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あらあら、まあまあ。  作者: かたつむり3号
第一章 Vの愛
14/37


 やばい。絶対にやばい。

 ショックで最近あんまり眠れてない。

 何だよ、真実の愛って。知らねえよ。ねえよ、愛どころか恋もねえよ。俺に好感度が振れたことなんて一度だってねえんだよ。

 舌打ちをすんでのところで飲み込む。

 ちょっとしたことですぐに変な噂を流しやがって、冗談じゃねえ。他人の粗探しやってる暇があるなら、自分の品性のなさを噛みしめて教養を学べ。知らねえだろ、顔面にも筋肉痛ってあるんだぞ。笑顔をつくり込み過ぎて、最近はもう感情が死んでる。微笑みはこのくらい、笑う時は口端をここまで持ち上げる、なんて脳内で勝手にリスト化されてる俺の身にもなれ。


 周囲から浴びせかけられる視線が気持ち悪くて、足が勝手に人込みから遠ざかる。ウィーリアは飽きもせず不機嫌で、たまに帰ってるみたいだけど、今日も俺が起きた時にはどこかへ出かけた後だった。


「はぁ……」


 ふらふらと空っぽの頭で何も考えず歩いて、ふと顔を上げるとそこは、北校舎の端っこだった。俺はまた無意識でとんでもないところまで歩いたな。今日、最初の授業は南棟だってのに、真逆じゃねえか。

 溜め息が重くなる。

 戻ろうと振り返った先、やけに暗い場所が視界に飛び込み、つられるように寄ってしまった。


「階段……?」


 地下に続く階段があった。

 用なんてない。遅刻しないためには早く戻らないといけないのに、どうしてか足が勝手に踏み出した。

 寝不足の頭はそんな異常な状況もうまく処理できずに、ぼんやりと歩を進め、我に返ったのは階段を下りきってからだった。


「ああ、くそ……。ウィーリアがいれば、」


 暗くて何も見えない。思えば、ウィーリアの光を必要としたのはこれが初めてかもしれない。

 不意に、生温い風が頬を撫でた。背筋が凍る。

 ここは地下だ。風が吹くにしたって、階段の方じゃなく地下の奥から吹いてきた。そんなはずない。そんなはずないだろう!?

 階段を駆け上がる。わけもわからない恐怖だけが背筋を這い回って、逃げずにはいられなかった。


「はっ……何だよ、もう」


 これ以上、俺を混乱させないでくれ。もういっぱいいっぱいだ。容量の空きはなくて、あとちょっとでも何かを詰め込んだら弾け飛ぶ。


「授業に、遅れる……」


 声に出して、自分のやることを確認する。そうでもしないと動けなくなりそうだ。

 大きく一歩、踏み出して――立ち止まった。いつの間にか、四人の令嬢に囲まれていた。伯爵家のご令嬢だったはずだ


「こんなところで何をしているのかしら?」


 棘のある声だ。そしてわざとらしい言い方だ。


「少し、迷ってしまいまして」


 カーテシーをとる短い時間で呼吸を整える。明らかに敵意のある相手を前に、乱れた呼吸では対抗できない。


「迷子ですって」

「どこかの迷い猫さまのようね」

「てっきり蹴落としたいのかと思っていたけれど、憧れて真似をしていただけなのかしら」

「だからって迷い癖まで真似なくてもいいのに」


 嫌な嗤い声が、石造りの廊下に反響する。不愉快で、耳障りだ。

 ウィーリアの高笑いだってここまで腹が立つことはない。


「どうやって取り入ったのか知らないけれど、殿下から鈴はいただけた?」

「迷い猫の次は飼い猫まで真似るの?」


 人を馬鹿にしたり見下したり、意地の悪いことを言う奴は嫌いだ。気に食わないことがあるなら、喧嘩でも何でも吹っかければいいのに。高貴な人が相手だとコソコソ影で囁くだけ。自分は表に出ず、汚い手段で貶める。そして自分より身分が低い相手だと途端にこれだ。

 子爵家の俺にとって、伯爵家の令嬢の言葉はどんなものであれ正義として受け取るべきものになる。貴族なんて生き物は正義も悪もたった一言で決めつけられるんだから、責任ある発言を心掛けろってんだ。バカ野郎。


