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あらあら、まあまあ。  作者: かたつむり3号
第一章 Vの愛
12/37


 何で嫌いなの、どこが嫌いなの。

 貴族令嬢として守るべきあれこれを放棄して、ウィーリアに掴みかかりその肩を揺さぶる。首をがっくんがっくんさせながらも、ウィーリアは微笑んだまま殿下に対して舌を突き出し続けている。

 とりあえずそれやめろマジで俺の寿命が減る!


「ソフィア嬢、」

「ヴァイオレットさまの何が気に食わないの!? あの美貌は国宝級よ!? それに、それに学園に入学しておきながら授業の大半が免除なんて、優秀さがカンストしてなきゃ許されないでしょ!?」

「そ、ソフィア嬢、」

「謝って! 殿下にもヴァイオレットさまにも謝って、ほら! 将来この国のお母さんになる女性を意味もなく嫌ってごめんなさい、ってちゃんと謝って早く!」


 死ぬ、死ぬこのままじゃ色んな罪てんこ盛りにされて死んじゃうから!


 ――国宝級の美貌が何よ。わたしは世界級よ。


「張り合わないで! 自分で世界級って言いきれるくらい自信があるなら、国宝級の美貌くらい受け入れなさいよ!」


 何でそんなに狭量なんだ。美貌はともかく、器に関しちゃ赤ちゃんの手のひら級だよお前は。


 ――銀の髪も嫌い。日に当たって輝くなんて許せない。綺麗なのがムカつく。


「ヴァイオレットさまの銀髪が一房いくらになると思ってるの!? あ、あなたは自分で発光できるんだから、あなたの光に当たって輝く銀髪だって美しいでしょう!?」


 ――だって、火の精霊と契約してるんだもん。


「わたしだってあなたと――……え? 火の精霊?」

「ソフィア嬢」

「ひぃっ!」


 怒気を煮詰めた声が鼓膜に突き刺さった。殿下は顔こそ笑みを浮かべているものの、こめかみには青筋がばっちり立っている。


「説明してもらえるかな?」

「あ、あの……火の精霊と契約してることが嫌みたい、です」


 もう笑顔を引っ込めてもらっていいですかね!?

 ちっとも笑えてない。そこまでキレてるなら、笑顔でいる意味ないと思う。


「光の精霊がそう言ったのかい?」

「は、はい……」

「なぜ?」

「それが、返事をしてくれないので理由までは……」


 殿下は少しだけ考え込むような仕草をして、何事かをゼルさまに耳打ちした。ゼルさまは思い出したように笑みを貼りつけ、さっさと退室してしまった。


「光の精霊よ、理由を教えてはもらえないか?」


 ウィーリアは返事をしない。どころか、ぷいっとそっぽを向いてしまった。


 ――王子も嫌いよ。こいつからも火の精霊の匂いがする。薄いけど、間違いないわ。


 火の精霊の何がそんなに気に食わないんだよ。


 ――わたしは、わたし以外の精霊が全部まとめて大嫌いなのよ!


 恐怖とは違う感情で顔から血の気が引く。


「困ったな……返事もしてくれないとは」


 呟く殿下に声をかける。


「殿下、」

「どうした、ソフィア嬢。顔が真っ青になっているようだが」

「理由はありません」

「は?」


 殿下が遠慮のない声をあげた。


「光の精霊が火の精霊を嫌うのも、契約者であるヴァイオレットさまを嫌うのも、嫌いだから嫌いなのです」

「……は?」


 天下のテオドール王太子殿下が、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で口を半開きにして呆けている。ゲームのイベントで獲得できるスチルよりレアだろ、これ。


「殿下、教会で教わる光の精霊の姿は忘れてください。あれはきっと、聖職者の皆さまの善意による嘘です。信心深い民が精霊のこんな姿を知ったら、女神さまへの信仰も崩壊しかねません」


 ――あんた、わたしのことバカにしてる!?


 契約したことを後悔してんだよ。自分のうっかり加減に呆れてるし、お前のヤバさにドン引きしてる。


 ――何よその言い方! わたしが助けてあげなきゃ今頃とっくに死刑よあんた!


