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あらあら、まあまあ。  作者: かたつむり3号
第一章 Vの愛
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 姉という生き物は大抵、弟に対して何かしらの恨みを一つや二つは抱えている。

 俺の姉は特にその傾向が強く、俺が産まれて間もない頃、お姉ちゃんでしょ、と言われ強いられた我慢を二倍どころか三倍にして返すと決めていたらしい。一口頂戴が一口で済んだ例はなく、ちょっと頂戴は残り全てという意味で、貸しては寄越せとルビが振られる。弟を制圧できる幼少期に力技で序列を叩き込み、力で敵わなくなる頃にはすっかり尻に敷いてしまうという算段だ。

 抵抗しても無駄、諦めた方が早い。反射的に思考が切り替わるよう条件付けされてしまった俺は、いつまでも姉さんに頭があがらなかった。


『ふふーん、驚いた? 驚いたでしょう?』


 こいつは姉さんと同じ匂いがする。自分が上だという絶対的な自信を持ち、ナチュラルにこちらを見下してくる感じ。


『高貴なウィーリアさまの姿を拝めたこと、感謝なさい。めったにないことなんだから』


 何だろう、すげえムカつく。何だこいつ。

 教会の教えにある光の精霊は、慈悲とか愛とかを煮詰めたような存在だったはずなんだけど、そんな気配まったくない。自画自賛と自己愛の塊だぞ、こいつ。


『ちょっと、聞いてんの?』

「いえ、」

『もしかしてあんた、わたしの尊さに見惚れて言葉もないの? やっだぁ可愛いわね』


 きゃっきゃとはしゃぐ声にイラッとする。


『ねえねえ、何か言いなさいよ。大精霊ウィーリアさまが声をかけてあげてるんだから』


 光の塊が頬をつつく。眩しいばっかりで輪郭すらはっきりしない姿は確かに光の精霊らしいとは思うけど、目がチカチカしてイラッとする。


「眩しいです」

『そうでしょう、そうでしょう。わたしは誰よりも眩しい存在なのよ、よくわかってるじゃないの』

「そうじゃなくて、」

『女神ばっかり注目されてるけど、あいつが寝てる間はわたしが世界を照らしてるんだから、わたしの方が注目されて然るべきじゃない?』

「あの、ちょっと……」

『人間って昼間に起きてるから、わたしの恩恵ってあいつの星より重要じゃない? ねえねえ、どう思――』

「~~っっっっだああもう! 眩しいってんだよ!!」


 離れろ、とがむしゃらに手を振り回す。光のどこかに手の甲が当たった。自称、光の精霊はバランスを崩したのか少し後退した。


『え?』

「目がチカチカするんだよ! 邪魔! 視界を塞ぐな!」

『え……』


 予想していない反応だったのか、光の精霊がちょっと光を弱めた。


「何だお前、ウィーリアっつったか? うるさい、目が痛い、俺の話も聞け! コミュニケーションって言葉知らねえのか!?」


 光が弱くなるにつれ、少しずつ精霊の輪郭がはっきりしてくる。その姿は発光してはいるものの、概ね壁にかかっている『光の乙女』と題された絵の通りだった。

 尻まで伸びた髪、線の細い体、ひらひらした服っぽいライン。絵の通りのポーズをとったら多分、ぴったり一致することだろう。


「よし、それくらいでいろ。自己顕示欲の塊かお前は……ったく、」


 溜め息ついでに息を整える。深呼吸して、ソフィアの皮を被り直す。


「それで? わたしに何か用?」


 いつまでも無言を貫くウィーリアに、改めて声をかける。まさかギラギラ光ってないと喋れない、なんてことはないだろうな、とわずかに体が強張った。


『何で……』

「は?」

『何でわたしに触れるの……?』


 いや、お前もさっき俺の頬をつついたりしてたじゃん。


「何でって……触れるから、としか」


 バネ仕掛けの玩具みたいに、急に駆け寄ってきたウィーリアに両肩を掴まれ激しく揺さぶられる。


『わたしは光の精霊なのよ!? 光なの! あんた光に触れるって言うの!?』


 言わないけど、触れたんだから触れるんだろ。ていうか今まさにお前自身が俺に触ってんじゃん。

 返事をしてやりたいが、口を開いたら間違いなく舌を噛み千切る。それほど激しい揺れだ。首がゴキリ、と鳴る音がしてハッとする。ほとんど反射でウィーリアを突き飛ばした。

 ウィーリアは、ぎゃんっ、と潰れた蛙みたいな声で床に転がったが、構ってられない。首と頭を念入りに触って無事を確かめる。それから肩と、ついでに足も。全身くまなく調べ尽くして、ホッと息を吐いた時にはウィーリアが立ち上がって首を傾げていた。