「わたし達、あなたとはお友達になれると思っていたのだけれど」

「ベルシュタイン家の子猫さまはあなたにとって、敵かしら?」

「それとも味方?」

「憧れの的だなんて言わないでね」


 お友達になりたくても、会えねえんだよ。どこにいらっしゃるのか知ってるなら、是非、教えてくれ。走ってでも会いに行くよ。敵に回して堪るか。味方になってほしくてしかたねえよ。憧れるほどのことなんて、何一つ知らねえよ。何も知らないから、あんたらが何でそこまでヴァイオレットさまを毛嫌いして舐め腐ってんのかもわかんねえよ。


「申し訳ありません。お答えできる返事を持ち合わせておりません」


 令嬢達の表情が怒りで歪んだ。


「簡単な質問よ?」

「はい、か、いいえ」


 答えなさい、と四人が一歩こちらへ踏み出す。腹の底で黒い塊が膨れて行く感覚がした。くだらない。面倒くさい。


「ヴァイオレットさまとは、お話させていただいたこともありません」


 はんっ、と一人が鼻で嗤った。


「婚約者の立場を奪い取っておきながらよくもそんな言葉が吐けたものだわ」


 同意する言葉が三つ重なった。……こいつらは一体、何を言っているんだろう。


「ヴァイオレットさまの婚約者はテオドール殿下です」


 胸に衝撃が走って、尻餅をついた痛みで突き飛ばされたのだとわかった。手を出してくるとは思わなくて、反応できなかった。


「子爵家の令嬢が、身の程をわきまえなさい!」

「婚約者のいらっしゃる男性に……なんてはしたない」

「相手は王太子殿下なのよ」

「ヴァイオレットさまのお気持ちを考えなさい!」


 見事な手のひら返し。手首どうなってんだよ。

 いや、わかるよ。俺の返答が気に食わなかったんだろ。ヴァイオレットさまの婚約者であるテオドール殿下に近づいて、まるで恋人みたいに一緒にいて。そこを弱点だと思って責め立ててるのに、見当違いな返事をするからイラッとしたんだろ。わかるけど、それこそ的外れだよ。

 主張を反転させてまで責めるってことは、別に俺のやってることなんてどうでもいいんだよな。ただ誰かを標的にして、日頃の鬱憤なり八つ当たりなり、とにかく何かをぶつけたいだけなんだろ。暇かよ。

 自分達が嫌ってるヴァイオレットさまに喧嘩売ってるような俺は、さぞかし同類の臭いがしただろうよ。気のせいだけどな。

 見当違いな噂を流されて迷惑してるから、お前らみたいな連中こそ俺の敵だ。

 返事をしない俺に追撃しようと令嬢達が口を開いた、その瞬間、カツン、と廊下の角でヒールが床を打つ音がした。人影がゆっくり姿を現し、



「一体、何をしているの?」



 地を這うような底冷えする声と共に、りん、と鈴の音が響いた。

 たったそれだけだった。しかしそのたった一言で、場の空気は一変した。

 凪いだ海のように静まり返った廊下を、肌を刺すような緊張感が支配する。


「ヴァイオレットさま、……」


 声を発した令嬢にゆっくりと視線を向けたのは、さっきまで彼女達が迷い猫と軽んじていたヴァイオレット・ベルシュタインその人だった。しかしそこに、普段の彼女の面影はない。

 何この人めっちゃ怖い!

 俺はもう一瞬で泣きそうになった。決死の覚悟で涙は飲み込むが、下手すると漏らしそうだ。

 猫? これが? どこが!?

 今なら野性の虎だって撫でまわせる自信があるぞ、俺は。この人が虎なら、野性の虎こそ生まれたての子猫ちゃんだよ!


「私はあなた方に、何をしているのかと問うているのですよ」


 彼女は微笑みさえ浮かべている。慈愛の女神を彷彿とさせる、優しい、優しい笑み。にもかかわらず、場の温度は下がる一方に思えた。

 被害者の俺が芯から怯えて震えてるんだ。加害者の自覚がある令嬢達の恐怖は、比べるまでもない。立ってるだけでもすごいと思う。


「ヴ、ヴァイオレットさま、これは違うのです。わたし達は――」


 弁明しようと顔を上げた令嬢はヴァイオレットさまと視線が交差した途端、ひゅっ、と喉を震わせて言葉を切った。否、それ以上続けられなかった、と言った方が正しいだろう。

 まるで、精巧に作られた人形のよう。

 顔こそ微笑んでいるが、そこに感情はない。血の通わぬ人形のような美しさは、得体の知れない恐怖を呼び起こす。下手に目を合わせたことで、彼女はその恐怖に呑まれてしまったのだろう。カタカタと肩を震わせるばかりで、指先一つ動かせずにいる。

