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あらあら、まあまあ。  作者: かたつむり3号
第一章 Vの愛
15/37


 呆然として声も出ない俺とは違って、ヴァイオレットさまはすぐさまカーテシーをとった。慌てて続く。


「ごきげんよう、殿下。本日は一体ど――」


 殿下は最後まで聞かず、ヴァイオレットさまの腕を引いて抱きしめた。顔が良い男にのみ許された強引さだ。


「あ、あらあら、」

「捨てないでくれ!」


 ……はい?


「わたしが悪かった。ヴィの強さに甘えていた」


 殿下が謝罪している。それも、かなり必死になって。


「殿下、」

「どんな罰でも受ける。煮るなり焼くなり好きにしてくれ。だけど、どうか嫌うのは待ってくれ。……既に嫌ってしまったのなら少しの間でいい、保留にしてくれ」


 背を向けているヴァイオレットさまの顔は見えないけれど、彼女は今日、高い位置で髪をまとめている。おかげで綺麗なうなじがばっちり見えるのだが、普段の白い顔からは想像もつかないほど真っ赤だ。

 自分が何の話をしていたのかも忘れて呆けていると、軽い足取りでクリストファーさまがやって来た。壊れた扉をひょこっと飛び越えて、殿下に視線を向けた途端、盛大に吹き出した。お腹を抱えて笑い転げている。


「あっはっはっは! 殿下、何だいその情けない姿は! まるで兎じゃないか! ふ、ふふ……あはは! これだから君の隣は離れがたい」


 目端に涙を浮かべるほど笑っているクリストファーさまを見ていたら、視界の隅で殿下が双眸に怒りを宿した。ヴァイオレットさまに見えないからって、憤怒を隠す気がまるでない顔は恐ろしいのでやめてください。


「ヴァイオレット嬢、あなたを抱きしめているのはこの国の王太子だよ」

「存じております」

「おや、ではこれはご存じかな? 彼はあなたの不実な婚約者ですよ」

「……存じております」


 殿下の肩が大きく跳ね、そのこめかみに青筋が走った。


「ゼル、お……わたしはヴィと話がある。後のことは任せるぞ」


 お……?

 発言は気になったが、魔王も斯くやって形相と声が恐ろしくて忘れた。


「ふふ、仰せのままに。お……ぷふっ、王太子殿下」

「ちっ」


 舌打ちした。気持ちはわかる。

 殿下はヴァイオレットさまの体を離し、かと思えばすぐに抱き上げた。所謂お姫さま抱っこというやつだ。

 腹の底が熱くなる。これは嫉妬だ。俺の男心がイケメンを僻んで燃えている。顔が良くて権力もあって、婚約者はとんでもない美人で、二人はとてもお似合いだ。前世じゃ姉さんに振り回されるばっかりで恋人のいなかった俺には、殿下は眩し過ぎる。可愛い女子をお姫さま抱っこしたい人生だった。


「で、殿下……」

「ヴィ、生徒会室まで我慢しておくれ」


 殿下は俺に見向きもせず、ヴァイオレットさまを連れて部屋を出て行った。


「さて、と」


 クリストファーさまが、仕切り直すように手を叩いた。その顔は普段とまるで違い、笑っていない。さっきまでの爆笑が嘘みたいだ。口角だけをあげる簡易的な笑みすらない。無表情。まるで感情のない人形のような顔をしている。整っている分、無表情の迫力はすさまじい。ヴァイオレットさまにも感じた恐怖の再来だ。