『何してんの?』

「お前のせいだろ!? 死んだらどうすんだよ!」


 せっかく被り直したソフィアの皮があっさり剥がれた。


『わ、わたし悪くないわよ!』

「いじめっ子はいつもそう言うんだよ!」


 死んでから謝っても遅いんだぞ!


『わたしのことを殴っただけじゃ飽き足らず、説教までしようっての? 図々しいわね、あんた』


 かちーんと来た。もういい。

 黙って背を向ける。姉さんの女王っぷりなんて可愛いもんだった。こいつのことは、嫌いだ。仲良くできる気がしない。さっさと帰ろう。……何で教会なんかに来たんだろう。大事なことを忘れている気がするけど、思い出せない。まあ、いいか。


 入口まで戻り、ノブに手をかける。



『ち、ちょっと待ちなさいよ!』



 至近距離で放たれた閃光が目を焼いた。堪らずその場にうずくまる。


『あんたのこと気に入ったわ。契約してあげる』

「要りません」

『即答してんじゃないわよ! 何でよ! 光の精霊よ!? 偉いのよわたしは!』

「お断りします。あなたのこと嫌いなので」


 がーん、と口で言って、ウィーリアが光を弱めた。


『え、本気? 嘘でしょ? わたしのこと嫌いなんて嘘よね?』


 なぜか必死な様子で背を向けた俺に追いすがる。


「人が嫌がることを率先してやる方って、好きになる要素がないですよね」

『わ、わたしは原初の大精霊、人間に光の恵みを与えてるのよ? 感謝されることはあっても、嫌われるなんて――』

「ああ、はいはい。そういう上から目線がもう嫌いです」


 教会から出るその一歩手前で、


『わああ! お願いだから好きって言ってよ寂しいじゃない! 何百年ここにいると思ってんのよ! ちょっとは優しくしなさいよ!』


 ウィーリアが大声で泣き出した。ぎょっとして思わず足が止まる。


『女神のせいでずっと独りぼっちなのよ!? 慰めてよ! 可哀想なわたしを優しく慰めてよ!』


 わんわん泣きながら、ぽかぽかと俺の背中を殴る。痛くはないけど、一発ごとに肩が重くなっていくような気がする。罪悪感、という奴だろうか。どんなに意地悪されても、姉さんが泣くと俺の負けは確定していたことを思い出す。姉さんは素直になれず自滅するタイプだった。


「もう、……わかったわかった。契約すればいいのね」

『いいの!?』

「弱い光を維持してね、目が痛いから」

『わたしを誰だと思ってるのよ! 光の調節くらい簡単なんだから任せてよね!』


 あっという間に元気になった。手のひらくるっくるかよ。早くも後悔している。


『ふふふ、やっぱりわたしは愛されてこそよね』


 ぶつぶつぶつ、と何事か呟いているウィーリアをじぃっと眺める。

 光の精霊、ウィーリア。輝く髪にまばゆい姿。風になびく髪の先まで美しくて、……どこかで見たことがあるような気がする。

 光の精霊、光の精霊ぶつぶつぶつ……。


『じゃあ、あんたの名前も聞こうかしら。わたしの契約主になるんだから、さぞ立派な名前をしてるんでしょうね?』


 朝日のような声にハッとする。今、何か思い出しかけた。


「ソフィア。ソフィア・ジェーンよ」


 とっさに握手を求めて、首を傾げる。どうして握手をしようと思ったんだっけ?