 誰も、何も言えない。誰も、何もできない。

 どれだけ沈黙が続いたか、口火を切ったのはヴァイオレットさまだった。


「あなた方からは話を聞けそうにないかしら」


 その平淡な声はしかし、身を凍らせる令嬢達を更なる恐怖に叩き落した。


「ヴァイオレットさま! わたし達は分不相応だと――」

「そ、そうですわ。殿下にはヴァイオレットさまいらっしゃるのに、この女……っ」


 縋るように声を上げても、ヴァイオレットさまの視線を受け止められず言葉は断たれる。焦燥ばかりが募る様子の令嬢達を前に、ヴァイオレットさまはやはり微笑んだまま口を開く。


「テオドール殿下と私の婚約に関して、何か心配事が有りまして?」

「ぁ……」


 そうだ。彼女達の過ちはそれだ。テオドール殿下の隣に俺がいること。そのことに、殿下とヴァイオレットさまの婚約関係は何の関係もない。関係が有ってはいけない。

 ヴァイオレットさまという婚約者がいらっしゃるのだから、殿下にすり寄って寵愛を受けようなどと不敬だ、調子に乗るな、と。そんな言葉で責めてはいけなかったのだ。子爵令嬢が王太子殿下に自ら話しかけたり触れたりしてはいけない、と。そういう責めでなければいけなかったのだ。

 まるでテオドール殿下が婚約者以外の令嬢に目移りしている、王太子殿下が特定の令嬢を特別扱いしている。そう受け取られてもしかたのない言い分だ。テオドール殿下とベルシュタイン侯爵令嬢との婚約に影を落とすような物言いは、それこそ不敬だ。よろしくない。


「色々と噂が流れているようですけれど、心配には及びません」


 ゆっくりと、言い聞かせるようなヴァイオレットさまの声に、令嬢達は頭を垂れた。真っ青になって謝罪をしているが、震えが邪魔するのかほとんど声になっていない。


「何か意見がおありなら次からは私に直接、伝えにいらっしゃいね。子爵家のご令嬢にぶつけたところで、陛下の耳には届きませんもの」


 過剰ともいえるとどめの一撃だった。

 貴族にとって結婚は家同士の結びつき。思い出させるにしても、あまりに強烈だ。ヴァイオレットさまとテオドール殿下の婚約とはすなわち、ベルシュタイン家と王家が結びつきを深めることに他ならないのだから。

 一介の令嬢には心配も、ましてや意見など、できるはずがない。


「も、申し訳ありません……!」


 謝罪はもう、ほとんど悲鳴に近かった。擦り切れるような声で涙を浮かべた令嬢達が一人、二人とその場にくずおれる。恐怖で足が竦み、体を支えていられなくなったらしい。


「では、話はこれまでということでよろしいわね」


 ごきげんよう、とお手本のような微笑みを深くしたヴァイオレットさまは令嬢達から視線を逸らし、しかしすぐに何かを思い出したように立ち止まって、俺を見た。ばっちり目が合う。


「ソフィア嬢、いらっしゃい」

「え……」


 死刑宣告か何かだろうか。一瞬で脳がフリーズした。顔から血の気が引く。


「手をついた時に擦りむいたでしょう? 医務室へ行きましょう」


 こんなもん唾つけときゃ治りますんでお構いなく!

 脳内で鳴り響いた本心を声に出せるわけもなく、俺は、申し訳ございません、とか細い声で返事をして歩き出したヴァイオレットさまに並んだ。

 怒ってる? 怒ってるよなそりゃあ。

 俺のせいで殿下との関係にまで悪い噂が立ったんだ。誰だって、婚約者が心変わりした、なんて噂を聞いて平然としていられるはずがない。しかも相手が子爵家の令嬢とあっては、怒りを通り越して殺意に直結してたっておかしくない。