 お前のせいで今まさに死刑に処される瀬戸際だよ。回避しようと足掻いてるんだから黙ってろ。

 何でそんなに偉そうなんだお前。


「はっきり言うんだね、君は」


 殿下、もう猫を被るのやめていいですよ。被れてねえから。

 さっきまで光の精霊『さま』って言っていたのに、と。声にならない疑念が駄々洩れだ。

 この王子さま、絶対おとぎ話に出てくるようなパーフェクト王子じゃない。だってめちゃくちゃ怖いもん。魔王だよ、魔王タイプだよこの人。


「教会で出会った時は、救いの光が差したと感動したのですが、これまでの言動を見る限りそうではなかったようです」

「……今の印象は?」

「人間と精霊は別の生き物であると痛感いたしました」


 殿下はすっかり困惑してしまったようで、なんと言っていいものか悩んでいるようだった。そりゃそうだ。殿下の立場なら俺でも困る。


「そ、そうか」


 ややあって、殿下は曖昧な返事をした。言葉が思いつかなかったらしい。

 全部ウィーリアのせいだ。あ、でも怒り狂ってた殿下の気を逸らしてくれたことには感謝だ。まあ、元凶もウィーリアだけど。


「さて、そろそろ話題を戻そうか」


 ごほん、と。わざとらしく咳払いをした殿下が言う。


「光の精霊は、ヴァイオレットを害する気なのかな?」


 どうなんだ、とウィーリアの方を見るも、頬を膨らませて顔を背けてしまう。拗ねたらしい。


「申し訳ございません。わかりません」

「では、わたし達に訪れるという破滅について、彼女は何か知っているのかな?」


 ウィーリアはやはり返事をしない。

 肩をつついたり、殴ったり、二の腕をつねったりしてみるが、無視を決め込んでいる。


「……申し訳ございません」

「困ったな。破滅の未来を回避する手伝いをしてくれるものと理解したのだが、その様子だとわたしのことを救ってくれる気はないようだし、ヴァイオレットに関してはむしろ破滅の手伝いをしそうな勢いだな」


 どうだろう。今の感じだと、俺のことも助けてくれなさそうだ。

 光の大精霊ウィーリアさま、どうか俺達をお救いください。心の中で唱えてみる。


 ――たすっ……けない。


 今ちょっと助けてくれそうだったな。

 自己中心的な自分可愛さで契約してあげるとか上から目線を決め込んだ挙句、契約主が破滅する様を鑑賞しようってのか。最低だな。


 ――ぐ、ぅ……ふんっ!


 多少は自覚があるようだが、助けを申し出てはくれないらしい。


「ソフィア嬢はどうなんだい?」

「わたしは、みんなが幸せになる道を探したいと思います」


 自分の死は絶対に回避したいけど、そのためには攻略キャラの好感度を上げることが不可欠だ。同じ目標を持つ仲間ということで、心の距離を縮めたい。それに、ウィーリアが本当に殿下やヴァイオレットを嫌って何かしようというなら、そんなことさせないよう説得しないと。俺の事情で巻き込むのに、自分だけ助かろうなんて気はない。


「命惜しさに、こんな精霊に縋ってしまったわたしの責任です。申し訳ございません」

「はぁ……とにかく、まずは情報収集だな。君の見たという夢について、少しでも詳細が欲しい。難しいとは思うが、できる限り思い出してくれ」

「はい……」

「今日のところは解散としよう。君は授業もあるだろう」

「はい、お心遣いありがとうございます」

「光の精霊からも、できるだけ話を引き出してくれ」

「はい、なんとしても」


 失礼いたします、ともう一度、深く頭を下げて立ち上がる。

 腕を組んで頬を膨らませるウィーリアは動く様子がない。

 帰るぞ。


 ――ふんっ。


 腕を掴んで引っ張る。光だからか重さはそうなく、べしゃッと床に落ちたウィーリアの体をそのまま引きずり、生徒会室を出た。


 ――何すんのよ離して! 高貴なわたしを引きずるなんて失礼でしょ!


 無視して引きずる。

 大変な目に遭った。死ぬかと思った。死なないように助けを求めに行った先で、まさか味方だと思っていた奴に背中から刺されるとは思ってなかった。


 ――誰が敵よ、誰が!


 お前だよ、自称、光の精霊。


 ――自称って何よ! 正真正銘、光の精霊よ!


 はいはい、光の精霊(笑)ね。


 ――調子に乗るんじゃないわよ人間。ちょっとこの世界と違う匂いがするからって、あんたが特別なわけじゃないのよ。


 思わず立ち止まった。廊下を引きずられても埃一つくっついてないウィーリアの、発光していてはっきりしない顔をじぃっと見つめる。


 ――な、何よ。


 この世界と違う匂いって何?