「改めて、わたしは光を司る原初の精霊、ウィーリアよ」


 よろしく、と返された手を握って、脳裏に閃光が煌めいた。

 同じセリフを聞いたことがある。辞書を借りに行った姉さんの部屋、テレビの画面から聞こえてきた声。


『あなたに――』

【――光の祝福を】


 絶叫する。声が教会内に反響して、窓の硝子をビリビリ揺らした。


『ちょ、っと……急に大声出さないでよ。どうしたの? わたしと契約できたことに感動したの?』


 光の精霊ウィーリアとの契約。どうして忘れていられたんだろう。

 乙女ゲーム『ジッタードールの箱庭』内で発生する強制イベント、いわゆるお助けキャラの獲得だ。ゲーム内の一日を終えると、寮の自室でウィーリアから各キャラの好感度を教えてもらえる仕様だと言っていた。悪役令嬢にイベントを吹き飛ばされても、ウィーリアの慈悲深い慰めの言葉が荒んだ心を浄化してくれる、と泣きながら説明された時は俺まで泣いた。主に乙女ゲームでストレス溜めて泣き出す姉さんにドン引きして。


『ねえ、大丈夫? 真っ青になってるわよ』


 大丈夫じゃない。ちっとも大丈夫じゃない。

 ゲームでは、ヒロインがウィーリアと契約するのはチュートリアルを終えた後だ。そこから本格的にゲームが始まり、各攻略キャラとの出会いイベントもここから始まる。つまり今、この瞬間、俺はゲームのシナリオを開始してしまったということだ。

 間違いない。ちゃんと覚えてる。姉さんが叫んでた。シナリオの開始を高らかに宣言して母さんにうるさいと怒鳴られ、尊さで歓声をあげ続け父さんにおかしくなったと泣かれてた。あんな狂気の時間はそう忘れられるものじゃない。

 ざっくりと、各キャラのイベントを一つずつこなして、悪役令嬢ともあわよくば仲良くなっちゃおう、なんて考えていた昨日までとは状況が違う。漠然とした死への危機感が、ここにきて確信として爆発する。


 ここままじゃ俺は、製作者とかいう戦いようのない相手からの強制バッドエンドで破滅する!


『もしもーし、聞こえてる?』


 無視して駆け出す。扉を乱暴に開け放ち、少しだけ高くなった太陽を意味もなく睨みつけながら南棟に飛び込んだ。


『ねえ、わたしのこと無視するなんてどういう神経してんのよ。返事しなさいよ。構いなさいよ高貴なるわたしを!』


 平然とついてきたウィーリアに言葉は全部、無視だ。

 こいつ絶対、元の性格じゃヘイト稼ぐばっかで役に立たねえから、性格を神聖なイメージに沿って改変されてんだろ。ちっとも浄化されねえ。余計に荒む。ふざけんな。


『聞こえてるわよ』

「は?」


 つい反応した。


『契約主の心の声はわたし達に丸聞こえなんだから、発言には気をつけなさいよね』

「うっそでしょ……」

『あと、わたし普段は人に見えないように配慮してあげるから、声もあんたにしか聞こえないから独り言の激しい女だと思われちゃうわよ』

「……」


 きゅ、と口を引き結んで前を向く。生徒会室までもう少し。

 廊下の角を曲がって、目的の部屋の寮開きの扉を開け放つ。ノックは忘れた。


「助けてください!」


 中にいたのはテオドール・ローゼン・バレット王太子殿下と、ゼル・クリストファーさまの二人だけだった。二人とも目を丸くして凍りついている。

 先に動いたのはゼルさまだった。にぃっと口角を持ち上げて笑う。


「殿下、お返事して差し上げてはいかがですか?」


 殿下もハッとした様子でゆるく口角を持ち上げた。


「ど、どうしたのかな? まだ授業中のはずだが」


 授業!

 忘れてた!

 顔から血の気が引いた。授業のために何を思ったか教会に向かって、それからすっかり忘れていた。どうしよう授業サボっちゃった! 前世でもやったことないのに、貴族のお嬢さまになってからサボるなんて!


「あ、あの……たしゅけてくらさい」


 震える唇が中途半場に言葉を紡いだせいで、めちゃくちゃ噛んだ。ゼルさまの笑みが深くなった。ウィーリアは宙に浮いて、腹を抱えて笑い転げている。


「何か困り事かな?」

「ノックも忘れるほどですよ、殿下。きっと一大事です」


 指先から熱がなくなった気がする。どうしよう。説明、どうやって?