 不意に、ヴァイオレットさまが顔を寄せた。


「そのまま聞いて。図書館へ向かってちょうだい」


 心臓が止まるかと思った。

 いい匂いがする、とか、姉さんが言ってた耳が孕むってこういうことかな、とか。心底どうでもいい思考が走馬灯みたいに脳裏を駆け巡った。

 逆らうなんて選択肢はない。俺は死を覚悟しながら小さく頷いた。

 死なないように無茶をしたのに、結果は、自業自得で私刑に処される。もういっそ笑い飛ばすしかないような惨状だ。


 ごめんな、ソフィア。俺、お前を幸せにしてやれなかったよ。ごめんな、アニー。お前きっとめちゃくちゃ泣くよな。ああ、今生でも親より先に死ぬとか、今度こそ地獄行きかな。

 でも確か、この国じゃ死んだら女神のところに行くんだったな。……八つ当たりで一発くらい殴っても許されるかな。だって強制バッドエンドがあるような世界に転生させといて、出会いイベントが終わってから思い出させるようなろくでなしだし。


 頭の中でつらつらと遺書を書いていると、書き終わる前に図書館についてしまった。曲がり角のたびに、ぼんやりしていたせいかヴァイオレットさまとぶつかりそうになって冷や汗をかいたが、なんとか到着した。奥へ案内される。

 あったのは小さな個室だった。中には大きなソファーがテーブルを挟んで二台、置かれている。古いものだが値の張る品物のようで、人をダメにするタイプのソファーだとわかった。あれに座ったら尻に根が張る。


「座って」


 背筋が凍った。

 落ち着いた冷たい声は、それ自体が刃のようで。腹の底から感情があふれだした。


 死にたくない!


 床に膝をつく。深く、深く頭を下げる。

 土下座だ。ここは地球でもましてや日本でもないけど、日本人が作ったゲームが基になってる世界なら通じるはず。


「ソフィア嬢、」

「申し訳ございません!」


 死にたくない、と叫ぶ心に任せて声を張った。


「え……――~~っっっっ!?」


 困惑した様子で声を漏らすヴァイオレットさまに、続けて叫ぶ。もう形振り構っていられなかった。


「申し訳ございません! わたしはただ、自分の命が惜しいだけの矮小な存在です! 決して、断じて! ヴァイオレットさまとテオドール殿下の仲を引き裂こうなどとは思っておりません!」


 命が助かればそれだけ満足だ。

 テオドール殿下もユーリ殿下もクリストファーさまもセシルさまも、誰と恋に落ちる気もない。攻略しようなんて考えたこともない。

 生きて、無事に卒業できればそれ以上は何も望まない。あとは全部、自分の力で幸せになる。

 子爵家の娘として、ソフィア・ジェーンとして、ちゃんと頑張るから。ゲームのシアリオだなんてそんなもので、神の思し召しだなんてそんなことで、ソフィア()の人生を左右しないでくれよ。


「どうか命だけは……わたしにできるお詫びであれば何でもいたします!」


 ヴァイオレットさまが何も返事をしないことが怖くて堪らない。顔を上げる度胸なんてないから、ひたすら言葉を重ねて詫びる。


「ソフィア嬢、」

「お願いします! どうか命だけはお助けください!」

「ソフィア嬢、」

「わたしはまだ死にたくない!」

「お黙りなさい!」


 ひゅ、と喉から変な音がして、呼吸に失敗したのだとわかった。


「落ち着きなさい」

「も、申し訳……ございません」


 声に涙が滲んだ。視界が歪む。――泣くな。


「立って、ソファーに座りなさい」

「はい……」


 震える足を叱り飛ばしてなんとか立ち上がる。ふらつきながらソファーまでたどり着いて、倒れ込むように端に腰を落とす。


「それで? 先ほどの大声は何?」


 苦虫を噛み潰したようなヴァイオレットさまの言葉に、反射で言葉が飛び出した。


「え? 命乞いです」

「……」


 なぜ当然のことを聞くんだろう。あれが命乞いでなくて何だというのか。

 訝しく思う気持ちで寄りそうになる眉間を意識して伸ばす。

 ふっ、と空気が変わった。困惑を浮かべていたヴァイオレットさまの目が冷え切る。全身が総毛立つ。

 

「命乞いが必要なほどのことをしたの?」


 優しい声がより恐怖を煽る。頭が真っ白になって、言葉はほとんど声にならない。


「……う、噂が、」

「テオドール殿下が真実の愛を見つけた、という噂のことかしら?」


 体中の血が抜けたのかと思った。

 違う!

 叫ぶのは心ばっかりで、言葉が出てこない。焦る気持ちが余計に舌を絡ませて、そうしてる間にもヴァイオレットさまの目に怒りが宿る。


「あなたがその、真実の愛のお相手だと? 婚約者を奪われた私が、嫉妬であなたを殺すと? つまりはそういうことかしら?」


 違う、違います!