 そういえば、出会い頭にもそんなことを言っていた。匂いが面白いとかなんとか。

 気になって自分の服の袖の匂いを嗅いでみる。特に変な臭いはしない。ドレスはアニーがいつも丁寧に洗ってくれるから清潔だし、むしろいい匂いがしている。


 俺が異世界から転生して来たって知ってて声をかけたってこと?


 ――何あんた、世界を渡って転生したの?


 別に知ってるわけじゃないのか。


 ――この世界とは違う匂いがしてたから転生者だとは思ってたけど、別の世界の魂がこっちに来るなんてめったにないわ。驚いた。思ってたよりずっと珍しい魂なのね。


 ふわり、と浮いたウィーリアが俺の隣に並んだ。話をする気になったらしいと判断して、俺も歩きながら話をする。


 ――魂は男のものなのに、器が女の子っていうのも珍しくて声をかけたのよ。あべこべなのに、そんなに困ってなさそうだし。


 ああ、それな。

 それは俺も意外だったけど、生きてた年数がどっこいだから、と結論づけたんだった。深く考えたくなかったし、考えてもわからないことはしかたない。


 ――あんた頭、弱そうだもんね。


 記憶力はそこそこ良いんだぞ。姉さんのおつかいは呪文みたいなデザートとか飲み物とか多くて、間違えると意地悪されたから必死で覚えるようにしてた。嫌な努力だが、受験なんかでは助けられた部分も多いから飲み込んだ。

 それに、ソフィアはそこそこ優秀な頭をしている。古代バメル語を除けば、授業の成績もいい。……シナリオ上、しかたなく苦手という設定にされたのなら迷惑な話だ。


 ――ところで、そのゲームとかなんとかって話を教えなさいよ。あんたの記憶を覗いてもイマイチわかんない。


 ……人の記憶を勝手に覗くな。

 俺は前世のことを思い出した夜からの出来事を順に説明した。それから前世のことも少し。ゲームの設定通りに事が運ぶと、強制バッドエンドで死ぬ、という部分は特に力を入れてしつこいくらい説明した。


 ――ふーん。


 話を聞き終えたウィーリアは、興味なさげに相槌を打った。


 ――ここは現実で、あんたのいう製作者って要は女神ってことになると思うんだけど。あんたの言う通り、女神があんたを転生させたのだとしたら、そこまでしといて殺すって変な話じゃない?


 ……まあ、そうなんだけど。でも、何もせずある日いきなり死んだらどうすんだよ。立ち直れねえよ。


 ――ここが現実だと理解してるくせにゲームの感覚で生きてるって、あんたも大概、変だけどね。まあ、前世とそこまで繋がってれば切り離して考えろって方が無理か。


 ゲームとこの世界が全くの別物で、この世界はあくまでも現実で。そう考えるにはあまりにも、ゲームの設定通りのことが多過ぎる。俺に言わせれば、ゲームの設定からズレている現象の方が、ゲームを製作するうえで修正された不都合だと考えた方がしっくりくるのだ。特にこの、光の精霊(笑)は、ゲームのお助けキャラとして不適切過ぎる。


 ――失礼なこと言ってんじゃないわよ、あんた。


 事実だ。


 ――ムカつく。……まあ、でも女神がわけわかんないのは今に始まったことじゃないし、あいつならやりかねないことではあるわ。


 もうちょっと心の準備させてから言ってくれない?

 何だよ、やりかねないって。殺りかねないってこと?

 俺に何の恨みがあるんだよ。


 ――面白半分とか、退屈しのぎとかで案外そういうことやっちゃうのよ、神って。


 最悪だ。


 ――神にとって世界の基準は自分だけで、人間は神が創造した愛玩動物で、愛し方の基準は人間のそれとはまるで違うの。もちろん、わたし達ともね。


 どこか寂しそうなその声に、俺はなんと言っていいのかわからず口を噤んだ。


 ――あんたのことは助けてあげるわ。気に入ったのは本当だもん。


 殿下とヴァイオレットさまのことは?


 ――あの二人のことは嫌いよ。


 お前の基準も大概、自分だけだよ。お前、友達いないだろ。


 ――友達なんて要らないもん。わたしがいる、それで世界は満たされるでしょ?