「座って」

「はい、クリストファーさま」


 示されたソファーの端に腰を落ち着ける。


「ヴァイオレット嬢と何を話してたのか、教えてくれる?」

「謝罪を、」

「何か悪いことしたの?」

「……ご迷惑をおかけしたので。それに、不快に思われたでしょうから。噂の件で」


 なるほど、と呟いたクリストファーさまが、向かいのソファーに腰を下ろして足を組んだ。


「どの噂?」

「殿下が、真実の愛を見つけた、と……」


 クリストファーさまの片眉が上がった。


「ヴァイオレット嬢とはずっと真実の愛で結ばれてたでしょ? どうして不快に思うの?」


 言わせるのか、俺に。


「その相手が、ヴァイオレットさまではない噂でしたので」

「誰?」

「……わたしだそうです」


 返事はなかった。クリストファーさまは無言で顎に手をやり、俺をじっと眺めている。


「ふむ、知らなかったな。いつの間に仲良くなったの?」


 さすがにイラっとした。仲良くなってるわけねえだろ。俺はずっと、スタート地点にも立てないまま、一人で足掻いてんだよ。


「クリストファーさま、噂は噂です。真実ではありません」

「でも、噂を聞いても改めなかった。真実にしようとしてるって思われて当然だ」


 ちゃんと教えてあげたのに、と。棘のような言葉が刺さった。

 噂で人が死ぬ。ちゃんと覚えてる。でも、じゃあどうすればよかった?

 死をちらつかされりゃ誰だって視野が狭まるし、どんな大馬鹿だってやらかすよ。俺はあんたらと違って既に、一度は死を経験してるんだ。恐ろしくて、藁にも縋る思いだよ。


「殿下はどうして、ヴァイオレットさまとお会いになられなかったのでしょうか」


 俺ばかりに非があるような言われようだが、防げたはずだ。殿下にも、そしてヴァイオレットさまにもその手段はあった。俺と殿下が一緒にいる時間より多く、二人で過ごすところを見せつけてやればよかったんだ。変な噂が走り回るほど放置せずに。


「わたしでは噂をどうにかすることは不可能です」

「そうだね。みんな甘い蜜が好きだ。子爵家の令嬢である君の弁解は聞き流せる」

「殿下はわたしのことを、ヴァイオレットさまに伝えなかったそうですね」


 時間はあったはずだ。いつだって会える仲なんだから、さっさと噂を薙ぎ払えばよかったじゃないか。


「恋する男はみんなバカなんだよ」


 似合わないセリフに唖然とする。思わず口を半開きにした俺の様子が可笑しかったのか、クリストファーさまはようやく笑みを浮かべた。


「愛する女性に迫る危機を知って理性的でいられる男は、その人を愛する自分を愛してるだけだから気をつけた方がいい」

「殿下は、その……」

「ヴァイオレット嬢を救おうと躍起になって、当の本人を放置してた。恋は盲目って言うけど、本当だったんだね」

「……」


 完璧王子じゃないことは知ってた。初めて話をしたその日に、王子さまというより魔王さまだと思った。今でもその認識は変わらない。


「客観的に物事を把握できる人間がそばにいて、殿下の認識を修正してあげればよかったのにね」

「……クリストファーさまは、なさらなかったのでしょうか」


 俺の言葉に、クリストファーさまは今、初めて気づいたとでも言わんばかりに瞠目した。


「ぼくはしないよ。殿下が暴走してヴァイオレット嬢にフラれたら、ぼくとしては愉快な展開だ」


 今度は俺が瞠目する。

 殿下の側近がそんな発言をしていいのだろうか。いいわけないんだけど、あまりの事態に疑問でいっぱいだ。


「く、クリストファーさまは、何がしたいんですか……?」


 思わず素が出た。素直な疑問だった。


「ぼくは、」


 クリストファーさまは言葉を切り、扉の外に視線を向けた。つられて同じ方を向く。

 誰かがこちらへ向かって走っている。それが誰か、答えはすぐにわかった。


「殿下! 殿下をご存じありませんか!?」


 情けないほど眉を下げた黒髪の男性が、息せき切って飛び込んできた。


「やあ、ロータス卿。殿下って、どっちの殿下?」

「テオドール殿下ですよ!」

「ああ、知ってるよ。テオドール・ローゼン・バレット殿下。この国の王太子だよ。忘れちゃったの?」

「ゼルさま、今は言葉遊びをしている場合ではないのです! どうして食堂にいるなんて嘘を教えたんですか!?」


 思い出した。ロータス・ルーナさま。殿下の騎士だ。

 攻略キャラじゃないし、殿下のそばにいるところもほとんど見てないから忘れてた。何で殿下のそばにいないんだろう。

 黒髪黒目と、前世で日本人だった俺には馴染みのある容姿のせいか、妙に親近感の湧く人だ。殿下やクリストファーさまみたいに派手で目が痛くなるようなキラキラした男前じゃないけど、ホッと落ち着く空気がある。


