マウンドを駆けろ!
私達の援軍にかけつてくれたのは、なんと店主の弟であった。
「よお、兄貴。 久々に来てやったけど今日はもう営業してないのか?」
「ああちょっと色々立て込んでてな、それで早速で悪いんだがお前
に頼みがある。 明日野球の試合に出てくれないか?」
「野球? まあ何回かやったことあるけど、まあいいぜ」
そういうことで私達はさっそく郊外に出て、野球の練習を始めた。
すると私が作ったチャームには一つ弱点があることがわかった。
それはどんなものも避けてしまう性質がゆえに、キャッチャーミットに収まらないのである。
「おいおいこの場合はどうなるんだ?」
「うーん一応ストライクゾーンを通過すれば、ストライクになるみたいだし大丈夫なんじゃ?」
「そうか」
しかしまだこのイカサマボールを使うのにも問題があった。
「なあこのボールって返球する時って、投手が捕球できなくないか?」
「その場合捕手は、地面に叩きつけるように投げてください。 そうすれば、地面から避けようと一度魔法が発動
するので、反発する軌道さえ読めれば捕球できます」
私は気づきもしなかった弱点に驚かされながらも、何とか穴を克服していった。
しかし、相手から気が付かれないように捕手から投手に送り返すのは大変難しく、遅くまで練習は続いた。
「よしとりあえず今日はこのへんで解散にするか!」
私達は周りが見えなくなるほど暗くなったのでは流石に練習にならないと切りやめた。
翌日私達は、郊外にある整備されたグラウンドへと呼びつけられた。
そうして何やら楽しいことを始めると噂が広まったらしく、ゾロゾロと人だかりが出来始めた。
どうやら悪役令嬢風の女マルゲリータが集めた選手の中に、凄い選手がいるらしくそれのファンが
噂を聞きつけて集まっているようだ。
当然観客たちも応援するのは、チームマルゲリータの方だ。
「うわーどうしよう私ちょっと不安になってきました」
「だ、大丈夫よ。 私達にはあなたの作った魔装があるんですもの」
「そ、そうだね」
まず気持ちで気圧されそうになりつつも、私達は後攻で一回の表からゲームが始まった。
「プレイボール!」
「よろしくお願いします」
そう挨拶すると私達はすぐ様決めてあった定位置へとつく。
さてはてあの魔装がきちんと機能するのか不安でしょうがない。
投手は野球経験者でごく平凡な投手を務める男が、することになった。
そしてその男が第一球を投げた。
私は緊張のあまり目を瞑る。
そして次の瞬間主審の声が鳴り響く。
「ストライク!」
球はきちんとストライクゾーンを通り、ワンストライクをカウントした。
だが当然といえば当然だが、すべてのものを一度すり抜けてしまうスルーの魔法がかか
っているため、物凄い軌道をなぞっての投球だ。
当然、キャッチャーミットにはろくすっぽ収まらなかった。
私達は一先ず魔装がきちんと機能していることに安堵した。
それとは対照的に観客の反応は物凄い盛り上がりを見せた。
「何ださっきのナックルボール! 凄い軌道だったぞ」
「チームマルゲリータを応援しに来たが、相手チームもなかなかやるな!」
そんな歓声が巻きおこる中、投手は第二球を投げた。
「ボール!」
球は制球力を完全に無視して、バットから逃れようとするのでたまに
ストライクゾーンを逃れることがある。
しかし幸運にも恵まれて、ボールカウントはこの一回のみで、一回の表を難なく切り抜けた。
しかし、一回の裏になると私達は相手チームの真の恐ろしさを知ることとなった。
「ストライク! バッターアウト」
相手はたった六球で私達のカウントを、二アウトへと持ち込んだ。
「流石チームマルゲリータの守護神だ! 素人チームに負けるわけがねえ」
そんな歓声があがりだした。今回の試合は打者勝負ではなく投手勝負であることに気が付かされた展開だった。
結局私達は九回の裏になっても、相手の投手に手も足も出すことができなかった。
それにまずいことに、ボールカウントが三になり走者を出すかもしれないという危険な状況へと
一回追い込まれたことがあった。
流石に地力の差は歴然としており、このままではいつか点をとられてしまうのではないかという時であった。
更にまずいことにいつの間にか悪役令嬢風の女マルゲリータが、馬車に乗ってやって来ていた。
彼女は馬車からは出ずに、何やら指示を監督へと送った。
そして相手の監督からこんなことを告げられる。
