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メモリーグラス

 私達がピッツァデリバリーを始めてから数ヶ月が経った。

今では、私達の家計も少しずつ持ち直しつつあり、利息分だけでも

借金の返済ができるようになった。

それにより督促状が届くこともなくなり、お姉ちゃんの悩みのたねが

一つ減り気分も上々というときであった。

 

 いつものように店主のところへピッツァを取りに行ったの

だが、なにやら顔色が悪い。

「んーあれ? どうしたんですか、顔色悪いですけど」

「リリーちゃんか……これ見てくれよ」


そういって私に手渡されたのは、有名なグルメレビュアー

が出版している本であった。

本のタイトルは、『絶対に行くと後悔するお店トップ100』

そういった名前であった。


「あー、読んだことあります。 面白いですよねこれ、それでこの本がどうしたんですか?」

私が尋ねると、店主はその本の一番最初のページつまりベスト1に選ばれた

ページを私に見せてきた。

そこにはなんとこのお店のことと批評が掲載されていたのである。

「あちゃーついにレビュアーに見つかっちゃいましたか」

「そうなんだよ、それで見てくれよこの内容」


私は言われた通りに、掲載されている内容を読んでみた。

『昔は閑古鳥が鳴いていた店だが、ピッツァデリバリーなる

見世物で人を集めているだけの実力などない店、あと最近

店主が調子に乗り始めている』


「うわーこりゃあ酷いですね」

そういえば言われてみるといつもよりも、人の入りが悪い気がした。

「けど裏を返せばこんな有名レビュアーに目をつけられるくらい成長した

ってことですよ、今は苦しいかもしれませんが頑張ればまた人も戻ってきますよ」


「……いや俺がへこんでいるのはそういう理由じゃないんだ」

「え? どういう理由です?」

「実はこの記事を書いたのは、俺の弟なんだ」

「へ、へー、え?、そうなんですか!」


つまりは私のお姉ちゃんが、私の悪口を吹聴しているようなものである。

当然裏切られたという気持ちになってもしょうがない。

そんな時であった、何も事情を知らないお姉ちゃんがピッツァを取りに

このお店へとやって来た。


「ねえお姉ちゃん、お姉ちゃんは私のこと裏切らないよね?」

口早くそうお姉ちゃんに言うが、お姉ちゃんは唖然とした表情を

浮かべるだけであった。


「ちょっと落ち着いて、何があったのか一から全部説明してみて」

そういうと私の代わりに店主が事の顛末をすべて語ってくれた。

「なるほどねえ」

そういうとお姉ちゃんは私を抱き寄せて、大丈夫だよと一言呟いた。

その一言がなんとも優しく聞こえたので、私は落ち着きを取り戻すことができた。


 事情を聞いたお姉ちゃんはある一つの解決策を打ち出した。

「兄弟ならいっそのこと、事情を聞き出してみたらどうですか?」

「いや……レビューされた店がレビュアーに文句をつけようものなら

圧力をかけたなんて言われそうで、どうもなあ……」


「といってもこの記事の内容を見ましたが、一部を除いてどう

このお店が悪いのか具体性に欠けると思うのですが」

言われてみれば確かにそうだ。

昔は流行っていないお店であったのは事実だが、デリバリーサービスの見世物で

お客さんを集めたというのは間違いである。


「まあ要するに気にしないほうがいいと思います」

「いや……気にするなって言ってもどうしても気になるっていうか」

「じゃあ腹を割って話をするかのどちらかしかないかと」

「いやーそこなんだけどさ、リリーちゃんの魔法でなんとかならないかな?」

「お姉ちゃん悪口を消す魔法なんてあるの?」

「無い」


私は魔法を使う才能はあるが、魔法に関する知識は全くないため、一応尋ねてみたが

無慈悲な回答が返ってきた。

やはり魔法といえど、万能ではないのだ。

そしてもう面倒臭くなってきたのかお姉ちゃんは、私を小突いて小さく呟いた。


「ねえ一旦この話題は切り辞めにしない?」

「えー、でも店主さん結構ガチでへこんでいるんだよ?」

「でもどちらかというと、家族間の問題な気もするし、それに深入りするというのは……」


そんなひそひそ話をしていると、店主は訝しんでこちらに

助けを求めるような目で見つめてくる。

「ねーでもお姉ちゃんさ、もしこのお店の売上が落ちたら入ってくる手数料も減るんだよ?」

「それはわかってるけど、絶対面倒なことになるわよ」

「うーん、それはわかるけどさ……」


もう一度店主の顔を見返すが、怯えた子犬のような顔をしていかにも気分が優れない様子が見て取れる。