「ぼくだって探してたんだよ。手分けしようと思って」

「そういうことなら、最初におっしゃってくださいよ……」

「聞かれなかったから」


 がっくりと肩を落としたロータスさまが俺に気づいた。少しの間、俺の顔を凝視して、それから弾かれたように真っ青になっておろおろと落ち着きを失くす。


「あ、あの申し訳ありません。会話に割り込んでしまって、その……お邪魔しました」


 深く腰を折られ、こちらも慌てて立ち上がり頭を下げる。


「こちらこそ、申し訳ありません」


 つい謝罪して、何を謝っているのかわからず困ってしまう。

 しばらく二人で、いやいやこちらこそ、と謝罪合戦になった。その様子を愉快そうに眺めていたクリストファーさまが、キリがないと飽きたのか手を叩いて遮る。


「殿下は生徒会室でヴァイオレット嬢と仲直りしてるよ」

「……そうですか」


 ぐったりと溜め息をこぼすロータスさまの気持ちが、痛いほどわかる。クリストファーさまとの会話は、ものすごく体力を消耗するんだ。すごく疲れる。

 言葉のキャッチボールができないのか、一人で壁打ちしてる気分だ。こういうのなんて言うんだっけ、暖簾に腕押し……?


「行かないの?」

「邪魔になるでしょう、わたしが行ったら。野暮はしません」

「守ってあげないと、危ないんだろう?」


 俺の方を見ながらクリストファーさまが笑う。


「ヴァイオレットさまをお守りするためなら、殿下は世界だってひっくり返しますよ」

「……だろうね。本当、彼の隣は飽きない」


 忌々しいほどに、と。これは多分、独り言。

 ロータスさまは聞こえなかったらしい。俺は、聞こえなかったということにして、向けてしまった視線を瞬きの隙に逸らす。幸いにもクリストファーさまはもう俺を見ていない。気づかなかっただろう。


「じゃあロータス卿は今、暇なんだね。一緒にソフィア嬢とおしゃべりする?」

「え、わたしは――」

「あまり愉快ではないけど、暇くらい潰せると思うよ」


 傷つくなあ。本当に、いちいち言葉が鋭利なんだよクリストファーさま。ドSとか意地悪とか腹黒とか、現実じゃ好かれる要素にならないことを思い知った。会話を成立させるだけでも一苦労なのに、どうして人気があるのかさっぱりだ。


「ゼルさま、女性に対して失礼ですよ!」


 優しい言葉が傷に沁みる。涙が出そうだ。


「え、ぼく失礼なこと言った?」


 きょとん、と目を瞬かせるクリストファーさまには多分、悪気がない。素直、と言えば聞こえはいいけど、そんな素直さ誰の得にもならないだろう。


「女性に愉快な気持ちになってもらえるよう、男の方が努力するのがマナーです」


 きっぱりした物言いに、クリストファーさまは不満顔だ。


「人の気持ちなんてわかりっこないのに努力するの? 君のマナーは難しいな」

「わかろうとする努力が人と人とを結ぶんです」

「ぼくはソフィア嬢のこと好きじゃないから、結ばれなくても困らないよ」

「またそういうことを! 女性は硝子細工より繊細なんですから、もっと優しく接してください」


 そうだ、そうだ。もっと言ってやれ。

 俺の中でロータスさまの株が急上昇する。なんていい人だろう。


「それもマナー?」

「そうです」

「初めて聞いたよ」


 困ったな、と眉を下げるクリストファーさまは、本当に困っているように見えた。


「女性との会話は肯定と共感です。すぐ否定しないで、まずは肯定。それから共感を示し、訂正や助言はその後です」

「面倒くさい。君、それどこから得た知識だい?」

「……ヴァイオレットさまがユーリ殿下に話していらっしゃるのを聞いて、覚えていたんです」

「受け売りじゃないか」


 話がいつの間にか、女性との会話レッスンみたいになってきた。何の話してたっけ?