「相手のボールは明らかにおかしいとのご指摘がマルゲリータ様から入りました」
その言葉を聞いて観客たちは明らかに動揺した。
「どういうことだ? インチキってことか?」
「もしかしてエメリーボール?」
エメリーボールとは、故意に球に傷をつけて不自然な軌道にする反則行為のことである。
「さっきまでの好投はイカサマだったのか!」
観客たちから一転私達へと罵声の言葉が飛び交った。
だが、私達が使っている球は如何わしい物ではあるが、一見して反則だとわかるものではない。
一瞬緊張が走るが、主審は問題なしとの判断を下した。
それに対し観客も上げた拳を降ろした、ある一人を除いては。
そうマルゲリータである。
彼女は常日頃から人にちょっかいをかけているため、何か如何わしいことをしている
ことへの空気感を感じる力が凄まじく直感的に私達の不正を見破っていたのだ。
そしてこんな提案をしてきた。
「エメリーボールでないことはわかった。 ならその球と私達の球を取り替えて九回の裏以降戦ってみなさい」
そういうお達しがあったのだ。
この提案を断ることは不正を認めたことと同義である。
しかし、私達の素の投球で相手打線を守りきれる確率はゼロパーセントだ。
どうするか私達がベンチで揉めていると、お姉ちゃんが小さい声で私にこんなことを提案してきた。
「ねえリリー私の靴にダッシュの魔法をかけてくれない?」
「え? まあそれはいいけど塁に出ることなんて絶対無理なんじゃ?」
「いいえ絶対出塁してみせる」
お姉ちゃんの硬い覚悟が眼差しで伝わってきた。
私はウンと頷いて、魔法をかけた。
「魔法少女リリーが命じる、靴よ疾風の如き俊足と化せ『ダッシュ!』」
その後私達はボール交換の提案を受け、試合は再開となった。
だが私達の打線はせめて不正を暴かれまいと、見送り三振を九回裏で行うという
珍事を連発し、観客から罵声を浴びせられた。
「おいおい攻める気概が見えねえぞ!」
「びびってんじゃねえのか!」
そんな重い空気の中ツーアウトのカウントで、ラストバッターとしてお姉ちゃんがバッターボックスへとあがった。
「終わった……俺の店終わった」
店主はぐったりとした態度を見せ、思わず仲の悪い弟ですら同情の言葉をかける程であった。
お姉ちゃんは宣言とは裏腹に、瞬く間にツーストライクのカウントをとられた。
「おいおい奇跡よ……起きてくれよ」
店主は泣きそうな声をあげる。
そして運命の三球目であった、お姉ちゃんはなんとバットを振った!
当然あたるわけもなく大きく軌道をそれ、ストライクバッターアウトが宣言された時であった。
お姉ちゃんは思いっきり早い速度で、一塁へと出塁した。
「は? 何やってるんだいアイツ」
「いや、よく見ろ! 捕手がボールを取りこぼしている、振り逃げだ! まだアウトになっていない」
捕手はボールを拾い直し、一塁へと送球しようとするが、もう既に一塁を飛び越え
二塁へと走塁していた。
そこで捕手は二塁へ送球するが、物を一度避ける性質のあるボールなため当然二塁手もボールをとりこぼしてしまう。
そんなことをしている間に、お姉ちゃんは本塁へと走っていた。
観客からも思わず歓声があがる。
「すげー俊足だ! まさかランニングホームランか?」
二塁手がホームへと球を返すが、その間にお姉ちゃんは悠々と本塁を踏み、見事ランニングホームランを成し遂げた。
最後は私が見送り三振をして、ゲームセットとなった。
まさかの勝利である観客たちの歓声は沸き立つ。
それに当然マルゲリータは業を煮やした。
潰してやろうと思った相手に、倍返しされたのだから当然である。
マルゲリータは癇癪を起こした。
「はいはいはい、勝利おめでとう、おめでとう。 で? だから? 勝てたら追い出さないなんて一言も言ってないわ」
その言葉を言った直後従者長はすぐさま諌めた。
「お嬢様、流石にこんな観客がいる中で約束反故にするのはまずいかと……。 それに、ここは強者の余裕を見せた
ほうが心象もよろしいかと」
悪役令嬢風の女マルゲリータは、しばらく悔さのあまりハンカチを噛みちぎりそうになっ
たが、ある条件を出すことでその場は収まった。
ピッツァの名前に自分の名前であるマルゲリータをつけることで、今回のことは不問にするというものであった。
そのことにより、ピッツァは領主のお墨付きをもらったことになりより繁盛し、マルゲリータの名前もより広まるという
両者ウィンウィンの結果に終わったのであった。