ。いくらでも時間をかけて、ちょっとずつ寂しさを埋めればいい。

 ふと、脳裏で閃く想いがあった。


「この国の人間の魂は、死んだら女神のところに行くのよね?」

『そうね、あいつは人間を愛してるから、死後は必ず自分の元へ招くのよ』

「じゃあ、その時もウィーリアは生きてるわけだ」

『そりゃあね。何でよ』


 ふふ、と口端から笑みがこぼれ落ちた。


「わたしが女神のところへ行く時は、ついて来てよね。あなたの分まで殴るから、隙を作るの手伝って」


 ファイティングポーズをとる俺を見て、ウィーリアは声をあげて笑った。


『女神を殴るの? わざわざ死んでから? あっはっは!』

「友達をいじめる奴に、神も仏も関係ないのよ」


 しれっと言ってのけた俺に、ウィーリアの光がちょっとだけ強まった。


『あんたの転生には関係ないのよ? 元は信仰してた神じゃないの?』

「わたしには関係なくても、ろくでもないって知ってまた信仰しようとは思わない」


 救ってくれるか怪しい奴に祈るのは、その分の時間が惜しいだろう。俺には助けてくれるって約束をくれたウィーリアがいるし。


「手伝ってね。ついでに押しつけられた約束を返品するといいわ」

『ダメよ、殴れっこない』

「やってみなきゃわからないわ」

『そうじゃなくて、あいつ過去に何度か殴られてるから、そっち方面は警戒してるの』


 何だそれ。企んだ俺が言うのもなんだが、女神ってそうぽんぽん殴れるような存在じゃねえだろ。他の神どころか、人間すら怒らせてんのか。どんだけ性格悪いんだよ。


『特に、最近やられたのは効いたみたいよ。しばらく天界から引きずり降ろされたらしいからね』

「どういうこと……?」

『そのままの意味。地上に降りたところを狙ってぶん殴られたらしくて、天界に帰れなくなったそうよ。マヌケよね』


 マヌケっていうか、なんていうか……。そこまで怒らせるような何かをしたなら、反省しろよ。ウィーリアだって反省できるのに、神様が反省できないってのは問題だろう。


『どうしてわたしを引き合いに出すのよ』

「上から目線の嫌なやつ選手権の世界代表でしょ、あなた」

『そんな選手権あって堪るもんですか!』


 カンカンに怒りだしたウィーリアが俺の頭を噛んだ。痛くはないけどそれにしたって、攻撃手段が原始的過ぎる。原始的な時代から生きてるせいかもしれない。


『ここまで生意気な契約主は初めてよ!』

「あなたにはこれくらいがお似合いってことよ」


 雑に扱えなきゃ気が狂う。この国で教わる光の精霊像は、清く正しく美しい。誇張どころか別人格だ、これは。俺みたいに信仰とは縁のなかった奴が、転生してからの人生で信仰を捨ててから付き合うくらいでちょうどいい。


「よかったわね。転生を自覚したその日に信仰を捨てたわたしが、寝不足でうっかり教会に向かって」


 運が良かった。


『そうね』


 光が薄れ、透き通る。神々しい、と表現したくなるような光の中、はっきりと見えたウィーリアの笑顔はとても美しかった。光の乙女、そのままに、可憐な少女のような愛らしく透明感のある笑み。


『そういうことにしてあげるわ』


 台無しだった。

 まったくこの精霊は、ままならない。

 

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