演劇泥棒
「え? リリーオペラ知らないの?」
「あ、うん」
「いやーそれは流石に遅れてるわ」
お姉ちゃんは明らかに馬鹿にした表情で、私のことを見つめてくる。
「というかお姉ちゃんはオペラ見に行ったことあるの?」
「まあそれなりにはね」
見下した表情で、まるで小さい赤子を見るようかのな目で私のことを見つめてくる。
「じゃあ今日見に行きなよ」
「えーでも……」
そういって私がもじもじしていると、お姉ちゃんは私の背中を優しく叩いて言う。
「いやいやいや、何事も挑戦だと思うよ? だから今日見に行くべきだって!」
「わかったって……で、何の演目がおすすめとかってあるの?」
「そうねーリリーはどういった物語が好きなの?」
そう聞かれると反応に困るが、改めてじっくりと考えると難しい。
「うーん、そう聞かれると……でもやっぱりラブロマンスには憧れるなあ」
「へーやっぱそういうお年頃なのね」
そういいながら私の頭をポンポンと叩いて、またあの赤子を見るような目で見てくる。
姉妹といってもそんなに年は離れていないのに、たまにお姉ちゃんは明らかに
自分が年上だという態度をとってくる。
それが鬱陶しいと感じたことまではないが、流石に何度もやられると面倒くさい。
「じゃあそんなおませさんなリリーちゃんには、『ロミオとジュリエット』がやっぱりおすすめかな」
「ロミオとジュリエット? なにそれ」
「まあネタバレになるから、詳しくは言えないんだけれど。 ラブロマンスものだと思ってくれれば間違いないわ」
そういって顔を綻ばせながら私に語ってきた。
「うーん、よくわかんないけどとりあえず今日見に行こうかな」
「お、いいわね! それで一つ頼みがあるんだけど」
「な、何かな?」
柔和な表情を浮かべながら、お姉ちゃんは度の入っていない伊達メガネを私に手渡してきた。
それがやけに不気味に感じた。
「この伊達メガネにリリーの魔法をかけて、視覚共有できるようにしてほしいの」
「えー」
私は思わず驚いて大声をあげてしまった。
「それってバレたら結構まずいんじゃないの?」
「バレるってどうやって? 私はただ自分の家で眼鏡をかけているだけ、リリーは普通に演劇を見ているだけじゃないのよ」
「うーん、まあそうだけどさ」
「とりあえず、ね?」
そういって強く押してくるので、私はとうとう根負けし視覚共有眼鏡を作ることとした。
「魔法少女リリーが命ずる、眼鏡よ我と同じ景色を写せ『シェア!』」
私はしぶしぶながら魔装を作って、それをお姉ちゃんに手渡した。
「もう、こういうことにはあんまり魔法を使っちゃダメってお姉ちゃんが言ってることじゃないの」
「いやー貧乏が悪い、貧乏が悪い」
そういってあまり悪びれた様子を見せず、お茶らけた態度をとってごまかしてくる。
「もう」
そう私は一言呟いて、劇場へ向かうこととした。
劇場へ着くと、私は受付へと並んだ。
勿論求める切符は一番安い立ち見席のものだ。
私は無事に切符を買い求めると、最奥部の立ち見席へと足を運んだ。
オペラ座というのは意外と収容人数が多いように作られていて、一番上の階段まで登るのにも意外と骨が折れた。
そして立ち見席ということもあって、やはり見ている人の身なりも幾分かみすぼらしい。
といっても私も、一張羅の白い薄汚れたワンピースを着ているので変に目立たずにそれはそれで居心地がいい。
そろそろ演目が開幕になろうかという時に、一人異彩を放った人物が立ち見席へとあがって来るのが目に入った。
その人物は、立ち見席に並んでいる者達よりも数段いい身なりをして、立派な出で立ちなのだが、とにかく挙動がおかしい。
どこかせかせかした落ち着かない様子で立ち見席へと並んで来たのである。
私はまあそういう人もいるかぐらいで見ていたが、よりにもよってその人物は
私の隣へと並んできた。
少しブルーな気持ちになりつつも、幕が上がり演目ロミオとジュリエットは始まった。
演目が始まると私は演者の迫真の演技や、話の筋の面白さに見いてしまっていた。
時には興奮させ、時には泣かせにかかり、時には憤りを覚えさせる、そんな素敵な演目であったのだが、それを
件の不審な人物は邪魔してきた。
なんとその人物は演目を見ず、後ろを向いてずっとボソボソと何やら独り言を発しているのである。
その不気味な光景に私は思わず寒気を覚えた。
そしてよくよく聞いていると、小声で発していることが適当なことを言っているわけでないと気がついた。
なんとその不審な男は、役者が台詞を発する前に一言一句違わぬ台詞をブツブツと呟いていたのだ。
つまりこの男は、何度も何度もこの演目を見ていて、全ての台詞とタイミングを暗記しているのだ。
私はその執念にも驚かされ、余計不気味な気分となった。
ともかくそんな不審な男のことは無視して、私は演目を楽しんだ。
そして衝撃のラストには思わず胸をうたれた。
演目が終わると幕があがり、立ち見席で見ていた者達はそそくさと立ち去り始めた。
私は衝撃的な終わり方に思わず立ち尽くしたまま動けなくなってしまっていた。
しかし、きっとこれを家で見ていたお姉ちゃんも大満足なのだろうなと思うと胸が高鳴る。
私はさっきの不審な人物のこと等忘れて、足早に家へと帰った。
「ねねね、面白かったよ! ロミオとジュリエット」
帰ってきて開口一番に私はその話をした。
するとお姉ちゃんは不機嫌そうにしていた。
私にはその理由がわからず思わず戸惑った。
「ねえ、ねえなんで不機嫌そうなの?」
私が尋ねるとお姉ちゃんは一言。
「だってこれ映像は見ることができるけど、台詞が聞こえないんだもの」
「あ……」
やはり楽をしようと魔法を使うのはよくない、ちゃんとお金を払って
演劇は鑑賞しようと学んだ。
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