 何をどう言ったところで頭のおかしい女だと思われる。

 実は、この世界は乙女ゲームの世界なんです。わたしは前世の記憶があって、それによると強制バッドエンドで死んじゃうので好感度上げてください。

 ……医者を呼ばれる以前に、危険人物として地下牢とかに放り込まれそう。


「わ、わたし……夢を、見たんです」


 きょとん、と音がしそうな仕草で、二人が首を傾げた。

 回転し過ぎた脳が金切り音をあげながら火を噴く。俺の頭の中はまさにそんな感じだった。


「昔から、その……予知夢、そう! 予知夢を見ることがあるんですけど、今日は……、」


 子爵家の令嬢が一人、破滅するから何だというのか。殿下にも、もちろんゼルさまにも関係ない。考えろ、何か助けてもらえそうな、手を貸してもらえそうな口実を思いつけ!


「わ、わた、しだけじゃなくて……殿下やヴ、ヴァイオレットさまも夢に出て……」


 殿下、の部分で殿下の片眉が跳ねあがり、ヴァイオレットさま、の部分で二人が眦を吊り上げた。


「このままだと……このまま学園生活を送っていると、は、破滅するという、夢でして……その、あの」


 ぶつぶつぶつ……。きっと頭からも湯気が出ているに違いない。それくらい、ショート寸前、いや、もうショートしてるかもしれない。

 殿下はしばらく考えるように顎に指をかけ、それからにっこり微笑んだ。


「ああ、うん。もう一度、はっきり言ってもらえるかな。ヴァイオレットが、何だって?」


 空気が凍りついたかと思った。少なくとも、俺の心臓は止まった。

 冷たい、凍えるような声だった。優しさと賢さを兼ね備えた、おとぎ話に出てくるような王子さまの面影はまるでない。これはもう、魔王の風格と言っていい。つまり、めっちゃ怖い!


「どうした? 言えないのかい?」

「い、いえ……あの、破滅」


 俺自身の破滅を回避したいんでそのお手伝いをしていただけませんでしょうか。


「破滅、ねえ。もう少し詳しく」


 詳細に説明できるならとっくにしてんだよ!

 強制バッドエンドの詳細ってどうやって説明すればいいの!?

 頭の中の針が振り切って、どこかへ飛んで行った。これがハイというやつだろうか。感覚が澄み渡る。


「申し訳ありません、詳細まではわからないのです。ただ夢で、このまま学園生活を送っていると姿の見えない強大な何かに、その……わたしだけでなく殿下もヴァイオレットさまも、みんなが破滅する光景を見ました」


 真の嘘吐きは、真実に微量の嘘を織り交ぜるという。


「ふむ……どう思う、ゼル」

「愉快だと思いますよ」


 急に話を振られたゼルさまはしれっと言い放った。殿下が眉を顰めて溜め息を吐き出す。


「真実だと思うかい?」

「さあ? 妄言にしては杜撰ですが、真実にしては曖昧です」

「君、名前は?」


 今度はこちらに話を振られた。


「じ、ジェーン子爵家が長女、ソフィアと申します」


 癖でカーテシーをとり、それどころではないと思い直しすぐに姿勢を正す。


「そうか。それで? 予知夢というのは、近い将来に起こりうる可能性の話かな? それとも、確定事項かな?」

「可能性の話、です」


 確定している、なんてそんな恐ろしいこと考えたくもない。


「つまり、回避はできるということかな?」

「おそらくは」

「そこも曖昧なのか……」

「申し訳ございません。如何せん、ぼんやりしたイメージを見るだけなので」


 けれど、と急いで付け足す。


「回避のための行動を起こさなければ、現実になります」


 少なくともこれまではそうでした、とさも経験があるように取り繕う。こうなりゃ自棄だ。嘘でも何でも吐いてやる。こちとら藁にもすがる思いなんだぞ。


「信じていただけないのは覚悟の上です。けれど、お願いします」


 聞こえてるなら手伝え。ウィーリアを呼ぶ。


 ――嫌よ。


 なんっっでだよ!


