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マリオネット

「はぁ……」

「もう落ち込み過ぎだよ」


お姉ちゃんはあの日以来どうにも不調気味で、このところ調子があがらないみたいだ。

おかげで今日はミスが目立ち、いつもよりも実入りが少ない。

流石にこのままではまずいので、不調の原因である演劇を見れなかったことを

解消しようと動き出した。


「ねえお姉ちゃん今日演劇見に行かない? 私のおごりで」

「え、本当に!」

「う、うん。 当然立ち見席だけどね」

お姉ちゃんがあまりにも食い気味に私の話題にのってきたのは驚いたが、すんなりと

不調を解決できそうで安心した。


「じゃあ何見ようか? ロミオとジュリエット以外で」

「以外でか、うーん」

お姉ちゃんはじっくりと考え込む様子を見せた。

しかし頭の中の引き出しからは何も引き出せなかったようで、結局は

行ってから決めるというその場のノリで決めることとなった。


 劇場へとつくと、私はさっそく受付の前で何の演目があるのかを

確認した。


「うわー色々あるんだね」

「そうねー、これ見たいとかリリーはある?」

「んー特にないかな? お姉ちゃんは何かある?」

「そうね……」

そう言ってからしばらく時間が経つが返答がない。

おそらく先程と同じく頭の中の引き出しを必死に開けているの

だろうが、これではさっきの二の舞だ。


「あ! じゃあ私はこれがいいかな」

そういって私は適当にハムレットという演目を指差した。

「わかった、それにしましょう」

そういうことで、私達はハムレットの演目を二枚購入して、立ち見席へと並んだ。

私達は演目が始まるまで談笑して、適当に過ごしていたのだが幕があがる

寸前ぐらいに妙な男がやって来た。

そうあの後ろを向いてブツブツと台詞を暗唱する例の男だ。


私はまずいと直感的に思ったが、人混みが凄く身動きがとれなかった。

結局その男は私達の隣で立ち見を始めた。

お姉ちゃんは能天気に演目を見ようと必死だが、私はこの後どうなるか知っているので

げんなりしかしなかった。


そんな私の気持ちをよそに幕がいよいよあがった。

観客はそれを固唾を飲んで見守っていた。

私も隣の男が何も喋らないことを祈って、隣をチラ見したが男は後ろを

向いており、もう準備万端という態勢だ。

私はなるべく気にしないようにしようと、前を向こうとするが思わずその男の顔を見てしまった。

するとどうだろう、その男の顔色の悪さといい汗のかきかたといい明らかに異常だ。


「えーとあの、体調とかって大丈夫ですか?」

「……」

私は気になって男に話しかけるも、氷像のように固まってピクリとも動きはしない。

しかし、演劇が始まると男はまた元気を取り返しブツブツとつぶやき出した。

これには私も流石にお手上げで、なるべく気にしないように演目を見ることとした。


この演目は非常に長いことで知られており、幕が何回かあがってその度に休憩が入った。

休憩に入ると、男はまた氷像のようにピクリとも動かないのだが、何度も私が話しかけているとついに一言発した。

「助けてくれ」

あまりにか細く小さな声だったので、聞き逃しそうになったが私はしっかりと聞き逃さなかった。

「助けますよ」

私は小さな声でそっと返すと、幕があがり再びしばらくの静寂が訪れた。

また演者が出てくると、台詞の暗唱が始まるのだが、私はあえて何も注意しなかった。


 演劇が終わり幕があがると、観客たちは拍手喝采を送った。

拍手が終わるとお姉ちゃんは私を小突いて小声で囁いた。

「ちょっと、何助けるとか勝手なこと言ってるのよ」

「えーでも困ってそうな人だったし……」

「もう」


そう言ってお姉ちゃんは呆れた様子で顔を傾げた。

そんな会話をしていると、氷像のように固まっていた例の男がこちらを振り向いて一言。

「本当に君はワシを助けてくれるのかね?」