「クローネさんすみませんが、今回の件は魔法でもどうにもならないです。 ピッツァデリバリー行ってきます」

そう言ってお姉ちゃんは、面倒なことになる前にさっさとその場を去っていった。

私もどうにかしてあげたかったが、さっきも言った通り私に魔法の知識はない。


だから少なからず魔法で店主さんを救うことはできない。

私は意を決して、ピッツァだけを受け取りデリバリーに出かけた。

上空から店主さんの顔をチラリと見たが、まるで見捨てられた赤ん坊のような顔をしていて大変忍びない気持ちとなった。

「ごめんなさいクローネさん」

私はそう一言呟いてその日は飛び去っていった。


 次の日になっても、店主さんの調子は悪いように見えた。

「ねえお姉ちゃんホントのホントにどうにかならない?」

「うーん流石に心配になってきたわね……」


ようやくお姉ちゃんも真面目に取り合うようになった、店主が倒れるとこちらまで倒れてしまうからだ。

「んーでも、どうするの?」

「二人で話し合ってもらおうと思う。 コールの力で弟さんを呼んでみましょう」

「わかった」


私は店主の方を向いて、こう言った。

「あのー今から弟さんを呼ぼうと思うんだけどいいです?」

「いやいやいやいやいや、ちょっとやばいよ」

「でもそれしか解決法ないと思いますよ」

「うー」


そう一言呟いて、その場に店主は塞ぎ込んでしまった。

「わかった! お願いするよ」

私はお姉ちゃんと目配せをした。

するとお姉ちゃんはコクリと首を立てに振った。


「よし、やろう」

「魔法少女リリーが命ずる、招き猫よ彼の者を呼び寄せよ『コール!』」

そう唱えると、主人はまたガタガタと震えだした。

「何今から怯えてるんですか!」

お姉ちゃんはポンと主人の背中を叩いて励ました。


 一時間程するとメガネをかけた、痩せ型の嫌味っぽい男が入店してきた。

その男が入ってくるのを見て、ガタガタと店主は震えだした。

それを見て、私はその男が店主の弟さんなのを察した。

私達は端っこの目立たない席へと移動し、聞き耳を立て様子を見守った。


「よう来てやったぜ、兄貴」

「おう久しぶりだな」

店主は平静を装ってはいたが、コップを差し出す手は細かく震えていた。

「頑張れ……クローネさん」

私は小声で、店主を応援した。


「兄貴のおすすめを貰おうじゃねえか」

「わかったよ」

そういって店主は、ナスとトマトのパスタを作り始めた。

レビュアーの男は、何やらネチネチとした表情で堂々とメモ帳を広げて何かを書き出した。

それを横目に見つつ店主は、パスタを作り続けた。


「はいお待ち」

店主は出来上がったパスタを、弟へ差し出した。

その手はガタガタと震えており、緊張している様が伺える。

私達も内心怯えながら一時始終を傍観していた。

レビュアーの男は、神への祈りを捧げた後パスタに手をつけた。


「……相変わらず料理うめえな」

「お、おう」

意外にもレビュアーは、店主のことを褒めたので私達は内心ホッとした。

「兄貴は昔から料理を作るのはうまかったもんな」

「……それが理由か」

なにやら事情持ちのようで、私達はビクリとなった。


「ああ、そうだよ。 昔から兄貴は料理が上手くて料理人になった、けど俺には才能がなくて評論家になった」

私達はやばいと咄嗟に感じ取った。

「お姉ちゃんこんな時どうすればいいかな……?」

「どうするって……あ、あの魔法を使いましょう!」

そういってお姉ちゃんは口早に、どの魔法を使えばいいのか指示した。


「魔法少女リリーが命じる、彼の者の過去をうつせ! 『メモリー!』」

そういって私はレビュアーの男の眼鏡に、過去の思い出を見せる魔法をかけた。

するとさっきまでの険悪な雰囲気が徐々に消え始めた。

「……そういえば兄貴昔これと同じもの作ってくれたよな」


レビュアーの男は振り上げた拳を、降ろし始めた。

私達はただただその様子を眺めていた。

すると、彼は眼鏡を外しハンカチで目頭を抑えた。

「美味しかったよ、兄貴」

そういって彼は、店を去っていった。


 翌週発売された、そのレビュアーの本を私達は買って読んでみた。

すると店主のお店は例のごとく載っていたのだが、順位は一番最後になっていた。

そうして掲載されていた文章はこうであった。


『味は美味しいが、店主が個人的に気に入らない』

私達はそれを見て、ハイタッチをした。

「……ねえお姉ちゃん、私に嫉妬したことってある?」

「んーあることはあるけど、私達って二人で一つじゃない?」

「そうだね」

そういって私達は笑い合った。

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