「わかったよ。覚えとく」

「ヴァイオレットさまのこととなると、途端に素直ですね」

「君はぼくが相手だと途端に厳しいね」

「殿下に厳しく言われてますから」


 肩を竦めてみせたクリストファーさまに一礼して、ロータスさまは俺を見た。


「お待たせして申し訳ありません。わたしはこれで失礼いたしますので、どうぞ続けてください」


 下がり眉のまま口端を持ち上げて、ロータスさまは俺の返事も待たずに退室してしまった。


「まったく、女性にばかり優しいんだ彼は」


 呆れた、というよりどこか楽しそうな溜め息が聞こえた。

 仲が良いのだろう。喧嘩とは違う空気だった。


「さて、そろそろ話を終わらせようか。殿下達が戻ってくるかもしれない」


 足を組み替えたクリストファーさまが笑う。

 部屋の空気が下がった気がした。


「で、結局のところどうなの?」

「何がでしょうか?」


 肩が強張る。背筋を冷たい汗が伝った。


「君の予知夢。迫っているという危機は真実? それとも君の妄想?」

「妄想ではありません」

「正体は不明なまま、予兆もない。どう証明する?」

「不明であることこそ脅威です。備えなくては、死んでから気づいたとて遅いのです」


 緊張だけでない感情が声を尖らせる。


「姿も見えず、足音も聞こえない。触れることすらできない敵に、どう備える?」


 返事ができない。答を持ってないからだ。

 頼みの綱である前世の記憶の中にも、それだけはない。噂程度の真実味しかない強制バッドエンド。死という結果だけしかわからないものに、どうやって備えろというのか。


「クリストファーさまは、ご自分がいつどうやって死ぬかご存じですか?」

「知らないよ。知ろうとも思わない」

「わたしの夢も同じです。何かがどうやってか、破滅という結果だけを運んでくる。過程など、知りようがありません」


 何かをしなければ確実に、行動しても不確実に。始まったかもしれないシナリオに怯えて、ルートに入ろうと悪戦苦闘して。それでも本当に強制バッドエンドが待ち構えている保証なんてない。俺に死を運ぶ死神の正体なんて、知りようがない。ゲームには全員が死ぬエンドだってあるんだ。何がきっかけでそっちへ向かうのか、そんなの誰にもわからない。


「曖昧だね。そのせいで、ぼく達は全員が困ってる」

「はっきりしているのならお伝えしています。頼らずに済むなら、わたし一人で対処しました」


 誰かに殺されると言うなら近づかない。学園から逃げる手だってある。

 事故だと言うなら寮の部屋に引きこもって外に出ないか、学園を退学して実家に戻る。

 自分で対策できる範囲のバッドエンドなら、いくらだって頑張った。でもそうじゃない。正体もわからない。死ぬという結末以外の情報がないから、こんなに怯えて必死に逃げ回って何とかしようとしてる。


「光の精霊は役に立たない。君は噂ばかり生んで迷惑をバラまいてる。殿下は婚約者のことで頭がいっぱいで使えない。破滅が訪れるまで待って、相討ち覚悟で対峙するしか方法はないね」