 わたしはただ、わたしの短慮でヴァイオレットさまにご不快を招いたことを詫びようと、それだけなんです。

 周囲の全てを凍土に変えてしまうような怒りは、それだけヴァイオレットさまが理性的であることを示している。感情に支配されない、理性に基づく判断ができる。そんな方が、嫉妬で人を殺すはずがない。子爵家の令嬢なんて、侯爵家のご令嬢が直接、手を下さなくても消す方法ならいくらでもある。


 わかってる、ちゃんとわかってる。わかってるのに。

 ガタガタ鳴るばっかりでちっとも噛み合わない歯が、震える唇が、恐怖で凍りついた喉が、俺から言葉を奪う。


「それは随分と、不愉快な自惚れもあったものね」


 刃にも似た声だった。


「殿下との婚約は解消されていない。今あなたを殺せば、私にとって不利益しかないわ。もちろん、婚約が解消された時は言うまでもない」


 殺さないわ、と。ヴァイオレットさまは俺に言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 わかってる。殿下の婚約者はヴァイオレットさまだ。他の誰も代われない。代わろう、とそんな不敬な感情を抱いたことは、だから、ないんだってば。


「理解できたかしら?」

「も、申し訳ございません……」


 どう言えば伝わるんだろう。

 ヴァイオレットさまが心配するようなことは何一つないのだと。俺はただ、自分の命が惜しいだけ。殿下の心を欲しいだなんて思ってない。


「決して、ヴァイオレットさまが嫉妬したなどとは考えておりません。わたしはただ、怖くて……」


 死ぬのが怖くて。大事な人みんなを置いて、お別れも言えないまま一人で死ぬのが怖くて。


「殿下には、わたしの見る予知夢のことで相談に乗っていただいていただけなのです」


 藁にも縋る思いで吐いた嘘。殿下やヴァイオレットさままで巻き込んだ、大きな嘘。

 俺の破滅を回避するために巻き込んで、殿下と過ごす時間まで奪ってしまった。ヴァイオレットさまが怒るのも当然だ。でも、それしか思いつかなかった。

 予知夢がどれだけ珍しい能力か、ウィーリアの存在がどういうものか。まさかヴァイオレットさまが知らないわけでもあるまいし。必死な俺の気持ちを、そんなにばっさり切り捨てないでくれよ。



「予知夢というのは?」



 ……は?


「え……殿下から聞いていらっしゃいませんか?」


 またも反射的に飛び出した言葉に、再び空気が張り詰めた。


「殿下とは最近、あまり会えていないの」


 えぇ……。殿下ってば、何やってんの?

 八つ当たりのような気持ちが浮かんだ。


「そ、そうでしたか。では、その……光の精霊のことについては……?」

「知識としてはあるけれど、予知夢と何か関係があるの?」


 絶句する。

 え、どうしよう。本当に、俺が予想していたよりずっと状況が悪い。

 まさか俺が殿下に突撃した日から一度も会ってないの? そんなまさか! 俺、そこまで殿下を独占してないよ!?

 え、でもだったら、あれだけ怒るのも納得できる。婚約者と一切、まったく会えない状況であんな噂を聞いたなら、俺でもキレる。むしろ出会い頭に瞬殺されなかっただけ俺は幸運だよ。ヴァイオレットさまってば理性の塊じゃん。さすが未来の王太子妃、侯爵令嬢ぱねえ。


 これはもう、一から説明するしかないぞ。どうしよう、どこから始める?


「あ、あの……わたし――」

「光の乙女」


 ひょぉ、と喉が鳴った。


「あなた、光の精霊と契約したのね?」


 マジか、すっげぇ。何でわかったんだろ。

 冷え切ったヴァイオレットさまの視線に射抜かれて、それでも恐怖に震える余裕もない。混乱が混乱で混乱して混乱を混乱だ。あはは、ヴァイオレットさまってばエスパーだったりするのかな。


「あの、ヴァイオレットさま……わたし――」



「ヴァイオレット!」



 ばあん! と扉が吹き飛んだ。


「殿下……?」


 ヴァイオレットさまの言葉で視線を向け、喉が締まった。

 初めて見るような鬼の形相で木屑の舞う入口に立っていたのは、今まさに話題の中心にいた、テオドール王太子殿下その人だった。

 

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