その今にも泣き出しそうな表情を見て、思わずお姉ちゃんも態度を軟化させる。


「わかりましたよ、助けます」

「ありがとう、ありがとう」

そういってお姉ちゃんにおいすがって、泣き出しそうな声をあげた。

「それじゃあワシの家に来てくれるかね?」

そういう話の流れで、私達はその男の家へと招かれた。


 男の家は、オペラ座の近くにありしかも私達が住んでいる安アパートとは別格に、格調高い。

その見た目の立派さに惚れ惚れとしながらも、私達は客間に対面で向き合い男の話を聞くこととした。

「実はワシは作劇家なんじゃ」

「あ、へーそうなんですね」


「だけどな……ここ数日一文字も筆が進まないんだ」

「ありゃ、それは大変だ」

私はあまり要領を得ない受け答えをしていると、男は少しムッとした表情をして言った。

「もし台本があがらなかった場合、ワシは終わりなんじゃ」


「どうしてです?」

「予定していた演目に穴を空けることになる。すると多額の賠償金が発生してこの家からも出て

いかないといけないことになる」

私は、借金があってもなんとかやっていけると思わず口から出そうになったが、ぐっと

堪えた。

「とにかくワシの演劇が作れるように、手伝ってくれ」

老人は藁にも縋りたそうな表情を浮かべ、すっと手を伸ばした。

そこから少し私達のコソコソ会議は始まった。


「ねえどうする助ける?」

「そうね、助けたら大儲けできそうね」

「おー、確かに! でも創作を手助けする魔法なんてあるの?」


「うーん無いわね」

「ダメじゃん」

「でもとりあえずこの人何か喋りたがってるし、とりあえず話だけでも聞いてみましょうよ」

「そうだね」


私達はコソコソ会議を終えると、老人にすっと手を伸ばした。

「とりあえずお話だけでもお聞きします」

「おお、そうか」

その答えを悔やんだのは、答えを返してからすぐであった。

氷像のように固まっていたあの寡黙なイメージとは真反対に、自分の興味のある


話題に関しては喋る喋るで喋り続けた。

私達は、なぜその男が何回も同じ作劇を見続けるのかのエピソードや、自分なりの創作論を延々と聞かされ

段々と億劫になってきた。

そこで私達はいいところで話を切り上げて帰ろうかと話し始めたが、なかなか切りやめてはくれなかった。

そこで私達は一計を案じた。


「ねえおじいさん私達絶対に帰りませんから、寝室でお話しませんか?」

「ああ、別にいいけれど?」

そういって老人を寝室へと誘導すると、今度はベッドに寝るように提案した。

それも受け入れてくれると、私達は遂に作戦を実行に移した。


私達は、その部屋にあったマリオネットに魔法をかけて、ある程度の会話ができる魔装チャームに改造しようと試みたのだ。

「魔法少女リリーが命じる、マリオネットよひたすら相槌を打て『トーク!』」

そう小声で唱えると、マリオネットは老人の会話にひたすら相槌をうつ人形と化した。

ただ振り向かれてしまうと、途端に計画がバレてしまうので、絶対に振り向かないようにとよく釘を打ってそそくさと家を出た。


 そうして一ヶ月後新しい演目「マリオネット」がクランクアップされた。

あらすじを説明すると、スランプに悩んでいたベテラン脚本家の前にある日不思議な少女が

現れて、人の言葉を話すマリオネットを渡すところからはじまる。


脚本家は最初喜んでマリオネットに話をし続けたが、ある日自分はマリオネットに話をする

毎日を送り続けていることに気がつく。

そうして一体自分はマリオネットを利用しているのか、マリオネットに操られて話を

する操り人形にされているのかという怪作であった。

私はこの演目を見て、さぞお疲れだったのだろうなと感想を持った。

そうして私達はちゃっかり原作料として、収益の数割をもらったのであった。

ポイント、ブクマ等頂けると大変励みになります。

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