「そうならないために、ご相談したのです」

「代えの利かない人間が一人もいないんだから、採用すべき案だよ」


 頭に血が上った。


「命は一つしかないんですよ!」

「個としてはそうだね」


 だから何だ、と言わんばかり。


「王子はもう一人いる。王太子妃はベルシュタイン家ばかりが絶対じゃない。宰相は血筋じゃない。ベルシュタイン家は三兄弟。子爵家は誰でもいい」

「なん、で……」


 何でそんなに割り切れる。自分の命まで勘定に入れて。俺はこんなにも、死ぬことを恐ろしいと思うのに。


「感情で考えるから疲れるんだ。余裕がないから曖昧なものに振り回される」

「ご自分の命が大事ではないのですか」

「死にたいとは思わない」

「でしたら――」

「君の言う破滅は精霊より曖昧なんだよ? 対策のしようがないなら、しがみついても時間の浪費だ。それよりも、対策できることをやるべきだよ」


 息を呑む。対策できることが何かあると言うのだろうか。


「正直、君を消すのが最も簡単だと思うんだ」

「っ……!」

「厄介な噂を消して回るより、ずっと簡単だから」


 話がどこか別なところへ行ってしまった。それだけはわかる。これは多分、強制バッドエンドの話じゃない。


「どうして改めなかったの?」


 死にたくないからだよ。

 頭をフル回転させて言い訳を思いつく。


「上位貴族のどなたかが、光の精霊の扱い方をご存知ではないかと思いまして……」

「そのために媚を売ってたの?」


 もうちょっと選べなかったかな、言葉はたくさんあるのに。よりにもよってそれかよ。


「クリストファーさまでさえ、光の精霊の話を信じてくださるまでに時間がかかったのです。他の方々に突然そんなことを訴えても、頭がおかしいと思われるかと」

「そうでなくても、君の頭はかなりおかしいと思うよ?」

「……そうだとしても、問答無用で地下牢に入れられたくはありませんから。ご挨拶や当たり障りのない会話から始めようとしたのです」


 尽く失敗したけどな!


「ふーん」


 もうちょっと興味を持ってくれよ。俺が必死になって空回りしてたんだから。


「精霊は契約主を失うと長く気に病むんだ。原初の精霊なんて特に。光の精霊が使い物にならないと困る」

「冷たい言い方をなさるんですね」

「優しくする必要性を感じないよ。人間と契約するくせに、彼女は人間に寄り添わない」


 だからって、まるで物みたいに。


「精霊との関係は、損得だけですか」


 高慢ちきで我儘だけど、寂しくて泣く心を持ってる。物じゃない。


「それ以上を見出すには、彼女の印象は悪過ぎる」

「だからって、」

「こちらは王太子とその婚約者に破滅が迫ってる。契約主である君にも。それでも、かの精霊は『嫌い』の一点張りだ。どうしてそんな精霊のために時間や心を割く余裕がある?」


 笑っているのは顔ばかりだ。どこまでも理性的。血が通ってないと言われたら、信じる。


「人の気持ちはどうなります?」

「どういう意味?」

「理性だけで物事を決められる人ばかりではないでしょう?」


 クリストファーさまは少しだけ困ったような顔をした。おしゃべりは難しいね、とぽつりと呟く声が聞こえた。


「命は等価じゃない。優先順位をつけておけば、自分の命を惜しまず済む」

「……」

「破滅してほしくない人がいるのに自分の命を惜しんでたら、いざという時、足が竦む。ぼくは剣なんて振れないしね」


 自分以外の誰かを身を挺してでも守りたいから、大局な見方で命に価値をつける。

 それは、俺にはない考え方だ。貴族として、命が等価でないという意見には大賛成だ。それでも、俺は自分の命を惜しいと思う。同じ破滅の運命が迫れば、全員が生き残る道を探しこそすれ、自分の命を差し出してまで誰かを守ろうとは思えない。死への恐怖は、貴族の矜持にも勝る。


「クリストファーさまは、すごいですね」


 大切にしたい誰の顔を思い浮かべても、足が竦んで動けない自分しか想像できない俺とはレベルが違う。


「ぼくはただの、大馬鹿者だよ」


  

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