 最悪だ。

 自分勝手も唯我独尊も要らねえよ。他人に分け与える優しさとか持ってねえのか?


 ――だから、あんたのことは助けてあげるってば!


 だから、そのためには殿下もヴァイオレットさまもいてくれないと困るんだってば!

 ヴァイオレットさまはゲームのシナリオではライバルキャラだけど、だからっていなくなってほしいなんて思わない。俺が目指してるのはあくまでもノーマルエンド。未来の王太子妃に成り代わろうと企んでるわけじゃない。


 ――嫌いなものは嫌いなの! 嫌いなもののために何でわたしが頑張らないといけないのよ!


 そんなんでどうやって俺のこと助けてくれるつもりだ。俺は自分の命が大事でめちゃくちゃ惜しむけど、助かる過程で身代わりに誰かの命を貶めたり犠牲を出すなんて絶対に嫌だ。

 みんなが幸せになれる道を探す。

 あの言葉が本心だ。

 俺一人が自分のために守りたい命と、将来の国王陛下と王妃さまの命が釣り合ってるなんて絶対に思えない。命の価値は圧倒的にあの二人の方が重い。こればっかりはもう、ソフィアとしての人生で刻み込まれた貴族の在り方だ。女神への信仰は俺が捨てさせたみたいなものだけど、貴族としての矜持まで捨てる気はないぞ。

 俺は俺だが、ソフィアでもあるんだから。


 ――自分が一番で何が悪いの!? 自分のことを愛することが罪だとでも言うの!?


 限度があるだろうが!

 自分のことばっかり優先して他を蔑ろにしてちゃ、誰からも好きになってもらえないだろ。自分のことを愛するにしたって、自分以外の全員に嫌われたんじゃ寂しいに決まってる。世界中を敵に回してどうすんだよ。


 ――わ、わたしは世界を照らす光なんだから、他の何より大切なはずでしょ!


 何がお前にそこまでさせるんだか、俺にはさっぱりわかんねえよ。

 光だけがあっても眩しくて眠れない。眩し過ぎる光の中じゃ目も開けてられない。光だけが大事なわけじゃないだろう。


 ――何よ、あいつと同じこと……偉そうに、わたしに説教しないで!


 ふんっ、とウィーリアはそっぽを向いた。

 疲れた。

 今から授業に参加しても集中できない。どこかで休んで、午後の授業から参加しよう、と決め、少し早いが食堂へ行き先を変更する。

 甘い物が食べたい。

 ソフィアは甘党だ。チョコレートが特に好きで、食べ過ぎて太らないようアニーによく叱られる。前世の俺は甘い物よりしょっぱい系のお菓子が好きだったのに、嗜好はソフィアに引きずられているらしい。


 黙り込んでしまったウィーリアを横目で窺う。俺の隣を浮いてついてくるのに、視線が合いそうになると大袈裟に首を振って逸らす。


 なあ、ウィーリア。


 返事はない。


 お前、寂しいって泣いたじゃん。独りぼっちは嫌だって。誰かに好きになってもらいたいなら、相手のことも好きにならなきゃダメだよ。あげるばっかじゃ相手が疲れちゃうだろ。


 返事はない。

 それから、食堂で休憩して、午後からは授業にも参加して。一日をやっとの思いで終えて寮に戻って。眠る段階になってもウィーリアは一言も喋らなかった。どうしたものかと悩んでいたが眠気には勝てず、俺はあっさり夢の世界へ飛び立った。


 日が変わっても状況は変わらず。

 生徒会室での殿下とのやり取りの最中もずっと、ウィーリアはだんまりを決め込んだ。どころかウィーリアはすっかりへそを曲げてしまったようで、頑として姿を現さなくなってしまった。俺の言葉にも『嫌』『嫌い』ばかりで、会話にならない。


 助けてくれる、と言ってくれたこともなかったことにしてしまったのか、俺のそばを離れてどこかへ行ってしまうことも増えた。

 こうなったら、一人でなんとかするしかない。殿下との情報交換は継続しつつ、他の攻略キャラとの接点も築かなくてはいけない。あれからゼルさまは生徒会に姿を見せず、校内で見かけて声をかけてもあっという間に煙に巻かれてしまうのだ。ユーリ殿下とセシルさまに至っては、授業中に背中をちらっとみる程度で話しかけるタイミングすら掴めていない。


 頑張れ、俺。マジで、死なないように死ぬ気で頑張れ俺!

 

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