「殿下、どうか信じてください」


 頭を深く下げる。

 お願いしますウィーリアさま。奥歯を噛みしめながら願う。あなただけが頼りです。


 ――しょうがないわねえ。まったく、わたしがいないとダメなんだから~。


 閃光。


『彼女の言うことは本当よ。近い将来、あなた達には危険が迫っている』


 頼られたことで気分がいいのか、ウィーリアはあっさり姿を現した。後光が差すよう調整しているが、にやけ顔を隠すためにやっているのはバレバレだ。どうやらウィーリアの心の中も、多少は俺に通じるらしい。


『わたしは彼女と契約し、共に破滅の未来を回避すべく行動します』


 口調が整った。浮かれすぎて精霊らしい話し方まで忘れていたらしい。

 殿下とゼルさまは落っこちるんじゃないかというほど目を見開いて、ウィーリアを凝視している。絶句、とはこういう状態を指すんだろうな。

 チラチラ、とウィーリアが俺の方を見る。反応がないことで不安になったようだ。


「殿下、ゼルさま。先程、わたしが教会で祈りを捧げていると、光の精霊さまが降臨なさったのです。わたしのことを大変に心配してくださり、恐ろしい未来を変えるためにお力を貸してくださると契約まで交わしてくださいました」


 物は言い方とはこのことだ。

 俺自身、死への恐怖で暴走した自覚はある。ウィーリアに関しては俺の話からそのまま言葉を選んでいる。殿下たちに至っては多分、混乱ばかりで何一つ伝わっていない。

 まともな意思疎通が一度もできてない状況ではあるが、混乱に乗じてストーリーイベントに食い込めるようどうにか関係性を構築したい。


「お、驚いたな……」


 ぽつり、と殿下が呟いた。


「まさか光の精霊が、……そうか」

「無下にはできなくなりましたね、殿下」

「お前はなぜそうも楽しそうなんだ……」


 心の中で、握った拳を天高く突き上げる。よくわかんねえけど、巻き込めたっぽい!


「ソフィア嬢、君の話を聞こう」

「ありがとうございます!」

「まずは、予知夢についての話だ」


 ――ねえねえ、こいつらと協力して何かするの?


 頭の中にウィーリアの言葉が響いた。

 そうだよ。殿下達は欠かせないんだ。俺もなんとなく返事を思考する。


「君の見るという予知夢だが、どんなものなのか知りたい。わたし達には想像もできないことだ」


 ――わたし、協力したくないんだけど。


 何でだよ。この国の王太子だぞ。国で一番、頼りになるお方だ。


 ――だって、ヴァイオレットってこいつの婚約者のことでしょ?


 そうだよ。それが何?


 ――わたし、その娘のこと嫌いなのよね。


「は……? 嫌い、――って何で!?」


 思わず声に出た。隣で澄まし顔をするウィーリアに掴みかかり肩を揺さぶる。


「ソフィア嬢、どうした?」


 殿下の厳しい声にも怯える余裕がない。とんでもない発言をしたぞ、この精霊。聞き捨てならない。どう説明したものか、と頭を悩ませていると、にっこり笑んだウィーリアが口を開いた。


『王太子さん、わたしはあなたの婚約者のことが嫌いです』


 死んだ。絶対に死んだ。もうやだこの自称、光の精霊。疫病神の親戚かなんかだろ絶対。


「ヴァイオレットのことが、嫌い……?」


 ほらもう殿下も混乱しちゃってるじゃん! ゼルさまなんて笑顔を忘れて無表情になってるから!


『ええ、心の底から。……焼けてしまえばいいのに』

「ちょ、っと、なんてこと言うの!?」


 口を塞ごうと手を伸ばす。しかし、


「ソフィア嬢」


 殿下の氷のような声が突き刺さった。


「ゆっくり話を聞かせてもらおうか?」

「は、はい……。申し訳、ございません……」


 死にたくない。

 これで俺が不敬罪で死刑になったら、お前が代わりに処されろ。

 睨みつける俺の視線もどこ吹く風で、ウィーリアが殿下に向かってあっかんべと舌を突き出した。

 

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